第155話 ラノベ6.0 超ラノベ社会の実現に向けた最後のワーキンググループ(後編)

「それでは定刻となりましたので、ただいまからラノベ6.0重要課題ワーキンググループの会合を開催いたします」

 内閣府参事官が言った。

「以降の進行につきまして、英田座長にお願いしたいと思います。どうぞよろしくお願いします」

 座長がうなずき、言った。

「モテない冴えないごくふつうの高校2年生男子を参考人としてお招きすること自体、異例中の異例でして、さらには個人の動向が日本の将来を決定づけるということで、いやはや前代未聞の事態でございます」

 全員が京介を見た。

「個人の動向とはおれのことか」

「そうです。来たるべきラノベ6.0、超ラノベ社会の実現に向け、あなたと関東第一高校の最終バトルが大きな鍵を握っているんです」

「おれが勝てばいいのか」

「正直、勝ったり負けたりですね、われわれはそれがベストだと考えています。でもあなたにそんなことは口が裂けても言えない。今後5年間のラノベ市場の盛り上がりは、あらゆる企業や投資家が期待しています。実際、お金も動いている。だから今回は、ぜひとも勝っていただきたい。日本をラノベで席巻してほしい。ただラノベがつづくと今度は国民の教育レベルが下がってしまう。だから5年後くらいに、次の章において、一度負けると。そしてそのあと反省的に振り返り、まじめに修行し、勝つ。まあ大まかには、そういったイメージで」

「5年後は22歳だ。ラノベはできない」

「そこは新主人公のアドバイザー役といいますか、メンターとして再登場すると。あなたはサポートにまわられて、脇役として活躍する。そういうのは、かっこいいと思うんですがね。それでも〈大人〉はダメなんですかね。〈大人〉がいてこその17歳だと思うんですがね」

 京介は手を上げ、遮った。

「ひとつ、いいか」

「なんでしょう」

「日本は一体どうなってしまったのだ」

 出席者が顔を見合わせた。ひとりが言った。

「岸田京介さんは、ラノベの使徒でいらっしゃるんですよね?」

「だからなんだ」

「ラノベ社会を最も望まれているはずなのでは?」

「だが」

 京介は言いかけ、うつむいた。

 隣にすわる色葉は京介をのぞき込み、それから出席者を見まわし、葛藤もむべなるかなと思った。日本は国を挙げてラノベ社会を実現しようとしている。もとはといえば京介のせいなのだが、ここまでおおごとになるとは想定外だ。つくばのワンちゃんたちだって想定外だっただろう。

 とにかく立場を保ちつつ、会議を終わらせることだ。よくわからないが、自分たちが日本の将来の鍵を握っているらしい。イニシアチブを離さず、情報を得る。色葉は座長に言った。

「参考人として呼ばれたわけですが、具体的になにをお伝えすればよろしいのでしょう」

「われわれはラノベの専門家ではありません。まあそんな専門分野など存在しないからなのですが、そこで、いわゆるラノベの使徒である〈主人公〉の岸田京介さんと、その〈メイン〉である一ツ橋色葉さんにですね、もう専門家と言ってもいいのではないかと思っているわけですけども、ラノベについて詳しくおうかがいして、われわれとの認識のギャップを埋め、深掘りしたいなと」

 おばさんが言った。

「最終バトルにおいては、国が全面的にバックアップするつもりです」

「関東第一高校を潰すつもりなのですか」

「いえいえ。所詮ラノベですから。われわれの見解では、現実であってもあくまで擬似的な戦いだと。つまり、ごっこ遊びですね。そのごっこ遊びが、日本の10年先を決めると」

「なにもわかっていないのだ」

 京介が言った。座長は微笑みながら答えた。

「そう、なにもわかっていない。だから参考人としてお呼びしたわけです」

 おばさんがペンを手に言った。

「一ツ橋さんにご質問がございます」

「なんでしょう」

「左右の目の色が異なっておられますが、視力に問題はないのでしょうか」

「わたしの目に映るのは生命が滅びゆく姿のみです」

「なるほど。ただ色がちがうというだけでなく、ちゃんとした意味、理由があるのですね」

「冗談ですよ。ラノベに意味があるとすれば、それはどれだけかっこいいかです。理由づけは、ほとんどの場合において必要ありません。むしろ長々と説明するとめんどくさいと思われます」

