第137話 同人奥義・CP円舞

 ねこハウスを目前に、風魔は約150匹のワンちゃん中隊に文字どおり押しつぶされていた。青いつなぎを着た忍者はわんわんランドでよく聞かれる歓喜の悲鳴を上げていたが、演技だった。犬は甘えるように激しく尻尾を振りじゃれかかっていたが、これも演技だった。

 周囲を気にしながらの死闘が繰り広げられている。

 芝生に押し倒された風魔は、もふもふ乗りかかってくる柴犬の顎をつかみ、強引に振り向かせた。

「犬ころめ。いいかげんにせい」

「京介さんはすぐにやってくるぞ。おまえをねこハウスに入れるわけにはいかない!」

「拙者に噛みつきたくて仕方がないのだろう。やってみるがよい。人間に手を出した犬はガス室送りだ」

「おまえこそ、ぼくらを蹴りつけ、文字どおりキャンと言わせたいんだろう? 犬に手を出してみろ、生きてつくばからは出られないぞ」

 風魔は1匹ずつ処理することにした。つかんでは外縁に置きを繰り返し、包囲網を徐々に切り崩していく。柴犬は殺処分を恐れてはいなかった。人間たちのつながりを維持するためなら、喜んで命を捧げよう。それが犬の役割。犬の中の犬、つくばのワンちゃんの使命なのだ。

「致し方ない」

 風魔はがばりと立ち上がり、気合いを入れはじめた。

「拙者の内に眠るラノベパワーよ、不本意ながらもう一度、力を貸してくれい!」

 両手を天に掲げ、風の精霊シルフを召喚した。事務的に用件を告げる。シルフは求めに応じてあらわれたものの、風魔のサマナーとしての態度が気にくわなかった様子で、もっとラノベらしく雰囲気たっぷりに命令するようにと忠告した。風魔は顔を真っ赤にしながら恥ずかしいセリフを叫んだ。シルフは不承不承うなずき、風魔の周囲の気圧を急激に高めはじめた。

「はっ!」

 圧は解放され、風魔を中心に空気が爆発した。約150匹の柴犬が香港映画のように宙を舞った。

 新手のアトラクションとかんちがいした来園客が、風魔に万雷の拍手を送る。風魔はへこへことお辞儀し、頭をかきかきその場を去った。

 数秒後、柴犬がぼたぼたと落ちてきた。中隊長が起き上がり、傷ついた部下たちを見まわし、言った。

「おまえら、忍者を阻止するんだ! ねこハウスに入場させるな!」

「わかりました!」

「一ツ橋色葉さんはどこにいるのだ? おまえとおまえ、おれについてこい!」

「はっ!」

「ママー、わんわんがしゃべってるよ」

 はっ?


   ◇


 風魔は高さ111メートルの柴犬型木造展望台「モックン」のお尻方面から階段を上って胴体内部に侵入し、胴体側面に開いたのぞき窓から外側に出て背中によじ登り、首の後ろから頭のてっぺんに駆け上がった。

 横風に吹かれながら、命綱なしで眺望する。風魔の足元には、麦藁帽子をかぶり白のワンピースを着た太めの色葉が向日葵数本を胸に抱き、目を閉じ仰向けに横たわっていた。

「さて」

 風魔は犬の頭にあぐらをかき、つなぎの懐から巻物を取り出した。

「〈サブヒロイン〉と〈親友〉の過去は改変した。岸田京介? ラノベに疑念を抱き、輝ける未来を自ら放棄した17歳など、恐るるに足らん。残るは一ツ橋色葉だ。〈メイン〉ともなれば、ただつながりを消してしまうのもおもしろくないよのう。ここはひとつ、過去の〈打ち切り〉ラノベを持ち出し、おちょくってやるとするか。その前に」

 巻物を広げ、忍刀から忍万年筆を取り出し、『食べながら痩せる! すき焼きダイエット』をたったの15分で脱稿した。筆が乗っているというのもあるが、ダイエットネタは基本的になにを書いてもOKなので自己新記録も驚くに値しない。これで一ツ橋色葉は適切に体重を落とし、みんなが理想と思っているであろう体型を取り戻した。

 痩せた色葉を見下ろし、言う。

「気絶しているうえにだれも聞いていないから言ってしまうが、拙者、おぬしに惚れた。この感情は、愛と言っても過言ではない。〈桜色の唇〉にキスしたい、隠れDカップをもみもみしたい、頭の中ではそのように考えておる。だがここでもみもみすれば、よけいな〈フラグ〉が立ってしまう。心配するな、おぬしには新しい〈主人公〉、新しい物語を用意してやる。拙者はそれを眺め、部屋の壁にポスターを貼り、フィギュアを愛で、妄想に励むだけでよい。それでよい。それでよいのだ」

