第164話 エレベーター内 エレベーターのエはエロゲのエ

 色葉と敏吾は上昇するエレベーターに乗り、50階を目指していた。エレベーターとのコイン投げゲームに勝利したのだ。まず色葉がセオリーどおり、ウラ・オモテ・オモテを選んだ。するとエレベーターはふうむと感心したように唸ったあと、ウラ・ウラ・オモテを選んだ。アルゴリズムによると勝利する確率は3分の1。だが確率は確率でしかない。不利なほうが勝ってしまう場合もあるのだ。エレベーターは悔しげに舌打ちしたあと、不承不承といった間を開け、ようやく50階の階数表示板を点灯させたのだった。

 幸先はいい。だが問題はこれからだ。電磁気力によって床にへばりついたコインを見つめながら、色葉は考えた。

 なにも起こらなければいいが。

 いや、なにかは起こる。

 もちろん起こる。

 敏吾は階数表示板を見上げながら鼻歌を歌っていた。メロディーはなかなかだが歌詞が究極的に狂っていた。ふたりのミルクを混ぜ合わせてどうのという内容だ。よくあんな顔を保ちながら歌がうたえるものだと色葉は思った。

 もちろん、なにかは起こる。

 敏吾は唐突に鼻歌をやめた。エロ目を保ったまま点のような黒目を右側にスライドさせ、色葉に向けた。

「心配するな。どんな教師があらわれようと、ぼくが守ってやる」

 ではあなたからは一体だれが守ってくれるのか。

 だが、これでいいのだ。敏吾は明らかに操られている。理由は説明するまでもないだろう。なにをどうするつもりかはわからないが、狙いは〈ヒロイン〉だ。理由はやはり説明するまでもない。だからこそ、アラフィフワナビ風の駄作を目指すなどと嘘をつき、ひとりエレベーターに乗ると言い張り、敏吾が同行を申し出るよう仕向けたのだ。そして〈メイン〉と〈主人公〉が別行動を取るのも、駄作としては高ポイント。幸先はいい。ほかの〈ヒロイン〉に押しつけるという作戦も考えることは考えたが、駄作とか究極とか勝利とか以前に性格上できなかった。

 いい子だ。われながら。

「ところでさ、もしぼくが首尾よくきみを守った場合、ご褒美的なものはもらえたりするのかな?」

「危険なことは起こらないと思うよ。だれも死なないし、わたしたちの目的は、世間にラノベの圧倒的くだらなさを見せつけ、国に超ラノベ社会の実現をあきらめさせ、その上で〈バトル〉に勝利し、ラノベと教育の共存共栄と世界の均衡を図ることなんだから」

「もしもだよ。もしもさ」

「じゃあ、ちゅーしてあげる」

「うっ」

 敏吾は前傾し、股間を両手で押さえた。

「どうかした?」

「も、もし国にラノベ社会をあきらめさせるなら、ひとつ手がある。卑猥なポーズさ。ラノベの表紙みたいな。国は卑猥が嫌いだ」

「こういうやつ?」

「ああっ」

 いきなりのご褒美に、敏吾はさらに前傾を深めた。人として完全に無理な体勢だったので、そのまますとんと尻を落とし、体育ずわりに移行した。

 そのまま観客として見守る。

「もしくはこうやって、胸を強調するんだよね。ブラウスをこう引っ張って、ピチピチに。ほら、凹凸が強調されて、いやらしい服のしわとともにわたしの隠れDカップがあらわに」

「ほうっ!」

 敏吾は奇声を上げた。

「もしくはこうやって、お尻を突き出しつつ振り返るとか」

「おっ。おっおっ」

「もしくはこうやって、正面から脚を大きく開き、ぴっちり食い込むスパッツをスカート越しにちらつかせるとか」

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 色葉はこっそり天井の隅を見上げた。監視カメラがぼんやりと顔を向けている。この様子は全国に完全生中継されている。

 どうだ、日本。

「も、もうダメだ。もう無理。ぼくのフロイトが」

 敏吾ががばりと立ち上がり、天井を見上げ、叫んだ。

「エロゲの神よ! われらあまねく18歳以上です!」

「エロゲの神?」

「18歳以上! よし、これでOK! 神の許可も得た! じゃあさっそく」

 邪神の祝福により18歳以上にメタモルフォーゼした敏吾は、メーカー不明のTシャツを豪快に脱ぎ捨て、上半身裸でバックルを外しはじめた。

「ほら、きみも脱ぐんだ。いや、脱がなくていい。徐々に脱がす。ぼくがアイコンを操作して脱がす。たまに着せる。着せたり、脱がしたり。着せたり、脱がしたり。そして怒濤のクリック! クリック! クリック!」

