第153話 帰京 のあいだの経済界の動き

 翌日。京介と色葉はホテルをチェックアウトしたあと、つくばエスプレスに乗り込み、秋葉原駅へ向かった。

 到着までに45日を要した。

 研究学園駅では、早乙女以下つくば民とワンちゃんの万歳三唱で見送られた。車内では握手とサイン攻めにあった。色葉は考えた。忍者を倒し過去を救ったとはいえ、ここまで褒め称えられるものだろうか。まるで郷土の英雄、いやそれ以上だ。甲子園で20試合連続ノーヒットノーランを達成してもここまで他人を持ち上げたりはしないだろう。つまり、いいかげん飽きるはず。

 万歳三唱の声はつくばの空を満たし、呼応するように駅周辺でも万歳三唱がはじまった。三唱の波紋はどんどん広がり、やがて22万人が一斉に叫び、クリスタルドームそのものを揺るがした。

「岸田京介は真の英雄だ!」

 つくば研究学園都市のドームを出ると、まともな電車内らしい静けさが戻った。だがやれやれと息をつく暇はなかった。京介への賛辞は静かながらつづいた。乗客全員に取り囲まれ、尊敬の眼差しでひたすら見つめられた。つなぎを来ていない乗客も、なぜかもれなく京介を知っていた。

 みらい平駅に到着すると、中学2年生と思しき男子の団体が車内になだれ込んできた。偉大なるラノベの使徒・アンダーアチーバー京介の前にぬかずき、弟子入りを直訴した。車内マナー的に収集がつかなくなってきたので、色葉は全員から名前と住所とアピールポイントを聞き、合否はのちほど書面で送ると告げた。

 守駅のホームでは、ありとあらゆる髪色と〈属性〉を身につけた女子高校生約150名が頭上にアホ毛を2本ずつ揺らめかせながら京介に手を振り、口々に死ねと叫んだ。容姿に自信のある数人が乗り込み、〈ヒロイン〉の数が足りないことを知ってか知らずか、大胆にも京介に猛アピールを開始した。色葉は下着姿の女子高校生を追っ払いがてら、突然の人気急上昇ぶりをたずねた。現在の状況が漠然と把握できた。

 例の万歳三唱は、ただの万歳三唱ではなかった。つくばのワンちゃんすなわちつくばわんわんWANは、ひとりはイヤだと泣きじゃくる岸田京介を見て不憫に思い、その「偉業」を社会的ネットワークに無理やり流し込んだのだ。岸田京介のすばらしさ、かっこよさ、ありえなさを、しかも10割増しで。これでもう、ひとりではなくなったね。それどころか永遠にひとりではなくなりそうだった。噂は口コミを介してまたたく間に広がり、テレビ放映が一切なかったにもかかわらず、田舎のおばあちゃんですらラノベの使徒の名を知ることとなった。そして口コミなので尾ひれがつきまくっていた。

 田舎のおばあちゃんが知っているくらいなので、各民間企業も当然知っていた。いま巷で最もホットな有名人・岸田京介の情報を集め、資料にまとめ、部内で検討し、ひとつ気づいた。日本いや世界を代表するヒーロー、飛ぶ鳥を落とす勢いの、女子にモテモテ、印税ウハウハの岸田京介は現在、文字どおりのごくふつうの高校2年生だった。すなわち、衣服や装備にはロゴひとつ見当たらず、事務所からはイベントの告知もなく、食玩をつくりたくても連絡先ひとつ存在しない。

 各民間企業は戦慄した。

 神以外のどこともしてないんじゃね?

 戦慄したあと、すぐさま岸田京介専門のチームが結成された。このビジネスチャンスを逃してはならない。岸田京介が着るべきアーマーは、わがデサント社の『インフィニティ』をおいてほかにないのだ! 総理の発言にもあったとおり、ラノベはここへ来て国レベルでの盛り上がりを見せている。なぜ盛り上がっているのかはわからないし、正直お近づきになりたくない。だがビジネスはビジネス。とにかく会ってこい、調査など後まわしだ。おい、スーツなんて着てどこへ行くつもりだ? 相手はラノベだぞ。きみ、年はいくつ? 24? 17歳の社員はいないのか。いるわけないか。まあいいや。礼儀正しく名刺なんか渡すんじゃないぞ。しっかり〈曲がり角〉でぶつかるんだ。ほら、大量の書類を無造作に胸に抱えて。ぶつかったら、派手にまき散らすんだぞ。しっかり〈馬乗り〉になってこい。後方まわし蹴りしてこい。

 24歳の女の子デサント営業が〈巫女〉姿で社屋から出て角を曲がった次の瞬間、何者かの襲撃を受け、ぐちゃぐちゃぼろぼろの姿で泣きながら帰ってきた。

 ミズノの仕業だと社内では噂が流れた。だが事実は異なりすぎるほど異なっている。ミズノの仕業でもアシックスの仕業でもなかった。だいいち日本を代表するラノベ用具メーカーがそんな卑怯な真似をするはずがない。

 内閣府の仕業だった。

 ミズノはすでに、安全で切れ味鋭くかつ折れ方もかっこいい魔剣ティルヴィングIIを開発・製造・販売していた。3回切ると自分も死ぬという呪いがロマンチックだと評判を呼び、ラノベ市場における魔剣シェアの約39%を占めている。実際はそんな呪いはかけられていないのだが、火のないところに煙を立てたがるのが庶民というもの。ならばと日本生命はラノベの皆様にもわかりやすい月々350円からの特定3大北欧神話保障保険を開発した。

 ラノベの可能性は無限大である。ここで勝負をせずに、なにがビジネスか。

 柏たなか駅のホームでは、リクルートとアデコが殴り合いのケンカをしていた。なんとなく自分たちに由来するような気がしたので、色葉は京介を連れて途中下車し、人材サービス業者を引き剥がし、理由を聞いた。そして腑に落ちた。

 京介はすら決めていなかったのだ。

 そこへ一陣の風とともにあらわれたテンプスタッフの女の子営業が京介を拉致し、あっという間に駅外へ連れ出した。コーヒーショップへ連れ込み、あなたらしく輝ける職業を次々と紹介した。色葉がようやく追いつき、岸田京介には使徒という立派なジョブがあるのだとテンプリンちゃんを説得し、京介を連れ出し、柏たなか駅に再入場した。京介は危うく事務職としてキャリアをスタートさせるところだった。

 次の柏の葉キャンパス駅ではマリオが待ち構えていた。

 おそらくスマブラに勧誘するつもりなのだろう。マリオをスルーしようとこそこそ背を向けたが、扉が閉まる瞬間に気づかれた。甲高い声で京介の名を呼び、例の異常な跳躍力を発揮しようと身を屈めた。電車に飛び移るつもりだ。そこへ黒服を着た男数名があらわれ、マリオの背中に飛びつき、押し倒した。マリオはキノコを生で食いはじめた。キノコを取り上げ、口に指を突っ込んで吐き出させた。後ろ手に縛り、立たせ、駅職員の制止も聞かずにエスカレーターに乗った。マリオは大方、大好きな地下へでも連れていかされるのだろう。

 これも内閣府の仕業だった。

 バーバリーが車内に乗り込んでいた。今度は外資か。強引に挨拶したあと、やっぱりスチームパンクでしょうと言いながらコート・オブ・ヴィクトリアンを京介に無理やり試着させた。頭にゴーグルをつけ、左目にモノクルをつけ、歯車満載のバックパックを背負わせた。色葉はすでにへとへとだったが、言葉を尽くして説明した。長いこと現代日本を舞台にラノベをつづけてきたので、いまさら世界観を変えるわけにはいかない。いきなりスチームパンクになったらみんな混乱するだろうし、〈テンプレ〉から少しでも離れるとみんなはビックリしてどこかへいなくなってしまうのだ。

 次の駅には再春館製薬がいた。新製品のポーション『ドモベシェディゴンリンクル』の販売にあたり、どうしても岸田京介の力が必要なのだという。まずおまえが飲めと色葉が言った。朝から3本飲んでいるが体調は絶好調だと再春館製薬は答えた。ここで飲め、目の前で飲めと色葉は詰め寄った。南流山駅に到着すると、黒服が数人乗り込んできた。再春館製薬をつまみ出し、たけのこの里に化けて優先席にすわっていた明治を拘束し、〈ヒロイン〉なら楽器の演奏は必須でしょうとギターを手に色葉に詰め寄るESPを数人がかりでダイブして取り押さえた。黒服は無線で応援を要請した。

 民間企業の攻勢はつづいた。東京都に入ってからはさらに勢いを増した。

 そして終点の秋葉原駅には、ラスボスと言うべき男が待ち構えていた。京介はホームに降りたとたん松岡修造の襲撃を受け、IMGラノベ部門の契約者第1号となった。さすがの内閣府も修造だけは止められなかった。

 そしてつくばを出て46日後。

 内閣総理大臣が声明を発表した。

「経済界のみなさん、落ち着きましょう」

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