「その、頭上で揺らめかせていらっしゃる毛ですが、毎朝そのようにセットされているんですか?」

 色葉はハッとし、てっぺんに手をさまよわせた。アホ毛が2本揺らめいている。

「いつの間に」

「とっても恥ずかしいセリフを吐かなければならないときがあると思うんですね。その際、相手方、つまり〈敵〉などが、例えばバカにしたりですとか、もしくは話も聞かずに攻撃してきたりですとか、そういったディスコミュニケーションが起きた場合、ストーリーの推進という点において、通常どのように修正されるのでしょうか」

「ラノベの本質のひとつが、コミュニケーション不全です。つまり、〈バトル〉においても〈ラブコメ〉においても、各人はとにかく気の利いたセリフを言うことしか頭にありません」

「そもそも対話ではないと」

「そうです。たとえばわたしが〈主人公〉に、『質問に答えろ。返事はハイかイエスだ』と言ったとします。すると〈主人公〉は『それ同じ意味だから!』と返します。それでその場面は終わりです。なんの意味もない。すなわち、わたしがなんらかの質問に本当に答えてもらいたいのであれば、『ハイかイエスだ』などといった小ネタを放り込んだりしない、ということです」

「それ、同じ、意味、だから」

 つぶやきながらメモを取っている。もちろんくすりとも笑わなかった。

 べつのが言った。

「〈ヒロイン〉には、〈メイン〉と〈サブ〉がおありだとうかがったのですが、実質どう異なるのでしょうか。つまり、今後日本の基幹産業として発展していくラノベにおいて、たとえば〈ヒロイン〉さんに、なんらかのかたちで報酬などが発生すると思うんですね。そのルールづくりですね。給与とか、そういったものの包括的な枠組みが必要となった際に、だれが見ても公平な基準といったものがおありなのかと」

「いまのところ無報酬ですし、考えたこともありません。ただ、出番の回数そのものよりも、人気によって算定すべきかと思います。人気が出れば、それだけ儲かる。そこはよりよいインセンティブになり得ると思います」

「その人気を、どう定量的に決定するかですね。〈お約束〉をこなした数とか。ありがとうございました」

 京介は色葉の腕をつついて言った。

「なぜ律儀に答えているのだ」

「ここはまことの異世界なのよ。いわゆる〈異世界〉などゴミクズのように消し飛ぶ、〈大人〉の異世界。てきとうでもなんでも、とにかく答えなきゃ」

「おれは」

 京介はテーブルの上でこぶしを握りしめ、おのれの心奥を探るかのように見つめた。

「ラノベと勉強、どちらが正しいのか、わからなくなってきたのだ」

「正直わたしも」

 学者か漫画家か判断のつかない風貌の年寄りが京介に言った。

「ほかの〈ヒロイン〉は、いまヴォイドにいらっしゃるようですが」

 京介は顔を上げた。

「ヴォイド、だと?」

「ええ。〈打ち切り〉や〈空気〉化したラノベたちが堕ちる場所です。地獄ですね、端的に言うと」

「実在するのか」

「もちろんです。ラノベの使徒であるあなたなら、ご存じかと思ったのですが。いまね、凶悪犯罪者の収監、いや収容に利用できないかと、宗教数理工学の分野で研究が進められていましてね、いわば現実のバーチャルリアリティー、虚数的なね、存在しないリアルの有効活用ですね。これ、宇宙航行にも応用できますよ。わたし、〈ヒロイン〉がどのようにしてヴォイドに堕ちたのかをおうかがいしたかったのですが、もし」

 京介は遮って言った。

「なぜおれの〈ヒロイン〉が堕ちていると知っているのだ」

 座長が言った。

「あなたたちの足跡は、すべて承知していますよ。岸田京介さん、あなたには、たくさんの〈ヒロイン〉がいた。アンドロイド春に、10月で27歳になる上原アリシャに、〈男の娘〉の陽一に、未来予知能力者の五月」

