第170話 教頭先生の涙 天使のメイクアップ

 上原はヨネックス製の三日月刀・ナノシミター800を勅使河原の脳天めがけてたたき落とした。

「痛っ」

 いわゆるスマッシュを交わしきれず、勅使河原は左肩を押さえた。本物の剣なら骨まで達していたにちがいない。でも大手スポーツ用品メーカーだけに安全性にもしっかり配慮しているので軽い打ち身程度で済んだ。

 上原は返す刀で勅使河原の胴体めがけて剣を払った。いわばバックハンドだ。

「痛いっ」

 脇腹を打たれ、勅使河原は身をよじらせた。

「手加減しろ! このスーツはふつうのスーツなんだぞ!」

 上原は聞いていなかった。ブリーチしたての髪を踊らせ、勅使河原の胸めがけて強烈なドライブを放った。

「痛!」

 勅使河原は逃げ出した。まさか本気で殴ってくるとは。しかも前口上なしで。これではフーリエ大先生の紹介も同人ファランジュの説明もできない。そもそもこのフロアの外観自体、まったく説明できていないのだ。

 まずはおしゃべりで雰囲気を高めるものだろうが?

「待ちなさい!」

 逃げながら勅使河原はニヤリと笑った。上原のせいでみんなには伝わっていないだろうが、いちおう情念引力は効果を発揮しつつある。すなわち愛の重力だ。

 読者のみんな、なぜ〈ヒロイン〉全員が突然恋活をはじめたのか、疑問に思ったんじゃないかな?

 なにを隠そう、ぜんぶぼくの仕業だったんだ!

 これから説明するね!

「痛!」


   ◇


 羽田空港D滑走路にルフトハンザ機が着陸した。それ自体は渡り鳥の移動と同じくまったく自然なことで、大量のヨーロッパ人が搭乗橋からぞろぞろと姿を見せるのも21世紀の国際社会においてはそれほど不思議な光景ではない。珍しい香辛料でもくれてやればそのうち大陸に戻るだろう。

 乗客にひとり、〈天使〉が混じっていた。

 ヨーロッパ人乗客は離陸前から不審げに目を向けていた。もちろん天使は知っているし、なじみ深い存在だし、天使が平然と飛行機に乗るのもヨーロッパ人としてはまあ許せる範囲だ。だが〈天使〉となると話はちがう。あれはなんだ。一体なんなんだ。ヨーロッパ人が〈天使〉に困惑するのも無理はない。教化32年現在、北欧諸国を除くヨーロッパはラノベ未開の地であり、いわばラノベ新大陸だった。やつらはすばらしきラノベを知らない野蛮人どもなのだ。いずれ命知らずの日本人ラノベが、さらなる舞台を求めて船出し、太平洋から喜望峰をまわってポルトガルに到着するだろう。その地をたいして考えもせずナイーブな感性を発揮しエデンなどと名づけ、入植し、エデン編を開始するだろう。現地白人どものルックスに目を着け、敵役として最適だとひっ捕まえては船に詰め込み、日本へ送り出すだろう。日本のレストランはもちろん、「敵の入店お断り」だ。警官は敵の運転する車を見るや停止を呼びかけ、いちゃもんをつけては署にご同行を願う。敵役にされた白人どもは公民権を求め立ち上がり、暴動を起こし、ラップを歌いはじめるだろう。やがて日本国は白人どもの権利を認め、裕福な日本人家庭でハウスキーピングなどをさせるだろう。すると外国人家政婦として雇われていた東南アジアの人たちが職を奪われ、不満の声が高まり、やがて

 というのは将来的な話で、ヨーロッパ人はいまのところ、ビジネスや観光で訪れていた。

 不審な〈天使〉は当然のように、日本人用の入国審査カウンターで引っかかっていた。

「失礼ですが、日本国籍の方ですか?」

「パスポートを見ればわかるでしょう」

「そのボヘミアンスタイルのリネンのドレス、ご自宅から着てこられたんですか?」

「そうよ」

「その羽毛みたいなつけまつげも? その金髪も? そのフェイスパウダーも? そのシルバーメタリックのチークも? そのアイス&シルバーのアイシャドーも? こめかみ付近を大きく彩るバニラのグリッターも?」

