第159話 決戦の地 第33校舎ヒルズと外縁の人々と仲間たちの様子

 かつて麻布十番と呼ばれた平坦な地に立ち、京介は1基の塔を見上げていた。竣工間もない第33校舎ヒルズは、かつての網代公園から突き出た骸骨の人差し指だった。外壁は1500年ほど風雨にさらされたように見えるゴシック建築風で、鼻の欠けた天使やガーゴイルなどがファサードを不穏に彩っている。ツイスト型のデザインで、各階で4度ずつ右にねじられ、はるか上空の300階では地上階に対して1200度もねじれている。なぜわざわざそのようなデザインにしたのかはわからないし、教師を捕まえてたずねてみたいとも思わない。ただものすごく邪悪に見えた。それだけはたしかだった。

 塔を中心とした約17ヘクタールの土地は完全に解体・整地されていた。塔以外の建築物は存在せず、緑も一切なかった。地面の状態も邪悪だった。整地されているとはいえアスファルトはおろか化粧砂すらまかれておらず、ローラーによる転圧もされておらず、コンクリート片や大きめの石、木くずやガラスなど解体時のゴミがでこぼこの地にそのまま残されている。風が吹くたびに土埃が舞った。おそらく予算の問題というより雰囲気の問題なのだろうと京介は思った。

 塔の中心から半径20メートル以内はいわゆる関係者以外立ち入り禁止ゾーンで、デモや暴動時やプロレス会場などでよく見られる鉄柵がぐるりと張り巡らされている。等間隔に警官が立ち、塔や京介たちに背を向けている。フェンスの外側には観客がいた。しかも大勢いた。満員札止めなどではない、文字どおりの超満員だった。

 塔の中心から半径50メートル以降には観客席が設けられている。すり鉢状に取り囲み、すり鉢の中のゴマであるラノベ一行を見下ろしている。収容人数55012名、最頂部は約70メートルに及び、しかも邪悪なことにバリアフリーには一切配慮がなされていなかった。

 観客席の後部には、WWE御用達のタイタントロンと呼ばれる超巨大スクリーンが東西南北計4台設置されている。設置者である関東第一高校はそれぞれ青龍・朱雀・白虎・玄武と四神の名をあてがっていたが、スクリーンを見守るのはもちろん観客のほうだ。カメラは塔の内外を問わず死ぬほど設置され、ディストピアめいた執拗さで岸田京介の姿を追う。隠れる場所はどこにもない。

 京介はジュラルミンのキャリーケースを垂直に立て、持ち手を引っ込めた。それだけのムーブで周囲からは怒号のような反応が沸き起こった。京介のそばには一ツ橋色葉以下5名の〈ヒロイン〉がたむろしている。それぞれの荷物を手に、おびえたように観客を見まわし、寄り添ってひそひそ会話している。〈親友〉は少し離れたところでスマホをのぞき込んでいる。いまのところだれひとり京介に話しかけようとしなかった。

 プロレスでもそうだが、観客は全員が全員、岸田京介以下クソラノベのファンではない。鉄柵の外側ということで、一般客以外にも怒れる市民やありとあらゆる活動団体が陣取り、ラノベ一行を見守り、応援し、罵声を浴びせていた。

「お願いだ、負けてくれ!」

 関東第一高校の勉強したい側の一団が一画を占め、京介負けろ、京介負けろ、と統制の取れた応援を繰り広げている。部活の県大会などでよく見られるデザインの横断幕には、力強い筆文字で「全戦全敗 夢をあきらめろ」と書かれていた。

 各圧力団体は文字どおり、怒声によって圧力をくわえつづけている。だれにくわえているのかは定かではないが、みんな総じて怒っていた。経団連もいれば日教組もいた。水産・農林業、鉱業、建設業、製造業などの各業界団体もいた。消費者団体もいた。NGOもいた。アムネスティ・インターナショナルもセーブ・ザ・チルドレンもヒューマン・ライツ・ウォッチもいた。当然シーシェパードもいた。政治的に右の人も左の人も、宗教的に上の人も下の人もいた。接点がないはずの日本禁煙学会もいた。タールまみれの肺、ボロボロの歯、壊死した右足などのグロテスクな写真を貼りつけたプラカードを掲げ、だれにか知らないがタバコはやめろと叫んでいる。隣に陣取る日本フードサービス協会は衣服にPM2.5を付着させ、日本禁煙学会の肺気腫の確率をこっそり高めつづけていた。

 それぞれの団体や個人が思い思いに存在をアピールし、主張し、そうして奇怪ながらも世界の平和は保たれているのだ。まさに社会の縮図。それが証拠に、最も鬱陶しいのが日本ユーチューバークラブの面々だった。あいつらはなんの役にも立っていない。いつか立場を濫用してゴミクズのように消し去ってやろうと京介は密かに誓った。

 もちろんラノベもいた。元ださいたま民が最前列で、ネルシャツにストーンウォッシュのジーンズ、バンダナ、指ぬき手袋、巨大な緑色のリュックサックで正装し、サイリウムを振りまわし、周囲の迷惑も顧みず、激しいダンスを捧げている。忠義に厚い男たちだ。元腐った女子もいた。花子以下全員がしまむらを着用し、ネクラかわいくじっとり見守り、さまざまなカップリングを脳内で繰り広げている。つなぎを着たつくば民の姿も見える。つくば民の飼い主であるワンちゃんは猫ちゃんと仲良く入り交じり、わんわんにゃあにゃあと声を上げていた。三毛猫がチアリーダーのようにぴよーんと飛び上がった。空中で3回転し、チームによる鮮やかなキャッチ。

「にゃー!」

 貴子さんだ。アイドル活動で忙しいなか、わざわざ秋葉原から駆けつけてくれたのか。

 ユーチューバー約50名が最前列で実況をはじめた。京介はユーチューバーどもを締め出せと警備員に命じたあと、〈ヒロイン〉および〈親友〉を招集した。


   ◇


 円陣を組ませたあと、京介はしばらく地面を見つめ、言うべき言葉を探した。

 言うべき言葉が見つからなかったので面を上げ、ひとりずつ顔を見た。

「あなたが上原アリシャか」

「はじめまして、じゃなかった、お久しぶり」

「奇妙だ」

「奇妙ね」

「最終決戦の前に、ひとつ聞きたい。おれが好きか」

「ちなみにお仕事の依頼とか、かなりなものなの? 現在の月収はどのくらい?」

 春が髪を後ろに束ね、尻尾をくるくるまわしながら器用に結んだ。

「アンドロイド春。髪が伸びたな」

「ずっとこの髪ですが」

「おれにベタベタしないのか」

 春はぽけっと見上げた。

「なぜ?」

「ずっとそうしてきたはずだろう」

「うーん」

 京介は〈親友〉に目を向けた。

 敏吾はエロ目で見返した。

「おまえはなぜさっきから目を三日月型に保ちつづけているのだ」

「元からこんな顔さ。忘れたのかい?」

 敏吾は鼻の下を常人の3倍に伸ばしながら答えた。

「ああ、きみはぼくを忘れてたんだったな。忘れてたよ」

「おれたちは本当に〈親友〉どうしだったのか」

「悲しいよな。悲しい話さ」

「一概にそうとは言えないが」

 五月と陽一が互いの表情を探りながら会話している。一同がここへ集まった時点で、全員が全員よそよそしいことに京介はもちろん気づいていた。無理もない。事実上、関係を一度リセットされてしまったのだから。京介はリセットされた事実はのちに知ったが、記憶にない。色葉以外の面々は神に招集された、まさに寄せ集めのチームだ。かつては友情や愛情などで結ばれていたとのことだったが、いまは国に後押しされるかたちで強引に結びつけられている。

 京介はトゥットゥルットゥーと鼻歌を口ずさむ五月に言った。

「おれたちは勝利するのか」

「はい?」

「おれたちは勝利するのか」

 ズンデデンデン!

「勝つことは勝ちますが、かなり不興を買う終わり方です。『ぶん投げたなオイ』というみんなの呆れ顔が目に浮かぶようです。実際目に浮かんでいます。ついでに京介さんは何度か死ぬ目に遭います。それと次回から未来をたずねられる場合は、相談料として30分5000円いただきますので。あらかじめご了承ください」

 京介はステッキを胸に抱えた魔法少女を見下ろした。

「男なのになぜそこまでかわいいのだ」

「気を遣わなくても結構ですよ。だったらぼくとキスできます?」

 京介は答える代わりに陽一の顎に指を添え、そっと持ち上げた。ゆっくりと顔を近づける。

 陽一は目を閉じ、すべてを委ねた。

 唇の距離、約2.5センチ。

 色葉が咳払いした。

「それで、わたしには?」

「おまえには必要ない。ツーと言えばカーの間柄だ」

「じつはそうでもないんだけどね」

 京介はあらためて全員に向け、言った。

「いいか、おれたちはラノベだ」

 反応はなかった。

「関東第一高校の野望を打ち砕き、超高度教育社会を終わらせるのだ」

「勉強は大事よ」

 上原が言った。〈サブ〉全員がうなずく。

「塔に乗り込み、教師を倒す」

「先生に暴力を?」

 陽一が言った。五月が引き継ぐ。

「一体なにが不満なんです?」

「そこから説明するのか。もういい。あれこれ聞かず、黙っておれについてくるのだ」

〈サブ〉たちは顔を見合わせた。〈親友〉はいつの間にかスマホいじりに戻っていた。

「目指すは最上階、関東第一高校の教頭先生だ。とにかく戦い、勝利し、塔を上るのだ。そういうマンガを読んだことがあるだろう。バトルタワー編だ。そしておれたちが教頭を倒すことで、関東第一高校を破滅に追いやり、日本のラノベ化を果たすのだ! ラノベ6.0を実現するのだ!」

「トイレどこ?」

「あ、あっちに仮設トイレがありましたよ」

「ごめん、ティッシュ持ってない?」

 陽一からティッシュを受け取った上原アリシャが小走りにトイレへ向かった。

 五月が手を挙げ、京介に言った。

「いつでも好きなときに帰れるんですよね」

「だったらなぜそもそもここへ来たのだ」

「神様に言われたからです」

「それに内閣府にも」

 陽一が言った。

「お国には逆らえませんからね。あと、先ほど戦うと言われましたけど、実際こぶしで殴り合ったりするわけではないですよね? ステッキを掲げてくるくるまわるとか、その程度だと認識しているんですが」

「春。おまえはなぜ来たのだ」

「暇つぶし」

 色葉は OTL 状態の京介をつつき、ジュラルミンのキャリーケースを指さして言った。

「その中身の説明、したほうがいいと思うけど」

「いや、内緒にしておく。みんなにもだ。せめてこれでみんなをあっと言わせなければ、最終決戦は救いようのないしょぼしょぼバトルに堕してしまう」

「たしかに、塔を上っている最中の〈打ち切り〉は最低最悪ね」

 小を終えた上原が小走りに戻ってきた。ちょっと興奮している。

「知ってる? 塔の反対側に、日本を代表する各メーカーの営業がずらり控えてた!」

 色葉が冷静に答えた。

「知っています」

「全員イケメン!」

「わたしがそう指示したので」

「どういうこと?」

 京介はのろのろと立ち上がり、〈ヒロイン〉を見まわし、スマホいじりに夢中の敏吾を怒鳴りつけて呼んだ。

「とにかく行くぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます