第136話 ぼっち そして新たなつながり

 京介を乗せたヘリが、つくば市池田の国道125号に着陸した。池田南交差点のど真ん中でヘリとともに立ち、わびしいパノラマを見まわす。いまの心象風景そのものだった。人通りはなく、国道の拡幅がよけいに広々として見える。防風林に囲まれた家屋敷がぽつりぽつりと建ち、北東にはつくば山、少し右に宝篋山が並んでいる。あの霊峰たちは、ずっとああしてきたのだろう。つくば民の過去と現在、そして未来を見守りつづけてきたのだ。

 西には2015年3月に開通したバイパスが一直線に伸びている。左手になだらかな丘かあり、なんのアピールなのか斜面に125という文字の植え込みがある。

 バイパスの向こうからホバーカーがやってきた。はた迷惑なコンビにクラクションを鳴らすこともなく、車体の鼻先を持ち上げ、昆虫でいうところの胸部を見せつつふわりと浮き上がり、地上3.5メートルの高さを維持したまま右折し、国道125号を南へ向かった。

 京介は新書『友達がいないという生き方』(関東第一高校出版会)の表紙を見つめた。友達、だと? 敏吾はそれ以上だった。〈親友〉だった。傍若無人、猪突猛進の自分をありのままに受け入れてくれる、唯一無二の存在だったのだ。

 色葉を助けなければならない。

 パトカーのサイレン音に、京介は南へ顔を向けた。超ロボット生命体どもが道幅いっぱいに広がり、併走してやってくる。京介を取り囲むように交差点に停まった。京介は見まわし、乗員の名を呼んだ。戦車からもパトカーからも地雷除去車からも、しかるべき人物は降りてこない。ギャラで揉めたのかと精いっぱい冗談めかしてたずねると、全員が一斉にトランスフォームし、無言で頭を振り、そのあと一斉に乗り物にトランスフォームし直した。

 それぞれの車内からは、新書が3冊見つかった。タイトルは確認するまでもなかった。

 色葉を助けなければならない。

 そして。この救出は、神を喜ばせるための〈お約束〉ではない。か弱い女の子が助けを求めているからという理由でもなかった。この孤独には耐えられそうにない。色葉を助ければ、恩に着せられる。助けてやったんだから仲良くしようぜ、そういった打算的な気持ちが働いていた。人はひとりでは生きていけない。いくら隠しても、孤独が好きだとうそぶいても。

 それが人間なのだろう。人間のつながりというものなのだろう。

 位牌としての新書を4冊胸に抱え、京介は歩き出した。ラノベらしからぬシリアスな背中へ、M1エイブラムスが声をかけた。京介は振り返らず、県道14号を北へと進む。乗り物を利用したほうがはやく見つけられると思うよとパトカーが言った。京介は振り返らない。基本的に根が邪悪な超ロボット生命体たちは、肩をすくめ、京介をネットワークのくびきから解放した。

 孤独な旅路を、神が見下ろしている。歩きながら京介は思った。走っていないのは減点材料だろうな。

 そのとき。

 神のお導きか、青いつなぎを着たつくば民が前方からやってきた。秋田犬を連れている。飼い主はリードを手にしているが、犬にはつながっていなかった。ブルートゥースかなにかでつながっているのだろうと考えながら、京介は手を振り、声をかけた。

「瞳の色が左右異なる髪色がアッシュブラウンの17歳の女子高校生だって?」

 京介はうなずいた。

「悪いがそういう子は見かけなかったな。そうだ、根本さんならなにか知っているかもしれない」

 そこへチワワを連れたつくば民がとおりかかった。マインドパワー増幅装置を思わせる銀色のわっかを頭につけている。思念で飼い犬をバインドしたあと、秋田犬を連れたつくば民に挨拶した。

「おや根本さん。これは奇遇だ」

「これはこれは根本さん。お久しぶりです。お散歩ですか」

 茨城7不思議のひとつ、やたらと多い根本さんどうしの邂逅らしい。レアな展開に、京介は根本にもすがる思いでふたりを見守った。

 どっちかの根本さんが京介に言った。

「あなた、外の人ですね。どうされました?」

 京介は色葉の特徴を伝えた。根本さんは知らないと首を振ったあと、なにかひらめいたような顔で根本さんを見、根本さんならもしかすると知っているかもしれないと言った。ああ、根本さんは顔が広いからねえ。

「おお、こんなところで」

 そこへバセットハウンドを連れた中年男性が、リードの代わりに指先から青白いビームを発しながらやってきた。あれも根本さんなのだろう。

 顔の広い根本さんは、やはり知らないと首を振った。そしてなにかひらめいた。

「ああ、そうだ。もしかしたら」

 10分後、京介は12人の根本さんに取り囲まれていた。どの根本さんも色葉を見かけておらず、知っているのは根本さんならなにか知っているかもしれないということだけだった。

 秋田犬がワンと鳴いた。

 京介は膝を折り、よしよしと体をなでた。犬を飼うのも悪くないな、と考えた次の瞬間、チワワがキャンと鳴いた。よしよしすると、今度はバセットハウンドがバウと鳴いた。根本さんの子供たちが京介を取り囲み、それぞれのトーンで大合唱をはじめた。

 ぼっち化によってすっかり気弱になった京介は、気づけば本気で犬たちに話しかけていた。

「みんな、おれを助けてくれるか」

 そのとき。

 チワワが集団から飛び出した。めくらめっぽうといった風情で駆け、下生えに頭を突っ込みかけたところで急停止し、振り返って京介を見上げた。少なくとも京介は自分を見たと思った。チワワは苦しげな表情で頭を巡らせ、前足で首輪をひっかいた。

 そして言った。

「おい、根本よ」

「は、はい!」

「首輪がきついぜ。おれの言う意味がわかるか」

「で、ですが」

 チワワは京介に顔を向けた。

「一ツ橋色葉の居場所は知ってる。それをいったら全人類の居場所だって知ってるぜ。案内してやるよ」

 京介は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。

「なぜ言葉を話せるのだ」

「〈彼女〉がどうなってもいいのかよ? 説明している暇はない。いますぐ行こう!」

「だが」

 根本さんたちがそれぞれの飼い犬の前にかがみ、顔を寄せ、ひそひそと話し合っている。犬が鳴き、根本さんが答える。次第にどちらが飼い主なのかわからない体勢になってきた。根本さんは平伏し、ワンちゃんが鷹揚にうなずく。腕を組んでいるワンちゃんもいた。

 あの高校生は外部の人間です。前例がありません。

 おまえは知らないだろうがな、根本よ。あのお方こそ、この狂った世界を変えられる唯一の存在、アンダーアチーバー京介なんだよ。

 でもラノベでしょ?

 チャウチャウがもそもそと言った。

「ミスター根本。どちらが主人か、まだわかっていないようですな」

「いいえ。存じております」

「われわれを解放しなさい。いますぐ」

 根本さんたちが一斉に立ち上がった。根本さんどうしで顔を見合わせ、やがてうなずいた。おのおのの散歩ガジェットを操作し、ご主人様を解放する。犬は歓喜に飛びまわる代わりに、やれやれと頭を振った。かわいらしさは微塵もなかった。

 チワワが京介の脚に触れ、言った。

「つくばわんわんランドだ。行こうぜ」


   ◇


 1ダースの犬に囲まれ、京介は北へ向かって走った。ふいにさいたま編を思い出し、動物との相性のよさを気に病みはじめた。健全すぎる。あまりに健全すぎる。しかも今回は現実でしゃべる犬だ。ここらでひとつ、おっぱいぺろぺろなどと虚空に向かって叫び、対象年齢を引き上げる必要があるかもしれない。

 色葉。

 京介は覚悟を決めた。健全な展開を受け入れた。

 おっぱいなど、この際どうでもいい。とにかく犬たちについていくしかない。

 いや、どうでもよくはない。

「そうさ。おっぱいは大事だぜ」

 チワワが言った。隣をちょこちょこと走っている。

「ラノベなら、おっぱいは大切にしなきゃな。だろ?」

「頼むから話しかけないでほしい。おれはラノベの使徒、アンダーアチーバー京介。動物たちと会話をするのは立場上よろしくないのだ」

「そうだな。ラノベはやっぱ、とんがってなきゃ。親御さんが眉をひそめてナンボさ。エロだけの話じゃない。ラノベはすべてにおいて、限界突破した中2病であるべきなんだ。厚顔無恥な〈ご都合主義〉も、鳥肌を禁じ得ない寒々しいセリフも、恥ずかしげに、または顔色をうかがいながらやっちゃダメだ。やるなら思い切ってやる。限界突破の勢い、それこそがラノベであり、ラノベをネクストステージへ押し上げる原動力なんだ。未知の未来におのれを委ねる、だからこそ共感が生まれるってもんだ」

