第162話 究極のラノベ(後編)

 執事は疑わしげに目を細めた。

「なんだ、そのしゃべり方は」

「しょーがねえ、あんなやつ相手にするだけかったりーんだが、あとが控えてんだ。ウォーミングアップがてら、いっちょうやってやっか!」

 いちいち声に出して自己の行動を弁護したあと、ジュラルミンのキャリーケースをぱちんと開けた。中からA4サイズのカタログを取り出し、めくった。

「ふーん。いろんな武器や防具が揃ってるんだな。よし、おれはこいつで!」

「なぜ唐突にキャラクターを変えたんだ」

 京介は無視し、スマホをポケットから取り出し、電話した。

 10分後、門が大仰な効果音を立てて開き、スーツを着た若い営業が駆け足で入ってきた。

「このたびは弊社、スクウェア・エニックス・テクニクス株式会社の製品をお選びいただきまして誠にありがとうございます! さっそくですが、こちらが『与一の弓』になります。ご査収ください」

「拝受したぜっ」

「こちらの矢はカーボンと竹のハイブリッドでございまして、優れた振動減衰性と竹矢のような手触りを兼ね備えております。やじりには劣化ウランを使用しておりますので、攻撃力は、まあ控えめに申し上げても業界最強かと」

 京介はキャスター付き矢筒から1本取り出した。無駄なカラーリングと装飾が施された和弓にあてがい、感触をたしかめる。

「命中率100パーセントってほんと?」

「まあ、なにをもって100パーセントとするかによりますね。こちらの書類に目を通していただけますか? いろいろ書いてありますけど、今後ラノベ活動をされる際は、必ずこの弓と、このロゴ入り矢筒を身につけていただいてですね、あとはとにかく、かっこよくしていただければと」

