第143話 クソラノベのクソ結末

「勇一郎!」

 色葉が絶叫した。あまりの絶叫ぶりに、互いの頬にこぶしをたたき込まんとしていた早乙女と風魔さえ動きを止め、宙に浮いたまま振り返った。

「どうして! どうして、そんな、炎上なんて」

 京介は取り乱す色葉の前にしゃがみ、声をかけた。

「愛していたのだな」

「ちがう!」

 色葉は即座に否定した。

「〈主人公〉が消えたら、わたしも〈打ち切り〉になるじゃない! ヴォイドへ真っ逆さま! なんであんな男の道連れにならなきゃいけないのよ!」

 京介は黙って立ち上がり、勇一郎のリュックからボルトクリッパーをつかみ出した。

 クリップ部分をじっと見つめる。

 おまえの炎上を無駄にはしない。

 おれは勝つ。クソワナビに。

 クソラノベとして。

 下がっていろと色葉に手を振る。

 小動物のように隅に引っ込んだ色葉を確認したあと、猫ケージの錠前をみちみちと圧搾し、ついに断ち切った。

 色葉に命令した。

「出てくるのだ!」

「え、なんで」

「いいから出てくるのだ!」

 剣幕に押され、色葉は猫ケージの扉を開き、四つ足で這い出た。

 色葉を立たせ、ボディチェックし、足首に潜ませていたハサミを奪って投げ捨てたあと、京介は忍者に向かって叫んだ。

「忍者よ! いや、ワナビの飯塚博史よ! よく見るがいい、これでおまえも終わりだ!」

 京介はがばりと色葉を抱きしめた。

「あっ」

 むにゅ。

 言われたとおりよく見ていた風魔は、困ったように頭をかいて言った。

「だからなんだ」

「これだけではないぞ! 今回は『むにゅ』だけでは終わらない!」

 京介はベージュのインナー一枚の色葉の両肩をつかみ、くるりと反転させ、背後に位置した。色葉の両腕を水平に持ち上げたあと、脇のあいだから両手を差し入れる。

 風魔が目を剥いた。

「まさか!」

「そのまさかだ! 見ていろ、ワナビの飯塚! これが17歳のモテない冴えないごくふつうの高校2年生男子のみが成しうる、真のラノベの姿だ!」

 むにゅっ。むにゅっ。

 むにゅぅ。

「あっ、あん」

「バ、バカな!」

「羨ましいだろう! 羨ましがるのだ!」

 ずっと宙に浮いたままであることに気づいた風魔は、こぶしを収め、地面に降り立ったあと言った。

「ふっ! た、たかがおっぱいで、拙者がうろたえるとでも思ったか。胸など飽きるほど揉んできたわい!」

「マシュマロのような感触だ!」

「本当か? 本当にその表現でいいのか? 本当は胸を揉んだことがないんじゃないのか? 想像で言ってるだけじゃないのか?」

 むにゅむにゅ。

「やはりマシュマロとしか例えようがない!」

「ならいいが」

「ちょ、ちょっと、そこは、あっ」

「そして次は、おまえの番だ、飯塚よ」

「拙者の胸を揉むのか」

「そうではない。おまえに揉ませてやろうと言っているのだ」

「拙者に、揉ませる、だと?」

 風魔は思わずといった感じで一歩近づいた。いつの間にか上半身は筋トレが趣味のおっさん程度にまでしぼんでいる。

「おぬし、一体どうしたというのだ。人気取りのために〈ヒロイン〉の胸を揉むのはまちがっている、それがおぬしのポリシーだったのではないか。しかも敵に揉ませるなど」

「この女はおれの〈ヒロイン〉ではない。他人の嫁だ」

「いや、じつは」

「ああ、なんという感触だ。17歳の女子高校生の〈ヒロイン〉のおっぱいは、なんという感触なのだ。しかも〈メイン〉のおっぱい。おれはこの感触を、ラノベを愛するすべての者に味わってもらいたいと思っている。そしてッ! これだけでは終わらせないッ! おれの手は果敢にブラの奥へッ!」

「ちょ、直接、ダメ、あっ、あっあっあっあっ」

 風魔は軽く咳払いしたあと、言った。

「〈ヒロイン〉の胸に関心がないわけではない。拙者も男だ」

「そうだ」

「拙者を騙すつもりだろう」

「そうだ」

「つまり、そうではないということか」

「そうだ」

 風魔はまた一歩近づいた。

「揉む気になったか。もっと近くに来い。おまえの好みのポジショニングはなんだ。後ろからか、前からか」

「下からだ」

「いいだろう」

 京介はブラの中から手を引き抜き、あられもない格好の色葉の背を突き飛ばした。

「取引だ。サイコパスS女ヒロイン、一ツ橋色葉を渡す代わりに、おまえはおれとの〈バトル〉に敗北したと教頭に告げるのだ。おまえが負けても教師の代わりはいくらでもいる。そしておまえは高校を辞職し、おれに構わず、一ツ橋色葉と、おまえ自身のラノベを展開する。おまえ自身が〈主人公〉となるのだ。どうだ、いい話だろう」

 風魔はやや下を向き、目の焦点を失わせた。脳内で検討しているらしい。

「おれは思うのだ。〈大人〉にもラノベはできる。モテない冴えない17歳の男子高校生は、もはや時代遅れ。みんなの年齢も上がっているのであれば、おっさん〈主人公〉の需要もある。少し考えればわかることだ」

「そのとおりだ。拙者、それをいつも担当編集者Nに言っておるのだ。だがやつは聞く耳を持たぬ。頭が固いのだな。〈青春〉、だと? そんなものは言い訳に過ぎぬ。結局、エロければなんでもいいのだ。みんなが望むのはただひとつ、エロなのだから」

「ラノベは性風俗産業。そしてこいつら〈ヒロイン〉は性奴隷だ。人格などない。おまえの好きにするがいい」

 京介は色葉から離れ、風魔は色葉の前にポジショニングした。膝をつき、ギラギラと見上げる。性風俗産業の名に恥じない顔つきだった。

「まずは、おなかに頬ずりを」

「解放するのだ。フロイトを解放するのだ」

 風魔は色葉のインナーをめくり上げ、おへそのあたりに頬ずりした。

「しっとりすべすべ。やはり日本女子よのう。次は、こうだ」

 ひざまずいたまま色葉を見つめた。じらし作戦だ。

「た、助けて」

 色葉はラノベらしく〈桜色の唇〉をわななかせ、目の端に涙の玉を浮かべ、京介に呼びかけた。

 京介が顔を背けたとたん、横顔に罵声を浴びせた。

「あ、あなたは最低よ! ラノベ史上最低のゲス〈主人公〉よ! ヴォイドに落ちるがいい!」

 いつの間にか上半身をしぼませた早乙女が、腕を組み、京介に言い放った。

「色葉さんの言うとおり。きみは最低だ」

 風魔も頬ずりしながら言った。

「そう。おぬしは最低のクソラノベだ。最高だがな、ある意味」

 京介は天井に向かって叫んだ。

「そうだ! おれは最低だ! クソだ! そして神よ! おれはぼっちだ! 最低でクソでぼっちだ!」

 色葉と早乙女と風魔が同時にぎょっとして京介を見た。

「これぞ正真正銘のぼっち! おれはありとあらゆる人間とのつながりを断ち切った! 未来を捨て、過去を捨てた! ではおれはだれだ? いまここにいるおれは何者なのだ? ラノベの〈主人公〉か? 高校2年生か? ヒト亜族に属する動物か? いや、おれはおれだ! つまり、ここにいるのがおれなのだ!」

 神は答えない。

「聞こえているか! それとも今週も出番なしか? 〈親友〉が消え、〈ヒロイン〉が消え、おれというおれ自身も消えた! おれはすべてを失った! だがおれは、必然の結果として、この展開を受け入れよう! 過去に囚われず、未来を恐れず、今このときを実感するのだ! 今だ! 今なのだ! 大事なのは今! 今でしょ!」

 神は答えない。今週もスタジオ入りしていないようだ。

「そうだ、電話」

 京介はポケットからスマホを取り出した。ホーム画面の壁紙を見る。女の子の写真だった。目の前にいる一ツ橋色葉にそっくりだったがおそらく他人の空似だろう。

 こんな女など知らない。

「もしもし! もしもし!」

 スマホを耳に当て、呼びかけつづける。

「神よ、応答するのだ! おっぱいだぞ! 〈メイン〉がおっぱいを揉まれているのだぞ! いますぐ来るのだ! ! はやく来るのだ!」

 かなり不安定な言動にもかかわらず、京介を気にかける者はいなかった。早乙女はゲス化した京介に完全に失望し、風魔は女子高校生の肉体しか目に入らず、色葉は言うまでもなくおのれの危機で手一杯だった。

「ここにいる! ここにいるぞ!」

「やかましい。電話なら外でかけろ。これからがいいところなのだ」

 京介は通話を終わらせ、肩を落とした。

 風魔の言うところのいいところは数分間つづいた。

 色葉の頬に涙が伝った。

「助けて。お願い。なんでも言うこと聞くから」

 そのとき。

 セダンのドアを閉じるような音が2度立てつづけに聞こえ、それからだいたい3秒後、開け放したねこハウスの出入り口から中年男性ふたりが駆け込んできた。

 京介は風魔を指し、叫んだ。

「おまわりさん、こいつです!」

「なっ!」

 いままさに下乳を持ち上げんとしていた風魔改め飯塚がバネ人形のように立ち上がった。

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