「だれか、ヴォイドから助け出す方法を知っているか」

 出席者は顔を見合わせた。

「何度顔を見合わせれば済むのだ。おまえらは有識者だろう」

「むしろわれわれとしては、それをおうかがいしたかったのですが。〈バトル〉の盛り上がりという点でもですね、ふたりきりというのは、ちょっと地味ですからね。〈バトル〉の前に、ヴォイドから救い出して、そしてわらわらと戦う、と」

 京介はイスを蹴って立ち上がった。

「だれか、おれの〈ヒロイン〉を救い出す方法を教えるのだ! アンドロイドと、上原なんとかと、女の子の格好をした男子高校生と、未来予知能力者を」

 色葉は京介を見上げ、首を振った。

「無駄よ」

 出席者は顔を見合わせた。

 座長が穏やかに、まるでなにごともなかったかのように言った。

「ほかにご質問はございませんか。よろしゅうございますか。では、会議とは関係ないのですが、〈バトル〉を控えた岸田京介さんと一ツ橋色葉さんに、スペシャルサプライズを用意しております。すみません、どなたか電気を。ああ、ありがとうございます」

 出席者のひとりが立ち上がり、照明を絞った。

 しばらく間を置いたあと、100インチプロジェクタースクリーンにスーツ姿の男性が出現した。

 完全に見覚えのある顔だった。

「アイムソーリー、ぼく総理。こんにちは、内閣総理大臣です」

 京介は表情を険しくした。

「岸田京介くん、いや、アンダーアチーバー京介くん、あなたのご活躍は常々、伝聞でうかがっております。出席者の皆様も、お疲れ様。さて、ラノベノミクスはここへ来て、風雲急を告げる展開でございます。そちらの会議でもお話があったかと思いますが、京介くん、あなたの勝利が、すなわち日本を勝利に導く。ラノベ6.0の真の実現を図る。われわれ政府は、その実現のために、必要な取組をどんどん具体化してまいります。メダル・オブ・紫綬褒章でもお送りしましょうか。カリスマ度が1ポイント上がるだけですがね。ないよりはマシですよね」

「総理よ。ヴォイドから〈ヒロイン〉を助け出す方法を教えるのだ!」

「録画よ」

 色葉が言った。

「美しい日本!」

 総理は唐突に叫んだあと、右斜め上に黒目を向け、考えごとをしているかのように固まった。

「ああ、そうそう。ヴォイドの件ですが、ぼくが全員解放しました」

 京介は眉をひそめた。

「あれは苦しい戦いでしたよ。内閣総理大臣の権限をフルに動員しなければならなかった。自衛隊に出動を要請したり、閣議を主宰したり、意味もなく国務大臣を罷免したり。しまいにはラノベノミクス3本の剣のひとつ、希望を生み出す強い経済ソードを抜かなければならなかった」

 画面が若干引いた。反り身の剣を手にしている。

 さっとひと振りし、剣を正面に立てて構えた。

「ラノベノミクスは文字どおりの諸刃の剣、だがすべては日本の未来のため!」

 そのとき。

 どん、という音とともに、総理の全身が金色の炎に包まれたッ!

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 腰を割り、さらに気合いを入れる。金色の炎がどんどん膨張していく。

 首相官邸が揺れはじめた。

「岸田京介よ、これでいいか? これがラノベか? これが総合科学技術・イノベーション会議の答申にあったラノベの姿でまちがいないかッ!」

 京介は思わずうなずいた。

「アンダーアチーバー京介! 最終バトルは心してかかるがいい! 関東第一高校の教師を甘く見るな! このぼくに傷を負わせるほどの男たちだ!」

「なぜ、なぜだ」

 録画にもかかわらず、京介はスクリーンに向かって話しかけつづけた。

「なぜなのだ」

 総理は圧倒的パワーで跳躍し、首相官邸の天井をブチ破り、金色の尾を引いてあっという間に彼方へ消えた。

「なぜ…………………………………………」

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