 ラノベのあるべき姿を語りながら、チワワは苦しげに顔を歪めた。

「疲れたのか」

「おまえのほうこそ顎が上がってるぜ」

「おれはラノベだ。走るのは慣れている」

「急ごうぜ。言っておくが、いまおれたちは、先史時代から人類が積み上げてきた文化そのものを救おうともしているんだ。社会的ネットワークの力なくしては、人類は衰退し、種の頂点だなんてまちがっても言えなくなる。つながりがどれだけ重要か、わかるか」

 京介は首を振った。わからなかったからだ。

「つながりは人間存在そのものだ。〈両親〉がいなければ、おまえは子ではなくなる。〈ヒロイン〉がいなければ、おまえは〈主人公〉ではなくなる。〈妹〉がいなければ、おまえは兄ではない。では自分とは一体なんなのか。自分なんてものは、本当は存在しない。自分とは、それぞれの人間との関係性において、その都度定義されるものなんだ。肩書きを振りかざすサラリーマンに『自分自身を持て』だなんて、じゃあおまえは何者なんだよって話さ。他者なくして、人間は存在し得ないんだ」

「なぜおれが、そのつながりを救わなければならないのだ」

「そもそもあんたがまいた種なんだぜ。つくばへ訪れ、出たがりの過去と未来を解放したんだ。まあそれも予定されていた未来ではあるんだが、とにかくあいつらを、本来あるべきところに戻してやらなきゃ。やつらはいずれ、〈バトル〉をおっぱじめる。〈主人公〉そっちのけでな。そしてどちらが勝っても、人間のネットワークは崩壊してしまうんだ。説明されなくても、なんとなく想像できるだろ?」

「ではなにをどうすればいいのだ」

「だから協力してるんだろ。おれたち犬がさ」

「おまえたちが犬だからというわけではないが、社会的ネットワークと一体どういう関係があるのだ」

「犬は人間どうしをつなげる。健康科学の分野では、犬の散歩が地域コミュニティにおける地域交流関係の形成と維持の機会となること、潜在的な人的資源形成につながり、地域社会への愛着と関心を高めることなどを研究した事例もあるようだが、どの研究も確信にまでは至れていない。とにかく、おれたち犬が、1万年の長きに渡っておまえら人間の社会的つながりを構築してきた、ネットワークそのものなんだ。おれたち自身が、つくばわんわんWANだと言ったら?」

「そんな説明で納得できると思うか」

「事実は事実だ。納得できなくてもな」

 京介は少し考えてから言った。

「なぜおれに話すのだ」

「ネットワークを守るためさ。だが、思い上がるなよ。これは賭けだ。あんたが選ばれし存在だから真実を伝えたわけじゃない」

「未来と過去、つまり早乙女と忍者も、ネットワークの真実を知っているのか」

「さすがはアンダーアチーバー京介だな。そう、そのとおり。全人類で、犬の真実を知っているのは、たったふたりだった。過去と、未来。おまえが3人目。つまり、『今』だ」

「今か」

「今でしょ」

 京介の頭に、やるべきことが薄らぼんやりと浮かんだ。

「おれはいま、走っている」

「そうそう。ふつうの人間は、今という時制において、過去に囚われ、未来におびえるもんだ。だがあんたは、いまや今。あんたの今は、今このときだ。心して進めよ。今を精いっぱい生きるんだ。プロットなんか気にするな。整合性などガン無視だ!」

「わかった」

 京介は言われたそばから、最悪の未来を思い描いていた。自然とストライドが広がる。これではいけないと減速しかけ、ふと思い直した。最悪の未来を思い描いている今、その今こそが、まさにおれの今なのだ。今を今ごと受け入れるのだ。京介はさらに速度を上げた。おれは色葉を助ける。過去も未来も、犬のネットワークも、どうでもいい。おれは色葉を覚えている。〈親友〉も〈サブヒロイン〉も消えてしまった。だがまだ、〈メイン〉の存在は覚えている。その感触、におい、見つめる表情、その名を覚えている。しっかり覚えているのだ。

 雪華。

 必ず助けてやる。

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