第154話 ラノベ6.0 超ラノベ社会の実現に向けた最後のワーキンググループ(前編)

 翌日。

 京介と色葉はアマン東京をチェックアウトしたとたん黒服の男に拘束され、車内に放り込まれた。そして永田町一丁目の中央合同庁舎8号館6階会議室で行われる総合科学技術・イノベーション会議、重要課題専門調査会、ラノベ6.0重要課題ワーキンググループに参考人として無理やり招かれる運びとなった。

 ラノベ6.0ってなに?

 説明しよう。ごく平たく、かつてきとうに言うと、ラノベ6.0は、科学技術とかで近い将来日本全体をラノベにしましょうという政府の指針のようなものだった。ある日総理大臣は考えた。最近よく耳にするラノベ、あれってなんのことだろう? おそらく科学とかに関係するにちがいない。そこで総理は頭のいい議員や民間人をたくさん集めて会議室に放り込み、答えが出るまで話し合えと命令した。総合科学技術・イノベーション会議は、科学技術じゃないんだけどなあと不満を口にしつつも一生懸命話し合い、あることないこと考えた結果を「ラノベについて」として取りまとめ、教化32年8月に提出した。

 総理は答申を読んだ。

 ラノベとは?

 21世紀もなかばに差しかかろうとしている、などという出だしはいかにも暗い話題がつづくのではないかと思わせるが、案ずるなかれ、わが国は特区による関東第一高校の設立と超高度教育政策の強力な推進によって、科学技術におけるぶっちぎりのグローバルリーダーとしていまや覇王の地位を固めつつある。IoTだビッグデータだ人工知能だと騒いでいたのはもはや過去の話である。超スマート社会の基盤は完全に整備されたし、トップ10%論文はわが国が完全に独占しているし、女性はバリバリ働いているし、お年寄りは健康だし、地方は元気になったし、大学もバッチリ改革した。シリコンバレーは衰退し、プラットフォームは日本製オンリー、ベンチャー企業は文字どおり売るほど出現し、鼻くそをほじるお気軽さでイノベーションを創出している。わが国は安泰である。やるべきことはなにもない。

 だがいちおう、諸外国も日本に追いつけとがんばっているので、ちょっとは気にかけてあげなければならない。それになにかをやっていなければわれわれはお払い箱になってしまう。それはイヤである。

 今年に入り、ラノベというキーワードが散見されるようになった。散見されるだけでなく、実際に街なかでも繰り広げられている。ラノベはある一定の若者に大人気である。高校で落ちこぼれ、自主的に勉強もせず、かといってほかにやることもなく、目的もなく、人生と暇を持て余している、未来永劫GDPに寄与しなさそうな若者である。後述するように、ラノベはある一定の若者に、「おれでもできる」「だれでもできる」と思わせる自己肯定感を創出する。なぜならてきとうでいいからである。ある一定の若者が「街なかラノベ」を見る。おれでもできる。そしてやる。ラノベには専門知識も専門技術も必要ない。ただかっこよく、自己の願望を実現させるだけである。必要なのはページをめくるたびにあふれ出す想い、これのみなのである。その想いをわが国の最先端科学技術が現実に実現させ、才能のない者までデビューさせてしまっているのである。自己肯定感は心の余裕を生み、消費意欲を増大させる。なにより勇気を持って社会に進出できるようになる。企業面接において、アピールポイントを問われる。ラノベですと胸を張る。ああ、あなたもラノベですか、わたしもラノベだったんですよ。うちも最近、ラノベシナリオの開発に手を出しましてね。へえそうなんですか! ああそうさ! きみにぴったりの仕事さ! 面接は大盛り上がり、そして輝ける採用通知。ラノベの連帯感は、かつて「オタク」と呼ばれた者たちの連帯感とは異なり、その想いは社会と直接結びつけられている。最先端科学技術が願望と現実をリンクさせ、いわばスマートオタクを生み出したのである。科学技術は就職だけでなく、後述する〈ヒロイン〉との会話やラブラブやもみもみも実現する。〈エルフ〉とエッチできる! すばらしきかな、人生! 工作機械の発達による全世界的な経済成長とその後の停滞から国際レベルでの協調と国家間の格差の是正が叫ばれ、平等だ人権だ地球環境への配慮だ多国籍企業死ねと口やかましいNGOに配慮しつつ、福祉国家を超え個人の幸福を追及すべき現代において、ラノベの連帯感と双方向性は、産業の振興のみならず、個人の幸福をも実現してしまうのである。もちろん科学技術によって。