「なにが言いたいのです」

「その背中の羽根も?」

「羽根をつけて飛行機に乗ってはいけないのですか」

「いや、いいと思いますよ。〈天使〉みたいで」

「本当に?」

「比喩的な意味でではなく、単に見た目が〈天使〉っぽいという意味で申し上げたまでです。その化粧、そこまで塗る必要があるんですか?」

「あなたにわたしの化粧について説明する義務はない」

「22歳から20年間、ロストック大学で教鞭を執られたとか。なぜ20年ぶりに日本に戻られたんです?」

「おかきです」

「おかき?」

「おかきです。おかきを切らしてしまった」

「おかきくらい、ドイツでも売っているでしょう」

「ドイツへ行かれたことは?」

「ありません」

「でしょうね」

「地球学者ということで。なんですか、地球学って」

「14時間にも及ぶフライトでくたくたなの。わたしは地球学者としての特殊能力で、あなたを考古学的存在に変えることもできるのですよ」

「へえ。どうやってです?」

 言わなきゃよかったと後悔した。

「手荷物もすごいですね。古代エジプトのナイフに、ロゼッタストーンに、ダ・ヴィンチの手稿。博物館でも襲撃してきたんですか? それにデータが書かれた紙が山ほど。あれがいわゆるビッグデータというやつですか?」

「わたしは学者です。商売道具です。あなたたち一般人には理解できない」

「そのファンデーションですが、逆効果だと思われたことは?」

「なんですって?」

「バウムクーヘンじゃないんですからね。何度も何度も塗ってそのうち完成、というものではない。男女問わず、年相応の美しさというものがあると思うんですよね。少なくとも、わたしはそう信じています。たとえばその目尻のしわですが」

 手のひらを向けて制した。

「仕方がありません。あなたにだけは真実を伝えましょう」

「真実とは?」

「そう、あなたと言うとおり、わたしは〈天使〉。まごうことなき〈天使〉なのです。なのでこのような化粧をし、このような衣装を纏っている。それ以外は他言無用」

 入国審査官ははじめて得心がいった顔をした。

「ああ、大人ラノベでしたか」

「ちがいますが、そういうことにしておきます」

「たしかに、ラノベで目尻のしわはまずいですからね」

「目尻のしわを隠すために化粧をしているわけではない」

「でも、その法令線は厄介でしょう。事実、ぜんぜんカバーできてないですからね。セメントとコテが必要ですよね」

「目尻のしわも法令線も関係ない。この天使メイクは〈天使〉の正装の一部なの」

「その、いわゆるコントゥアリングメイクですけど。わざとそういう不気味な仕上がりを目指したんですか?」

「不気味とは」

「ダークサイドに堕ちた〈堕天使〉のコンセプトとか」

「そちらの意味ですか。そう、そのとおり。わたしは堕ちた〈天使〉。なので濃いめのチークとこめかみのシルバーとの対比でこけた頬を演出しているのです」

「つまり、しわやたるみを隠すための化粧ではないということですね」

「そうです」

「なるほど。本当の渡航の目的はなんです? おかきを買うためではないんでしょ? わたしの目はごまかせない」

「さすがは入国審査官。そう、わたしが20年ぶりに再来日したのは、ひとつの恐るべき理由からなのです。世界の命運を左右するほどの」

「整形手術とか?」

「好きなだけ揶揄しなさい。あなたがここで揶揄すればするほど、本来の目的へ一歩また一歩と近づくのだから。こうして岸田京介のラノベは、なんの意味もない、だれの興味も引かない、羽田発、自称天使と入国審査官のおもしろコントで埋め尽くされるのだから」

