第140話 ワナビ&ワナビ

 ワンちゃんは新たなチーズを求め、割れたガラスに突進し、屋内に突入した。早乙女と忍者は突然の訪問に泡を食い、叫び、混乱している。

 勇一郎は壁伝いに出入り口へ向かった。さっと中をのぞき、本物のフラッシュクラッシュを投げ入れた。炸裂を確認したあと、リュックからボルトクリッパーを取り出し、色葉のいるケージの方向へ一直線に駆けた。

「色葉!」

 カーペットには山崎パンがくすぶり、犬たちがそれを食べている。勇一郎は眉をひそめた。フラッシュクラッシュを食らったのに、なぜ平然とパンを食いつづけていられるんだろう。それからあっと気づいた。動物相手にフラッシュクラッシュを投げつけてしまったぞ。みんなになんと思われるだろう。バカだと思われているかな。やり直したほうがいいだろうか。

 まあいいや。直すのめんどくさいし。

 イヤなら読まなくて結構!

 ケージの中にアッシュブラウンの髪の少女がいた。ボルトクリッパーを手に中腰で近づく。赤と青の双眸が驚きに見開かれる。

「色葉! おれだ!」

 次の瞬間。

 勇一郎は足を取られ、カーペットにうつ伏せで倒れた。

 ボルトクリッパーが落ちるがちゃりという音を聞こえた。顔面にへばりついたチーズトーストを払い、すばやく反転し、サングラスを外し、見上げる。

 サングラスと耳栓をつけた早乙女が、白衣のポケットに手を突っ込み、右足のつま先を前方に伸ばしたまま、勇一郎を見下ろしていた。

「はじめまして、ミンターライスター勇一郎くん」

 勇一郎は口をわななかせた。

「まさか。なぜ、おれの名を」

「飯塚。これがおまえの言う、天才〈主人公〉ですか。寒いダジャレに、そこはかとなく漂う昭和の香り、そしてセンスゼロのネーミング。向いていない。知識はあっても、おまえはそもそもラノベに向いていない」

「むむ」

 早乙女は勇一郎に向き直り、無慈悲に見下ろしながら言った。

「さて、勇一郎くん。きみも知ってのとおり、ぼくは未来学者だ。未来学者は未来を予測できる。ここまでは理解できているかな」

「当然だ」

「だったらぼくが、いつどうやって侵入してくるかを予測していたこともわかっているね?」

「でも、バカなやり取りをしていたじゃないか。一字下げがどうとか」

「きみが窓から様子をうかがっているのは予測済みだった。だからあえて、ラノベの設定とストーリー展開および文章作法などという生産性ゼロのクソくだらない議論をしていたんだ。きみを油断させるために、あえてね」

「つまり、ワナビではないと?」

「なにをバカなことを。ぼくはワナビじゃない」

「では忍者は? なぜ敵なのに、わざわざ早乙女に調子を合わせたんだ」

「拙者は忍者。早乙女の表情から予測を洞察し、話を合わせながら機をうかがっておったのだ。早乙女の予測は百発百中だからのう」

「ワナビではないと?」

「バカを言うな。拙者、ワナビではない」

「話がちがうぞ、忍者! ぼくが新たな〈主人公〉になるという約束だったはずだ! おまえの書いた『ミンターライスター勇一郎』(出版社名の記入は必要ありません)が、みなの喝采を受け、華々しくデビューを飾るはずだったんだろう? そしておれはもう一度、あの栄光の日々を」

「なにが栄光だ。どのツラ下げて栄光の日々だ。おぬしは没だ。まだ構想段階でよかったわい。17歳のくせに、背筋も凍るダジャレを言いおって。〈ハーフ〉ならクールに振る舞えるかと期待したのだが、ドイツ人のユーモアのセンスを忘れておった。早乙女よ、ゆえに、こやつのキャラクター造形は、拙者の落ち度ではない」

「だからいつも言っているでしょう。安易にパクるのではなく、自分自身のキャラクターを構築する努力をするべきだと」

「世の中に真のオリジナルなど存在しないのだ」

 勇一郎がワナビのあいだに割って入った。

「ぼくはどうなる。これからどうすればいいんだ」

 早乙女が無慈悲に答えた。

「しばらくつくば観光でもするといい。そのあと元の世界に送り返す」

「本来ならば拙者、止めに入るべきなのだが、そのつもりはない。おぬしよりましな〈打ち切り〉野郎は大勢おるからな」

「お、おまえらは、これからどうするつもりだ? 過去と未来が、ここで雌雄を決するのか」

 早乙女はうなずいた。

「ワナビとワナビが」

「何度も言わせるな。ぼくはワナビじゃない」

「拙者もワナビではない」

「だったら過去と未来を統べる者らしく、壮大なスケールで相まみえればいいじゃないか! なぜ立ち話をしているんだ」

「バカめ。拙者と早乙女は表裏一体、勝利を得るには、ただ殴り合いをすればいいというものではないのだ。それだからおぬしのラノベは返本に次ぐ返本のあげく2巻で〈打ち切り〉となったのだ。よいか、拙者が早乙女を滅ぼしてしまえば、その瞬間から未来は完全に予測不可能となる。過去に戻れば今も未来、ゆえに過去から見た今という未来も同様に予測不可能となる。よって拙者、適切に過去を変えることができぬようになってしまうのだ」

