第135話 つくばわんわんランドの真実

 つくば市大字沼田にあるつくばわんわんランドは、その名のとおりワンちゃんのテーマパークとして、世界にその名を轟かせている。国際畜犬連盟により公認された334種、約47000頭を飼育しており、北はロシアから南は昭和基地まで、世界中のワンちゃん好きが癒やしを求めて訪れる。「わんわんパーク」で人懐っこいワンちゃんたちと触れ合ったり(無料)、「わんわんレンタル」で好みのワンちゃんを独占しモックン広場でゆっくり散歩を楽しんだり(20分1000円)、「わんわんステージ」でワンちゃんたちの日頃の特訓の成果にビックリしたり(無料)、ワンちゃんとは関係ないが滑り台やブランコなどがある「わんぱく広場」で思いっきり遊んじゃうこともできる(無料 ※ミニ遊園地は一部有料となります)。

 つくばわんわんランドのシンボル、高さ111メートルの柴犬型木造展望台「モックン」は、いうまでもなく世界最大の展望台であり、しかもワンちゃんの賢い知能を完全再現した「ワンちゃんAI」によって、子供たちを乗せたまま園内を自律的に逆散歩する。たまに電線に引っかかったり滑り台を踏み潰したりすることもあるにはあったが、ワンちゃんなので大人は安心して子供を任せていた。

 つくばわんわんランドの魅力は語り尽くせない。すべてを書こうとすればそれだけで1冊の本になってしまうほどだが、ひとつだけ来園客をして不可解だと思わせる点があった。ワンちゃんのテーマパークでありながら、猫ちゃんと触れ合える「ねこハウス」なる建物が存在しているのだ(無料)。

 なぜ猫なのか。テーマパークのテーマから思いっきり外れているのではないか。

 ほとんどの来園者は、些細なことさとすぐに忘れ、「わんわんワールド」で白熱のレースを魅せるわんわんレースショーを堪能し(無料)、園内で生まれたかわいい子犬たちを間近で見ることができる「子犬展示館」でかわいい寝顔にうっとりした(無料)。

 犬といえば猫、ただそれだけのことなのだろう。

 だが。そこには恐るべきつくばの秘密が隠されていた。


   ◇


 早乙女は大人料金15000円を支払い、つくばわんわんランドに入場した。

 園内に足を踏み入れたとたん、柴犬が駆け寄ってきた。飛びついてはその場をまわり、激しく尻尾を振りまわす。おーよしよしと人類らしく接することができるのも最初のうちだけだった。立てつづけに駆け寄ってくる柴犬にやがてもみくちゃになり、最終的には54匹の柴犬によって押しつぶされた。

 柴の海に溺れ、あえぎ、助けを求めながらも、早乙女の笑顔は幸せに満ちあふれている。ここは天国? いいえつくばわんわんランドです。この様子を京介が見たらどんな反応を示すだろう。もれなく鉄拳が降り注ぐはずだ。もちろん早乙女も承知していた。承知しながらもふられていた。

 未来解析? なにそれ?

 54対の黒々とした目は、ときおり知性をうかがわせる眼差しで早乙女を見つめる。うかがわせるだけでなく、たしかに知性が宿っていた。決して犬好きの戯れ言ではない。本当に知性が宿っているのだ。

 犬好きの戯れ言ではない。

 すぐ近くに、ビーグルまみれになった30代半ばほどの女性がいた。助けて助けてと悲鳴を上げながら、たがが外れたようにけたけたと笑っている。早乙女は土の地面に腹ばいになり、柴犬のかまくらから脱出を試みた。這い進み、声をかけ、手を伸ばし、差し出された女性の白くて柔らかくてほっそりとした手を握った。

 どの指にも指輪ははめられていなかった。

 100匹超のワンちゃんたちは、役目は終えたとばかりにふたりから離れ、新たに入園した熟年夫婦に大挙して襲いかかった。

 早乙女はやれやれと立ち上がった。白衣から土を払っていると、女性がのぞき込んできた。

「ありがとうございました」

「いやあ、しかし、ワンちゃんはかわいいですね」

「ええ、ほんとに!」

 そして会話の流れで、件の女性が2年前亭主と離婚したきりひとり暮らしを送っていることが判明した。そして2歳年下だった。そしてときおり寂しげに目を伏せた。そして美しい横顔にほつれた髪の毛を切なげに寄り添わせた。

 わんわんネットワークの弱いつながりによって結ばれたふたりは、久々に高まる30代の胸ドキを抱え、しょっちゅう手の甲を触れ合わせながら一緒に園内を巡った。

 女子高校生? なにそれ?