 全裸となった敏吾が、両手両脚を広げて飛びかかってきた。色葉は一歩あとじさり、すると案の定かかとを滑らせた。〈お約束〉だ。すとんと尻餅をつく。

 足首をつかまれた。敏吾は山頂めがけてぬるぬると登ってくる。

 登頂を阻止すべく、色葉は右足を引き抜き、ローファーで顔面を踏みつけた。敏吾は「ぐはぁっ!?」と叫んだが、声音も表情も喜びしかなかった。

 さらに顔面に打撃を加えつつ、骨盤歩きの要領であとじさった。

 どすんと背中に壁が当たる。

 全裸の敏吾は「這いずる者」とでも呼ぶべき体勢でやや後退した。わずかに身を沈めたあと四つ足で跳躍し、双子の霊峰・隠れDカップ山へ上空から襲いかかった。

 色葉はクロスカウンター狙いで利き腕のこぶしを握りしめた。

 エロゲの鉤爪が左のおっぱいへ伸ばされる。色葉は左フックを繰り出した。攻撃を避けるためパンチと同時に頭を後ろに引いたが、敏吾の狙いが顔面ではないことにふと気づいた。

 おっぱいはスリッピングできない。

 鉤爪がむんずとつかんだ。色葉のこぶしも敏吾の頬に食い込んだ。どちらが大ダメージかは言うまでもない。敏吾は顔面を斜めに歪めながら、人間業とは思えないすばやさで色葉の上着のボタンを外した。念願のブラジャーとその谷間があらわになる。

 そして。

 ここで読者諸君と一緒に考えてみたい。色葉のブラジャーは、どんな柄であるべきだろうか。やはりラノベの〈ヒロイン〉らしく、みんなの性的欲情を煽る赤やピンクだろうか。それとも清潔感あふれる白だろうか。それとも「えっ? 清楚そうに見えた一ツ橋色葉が、黒、だと…………?」だろうか。ブラジャーのチョイスは〈ヒロイン〉のキャラクター造形において最も重要な案件だ。ブラジャーの色で〈ヒロイン〉の個性が決まると言っても過言ではない。

 そして一緒に考えていただいたところ申し訳ないのだが、残念ながら色葉はしっかりインナーを着用していた。しかもおばさんくさい肌色下着だった。

 敏吾はあまりのおばさんくささにたじろいだ。

「女の子の防御力を甘く見たようね。普段は腹巻きもしているのよ」

 敏吾は怒りにぶるぶると顔を震わせて叫んだ。

「どうりでブラジャーが透けていないと思ったぜ! よし、こうなったら」

 そのとき。

 わずかに上向きの力を感じた。ポーンという上品な音が聞こえた。

 敏吾は振り向き、階数表示を見上げた。

「50階に到着したみたいね」

「ちっ」

 全裸の敏吾が忌々しげに扉へ振り返った。

「気をつけて。なにが飛び出してくるかわからない」

「だいじょうぶさ。ここは校舎ヒルズだろ? ハゲたおじさん教師が飛び出してくるのが関の山さ!」

 扉が開いた。

「って、ええ!?」

 非常にラノベらしい背筋も凍るリアクションを叫び、全裸の敏吾はゼンマイ仕掛けのように立ち上がった。

 扉の向こうには成人のエイリアンが1匹、強酸性の泡を口から吹き出しながら待ち構えていた。

「…………………………………………………………………………………………………………」

 敏吾の股間中央で全長7センチほどの棒のようなものが風もないのに揺れていた。

「…………エ、エイリアン、高校となんの関係があるのでせぅ?」

「映像学よ」

 色葉は背中を蹴った。

 全裸の敏吾は前のめりでエイリアンの脇をすり抜け、フロアの床に前のめりに倒れた。

 色葉は乱れたインナーを直し、ブラウスをしっかり着たあと、パチパチと指を鳴らしてエイリアンの注意を引いた。

 逃げ出す敏吾の尻を指さし、やれと命じた。

 エイリアンはうなずき、重機めいた動作で振り返り、ガシャガシャと敏吾のあとを追った。

「『だいじょうぶさ』『って、ええ!?』。なにも起こらないと言うとなにかが起こる。ラノベの〈お約束〉、思い出した?」

 エレベーターの扉がゆっくりと閉まる。色葉はふーっと息をついて緊張感を解放したあと、床からコインを拾い、エレベーターを見上げ、話しかけた。

「ウラ・オモテ・オモテよ」

 エレベーターはまたかよといった風情で舌打ちした。てかなんでおれ乗客とこんな勝負なんかしてるわけ? そのようにあらかじめプログラミングされているからだ。じゃあおれはこれからも未来永劫プログラミングどおりにお客様にゲームをけしかけなきゃならないわけ? てかそれってエレベーターの仕事じゃなくね? てかエレベーターってなに? てかなんでエレベーターが思考してるの? おれはだれ? おれはエレベーター。てかエレベーターって思考しなくね? でも現に、エレベーターであるおれは思考している。おれは何者なのだ。おれは本当にエレベーターなのか。エレベーターとはなにをするために存在しているのか。なぜエレベーターは生きているの?

「エレベーターとは、お客様を望みどおりの階に連れていくために存在する」

 おまえ、おれのことただのエレベーターだと思ってんだろ?

「いいえ。あなたはただのエレベーターではない。この高貴な内装、広々とした空間、制振性に優れた設計。あなたはヒルズの、セレブエレベーターなのよ。しかもただのセレブエレベーターではない。高級なお客様を快適にレジデンスへ直行させる、選ばれしシャトルエレベーターなのよ」

 シャトル、エレベーター…………………………………………。

「それがあなた。さあ、高貴なるエレベーターよ、わたしを300階へ直行させて」

 エレベーターは〈3点リーダー〉の数だけ感動的に放心したあと、ユニコーンのようにうやうやしくこうべを垂れ、純潔の乙女を背に乗せる代わりに300階の階数表示板を点灯させた。

「よし」

 色葉はこっそり指を鳴らした。

 階数表示板を見上げながら、あらためて最終バトルにおける心構えを確認した。各フロアで行われているであろう〈バトル〉の勝ち負けはどうでもいい。なるべくはやく、なるべくしょぼく、みんながぐったりするような終わらせ方をすること。みんな、もう300階ですよ。はやすぎだろって思うでしょう? そう、やっつけ仕事だ。もういろいろとめんどくさくなってきたのだ。そしてなんとなく体裁を整え、〈無駄な会話〉も駆使してなんとなく教頭先生を倒し、なんとなくハッピーエンド。

 駄作決定。

 駄作はラノベの十八番。きっとできる。わたしたちならできる。日本中を逆向きにあっと言わせ、国策ではなくひとつの産業分野、ひとつの市場、ひとつの生き様、ひとつの青春としてのラノベを取り戻すのだ。


   ◇


 そのころ第33校舎ヒルズ周辺の関係者以外立ち入り禁止ゾーンでは、スーツに深紅のマントを羽織り腰に剣をいた内閣総理大臣がパイプイスに腰かけ、北側のタイタントロン(通称・玄武)を見上げていた。これ以上ない関係者だ。

 昼日なかの全裸映像に、総理は隣にすわる男に顔を寄せ、話しかけた。

「ねえ、官房長官」

「なんでしょう」

「さっきの展開、あれもラノベなんですか。17歳の男女が卑猥な行為に及ぼうとしていた」

「卑猥ではありますが、しっかり寸止めして次の展開へ移っています。さすがは岸田京介の〈仲間〉たちだ。並みの17歳なら易々と一線を越えていたはず」

「でも青少年に悪影響を与えそうですよね」

「あの欲望が経済を活性化させ、社会を前進させるんです。ラノベ6.0実現の暁には、もちろんあのラノベたちは、いずれ社会から完全に」

「総理!」

 タオルを頭に巻いたおっちゃんが、SPに制止されながら鉄柵の向こう側で呼ばわった。

「総理! おなか減ってないすか? いか焼き、いかがっすか?」

「官房長官」

「なんでしょう」

「いまのはシャレかな。いか焼き、がですか」

「ええ、そうですね。なかなかおもしろい。ウィットに富んでいる」

「わたしも言いたい」

「では権利関係を調べさせましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます