第161話 究極のラノベ(前編)

「いまなんと言ったのだ」

「わたしの妹と付き合う気はないか、とおたずねしたのです。さすがはラノベの使徒、〈難聴〉ぶりも堂に入っている」

 背後を指さす。

「あの闇の向こうにエレベーターがある。日本最速、昇り分速90メートルの、地上300階へ通じる唯一のエレベーターです。さて、直行した場合、だいたい何分で着くでしょうか」

「13分だ」

「Молодец! ブラーボ! まるでスマートスピーカーだ! よくできました!」

「ロシアとイタリアか」

「だからおしゃべりなのね」

 色葉が感想を述べた。

「なんのメリットがあるのかといった顔をしていますね。メリットはありますよ。文字どおりの共存共栄です。政略結婚というか。ラノベと手を結ぶのは、われわれにもメリットがある。またあなたみたいな、予想をはるかに超えるラノベが湧いて出てこられると、今後20年30年とつづく大いなる計画に支障を来しますからね。あなたは教頭先生とお付き合いし、文字どおり関東第一高校の尻に敷かれながら、あくまで娯楽の範囲内で、それなりにラノベをつづける。国教に指定してあげてもいいですよ」

「おまえはそれでいいのか」

「心中穏やかではありませんが、〈妹〉とはいえ他人、あなたが好きだと言うのなら、止めることはできません。あとはご両人の気持ち次第。でも、わたしの妹は、かわいいですよ。ものすごくかわいい。怒った顔なんか最高ですね。100年にひとりの逸材美少女だ。圧倒的ですよ。支配的だ。そして男ならだれでも、一度はロシア人クォーターに支配されたいと願う」

「断る」

「先にお伝えしたとおり、あなたがたが勝てば、ラノベはさんざん持ち上げられたすえ、国に見捨てられる。わたしたちが勝てば、ラノベはすぐさま失墜する。たいしたことねーなアンダーアチーバー、とね。期待感は弱まり、ラノベブームは収束し、超高度教育社会が復活する。いずれにせよ、ラノベに明日はない。だったら15歳のロシア人クォーターの教頭先生とお付き合いして教頭先生エンドで終わりましょうよ。これまでの展開はなんだったんだって話ですけど、まあ、よくあることです。それがラノベだ」

「午後には帰れそうね」

 上原アリシャが言った。

 京介は振り返り、居並ぶ〈サブヒロイン〉たちを眺めた。ふつうの人たちに見えた。

 はやく終われオーラを全身から発散させている五月に言った。

「おれたちはどうなる」

 五月は顔を上げた。

「えっ?」

「おまえの特殊能力だ。未来を予知するのだ」

「相談料は」

 色葉が財布から600万円ほどを抜き出し、侍女に手渡した。

「1ヶ月ぶんの相談料よ。さあ、答えて」

「でも、ちょっと脳の調子が」

「塔の内部は時間が凍結されているので未来予測ができないのか」

「えっ? ああ、そうそう。そうです」

 ほっとしたようにうなずいた。

「予測できないのであれば、このように、嘘でもできない理由をしっかりセリフで伝えるのだ。『塔の内部は時間が凍結されているので未来予測ができないんです!』などと。春」

「へい」

「執事を倒せ」

「人の話、ちゃんと聞け。勝っても負けても、負けなのよ。無駄だとわかって、それでも戦うのか」

「だが〈バトル〉は、バトルをしなければ〈バトル〉とは呼ばない。バトルのない〈バトル〉など、ニンジンの入ったカレーのようなものだ」

「ニンジン苦手なのけ」

「敏吾」

「エロッ?」

「いや、なんでもない」

 京介は再び〈サブ〉一同に向いて言った。

「おまえらは、本当に〈ヒロイン〉だったのか。ヴォイドからラノベの精髄が戻ったのではないのか」

「まだしっくりきていないのよ」

 上原アリシャが代表して答えた。

「昨日お告げを受けたばかりだもの。いまはじんましんで、全身かゆかゆ」

「もういい。おまえら〈サブ〉の助けなどいらない。おれがひとりですべての教師を相手する。勝とうが負けようが負けなのはわかっている、だが〈バトル〉は〈バトル〉だ! おれにはラストをしっかり締めくくるという、〈主人公〉としての責任があるのだ!」

 京介は〈執事〉に力強く踏み出した。

 色葉が背中に触れ、言った。

「ひとつ、言わせて」

「なんだ」

「なぜ執事の言うことを真に受けるの?」

「教頭の兄ではないということか」

「そっちもだけど」

「じつは教頭はかわいくないのか」

「ちがう。ラノベ6.0の話よ」

「やつの話は筋が通っている。おれたちは国に、教師どもに、はじめから踊らされていたのだ。おまえら〈ヒロイン〉も、関東第一高校のまじめな生徒すらもだ。総理までラノベに寄せたふりをして、ラノベ6.0を基盤としたアルティメット教育社会の実現とニュー・ブリード創造のためにおれたちを利用していたのだ。〈大人〉の汚いやり方だ」