 ふたりはわんわんワールドでベンチにすわり、わんわんステージをぼんやり眺めた。セルリアンブルーのマット上では、ワンちゃんレスラー5名によるガントレット戦が繰り広げられている。勝者は3週間後のPPV大会においてインターコンチネンタル王者ロットワイラーとの王座を賭けた決戦に挑むのだという。

 いつの間にか話題が政治になっていた。

「昨今のラノベブームで、道路や下水道、電線、学校、図書館などの公共のインフラがどんどん痛んでいるのよ」

 女性は頭にビーグル犬を乗せながら言った。

「それに集合住宅も、〈両親〉のいないラノベが暮らすおかげで問題になっている。〈下手な料理〉で汚すわ、女の子と暴れてクローゼットを破壊するわ、果ては夜逃げよ」

「きみはリラノベ派?」

「ラノベによって公共事業は拡大した。ラノベが破壊し、別のラノベが直す。文字どおりのスクラップアンドビルドね。建設後50年以上経過し老朽化した社会資本は、たしかに問題ではあった。そして政権党は、政治的資源としてラノベに目を着けた。国立白魔術研究センターや日本盗賊開発機構などの各省所管の独立行政法人が次々と設立され、地方に金をばらまきはじめた。ラノベは週に1回戦うだけで生活保護を受けられるのよ。合法的な破壊活動よ。日本はアミューズメントパークじゃないって話よ。格差は解消されるどころか、有能と無能の二極化はどんどん進んでいる。でもラノベで暮らしていけるなら、若者は勉強しようなんて思わなくなるじゃない? 10年、20年先はどうなると思う? そうそう、いまスウェーデンがね、国を挙げて敵役を買って出ようとしてるらしいのよ。ほら、見た目がいかにもな白人だし、鎧を纏って高笑いすれば、いかにもそれっぽいでしょ」

「北欧諸国ならやりかねないね」

「せっかく政府が栃木県をまるごと〈模擬戦〉の地に指定したのに、街なかラノベは減らない。そして安全かつかっこいい武器や防具の需要は革新的な素材の開発を促し、実際に開発されている。これがとんでもない技術革新の塊なのよ。たとえば防具ね。ラノベは体力がないから軽くなくちゃいけないし、無駄にかっこいいポーズを取るから動きを妨げないようにしなくちゃならないし、もちろん攻撃を防がなくちゃならない。相手が〈技名〉を叫んで攻撃した際にはぼろぼろに破れなきゃいけないし、17歳だからお小遣いで買える価格帯に抑えなきゃいけない。一体どんな素材よ。でも、われわれ帝人は、新素材ラノベテック®を開発した」

「帝人の中の人?」

 ふたりは名刺を交換した。

「それだけじゃない。だけじゃないのよ。ラノベテック®は、ラノベ以外の用途ではまったくの役立たずなの。自動車の構造材にもならないし、かといって衣服などにも使えない。たかがラノベのために、どれだけの研究開発費がつぎ込まれたかわかる?」

「研究者は複雑な心境だろうね」

「でしょ? プラグマティズムもいいとこよ。本質の問題よ。学問はそれをして尊いものなのよ。このまま国が実用性ばかりを重視し基礎研究をおろそかにしつづけたら、やがて欧米やアジアの列強に取り残されてしまう」

「特需だよ。朝鮮戦争時みたいな。ラノベは長くはつづかない」

「ラノベは戦争みたいに危険じゃない。でも鬱陶しいことこの上なし」

「まあね」

 子供の悲鳴が聞こえた。けっこうなエマージェンシー声だったが、女性はちらと目を向けた程度だった。それは心が冷たいからではなく、子供を持ったことがないからである。洞察によってナイスな情報を手に入れた早乙女は、もっとこの人のことを知りたいと願った。互いの材料を混ぜ合わせ、ふたりだけの複合素材をこしらえたい。