 ラノベと一口に言っても、さまざまなタイプに分類できる。ジャンルおよび用語の妥当性については「ラノベプラットフォームにおけるジャンルの在り方に関する専門調査会」で調査・審議が行われているが、最も科学技術と関係ありそうなジャンルが〈ファンタジー〉である。剣と魔法でかっこよく戦い、アニメ化を目指すタイプのジャンルである。かつてはユニクロオンラインなどのゲーム、すなわち〈VR〉世界で行われていた。当たり前の話だが、跳んだり跳ねたり死んだりしなければならないからである。だが近年、反重力技術や超衝撃吸収型複合材料、革新的医薬品・再生医療の製品化により、現実世界での〈バトル〉が可能となった。当たっても痛くない武器、〈技名〉の音声に反応して壊れる防具、スピードが3倍になった気がする脱法ポーション。正直テクノロジーの無駄遣いとしか思えないのだが、そう感じるのはわれわれがラノベに寄せ切れていないおっさんだからである。ちなみに〈ファンタジー〉の小分類である〈異世界〉では、〈主人公〉がヒロイックな展開を放棄し、なぜか農業を営む場合がある。若者が農作業に従事するのである! とはいえまともに働きはしないのだが、そこは科学技術。なんとなく働いたふりをして「ふう」と汗を拭ってあとは女の子とひたすら無駄なおしゃべりをつづけるだけですくすくと育つ肥料も水やりも農薬も天候の考慮もいらない革新的な遺伝子組み換え作物の登場により、スローライフの満喫とわが国の第一次産業の復活が華麗に両立するのである。ノーマン・ボーローグの再来、いやそれ以上である。

 もちろんジャンルは〈ファンタジー〉だけではない。〈学園〉ものはラノベの約90%を占め、なんの取り柄もないと称する〈主人公〉と呼ばれる高校2年生が、〈ヒロイン〉と呼ばれる複数の女子高校生に囲まれ、高校を舞台にだらだらと会話をつづけ、食事をし、服を脱ぎ、アニメ化を目指すタイプのジャンルである。ここでも最先端科学技術は応用されている。〈主人公〉はともかく、〈ヒロイン〉は全員美少女でなければならない。なぜかは言うまでもない。美少女ではない女の子はまず、市販のゲノム改変キットによって細胞レベルで美少女化を果たす。その後必要に応じ、〈エルフ〉化もしくは〈けもの〉化する。ここで人権、倫理、哲学などの諸問題が巨大に立ちはだかりそうだが、かつてのエステ業界も似たようなものだったのでおそらく問題はないと思われる。自分が美しくなってしまえば、ほかの女性の人権などわりとどうでもよくなるのである。そしてそもそもなぜ美少女〈ヒロイン〉は、なんの取り柄もないと称する男に群がるのか。理由はただひとつ、〈主人公〉をダシにして人気を得るためである。

〈学園〉ものではとくに、〈テンプレ〉と呼ばれる大喜利的な要素が非常に重要である。例えば〈主人公〉は、スピーディーな展開のため間髪入れずさまざまな〈ヒロイン〉と出会わなければならないのだが、こちらは超スマート社会の実現に向けて整備済みの社会的ネットワークが無駄に応用されている。つまり、つくばのワンちゃんである。ネットワークと未来学と数理生物学との華麗なコラボレーションにより、各人は必要に応じて出会い、ぶつかり、またがることができるようになるのである。ネットワークは、よりストリクトな〈テンプレ〉を必要とする〈異世界〉ものにも利用され、現在では無人自動走行車両を含むすべての〈トラック〉に〈主人公〉探知器が搭載されている。〈異世界〉ものは、なぜか〈トラック〉に轢かれないと話をはじめられないらしい。詳細は資料2-2を参照のこと。

 最先端科学技術が願望と現実をリンクした結果、ラノベは個人の幸福のみならず、社会における逆説的な連帯感によって、ある一定の若者の働く意欲と雇用そのものを生み出した。収入は消費へとつながる。超高度教育政策によって生み出された大量のエリートは、賢すぎて無駄な消費に向かわなかった。ラノベは消費する。ラノベはラノベ自身を消費する。なぜならラノベそのものが個人の幸福の源だからである。アイデンティティそのものだからである。ラノベ市場は右肩上がりであり、5年後には年間10兆円を越える規模を持つと予測される。そして儲かるのであれば、民間企業はどんなバカな製品でも開発するし、製造するし、販売するのである。破壊されるほうの土地建物および道路などの公共財についても、ラノベ技術を応用しディフェンス力を高め、同時にお年寄りに優しくなった。すべてはラノベのおかげである。

 ラノベは限界突破した日本の科学技術を、まともなスーパー製品の開発へ向けるハブとしての役割を担うものであるとも考えられる。技術を持て余し気味だったメーカーは、ラノベ向けの製品を開発する。ラノベの夢に限界はない。そしてそこから応用・融合・アウフヘーベンなどを経て、いみじくもまじめに実用的なスーパー製品の開発へとつながるだろう。ラノベとはつまるところ、学者の夢、民間の夢、そして若者の夢、3つの夢の実現であると言えるのである。

 ラノベはもともと、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、エロゲと聖典を同じくするセム的一神教だったと言われている。一神教が日本で突然勃興したのは、ひとりの男子高校生が啓示を受け、関東第一高校に反旗を翻したからである。皮肉なことに、当該男子が勉強を拒否し、関東第一高校に孤独な戦いを挑んだからこそ、さらなる科学技術の進歩と経済の発展、個人の幸福が遂げられるのである。当該男子のモチベーションはなんだったのか。それは胸に秘められし言葉にできない思い、例えば〈彼女〉が欲しいとか、だれよりも強くなりたいとか、ただ単純におっぱいを揉んでみたいという熱い思いから来ているのだと思われる。われわれにも覚えがなくもない。

 宗教と科学技術、そして若者。すなわち過去と未来と現在。3つの夢のみならず、時空をも超えるパーフェクトな社会、もはや社会の最終形態、それが来たるべき今後のわが国のありかた、ラノベ6.0なのである。

 わかりましたか、総理?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます