第141話 ワナビVSワナビ

 京介はカーペットを踏み、ゆっくりと勇一郎に近づいた。

「まずはたずねる。おまえはだれだ」

「おれはミンターライスター勇一郎だ」

「そうか」

 早乙女が言った。

「区長と話したようですね」

 京介はうなずいた。風魔に言う。

「おれは、忍者よ、おまえの改変のせいで、〈メインヒロイン〉の存在を

「さすがはアンダーアチーバー京介よ」

「なにがさすがなんだ」

「おれはぼっち後、犬のネットワークに導かれ、関東第一高校特別区長と出会った。区長はおれに、本当の名は一ツ橋色葉だと告げた。おれは当然、信じない。だがそこで考えた。おれの〈メイン〉は一ツ橋色葉と。なぜならおれはラノベの〈主人公〉だからだ。〈メイン〉すらいないぼっちの〈主人公〉など、ラノベではあり得ない。そう、おれの〈メイン〉はたしかに、過去に存在していた。そう気づいたのだ」

「さすがですよ、アンダーアチーバー京介くん」

「なにがさすがなんだ」

「きみはしばらく黙ってて」

「おれはさらに考えた。もしおれの本来の〈メイン〉が存在するのならば、新たな〈主人公〉も存在しているはずだ、と。そしてそいつはきっと、つくばわんわんランド内をうろついているにちがいない。なぜならおれが、その時点で、つくばわんわんランドにいたからだ。用もないのに犬のテーマパークに足を運ぶおれではない。もちろん犬は好きだが。もちろんつくばわんわんランドも大応援してはいるのだが。それはともかく、しばらく園内をうろついていると、こいつが目に留まった。ラノベの〈主人公〉は、見ればすぐにわかる。こいつはねこハウスに背を預け、中をうかがいながら、鼻の下をだらしなく伸ばしていた。一ツ橋色葉は、きっとこいつの〈メイン〉であるはずだ。そしてなぜ、こいつはねこハウスの中をうかがっていたのか。だれかを助け出すためだ。そしてラノベの〈主人公〉が助け出すだれかとは、絶対におっさんなどではない。〈ヒロイン〉だ。鼻の下をだらしなく伸ばしていたのがゆるぎない証拠だ。そしてこいつのそばにはひとりも〈ヒロイン〉が群がっていなかった。ということはつまり、助け出す〈ヒロイン〉は、必ず〈メイン〉であるはずだ。ゆえに、あそこにいる女子高校生が、現在のこいつの〈メイン〉、すなわちおれの本来の〈メイン〉ということになる」

 京介は猫ケージに囚われの少女を指さした。

「さすがだ」

「さすがですね」

「なにがさすがだ? もう一度説明してくれ」

 指さしながら女子高校生を観察する。瞳の色が左右異なっている。髪色はおそらくアッシュブラウンだろう。まったく好みではない。それにあの地味さはどうだ。本当にラノベの〈メイン〉を張っていたのだろうか。関係者にカネでも掴ませたのではないか。

 京介は過去と未来に目を向け、さらに説明した。

「おれは勇一郎とやらを観察しながら、さらに考えた。ということはおれにも、偽りの〈メイン〉がどこからかあてがわれるではないかと。おれは待った。だがいつまで経っても、〈ヒロイン〉らしき女子は偶然ばったりあらわれない。本当のぼっちだ。そこでおれはもっと考えた。ぼっちとはなにかを」

「むむ」

「なにが『むむ』だ。ぼっちはぼっちだ。友達がいないやつをぼっちというんだ」

「おれは逆に考えた。これはチャンスだと。もし偽りの〈メイン〉をあてがわれていたなら、おれはそれなりに楽しくなり、本来の目的を名実ともに忘れていたはずだ。そしてぼっちがチャンスであるならば、ぼっちを極め、ぼっちの中のぼっちになるべきだと考えた。すなわち、おのれのプライドを捨て、エゴを捨て、空気のようにさみしげに、新たな〈主人公〉のあとを惨めったらしくついていくことにしたのだ。行動を逐一トレースすることにしたのだ」