「日本なんて、どうなったっていい」

 京介は振り返りざま色葉を二度見した。

「わたしは一ツ橋家の令嬢よ。お金なら捨てるほどある。日本がどうなろうと、ふたりは永遠に幸せになれる。勉強も忘れ、ラノベも忘れ、乗馬でもして暮らしましょう」

「本気で言っているのか」

「それが人間としての最高の幸せなのよ」

「ではおれは、暇をつぶすために生まれてきたのか。なにも成さず、なにも創造せず、飯を食い、市場を歩くだけの、おれはただの社会の歯車なのか」

「創造やイノベーションなんてものは、特別な才能を持った人に任せればいいの。成せば成る、なんて、100パーセント踊らされているだけなんだから。努力が尊いのは才能あればこそよ。でも結局のところ、人は平等に生まれて死ぬ。生まれたからには、死ぬまで生きていかなければならない。情報商材屋に騙されてでも人生を進めていかなければならない。才能がないとうすうす勘づきながらね。人はなにもしないわけにはいかない。そして生きていけるだけのお金が充分にあるのなら、心安らかに、勉強も労働もせず、死ぬまで暇つぶしができる」

 ヘヴィ過ぎる話に京介は言葉をなくした。とりあえずこのタイミングで言う話ではない。

「なにが真実か、いまのわたしたちに確認できるすべはない。でも計画って、そうそううまくいくものじゃないのね。政府とあればなおさらよ。さまざまな思惑が絡み合い、妥協し、修正し、落としどころを見つけ、結果として玉虫色の法案ができあがる。ラノベをよく思っていない活動団体もいるでしょう。だいたい野党がいるんだしね。ところでラノベの悪いところは?」

「意味のないところだ」

「ものすごく速攻で答えた。そう、意味のないところね。なぜ政府は現在、意味のないラノベに粘着していると思う?」

「人気であり、かつ科学技術政策として役に立つと考えたからだ」

「役に立つと思う?」

「立つわけがないだろう。やつらはなにもわかっていないのだ」

「そう、そのとおりよ。まさに『大人はなにもわかっていない』のよ」

「わかっていないのか」

「だからわたしたちは、いまこそここで、目いっぱいラノベを展開するの。〈大人〉がドン引きするほどの、究極のラノベをね」

「究極の、ラノベ……………………」

「そうそう、その調子」

「究極の、ラノベ…………………………………………」

「もう繰り返さなくていいからね。とにかく本当のラノベは、究極的にくだらないし、なんの役にも立たないし、もちろん日本の経済を次のレベルに押し上げたりもしないし、経済発展と社会的課題の解決を両立したりもしない。ラノベは〈大人〉の手に負えるものではない。もちろん悪い意味でね。ラノベのバカバカしさ、ラノベのクソぶりを、国に、国民に、世界に見せつけてやるのよ。そうすれば」

「ラノベから手を引く」

「閣議決定を覆すほどの力がラノベにはある。そもそも〈主人公〉として半年間もつづけてきたんだから、最後までラノベの力を信じなきゃ」

 京介は色葉の手を取り、握った。絹ごし豆腐のように繊細で、信じられないほど華奢な女の子の手だ。こうしていると、騎士が跪いて手の甲にキスをする気持ちが痛いほどわかる。姫のためなら命を賭す、その価値は充分にある。

 体温を手のひらに感じながら、究極のラノベなるものを考えた。この半年間、ラノベとともに歩み、信者を増やし、ラノベを社会現象にまで押し上げ、いまでは内閣総理大臣とラインでやり取りする仲にまでなった。世界を変えたのだ。そしていまや自分は、国を代表するスターと言っても過言ではない。だがなぜラノベの〈主人公〉が国民的スターたり得るのか。そう、国も、国民も、つくばのワンちゃんも、なにもわかっていないからだ。いわゆる氷山の一角しか見えていないからだ。水面下には常人なら目にしただけで発狂する真のラノベがうごめいている。

 だが。京介はなおも自問した。これまで自分が展開してきたラノベは、真のラノベと言えるだろうか。〈ハーレム〉も形成せず、毎朝自力で起床し、〈着替え〉ものぞかず、おっぱいはマシュマロのような感触ではないような気がしていた。いまだに一度も〈馬乗り〉されたこともない。信者たちのほうがよほどラノベらしいとさえ言えた。

 真のラノベがなにかはわかっている。

 人として終わってしまう。

 ああ、だが。

 おれはラノベに生き、ラノベに死のう。

 それがおれの運命なのだから。

「さあ、決まりましたか?」

 タイミングよく執事が言った。

「無駄と知りながら戦うか、それともあきらめるか! 教頭先生とお付き合いするか! いますぐ決めるのだ!」

 色葉は京介の胸をぽんとたたき、それから鼻背に軽くしわを寄せるタイプの笑みを浮かべ、言った。

「まずは、あの〈執事〉と戦ってみてよ」

「わかった」

「負けたら怒るよっ? 負けたら卵かけごはんはお醤油じゃなくてめんつゆの刑っ!」

「……むしろうれしい罰なんだが」

「そう、それよ! いい〈返し〉よ! 〈ヒロイン〉のせっかくの気の利いたセリフをあっさりブチ壊しにし、なんでも自分の手柄にしなければ気が済まない、それがラノベの〈主人公〉! でもこんなものじゃない。究極のラノベはこんなものじゃない」

「あなたたち、なにをこそこそやっているのです? なにを相談しようと、あなたたちに勝ち目はないのだ! まだわからないのか?」

 京介はゆっくりと振り返り、執事に言った。

「っせーなぁ。せかさなくても、すぐにきっちり相手してやっからよ!」

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