「岸田京介? あなた、アンダーアチーバーのお知り合いですか」

「無意味なコントをつづければつづけるほど、みんなはどんどん離れていく。もしかして〈伏線〉? いいえ、そんなご大層なエピソードではない。今後も決して〈伏線〉にはなり得ない。わたしと入国審査官はいま、ラノベの〈無駄な会話〉をはるかに凌駕する、まず真っ先に削除されるであろう完全無欠の無駄エピソードをわざわざ展開しているのよ。さあ、もっとあげつらいなさい。何ページでも、何ページでも」

「何ページでもつづけられますよ。だがまじめな話、芸能人でもない限り、整形手術はやめたほうがいい。これは入国審査官としてではなく、ひとりの男としてのアドバイスだ。それにあなたの場合、ちょっと整形したくらいじゃなにも変わらない」

「なぜです」

「そのホワイトアウトのコンタクトレンズ、不気味ですね」

「ありがとう」

「でもあなたの素顔のほうがもっと不気味だと思いますよ。わざわざメイクしなくても、そのままでハロウィンだ。ナチュラルハロウィンですよ!」

「もっと揶揄しなさい。それこそわたしの思うつぼ」

「つぼでもなんでもいいですよ。もうはっきり言っちゃっていいですかね。あなた、ババアですよ。クソババアだ。あ、そうか。モンスター役なのか。つまりBBA天使で〈ヒロイン〉の引き立て役にまわるつもりなんだ。これぞ自己犠牲の精神、プロフェッショナル中のプロフェッショナルだ!」

 順番待ちが長蛇の列を成すなか、入国審査官は嬉々として、なにかに取り憑かれたかのように〈天使〉を揶揄しつづけた。

「さて。このようにわたしは、ストーリーにくみしない無駄なコントでページ数を稼ぎながら、みんなに嫌がらせをし、同時にヘイトも溜めているのです。いずれこのヘイトは、恐るべき形で結実する。だが決してカタルシスは得られない。なぜならわたしは今節初登場の素性も知れない44歳の中年女性だから。素性を説明するつもりはない。バックグラウンドも教えない。わたしは何者? わたしはだれ? わたしは〈天使〉。本物の〈天使〉。44歳の中年女性なのに〈天使〉。さあ、困惑してきたでしょう。困惑するみんなの顔が目に浮かぶようよ。どうイメージすればいいのだ、と。ババアか天使か、一体どっちなのだ、と。これぞ〈天使〉のメイクアップ。すなわちわたしの姿は決してみんなの目には映らない。わたしは非質料的実体である知性体としての〈天使〉。本気を出せばあと30ページはコントをつづけられる。でもいまは、このへんで」

 高橋は右目から涙をひと粒こぼした。


   ◇


 そんなわけで自称〈天使〉の地球学者・高橋佐知子シュタイナーは、現在お肌の最終コーナーを曲がって最後の直線を突っ走っている最中だった。もちろん非質料的に。

 目尻の笑いじわは幸福な人生を送ってきた証拠などと言われるが、その証拠自体がいま、本体そのものを不幸に陥れようとしている。高橋は気にしていなかった。なぜなら〈天使〉だから。くっきりと浮かび上がりはじめた法令線、来たるべき老婆顔を暗示させるマリオネットライン。だが高橋は気にしない。なぜなら〈天使〉だから。髪のつやも失われてきた。いくらおしゃれ染めをし、エアリーにカットしたとしても、後ろ姿でさえ衰えは一目瞭然。女子高校生と並んで立ってみるといい。あの潤いは一体どこへ消えてしまったのだろう。

 しわや髪つやの話はどうでもいい。

 わたしは気にしない。

 なぜなら〈天使〉なのだから。

 高橋佐知子シュタイナーは手荷物受取場で荷物を受け取ったあと、2階到着ロビーの上島プロントベローチェドトールタリーズバックスコーヒー珈琲へ向かった。期間限定水出しコールドブリュー珈琲を受け取り、席に着き、キメラコーヒーをストローで含み、先ほど購入したとらやの羊羹(10本入り)を紙袋から取り出した。