 京介は後ろ手に隠し持っていたフラッシュパンを勇一郎に見せた。

「これがほんとのフラッシュ、なんちゃって、だ」

 風魔がうなるように言った。

「自ら〈空気〉となり、拙者の意識の埒外におのれを置くとはな。たしかに拙者、おぬしのことをしばらく忘れておった。おぬし、忍者を目指してはみぬか。職業としては将来有望、雇用も安定しておるぞ。転勤は多めだが」

「忍者よ、そして早乙女よ。おれの頭はそろそろ限界だ。後づけに後づけを重ねる展開、ここまでくると権謀術数を軽々と超越している。もはやケイオスだ」

「混沌こそわが名」

「ぼくの名でもある」

「おれはまだ消えていない。まだ時間は残されている。なぜなら勇一郎が、超のつく間抜けだったからだ。おれが言うのもなんだが、まるで返本に次ぐ返本のあげく2巻で〈打ち切り〉になったゴミラノベの〈主人公〉のようだ。こいつがどこから出現したのかはわからないが、あまりに間抜けすぎる。ゆえに、時間はまだ残されている。そして忍者が間抜けな〈主人公〉を選んでしまった理由は、ただひとつ」

「そういうことになるのう」

「やはり、そういうことか」

「どういうことだ?」

 勇一郎がすがるように京介に言った。

「なぜわからないのだ。おまえは新たな〈主人公〉なのだろう。ミンターライスターなのだろう」

「いまの会話でわかるほうがおかしいんだ!」

「そうではない。わからなくてもわかったと言うのだ。相手は過去と未来。わからない、では済まされないのだぞ」

 風魔が哄笑した。

「こやつ、拙者がラノベに疎いことすら気づきおった。さすがだ。さすがすぎる」

「わかったふりをすれば、このように後づけで説明してくれるのだ」

 京介は勇一郎に教えてあげた。それから忍者へ正面を向け、指の骨をボキボキ鳴らした。

「忍者よ、いまこそ〈バトル〉で決着をつける時だ」

「おぬしが戦う相手は拙者ではないぞ。まずはおぬし自身のドッペルゲンガーと戦ってもらう」

 京介はうなずいた。

「わかっている」

「なぜわかるんだ! どこからどう推測すればわかれるんだ!」

「『わかれる』だと? なんだ『わかれる』とは? おぬしは本当に小学校を出たのか。早乙女の誤字のような発言をしおって」

「ぼくもさすがに『わかれる』は使わない。きみは幼稚園からやり直すべきだ」

 勇一郎は砂色の髪をかきむしった。天井を見上げ、ラノベの神に慈悲を乞う。

「もう耐えられない! いますぐおれを消してくれ!」

 京介が勇一郎以外のふたりに言った。

「そして過去と未来がついに、ここで相まみえるのだな」

「そういうことだ」

「なぜなら過去と未来が対峙しているからだ。普段は表裏一体、つかず離れず、互いに過度な干渉はせず、ある意味では互いを必要としている。対峙するからには、それなりの理由が存在するのだろう」

「そういうことですね」

 早乙女が言い、ゆっくりとサングラスを外した。うつむきながらひとりごとをつづける。

「この手は、できれば使いたくなかった。ぼくは学者だ。暴力でではなく、専門的な知識を有する者として、理性をもって対話し、問題を解決に導くべきなのだ。どれだけ相手がわからず屋であっても。だが」

 こぶしを握りしめる、強く。

「印税の40パーセント、だと……………………!?」

 サングラスをカーペットに投げ捨て、拳法の達人のように腰を割った。

「はっ!」

 ドン、という音とともに、早乙女の上着がはじけ飛んだ。肩幅がほぼ2倍、胸囲は1メートルを超え、腹筋も見事に割れていた。なぜ気合いを入れて叫んだだけで筋肉量が爆発的にアップするのかは、いまさら言うまでもないだろう。

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 忍者の上着もはじけ飛んだ。バルクは早乙女ほどではなかったものの、総合格闘家のような刃物を思わせる肉体だった。

 ついでに大地も揺れはじめた。

「やっぱりワナビだ!」

 勇一郎が叫んだ。

「出版されるかどうかすら決まっていないのに印税の割合で揉めるなんて! これぞワナビの頂点! ワナビの最終決戦だ!」

「拙者、ワナビではない!」

「ぼくもワナビじゃない!」

 ワナビのこぶしが相まみえた。

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