第151話 登場するヒロインは全員11歳です

 勇一郎の努力と機転に免じ、舞台をエロゲ棟に移そう。敏吾は90年代ラノベの言葉どおり、エロゲ棟にいた。ラノベの〈親友〉ということでもちろんはじめはラノベ棟に収監されたのだが、初日からラノベの範疇を軽々と越える言動を見せたため刑務官もどうしていいのかわからなくなり、凶悪ラノベ犯のガラをエロゲ棟に移したのだった。

 敏吾は一体なにをしでかしたのか? もちろんここで記すことはできない。

 エロゲ棟でも早々に問題を起こし、現在地下の独房に監禁されていた。

 敏吾は裸同然の格好で、膝を抱え、隅に小さくなっている。小部屋はまるで海辺か孤島の刑務所のように、寒くてじめじめしていた。熱源はおのれ自身の体のみだった。空気やコンクリートの床へは伝導によって、コンクリートの壁へは輻射によって、敏吾は熱を与えつづける。対流によってわずかに暖かくなった小部屋の空気は、鉄の扉に熱を与える。敏吾は冷えつづける。独房の環境は明らかに死ねと言っていた。外からはときおり、看守の談笑が聞こえてきた。談笑がやむと、女の子のあえぎ声が聞こえてきた。あえぎ声は過呼吸もものともせずプロに徹し、一定の間隔でループした。ティッシュを引き抜くざっざっという音が聞こえ、3分後「うっ」という看守のうめき声が聞こえた。男の精髄をティッシュに伝えたのは伝導でも対流でも輻射でもなかった。熱源自らのピストン運動だった。

 もろくなったコンクリートの壁には、思わせぶりな正の字が刻み込まれている。以前ここに監禁された者が狂気に駆られておのれの爪で記したものなのか、それとも単なる演出なのか。光源は6メートル上の天井に空いた小さな穴のみだったので演出としては大失敗だった。見えないからだ。

 騒々しい音を立て、のぞき窓が開いた。

「苗字のない敏吾」

 敏吾は答えない。顔も上げない。

「言え。『登場するヒロインは全員18歳以上です』と」

「〈ヒロイン〉は、全員11歳だ」

「いつまで抵抗するつもりだ。〈ヒロイン〉は全員18歳以上だ。どれだけ幼く見えようと、ランドセルを背負っていようと、〈ヒロイン〉は全員18歳以上なのだ!」

「全員小学生だ。ぼくはみんなのお兄ちゃんだ。小さな町の開業医だ。おそらく内科医だと思う。だからぼくは小学生に注射するんだ。扁桃腺の腫れを確認するんだ。体操着を脱がせ、胸のしこりを触診するんだ。カテーテルを」

「その先を言うのはやめておけ。〈同人〉棟にぶち込まれたくなければな。〈ヒロイン〉は全員18歳以上だ。18歳以上でなければならないのだ」

「だったら最初から見た目を大人の女性にすればいいだろう。明らかに小学生の女子を多数取りそろえておきながら、いやじつは全員18歳なんですよ、だと? 卑怯者め。おまえらは全員卑怯者だ」

「おまえよりマシだ。45倍マシだ。それはそうと、お客だぞ」

 看守の目が扉の向こうに消えた。しばらくすると、異なる目がのぞき込んできた。

 昭和人が女湯をのぞいているような三日月型の目つきをしていた。

「ぼ、ぼくは、長宗我部という。関東第一高校の元教諭だ」

「元、か。生徒にでも手を出したのか」

「そう。そのとおり。そのとおりだよ。エロ、エロ、エロロロローッ!」

 まちがいなく関東第一高校の元教諭のようだ。

「なんてね。手を出したというのは冗談だ。冗談だよ、きみ。なぜなら女子高校生は、全員15歳以上だからね! きみもその口なんだろう? 12歳以上は眼中にない。文字どおり目に入らない」

「そうだ」

「断言するねー」

「おまえらは全員卑怯者だ。ぼくは恐れない。小学生を恐れない!」

「まあまあ、落ち着いて。きみ、ここを出たいんだろ? ヴォイドを出たい。なら、小学生とか11歳とか、言ってちゃダメだ。ようは、見た目の問題じゃないか。そうだろう?」

 敏吾は答えない。

「18歳以上だが見た目が小学生の女の子と、小学生だが見た目が35歳の女の子、どちらを取るかという話だ」

「ぼくをはめようとしても無駄だ」

「はめるだなんてそんな。ぼくはね、きみの将来を心配して、親心で言っているんだ。18歳以上です、とひとこと言えば、きみは許される。すべてが許されるんだ」

「すべてが許される」

「そうだ。ぼくがかけ合って、特別にヴォイドから現役復帰させてやろう。だから言うんだ。『登場するヒロインは全員18歳以上です』と」

「おまえになんのメリットがある」

「ぼくは、関東第一高校に恨みがある。きみたちがラノベをはじめるはるか前、ラノベ職員公会議の席で、教頭先生の異端宣告を受け、エロゲ教徒であるぼくは〈追放〉された」

 敏吾は目を上げ、男のエロ目を見た。

「教頭が、ラノベ?」

「きみは、教頭先生の姿を見たことがないね? ほかの生徒も同様だ」

「教頭先生とは何者なんだ」

「その謎を解き明かすために、きみは現役復帰するんだ。ヴォイドから出て、この重要な情報を、岸田京介に伝えなければね。さあ、言うんだ」

 敏吾は逡巡した。

「でも」

「デモもストもないんだよ」

「だが」

「ダガーもクレイモアもないんだ」

「断る」

「もう一回言ってみて」

「だが断る」

「ほんとに好きだねそれ。というかきみ、岸田京介が心配じゃないのか? 18歳以上宣言のひとつやふたつ、べつにいいじゃないか。どれだけおのれの性癖に誇りを持っているんだ」

「京介は、やつは、ラノベをつづけているのか」

「もちろんだよ、きみ。それどころか最終章の真っ最中だ。やつは1週間後、関東第一高校第33校舎ヒルズにおいて、たったひとりで、300人の教師と戦う。一ツ橋色葉もいるが、あれはまあ、チアリーダーのようなものだ。ついててやらなくていいのか? 〈親友〉としてさ」

「〈親友〉じゃない。あんな男、教師どもによってたかって倒されちまえばいいんだ」

「そうか、いろいろ複雑な事情があるんだね。じゃあ、また来るからね。気が変わったら、例の宣言をしようね」

「〈ヒロイン〉は全員11歳だ」

 ゆっくりとのぞき窓が閉じた。敏吾は再び暗闇に飲み込まれた。


   ◇


 エロゲ学の泰斗・長宗我部は、杖をつき、右足を引きずりながら、エロゲ棟地下の薄暗い廊下を進んだ。突き当たりで立ち止まり、杖で鉄扉をたたいた。杖の形はモザイク必須だった。

 デスクでエロゲをしていた看守があわてて立ち上がった。下半身裸のまま鉄扉を解錠し、長宗我部をうやうやしく迎え入れる。

「どうでしたか?」

「しぶとい野郎だ」

「ダメでしたか」

「ああ。たいていの男は、18歳以上で満足するものなのだが。どれだけリアリティにこだわるやつなんだ」

「ひとこと18歳以上ですと宣言すれば、心置きなくセックスできる。なのになぜ」

「やつをエロゲに変え、一ツ橋色葉を食わせる。岸田京介のラノベは、そこでジ・エンドだ。だが敏吾のたぐいまれなる性癖が、エロゲ化を阻んでいる。かといって11歳以下のエロゲは存在し得ない。どうしたものか」

 長宗我部はうつむき、考えごとをしながら、地上へ通じる階段を2歩ほど上った。

「もうお帰りで?」

「敏吾が役に立たないのであれば、ぼく自らが岸田京介をエロゲ化するしかないだろう。おまえらは引きつづき、敏吾の改宗に努めろ」

「わかりました。無修正スキンの件、お願いしますよ」

「エロロ。おまえも好きよのう」

「好きですよ。エロロロロ」

「エロ、エロ、エロロローッ!」

「エロロロローッ!」

「エロロロローッ!」

「エロロロローッ!」

「エロロロローッ!」

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