 封を開け、持参した3400年前の隕石ナイフで薄く切った。持参した1600年前の副葬品である青銅皿に乗せ、羊羹の付属品である竹製の菓子楊枝を30度の角度で差した。

 正しい角度かをためつすがめつしている〈天使〉を、窓際にすわった黒服の男がちらちらとうかがっていた。

 これから出会う相手は、本名どころか風体すら知らない。幅員減少デセラレータというコードネームらしい。相手もこちらを知らない。相手が知っているのは、この時間、羽田空港2階到着ロビーに、菓子楊枝を30度の角度で差した羊羹を青銅皿に乗せて左手に持つ天使のように美しい女性があらわれるということだけだった。相手は男で、おかきを3つ右手に握り、ときおりジャグリングをするとのことだった。なぜ旧ソ連のスパイめいた約束事を取り交わす必要があったのか。日本国政府に知られてはいけないということもあるし、あと雰囲気の問題だった。

 わたしは〈天使〉。わたしの姿は決してみんなの目には映らない。

 連絡係は相手の男に、「天使のように美しい女性」と伝えた。わりと勝手に。

 美しいかどうかは定義にもよるし結局は主観なのだが、美しくないと判断されてしまえば、いくら羊羹を持っていても素通りされる危険性がある。「天使のように」も曖昧な言いまわしだ。もちろんここで言う「天使」は比喩表現としての天使だ。だが相手は「天使」のイメージが強すぎるあまり、文字どおりの〈天使〉を探してしまうかもしれない。しかも自分は普段から〈天使〉の格好をしている。名物教師の評判を狙っているわけではなく、本当に〈天使〉なので〈天使〉の格好をしているまでだ。人間にとやかく言われる筋合いはない。だが文字どおりの〈天使〉に対し、「天使のように美しい」と形容するだろうか? 〈天使〉の格好であらわれ、「ああ、あれは文字どおりの〈天使〉だ、『天使のように』じゃない」と思われ、素通りされるのではないか。逆に普通の格好であらわれるべきではないか。だが普通の格好では美しいと思われないかもしれない。そもそも。

 とにかく、荷物は必ず受け取らなければならない。

 どんなに厚く顔面を塗り固めてでも。

 窓際の黒服が日経新聞を読みはじめた。

 高橋はコーヒーを飲み終え、青銅皿を手に立ち上がった。黒服の男が新聞をたたんだ。

 わたしの姿は決してみんなの目には映らない。

 黒服の男がさりげなく後を追う。

 到着ロビーの人間はひとりの例外もなく高橋に振り返った。

 わたしの姿は決してみんなの目には映らない。

 出入り口付近に怪しい男が立っていた。

 いや、男というより少年だ。

 髪は真っ白で、瞳は赤く、顔立ちは整い、肌は張りがあり、首元にチョーカーを巻きつけ、灰色を基調とした衣服を纏い、手足の筋肉量は少なめだった。

 少年はおかきを3つ、片手で器用にジャグリングした。まちがいない。

 さりげなく近づくと、少年が言った。

「とらやだな?」

「ええ」

「タクシーを待たせている」

「例の品物は?」

「ここでは話せない」

「おかきのことよ」

「ああ、そっちね」

 幅員減少は厳選おかきセットを高橋に渡した。高橋は羊羹入りの紙袋を渡した。ふたりは日本のお菓子に我慢ができなくなり、その場で封を開け、謎の黒服と利用客と出迎えの人間が注視するなかキャリーケースにすわって食べはじめた。