「おれさ、ミズノとも契約してるんだけど。ティルヴィングIIは使っちゃダメなの?」

 営業は困ったように頭を掻いた。

「いやあ、そうですね」

「弓矢と剣って、状況に応じて使いわけられるっしょ?」

「いや、ミズノさんをどうこう言うつもりはないんですが。いや、困ったなあ。上司に確認を取ってもよろしいですか?」

 スクエニ営業はスマホを構え、なぜか口元を隠しながら上司に確認を取った。

 上司の答えは「まあとりあえず」だった。営業は伝え、京介は理解した。

 全員日本人だからだ。

「では、ご活躍を期待しております。なにかございましたら、ご遠慮なくお申し付けください」

「サンキュー」

 営業は去り際、京介の不遜な態度に一瞬振り返ったが、相手はラノベだと思い直し、プロらしく笑顔を保ちつづけながら退場した。

「よそ見してていいのかよ?」

 ぼんやりスクリーンを見上げていた〈執事〉が振り返った。

「いくぜ! ヨイチ・アロー!」

 京介は2メートルもある合成弓を引き絞り、矢を放った。

 執事は4メートルほどジャンプして矢をかわし、かっこよく着地した。

「いい跳躍じゃん。その靴、アシックスだな。そら、もう一丁!」

 執事はサイドステップで矢を避けた。

「ヨイチ・アロー!」

 ステップ。

「ヨイチ・アロー!」

 ステップ。

「ヨイチ・ア――」

「やめろ! やめるんだ!」

 京介はやめた。

「なんだ、もう降参かよ? 口ほどにもないやつだな!」

「ヨ、ヨイチ・アロー、だって」

 執事は言ったあと、ゆっくりと前傾しながら自分の体を抱き、おこりのように震えはじめた。

「寒い。寒すぎる。そのネーミングセンスが寒すぎる。しかも与一の矢なのにあっさり避けられている。特性を全然活かし切れていない」

「なーんだ、そっちの意味でのやめろか」

 センスが寒い京介は弓を捨て、肩から矢筒を外した。肩幅に足を広げ、両の手のひらをゆっくり胸の高さまで持ち上げる。

 右手に炎の球、左手に氷の球がそれぞれ浮かんだ。

「へへっ。そんなに寒いのなら、こいつで暖めてやるぜっ!」

 京介は炎の球を投げつけた。執事は日々の雑用で鍛えたフットワークで避けた。

「そうそう、あんたには言ってなかったな。おれは火、水、風、土の4属性のうち、生まれつきふたつの属性を操ることができる、デュアルマジシャンだったんだよ!」

 執事は呆然と京介を見つめ、2回まばたきした。

「だれも聞いていない。気にもしていない。べつにどちらでもいい」

「覚悟しな! それっ」

 京介は元気よく氷の球を投げつけた。執事はかわした。

「すばしっこい野郎だ! お次はレベル2のファイヤーボールでいくぜ!」

「その前にわたしの話を聞いてくれないか。頭痛がしてきた」

「頭痛はお互い様さ!」

 京介は宣言どおりレベル2のファイヤーボールを投げつけた。

 執事はかわした。

「京介…………がんばって…………」

 色葉は〈ヒロイン〉らしく手を胸の前に組み、戦況を見つめながら、〈長すぎる3点リーダー〉つきでつぶやいた。さっきから定期的につぶやきつづけている。ふと目の端に、だらだらと壁際に並ぶ〈サブヒロイン〉4名が映った。あれはよろしくない。色葉は2回ほど京介の名前を追加でつぶやいたあと、振り返り、駆け出し、4名の前に立った。

 4名が顔を上げた。かなり弛緩していた。

 敏吾は相変わらず、少し離れたところでスマホをいじっている。〈親友〉は京介に任せよう。まずは〈サブ〉どもをどうにかしなければ。

 色葉はスクリーンに映るおばさん教師を見上げ、ひらめいた。ひとつ自らにうなずき、息を吸い、パンパンと手をたたいた。

「みなさん、今日は〈ヒロイン〉について学びましょうね」

「「「「はい?」」」」

「あの戦いを見てください。もし仮に〈主人公〉である岸田京介が敵の攻撃を受けて負傷したら、あなたたちはどうしますか?」

 みなさんは互いに目配せし、勉強嫌いがすっかり定着した中学生のように考えるふりをした。

「『わたしが介護してあげる』です。みなさん、言ってみてください」

「「「「わたしが介護してあげる」」」」

「もっと大きな声で!」

「「「「わたしが介護してあげる!」」」」

「よくできました。みなさん京介を介護したいんですね? わかりました。でもラノベのルール上、介護できるのはひとりだけです。さあ大変だ。次は、目の端に玉の涙を浮かべつつ、〈桜色の唇〉をわなわなと波打たせ、必死な様子でほかの〈ヒロイン〉といがみ合ってください。『あなたに介護は無理ですっ』『京介はわたしがいいの!』などなど」

 春が手を挙げた。

「なぜそこまで介護したがる?」

「いい質問です。みなさんお忘れのようですから復習を兼ねて申し上げると、〈ヒロイン〉というものは、とにかく〈主人公〉が好き好き大好きでなければならないんですね。理由はいらない。あなたがた自身の嗜好も関係ない。とにかく美少女もしくは美少年が〈主人公〉を必死で愛する、そして必死さゆえにときに滑稽な行動を取る、そこがおもしろい。そしてかわいい」

「おもしろがらせるために、ふりをするのけ?」

「そうです。本当に好きにならなくても構いません」

「どうやるの」

「かつては暴力を振るうなどの行為でじつは好きであることを隠す手法が一般的でしたが、最近はそれもめんどくさいということで、なんだかよくわからないが最初から好き、が主流です」

 上原が口を挟んだ。

「つまり、徐々に関係を深める過程がめんどくさいと?」

「そうです。どうせ好きになるんだから最初から好きでいいじゃん、と」

 陽一が言った。

「その過程こそが醍醐味なのでは」

「とにかく、言動がかわいければなんでもいいのです。みんな忙しいのです。仕事や学校があり、しかもゲームもしなければならない。〈ヒロイン〉は、猫画像と同じです。見て癒やされたいな、とみんなが思ったときに、そこにいる。よけいな葛藤などで人間性を誇示し、みんなの貴重な時間を無駄にしてはいけない」