「あっ」

 ビーグル犬が女性の頭から飛び降りた。悲鳴が聞こえたほうへ一直線に駆けていく。非常に犬らしい反応だった。

「なにかあったみたいね」

 犬プロレスを見ていた来園客が次々と立ち上がり、なんだどうしたと駆け出した。こうなるとふたりも向かわざるを得ない。なぜならみんなが向かっているからだ。それが人間であり、社会であり、人間のネットワークであり、ネットワークの大きな力であるのだ。

 だっくん広場の滑り台付近に人だかりができていた。人だかりの内縁には犬だかりができていた。

 滑り台から子供が落下したのだろう。いや、したのだ。すでに予測済みの早乙女は、広場に鎮座する全長15メートルのダックスフント型木造オブジェクト「だっくん」を見上げた。だっくんは舌を出し、振り返りポーズを維持したまま、顔面からはみ出た巨大な目で早乙女を見つめ返す。

 だっくんがかすかにうなずいた。

 文字どおり物見高い野次馬どものせいで早乙女には見えなかったのだが、中心部には両親およびスタッフが子供に寄り添っていた。やがてスタッフが立ち上がり、滑り台から落下したようだがちょっと背中を地面に打っただけで出血も骨折もチアノーゼも起こしていないと野次馬に呼びかけた。有能すぎるスタッフの対応に人も犬もほっとし、輪は徐々にほぐれていった。

 早乙女は腕を組み、輪の中心部に目を向けつづける。

 帝人女性がさりげなく手を取り、言った。

「行きましょうよ。ガントレット戦が終わっちゃう」

「ちょっと待って」

 子供の母親は、当然ながら怒っていた。

「何度も言ってるでしょ? ラノベはやっちゃダメだって」

 子供は何気なく顔を上げ、帝人を見た。

「あっ、里奈おばさんだ!」

 里奈おばさんも驚いた。

「勇斗くん(仮名)?」

 早乙女は偶然の出会いに驚いたふりをしつつ、関係を聞いた。勇斗くん(仮名)は里奈おばさんの姉夫婦の子供の友達とのことだった。勇斗くん(仮名)の両親も、息子の友達の両親の親戚を思い出した様子だった。

 挨拶を終え、里奈おばさんは勇斗くん(仮名)を見下ろした。少年はじつにつまらなそうに口を尖らせている。

「どうかした?」

「ラノベのお兄さんが助けてくれると思ったのにな。ちぇっ!」

 勇斗くん(仮名)が棒読み口調でセリフを言った。母親がたしなめる。

「有能なスタッフさんに失礼でしょ? それにね、何度も言ってるけど、ラノベは助けてくれないの。あの人たちは、自分のことで頭がいっぱいなの」

 母親は里奈おばさんに顔を向け、ラノベブームも困ったものだ、ラノベはクソだ、死ねばいいのに、というようなことを言った。里奈おばさんはお説ごもっともとうなずいた。勇斗くん(仮名)の前にしゃがみ、話しかける。

「世の中、ラノベより楽しいことがいーっぱいあるんだから。たとえばアラミドの合成手順とか」

「そんな知識なんかいらないよー。ぼく、中学を卒業したら、とある飛空士になるんだもん!」

「とある飛空士になんかなれないのよ」

「なれるもん!」

「あれは、嘘なのよ。ラノベなの。本当のパイロットっていうのはね、いっぱい勉強して、試験を受けて、免許を取って、それで」

「ラノベになったら母さん、あんたのこと嫌いになるからね! わかった?」

 勇斗くん(仮名)は悲しげにうつむいた。

 そうして積み木のお片づけのように子供の夢を解体したあと、おばさんと勇斗くん(仮名)の母親はなおもしつこくラノベの悪口を言い合った。もっとも最近では資格なしに操縦できるレベル6の自動飛行複座式水上偵察機が安価でシェアリングできてしまう。いい時代になったものだとは言いがたいかな、と早乙女は思った。

 そこへ男性が息せき切って駆け込んできた。慌てぶりからすると身内らしい。

 いや、身内だった。もちろん予測済み。

「勇斗(仮名)、だいじょうぶか? 危ない真似をしちゃダメじゃないか」

 男性は里奈おばさんを見て驚いた。

「里奈、さん?」

「章仁さん」

「その人とはどういう関係?」

 早乙女がガッカリしたふりをしながら里奈おばさんに聞いた。里奈おばさんの姉夫婦の子供の友達の母親の妹の旦那とのことだった。小学校の学芸会で出会ったらしい。

「章仁さんは、ここでなにを?」

「なんだ、どうしたんだ」

 そこへコーギーを肩に乗せた初老の男性が近づいてきた。

「あっ」

 と驚く初老の男性は、章仁さんの生き別れの実父だった。

「父、さん」

「章仁」

 父子は抱き合った。

 都合のよすぎる出会いが次々と繰り広げられるなか、早乙女は未来学の専門家として、ひとつの問題を懸念していた。

 これほどのつながりを実地で試したことはない。

 わんわんWANが暴走しなければいいが。

 あと少し。

 だっくんがうなずいた。

 章仁さんはつくば市栗原でラーメン屋を営んでいるとのことだった。それを風の噂で聞いた初老の男性つまり生き別れの実父が、過去の過ちを精算すべくつくばの地にやってきた。だが入り口付近で怖じ気づき、やはり会うべきではないと思い直し、帰ろうとした。

 そこで奇妙なひと組を見かけた。

「つくばってのは、忍者の里なのかい。聞いたことないが」

「そういえばさっき、ぼくの店に、女の子と忍者の怪しいふたり連れが来たな」

「あなたはお店をほっぽらかしてなにやってるの?」

「なんだろう。休憩中なのかな。そうだ。最近ちょっと、働きづめだったからね。ワンちゃんと触れ合ってリラックスしたかったんだ」

 早乙女がラーメン屋に言った。

「忍者はどこへ向かいました?」

「知りませんよ」

「忍者と女の子のペアですよ。向かった方角くらいは確かめるでしょう」

「そんなこと言われても。ぼくはFBIじゃないんで」

 おやと眉毛が持ち上がった。指をさして言う。

「ああ、あの人。ちょうどカウンターで、忍者の隣にすわっていた人だ。すみません!」

 名を呼んだわけでもないのに、背を向け立ち去りかけるスーツ姿の男性がびくりと身を震わせ、立ち止まった。

 早乙女は白衣のポケットに手を突っ込み、ゆっくりと近づいた。

「ようやく出会えましたね、関東第一高校特別区長の原田先生」

 原田は振り返り、早乙女を見上げた。

「は、博士と呼びなさい」

「ようこそつくばへ。ラーメンはおいしかったですか? 歓迎したいのはやまやまだが、いまは急を要する。飯塚はどこです?」

「だれです、その飯塚とは」

「知らないはずがない。あなたは首長にして校長、旧港区=関東第一高校の事実上の長だ」

「あなたは何者です? 人にものをたずねるときは、まず自分から名乗るべきだ」

「知っているはずだ」

 原田はゆっくりと眼鏡を持ち上げ、言った。

「未来学者の早乙女一馬先生。学会誌でお顔を拝見した」

「はじめまして。先生は未来学にも興味がおありなんですね」

「わたしは区長だが、校長ではない。関東第一高校は特別区、法律上は地方自治体でもある。公職選挙法に基づき、わたしは区長選に出馬し、当選した。学校の運営には携わっていない。わたしは校長ではない。校長は」

 原田が口ごもった。

「校長は、どこにいるのか、わたしは知らない」

「校長の件は後まわしだ。〈伏線〉として、いずれ岸田京介が解決するでしょう」

 その名を聞いたとたん、嫌悪に顔を歪めた。

「岸田京介! やつのせいだ! わたしが計画し、設計し、大切に大切に育て上げた、いまや世界一の景観と洗練された住民を誇るわたしの街を、やつのラノベが台なしにしたんだ!」

「あなたははじめから、教育などどうでもよかった。関東第一高校などどうでもよかった。関東第一高校に手を貸せば、理想の都市を実現できる。だから区長選に出た。そうですね?」

「教育は大事だ」

「飯塚は過去を改変できる。岸田京介の存在そのものを消してしまえば、昨今のラノベブームも消える。あなたの都市は洗練さを取り戻す。あなたはそう期待した。だが関東第一高校の教師たちを、あなたは信用していない。無理もない、どいつもこいつも挙動がフリーダムすぎますからね。実際、教師は岸田京介に連戦連敗、ほかの教師と同様、飯塚がラノベに飲み込まれ、熱いバトル展開の引き立て役に成り下がるのを恐れ、様子を見に来た。そうですね?」