「忍者よ」

 飯塚が〈打ち切り〉ラノベの〈主人公〉と一ツ橋色葉のカップリング小説をにやにやしながら執筆していると、深みのある声が話しかけてきた。もちろん色葉ではない。もちろん展望台の下に控える関東第一高校出版局の小間使いでもない。

「わたしの頭の上でなにをやっている」

「モックンよ。まさか拙者の邪魔をしようと思っているわけではあるまい」

「邪魔はしない。わたしは人間のネットワーク。過去を変え、未来を予測する資格はない」

 風魔は鼻を鳴らし、巻物を巻き直して懐に突っ込んだ。色葉をふわりと背負い、ぼたぼた落ちた向日葵を拾って色葉の背中に差し、モックンの首の後ろを滑り降りた。

「忍者よ、ひとつ忠告しておく。岸田京介を侮れば、必ず痛い目を見る。アンダーアチーバー、IQから期待される力よりはるかに低い学業成績を示す者ではあるが、岸田京介は天才だ。あなたや早乙女一馬を越える存在かもしれない。ネットワークの本質を、教わることなくつかんでいたのだから」

「おぬしら、ネットワークの真実を伝えたのか」

「そうだ。だが岸田京介は、はるか以前、数節先ですでにネットワークの本質をつかんでいた。気になるならば読み返してみるがいい。〈伏線〉はすでにセット済み。忍者よ、心を静め、過去を振り返るのだ。さもなくばあなたは負ける」

「忠告には及ばぬ」

 飯塚はモックンの背中からお尻を滑り降り、くるんとした尻尾を鉄棒代わりに1回転したあと、地上の芝生に降り立った。向日葵がぼたぼたと落ちたが、どうでもよくなったのでそのまま捨て置いた。

 小僧に原稿を渡し、頬を張り、ダッシュで戻れ、5秒で戻れと言った。小僧は5秒で関東第一高校出版局に戻った。そして1冊のパクリ小説が速やかに出版された。

 哄笑しながらねこハウスに向かう忍者を見下ろし、モックンが言った。

「岸田京介。バカな過去と未来に打ち勝ち、『今』としてネットワークの頂点に立てる男かどうか、しかと見届けさせてもらおう」


   ◇


「見えたぜ! つくばわんわんランドだ!」

 チワワが言った。

 京介は県道14号を走りながら、周囲を見まわした。ランドというからにはきらびやかな入場口と非日常的体験を期待させる各種アトラクションが遠景に見えるはずだが、見飽きた殺風景な景色が広がるばかりだった。先に看板が見えた。左手を見る。木々のあいだから全長111メートルの柴犬型展望台が京介を見下ろしていた。

 左折し、駐車場へ駆ける。

 つくばわんわんランド入り口では、2000匹を越えるワンちゃんが大挙し、京介に向かって吠えまくっていた。

「二階堂雪華はどこにいるのだ!」

 京介は犬をかき分け、手当たり次第に人間を捕まえてはたずねた。まとめ髪の女性は知らないと首を振った。女性の友人と思しきラーメン屋ふうの男も知らないと言った。ラーメン屋の親戚と思しき夫婦も知らないと言った。

「雪華!」

 チワワが京介の耳元でささやいた。

「本当にその名前でいいのか?」

 京介はアイリッシュテリアの前に膝をつき、ごわごわの毛をなでながら、雪華の居場所は知らないかと話しかけた。

 テリアは右回りに60度首をひねった。

 京介はチワワに言った。

「話がちがう。ネットワークの力で居場所を突き止められるはずではなかったのか!」

 チワワはなにごとか言いかけ、首を振った。

 犬と話す京介を不憫に思ったのか、まとめ髪の女性が近づいてきた。

「急を要する件みたいだけど」

「これ以上ないほど要している」

「ちなみにその子の特徴は?」

「髪色はストロベリーブロンドだ。瞳の色は青だが、〈ハーフ〉だからではない。ただかっこいいからというだけの理由でだ。たまに1.5頭身になる。その際には手足の指がくっつく。なにかを表現したくて変化するらしいのだが、いまだにおれにはその意図がわからずにいる」

「そんなきわだった特徴を持つ子なら、いやでも人目につくはずよ」

「ランド内にいるはずなのだ。全員で探してほしい。そこのラーメン屋も」

 ラーメン屋呼ばわりされたラーメン屋は、こいつとはつながりたくないと言わんばかりにむっとした。再婚候補がむっとしたことで、まとめ髪の女性も半分だけむっとした。まだ生涯の伴侶とする覚悟が固まっていないのだ。

「なぜ見ず知らずのわたしたちが、あなたに協力しなければならないの?」

「そうか。おまえらは全員、合理的経済人なのだな。では発見した者には、金一封を差し上げよう。給料1月分でどうだ」

 感銘を受けた者はひとりもいなかった。

「ではなにが望みなのだ。どうすればおれに共感し、おれとつながってくれるのだ!」

「人間が理性のみで行動すると思ったら大まちがいよ。同じ小説を200万人も買うのはなぜだかわかる?」

「なぜだ」

「集団ヒステリーよ」

「ではおれと、一から関係を構築するのだ。おれはラノベの使徒、アンダーアチーバー京介。あなたの好きな色を教えてほしい」

「ラノベとは、ちょっと」

 女性が言うと、ラーメン屋の店主が同意した。例によって同意は伝播し、ワンちゃんたちとじゃれ合いながら全員が消えた。

 チワワが去り際に言った。

「おれたちの役目は、ここまでだ。だが忘れるな。今でしょ、だぞ」

 くしゃくしゃに丸められたパンフレットが風に吹かれ、ひとり取り残された京介の足元をわざとらしく横切った。

 これぞぼっちパワー。

 そこへ突然、眼鏡をかけた男性が京介につかみかかってきた。老人のようだが、痴呆とはほど遠い緊張感漂う顔つきだった。

「お願いだ、わたしの街で〈バトル〉はしないでくれ。そうだ、仙台。杜の魔都・仙台編なんてどうだ? 最終決戦にふさわしいロケーションだろう」

「おまえはだれなのだ」

 男性は懐から名刺を取り出した。

 肩書きを見て京介は顔をこわばらせた。

「関東第一高校の区長、だと?」

「きみたち、〈模擬戦〉はまだなんだろう? 栃木の宇都宮バトルフィールドなら、周囲を気にせず思いきり戦えるぞ。横浜なんかどうだ? レイダーどもには事欠かない」

「区長がこんなところでなにをやっているのだ」

「そうだ、千葉県中南部は? 田舎ヤンキーたちと木更津マッドマックスだ」

「ちょ、木更津マッドマックスって!」

 京介がいきなりうわずりぎみに叫んだので、原田はぎょっとしてあとじさった。

「もはや高校関係ないし! てか、ちょっとおもしろそうだし!」

 原田は頭だいじょうぶかと言いたげな表情で京介をうかがった。

 だいじょうぶだと京介はうなずいた。

「いまのが〈センスのない返し〉だ。せっかくの小ネタが台なしになっただろう」

「きみはそれでいいのか」

「いいとは言いきれないが、これがラノベなのだ。みんなはこのツッコミを心から楽しみ、ハイセンスだと感心する。そして真似をする。これこそがラノベネットワーク、ラノベのつながりなのだ。ところで区長よ、なにをしにあらわれたのかは知らないが、おれにはおれのラノベがある。指図される覚えはない。おれはラノベをあきらめない」

「あきらめろとは言っていない。よそでやれと言っているんだ」

「だが断る」

 京介は自らのギャグで紅茶を吹いた。

「いまのはどこがおもしろいんだ。ギャグにすらなっていない」

「おっさんにはわからないのだ」

 原田はハンカチを取り出し、スーツに飛び散った紅茶を丁寧に拭いた。それから妙案を思いついたかのように顔を上げ、京介に言った。

「そうだ、取引しよう。きみは〈ヒロイン〉を探している。そうだな? 居場所を教えてやろう。その代わり、きみはエタる。当初の目的を忘れ、関東第一高校ではない別のロケーションで、永遠に新作を繰り返しつづけるんだ」

「雪華はどこにいるのだ」

 原田は眉間にしわを寄せた。

「雪華、とは?」

「おれの〈メインヒロイン〉だ」

「ちがう。わたしはきみの〈ヒロイン〉を知っている。〈サブ〉も〈親友〉も、全員知っている。遺憾ながらな。雪華という名の〈ヒロイン〉は、一度も登場していない」

「嘘をついている」

「嘘じゃない。それが証拠に、ぼくにはインセンティブが存在する。ぼくは合理的な人間だ。関東第一高校に近づかないと約束してくれたら、本当の〈ヒロイン〉の名前を教える」

「それが本当なら、おれは長いことだれを探していたのだ」

「ラノベのしすぎで頭がおかしくなったんじゃないのか。そうだ、火星かどこかに行ってみたら? ちょっとラノベには荷が重いかな。火星には〈青空〉もないしな。とにかく、わたしの街には手を出さないでくれ。日本全国破壊し尽くしても構わないから、だから」

「よくわからないが、関東第一高校には極力手を出さないと約束しよう。本当の〈ヒロイン〉の名前を教えるのだ」

「一ツ橋色葉だ。きみの〈メインヒロイン〉の名は、一ツ橋色葉という」

「一ツ橋、色葉」

 京介はピンとこない顔で言った。ずいぶん地味な名前だなと思った。

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