 五月が手を挙げて言った。

「それによって、わたしたちにどんなメリットがあるんでしょう」

「そこは少し考えればわかります。このラノベブームですよ? 岸田京介の〈サブヒロイン〉ともなれば、年収1億も決して夢ではない!」

 なるほどですね。最後のだけは腹の底から理解できた〈サブヒロイン〉4名は、自然と輪になり、討論をはじめた。異なる意見は混ざり合い、止揚し、やがてコンセンサスが形成された。すなわち、いっときの我慢である程度のまとまった収入を得られるのであれば、このせちがらい世の中、悪くない選択なのではないか。しばらく稼いだあとは、華々しく引退して、一般人男性と結婚して、たまにあの人はいま的な番組に出演して小銭を稼ぐ。本を書くのも一興だ。お金があれば、好きなときに好きなことができる。額に汗して働くこともない。

 お金は正義である。まる。

〈サブヒロイン〉たちはさっそく、介護の権利を巡って争いはじめた。はじめは見よう見まねで、互いの顔色をうかがいながら、気恥ずかしげにぼそぼそと言うのみだった。色葉はラノベヒロイン教師として、できるようになるまで何度でも繰り返させる。反復練習の効果が徐々にあらわれる。目の端に浮かんだ玉の涙、わなわなとした口の開き方、眉間のしわの寄せ方、声のトーンと病的なテンションがどんどんさまになっていく。

 これでいい。色葉はバトルに目を戻した。決してよくはないが、これでいいのだ。京介は新たなキャラクターを保ちつつ、火属性と水属性を駆使した攻撃を繰り広げている。そういえばあの魔法の原理を説明していなかった。みんな気にしているだろうか。

 いや。そういうめんどくさい説明はもうやめだ。京介は魔法剣士なのだ。だから魔法も使えるのだ。

 これでいいのだ。

「へえ、執事さん、なかなかやるじゃん。ならば……こいつでッ!」

 京介はかっこいいムーブで利き腕を振り上げ、片膝をつきながら床にこぶしをたたきつけた。

 執事は3つの意味で疲れ切った表情で顔を上げ、今度はなんだと目を向けた。

 床が振動し、ペンローズ風のタイルがダンスをはじめた。上下運動の波紋は京介を中心に広がり、加速しつつ執事の足元に迫る。

「はあ」

 執事はため息混じりに膝を曲げ、跳躍しようとした。だがアシックスは地面にくっついたまま離れない。執事は背骨の伸身運動を繰り返すばかりだった。

「捉えたっ! 戦女神ヴァルキリーよ、いまこそおれの」

「待て、ちょっと待て」

「往生際が悪いぜ! ヴァルキリーストライクッ!」

「やめろやめろ。そうじゃない。そういう意味で言ったんじゃない。おまえに恐れを成して言ったわけじゃない。一連の魔法の原理も、この際どうでもいい」

「なにが言いたいんだよっ?」

「おまえさっき、火と水のデュアルマジシャンと自分で説明したばかりじゃないか。この、大地に縛りつける魔法、これは土属性だ」

「へっ! なにかと思えば、そんなくだらないことかよ!」

「ついでに言うと、ここの床材は磁器タイルだ。大地の精霊は呼びかけに応えない」

「ついに目覚めたのね!」

 色葉が目を輝かせながらうわずり気味に叫んだ。

「やっぱり! 岸田京介はあの伝説の、4属性すべてを操れるクアッドマジシャンだったのよ!」

「はあ?」

 執事は素の調子で言い放った。

「おまえら、バカ?」

「バカではない、と言いたいところだが」

 京介は息をつきながら言った。

「このキャラは消耗が激しい」

「あのさ、おまえら、やってて恥ずかしくない?」

 執事が重要な指摘をした。

「都合がよすぎると思わない? ちょっとは説明しようって気は起こらないの?」

「起こらない。〈主人公〉は、かっこよければそれでいいのだ。〈ヒロイン〉がかわいければそれでいいのと同じように」

「決してかっこよくはないぞ」

「いいところに目を着けた」

 色葉はここぞとばかり、リハビリ中の〈サブヒロイン〉たちに呼びかけた。〈サブヒロイン〉はそれぞれ瞳の奥に諭吉の影をちらつかせながらこぞって褒め称えた。

「すごい……京介くん……」

「なんてパワーなの…………」

「信じられない……………………」

 執事はラノベ一同を見まわし、これ以上は不可能なほど顔面を歪ませて言った。

「わ、われわれ関東第一高校は、こんなやつらを、相手にしていたのか」

「どうだ、執事よ。これでもラノベは世の中の役に立つと言えるか。こんなものを基盤とした社会で本当に未来は明るいと言えるのか」

「こ、こんなくだらない連中を相手にしていたら、こちらの脳まで萎縮してしまう。イヤだ。関わりたくない。同じ空気を吸いたくない」

「こんな男でも〈妹〉を嫁にやりたいと思うか!」

「はっきり言って、イヤだ」

「そうだろう、そうだろう。では執事よ、当初の予定どおり案内役に徹し、ルールを説明したあと速やかに立ち去るのだ。一連の言動は不問に付し、せめてかっこよく退場させてやろう」

 執事は背を向け、奥へわたふたと駆け出した。ラノベどもからじゅうぶん距離を置いたうえで、暗闇の向こうから叫んだ。

「教頭先生を倒せば勝利だからね! 途中階には教師がいて、あの手この手で立ちはだかる! 登る手段は階段かエレベーターだ! 階段は疲れるけど、3分の1の確率でショートカットできるんだ! エレベーターは楽ちんだけど、ちょっと複雑だ! エレベーターとコイン投げゲームをするんだけど、勝ったらなんと、50階ぶんショートカット! 1枚のコインを投げつづけ、3つの並びを最初に当てたら勝ちね! 並び方のパターンは8種類、まずきみたちが並びを決める! たとえばウラ・ウラ・オモテなどね! 次にエレベーターが7種類のパターンから並びを決める! 勝つ確率は2分の1かな? えーそんな単純なわけないよ! もうどうでもいいや! あとはきみたちが考えてね! じゃ!」

 おざなりに説明を終えた執事は、逃げるように奥へ駆け、従業員専用らしき扉に飛びついた。バタンと閉め、ガチャガチャと鍵をかけた。関わりたくないという言葉に嘘偽りはないようだった。

「へっ! 口ほどにもないやつだぜ!」

 京介はニヤリと笑いながら人差し指を水平にして鼻の下をこすった。少年的すぎるのではないかという色葉の指摘を受け、それならばとカメラに背を向け両脚を肩幅に広げ軽く横顔を見せ前髪を風に揺らすかっこいいポーズを30秒ほどキメた。

 自然体に戻った京介はふーっと息を吐き、右半身だけ中途半端に召喚されたヴァルキリー嬢に詫びを言った。ヴァルキリーはわずかにいらついた顔で頭を振り、なにごとか口にしかけたが、現在のラノベ押しの風潮を鑑み、岸田京介と懇意になったほうがなにかと得だと思い直し、みんなの期待どおりの凜とした表情でうっすらと魅力的な笑みをたたえつつまたのご利用をお待ちしていますと言い残し精霊界に去っていった。

「打算に取り巻かれるのも悪くない」

「金持ちの気持ちが少しはわかったでしょ」

「さっそく登らせてもらおう。最短距離で最上階へ向かうには、階段か、エレベーターか」

「階段ね」

 上原アリシャが即答した。

「なぜだ」

「コンウェイのアルゴリズムによれば後手必勝だからよ」

「なぜだ」

「説明する?」

 色葉は首を振った。

「だれも気にしていないし、説明すれば感心されてしまう。それより」

 京介を見上げ、言った。

「わたしはエレベーターに乗る」

「なぜだ」

「教頭先生に囚われるためによ」

「なぜだ」

「4回連続で『なぜだ』って言った。ギネスにでも挑戦してるの? それはともかく、バリバリの〈伏線〉なのはもちろん承知の上よ。でもつくばで学んだように、ストーリー上〈メイン〉は、遅かれ早かれ敵の手に落ちる状況へ収斂される」

「ちがう。それは80年代の〈お約束〉だ。かつて忍者が過ちを犯した、ラノベに疎いおっさんの発想だ。究極のラノベを目指すならば、みんなで仲良くそぞろ歩きをするべきなのだ。なぜならキャラクターが別行動を取ればそれだけロケーションを多く考えなければならなくなり、超めんどくさいからだ。だがページ数はたっぷりと稼がなければならない、だからロケーションを増やす代わりにそぞろ歩きしながらシリアスぶって〈無駄な会話〉をしまくるのだ。そしてときおりエロ要素をはさむ。無策の無能であるのみならず、シリアスな会話すら保てない、これこそが究極のラノベだ」