「そういうことだな」

「わけがわからない」

「おぬしが阿呆だからだ」

「だったらなぜいがみ合っているんだ。表裏一体なら仲良くすればいいじゃないか」

「そうもいかない。きみには到底理解できないでしょうが」

 早乙女は白衣を脱ぎ捨てた。屋内はワンちゃんが猫ちゃんのようにうろうろしはじめている。

「飯塚、おまえは禁を破り、ねこハウスに入った。そしておまえが呼び出した間抜けな〈主人公〉の手によって、社会的ネットワークが唯一及ばない、世界最高の静かな執筆環境であるねこハウスに、ワンちゃんを入れる結果となった」

「ねこハウスにワンちゃんを入れるとどうなるんだ」

「ふ、ふふ。この〈打ち切り〉野郎の間抜けな行動はさすがに洞察できなかったが、どうやら未来は、拙者に味方をしてくれているようだのう! これで神経が繊細なおぬしは、静かな執筆環境のみならず、静かな未来予測の場所をも、完全に奪われたというわけだ。おぬしはいまも実家暮らし、家族の立てる騒音で集中できず、『夕飯できたよ』『買い物行くけどなにか欲しいものない?』などとしょっちゅう部屋に侵入されては話しかけられる。おぬしのラノベ、『アンダーアチーバー京介』(出版社名を記入してください)は、もはや執筆不可能となった」

「執筆不可能になるとどうなるんだ」

「だからこそ、ぼくはおまえを道連れにしなければならない。ねこハウスをワンちゃんに知られてしまった以上、ぼくはもう、『アンダーアチーバー京介』(出版社名を記入してください)のつづきを書くことはできない。もちろん未来予測もままならなくなった。だからいまこそ、過去の改変、未来の予測、それらすべてを葬り去り、岸田京介に『今』を委ねるとき!」

「『今』ってなんだ。岸田京介に委ねるとどうなるんだ」

「まあ、そういきり立つな。なにもわざわざ相打ちになることはない。拙者を見逃してくれるなら、今後ねこハウスには一切近づかんと約束しよう」

「ワンちゃんに知られたのだ。ネットワークのつながりにより、ぼくの母もいずれ、ねこハウスの存在に気づく。そしてノックもなしでいきなりドアを開け、顔をのぞかせ、こう言うのだ。『ストーブの灯油まだある?』と」

「おぬしの草稿も返してやろう。おぬしのラノベには、金輪際手を出さん。剽窃はやめだ。自宅へ戻り、耳栓しながら草稿を完成させるといい。誤字脱字もしっかり直してな」

「そういうチェックは編集者の仕事だ」

「おぬしにはプロ意識というものがないのか」

「パクリしか考えていないやつに言われたくないね」

「そのうち真の実力を見せてやろう。オリジナルのキング・オブ・ファンタジーで、そのうち」

「そのうち構想40年になるぞ」

「好きなだけほざくがよい。そもそも論として、おぬしには物語を構築する才能がないのだ。だらだらと書きつづけているのは、それを認めるのが怖いからなのだ」

「ぐっ…………」

「そこでだ。拙者とおぬしでねこハウスをシェアし、『アンダーアチーバー京介』(出版社名を記入してください)を共同執筆せぬか。過去と未来の最強タッグだ。おぬしが執筆しているあいだは、拙者が母親の侵入を食い止めてやろう。おぬしの筆と、拙者の緻密な設定で、ラノベの頂点に君臨しようではないか」

「だが、タイトルを変えるつもりなんだろう?」

「これでよかったとのちのち気づく。もちろん設定も大幅に変える」

「印税は?」

「拙者が6だ」

「ぼくが6だろう。ぼくがいなければ、おまえはただの設定集だ」

「拙者がおらねばおぬしはただの文字列だ」

「なん、だと?」

「やるか?」

「やめろ! いいかげんにしろ!」

 勇一郎は目を血走らせ、砂色の髪をかきむしった。

「な、なにが過去と未来だ! やっぱりどっちもただのワナビじゃないか!」

「拙者、ワナビではない」

「ぼくもワナビじゃない」

「ワナビだよ! 完全なワナビだ! ハイパーワナビだ! ワナビの中のワナビだ!」

「〈打ち切り〉野郎に言われたくないわ」

「そのとおりだ」

 勇一郎は言葉にならない金切り声を上げた。

「こ、こんなめちゃくちゃな展開、そもそもラノベじゃない。そうだ、おっぱいはどこだ? ラノベといえばおっぱい! それだけで充分じゃないか。ラノベにはおっぱいがあればそれでいいんだ!」

「残念ながら、きみに揉ませるおっぱいはありませんよ。ああ、ちょうどあらわれたようですね。冗談はこれくらいにして、紹介しましょう」

 出入り口に手を差し伸べる。勇一郎は顔を向けた。

「どうぞ、われらが〈主人公〉、アンダーアチーバー京介」

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