「ああ、日本に帰ってきたな」

「緑茶がほしいね」

「だが時間がない。行くぞ」

 おやつをもぐもぐしながら、ふたりは空港を出た。無言でタクシーに乗り込む。ドアを閉める瞬間、高橋は黒服の男が柱の陰に隠れるのを見た。

 日本国政府は本気でラノベ化を進めるつもりらしい。

 日本がどうなろうと知ったことではないが。

 タクシーが走り出した。隣にすわる幅員減少が運転席に身を乗り出し、言った。

「運転手さん。しばらく耳、塞いでてもらえるかな」

「ヤクザみたいなこと言うね、あんた。ええ、いいですよ」

「信用できるの?」

 幅員減少は答える代わりに手品のように虚空から指輪を取り出した。

「これが『教頭先生の涙』だ」

「これが、『教頭先生の涙』」

「そう、これが『教頭先生の涙』だ」

 高橋は慎重に指輪を受け取り、持参したマグネットタイプの宝石箱に入れた。この世のものとは思えない美しさだが、事実つい1週間前まではこの世のものではなかった。

「今回ばかりは、見つかるとは思わなかったな」

「わたしは〈天使〉、奇跡がわたしの本質よ。〈天使〉として地球にアプローチすることで、わたしはだれにも知られることなく奇跡を起こし、あらゆる聖遺物や魔法元素、魔法金属などを見つけ出すことができる。ロシアでミスリルを発見したのも、なにを隠そうこのわたし。その羊羹だって、ほら」

 幅員減少は栗蒸羊羹の切り口を見た。栗の部分が聖母マリアのご尊顔になっていた。

「わたしの力なくしては、日本のラノベは復権し得なかった。人間が天を見上げるがごとく、〈天使〉が地球へまなざしを向ける、そうしてわたしは望むとおりの奇跡を実現する」

「後づけが過ぎるし説明にもなっていない気がするけど、だれも気にしていないかな」

「お客さん、〈天使〉としてのアプローチってどういうこと?」

「黙って運転をつづけるんだ」

「へえ」

「わたしが見つけ、あなたが手に入れる。これまでもそうしてきた」

「そう。ぼくは特殊能力『標識』を『操作』することによって、地球上のどこへでも自由に行くことができる。考古学者としては必須の能力だね。南極はさすがにはじめてだったけど」

「いいコンビですね、おふたりさん」

「黙って運転をつづけるんだ」

「へえ」

「会うのははじめてね」

「そうだな」

「最後のラノベから20年。あなたの目論見どおり、ラノベは復活を遂げ、〈主人公〉が颯爽と登場した」

「ゴキブリみたいに潜んでいるのさ、ラノベはいつの時代にも、どこにでもね。あなたとぼくがラノベらしい〈設定〉を現実に用意し、魔法なども使えるようにしてやる。すると〈主人公〉は喜び勇んで飛び出してくる。ラノベの神、あいつはただの老いぼれだ。暇つぶしに〈主人公〉を選び、使徒に認定し、偉そうに〈お約束〉をスマホで告げる。選ばれし高校2年生も、じじいの暇つぶしに付き合わされて、気の毒な話さ。そしてここまでだらだら長々と文字列を連ね、ラノベはクソなりに盛り上がってきた。あとは予定どおり、ぶっ潰すだけだね。岸田京介ってやつ、〈結末〉がどうなるかも知らずに、いまも跳んだり跳ねたりファイヤーボールを連発したりしているのかな。楽しんでいるところ気の毒だが、クソラノベはクソらしく、最後はしっかり便器に流してやらないとね」

「『教頭先生の涙』で」

「そういうこと」

 高橋は幅員減少に顔を向け、羽毛のようなつけまつげを揺らしつつ2回まばたきした。

「ところであなたの『標識』って、ほんとに美容関係にも応用可能なの?」

「もちろんだ」

「『停車可』とか?」

「なにを停車させたい? ああ、肌年齢か」

「そのうち血の風呂でも浴びそうで怖いのよ」

「たしかに『落石のおそれあり』のようだな。だがもっといい標識がある。『道路工事中』だ」

「工事するのね、根本から」

「20歳のころの輝きに戻れるよ。しかも安全確実にね」

「それと最近、食べるたびに腰まわりが気になるの」

「『最大幅』で対処可能だ」

「お客さん、『下り急こう配あり』なんてどう? へ、へ」

「おまえの人生を『通行止め』にしてやろうか」

「こりゃ一本取られたね、どうも」

 タクシーはグリーンベルトに差しかかる。検問を通過し、関東第一高校の敷地内へ入った。完全休校で人ひとりいない構内を、第33校舎ヒルズ目指して最短距離で向かう。

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