「おっさんの過ちだからこそ、〈ヒロイン〉はボスに囚われるべきなのよ。それが究極のラノベよ」

「おれはそうは思わない。おまえが囚われれば、おれは努力しなければならなくなる。究極のラノベの〈主人公〉は、決して努力をしてはいけないのだ」

「『究極』に対する考え方のちがいね。わたしはラノベ以前の駄作を目指すべきだと言っているの。アラフィフのワナビが必死で若者に寄せるも否応なしに作中に醸し出されてしまうおっさん臭、昭和の香り漂う女子高校生の口調、そして思わず素の感性が出て図らずも囚われてしまう〈ヒロイン〉。ね、切ないでしょ? そして囚われるにしても、ただ囚われるだけじゃダメ。みんなが眉と口を歪めて『はぁ?』って言うようなバカバカしさ、脈略のなさ、前後関係を無視した展開をも目指さなければならない。『なんでひとりでエレベーターに乗るんだよ。意味わかんね』って思うでしょ? これぞ駄作の中の駄作、すなわち究極のラノベよ」

「なぜそんなに囚われたがるのだ」

「考えがある。わたしを信じて」

「だが、おれは心配なのだ。ふつうに」

「死んだりケガをしたりするならね。でもこの模様は全国に生中継されている。暴力シーンは一切起きないよ」

「タバコでも吸うか」

「最終手段ね。それに個人的に、教頭先生に言っておきたいことがある」

「おれが色葉についていくぜ」

 敏吾が口を挟んできた。エロ目で京介を見つめる。

「その顔はどうにかならないのか」

「きみの心配は手に取るようにわかる。だが、色葉は17歳だ。忘れているかもしれないが、ぼくは11歳以下にしか性的興奮を覚えない特殊な性癖の持ち主じゃないか。安心したまえ、大船に乗ったつもりでね!」

「そ、そんな船には乗りたくないぞ」

「おっ、いいねえ。ラノベらしいバカ正直な〈返し〉だ」

「半分は本音だ」

「とにかく行こうぜ。その前に用を足しておくかな。トイレはどこにあるんだい?」

 黒子の格好をした係員がどこからともなくあらわれ、敏吾をトイレに案内した。

「食いついた」

 色葉がつぶやいた。

 敏吾がはばかりではばかっているあいだ、京介は色葉に耳打ちした。それから〈ヒロイン〉を招集し、自分を取り囲むよう指示した。黒子の係員は退出しながら、不審げに何度も振り返った。

 京介は輪の中で片膝をついた。それによってどのカメラも京介の姿を捉えることができなくなった。

 インドア派のクォーターバックのようにぼそぼそとなにごとかを伝える。

「以上が作戦だ」

 立ち上がった京介に、〈ヒロイン〉たちが口々に褒め称える。

「すごい……京介くん……」

「あたくし、これからは肉を両面焼くぞ」

「ぼくはイスにすわって食事します!」

「これで筋肉痛にならずに済みますね!」

 京介の作戦のなにがすごいのか、もちろん読者諸君には伝わっていないだろう。ただ〈ヒロイン〉が口々に褒め称えても、真のすごさは伝わらないものなのだ。実際はまじめにすごい作戦だったのだが、もしここでみんなに伝えてしまえば、あまりのすごさに感心されてしまう。ラノベは有能である。来たるべき社会の基盤としてもってこいである。それではまずい。だから伝えなかったのだが、同時に京介は究極のラノベの〈主人公〉として、とにかくすごくなければならない。〈主人公〉とはとにかくすごいものだからだ。だから〈ヒロイン〉が褒め称えたのだが、ただ〈ヒロイン〉が口々に褒め称えても、真のすごさは(以下略)。

 京介のすごさは、のちのち明らかになる。だれもが天才的だと叫び、膝を打つだろう。

 そう、〈異世界〉の住人のように。

 敏吾が小走りに戻ってきた。妙に足取りがふわふわしている。腰にヘリウム入りの風船でも着けているかのようだ。

「お待たせ。さあ、エレベーターが待ってるぜ」

 馴れ馴れしく色葉の肩を抱く。色葉はされるがままに身を寄せた。

「長いトイレだったじゃない。大?」

「いや、中だ。『決戦』前に、何発か出しておいたほうがいいと思ってね! エロロッ!」

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