 原田は眼鏡を持ち上げ、薄い唇を震わせながら、落ち着いた口調で言った。

「そうだ」

「飯塚はどこです? ずっと跡をつけていたんでしょう?」

「忍者の尾行などできると思いますか」

「お忘れですか、ぼくは未来学者ですよ。あなたが飯塚と会い、話したことを知っている。いや、予測済みだった」

「未来学的後づけ。未来学第0法則か」

「あなたは賢い。過去学も未来学も心得ているようですから、後づけについては説明する必要もないでしょう。なにを話したんです?」

「いますぐ岸田京介を消せと」

「それで、飯塚はなんと答えましたか?」

「イヤだと」

「なぜでしょう」

「わからない。理由をたずねても、わけのわからないことを言うばかりだった。王道ファンタジーがどうとか、畢生の大作がどうとか」

 早乙女は顔を曇らせた。

「王道ファンタジー?」

「飯塚はわたしの頼みを一笑に付し、こともあろうに一ツ橋色葉を誘拐した。次の展開は、ラノベに疎いわたしでもわかる。どうにかつくばを脱出し、関東第一高校に連れて帰るつもりなのだろう? その後はどうなると思う? 高校を舞台にした、手に汗握る空前絶後の大〈バトル〉だ! ラノベはよそでやってくれ! 別の惑星でやればいいじゃないか! なのになぜ、関東を舞台に」

「なんにせよ、高校からはじまった以上、ラストでは高校に戻らざるを得ない。あなたのかわいい関東第一高校での〈バトル〉は必至だ」

「できれば先延ばしにしたい。そうだ、エタればいい」

「知ってますね」

「スターシステムを導入し、同じ〈主人公〉を使いまわし、別の世界を一から構築するんだ。岸田京介は、巷で大人気なんだろう? 終わらせるなどもったいないではないか。三重県なんかどうだ。忍者といえば三重県。まがりの陣の再現だ。いまなら自治体もカネを出すだろう」

「飯塚は、しばらくつくばに残るでしょう」

「なぜです?」

「ぼくの当初の予測では、岸田京介はぼくの忠告を無視し、熱いラノベらしさを取り戻し、一ツ橋色葉を救い出すはずだった。超低空飛行を維持するヘリから飯塚が運転するホバーカーへ決死のダイブ、そしてハリウッドも顔を青ざめさせる暴走する車上でのアクションを繰り広げるはずだった。だが実際は、未来学を過信するあまり、女の子を助けなかった。失敗です。そのため現在の未来は、恐るべき速度で広がりを見せ、もうどうやって収拾をつければいいのかわからない状態になりつつあります。その混沌を利用し、飯塚はなにかをはじめる気だ」

「なぜそれを予測しないのです」

「なにかをはじめるつもりなのは予測済みですが、なにをはじめるつもりなのかはわからない。岸田京介の失敗およびぼっち化を予測したのち、あなたと出会うためにつくばわんわんWANの処理能力のすべてを振り向けたからです。いまはあなたから居場所を聞くしかすべがない。教えてください」

「ラノベの味方をしろというのか」

「飯塚がラノベに勝利すれば、ドヤ顔で凱旋するでしょうね。調子に乗って関東第一高校の歴史も改変し、旧港区を日光江戸村みたいにするかもしれない」

「それはイヤだ。ある意味、ラノベよりも」

「教えてください」

 原田はそれでも迷っていた。

「教えてください。飯塚は、いま、どこにいるんです?」

「ねこハウスだ」

 早乙女は顔を青ざめさせた。

「まさか、ねこハウスで。そんなバカな」

 原田がうかがうように目を細め、早乙女を見た。

「一体どうしたんです? 未来学者が驚くとは、よほどのことだ」

「ちがいます。ねこハウスにだけは行ってはならない。行ってはならないんです!」

「なぜ行ってはならないんです?」

「王道ファンタジー! 畢生の大作! そしてNHK連続テレビ小説! そういうことか! そういうことだったのか!」

「なにがそういうことなんです?」

 コーギーが左右に飛び跳ねながらけたたましく鳴いた。ラーメン屋の店主が手を差し出すと、股間に頭突きをかました。

「いてて」

 優しいはずのゴールデンレトリバーが、早乙女を見上げ、牙を剥き、威嚇的に吠えた。背を向けたとたんかじりつかれるにちがいない。

 園内の空気がざわめきだした。あちこちでワンちゃんが凶暴化し、人間に向かって敵意を剥き出しにし、いまにも襲いかかろうとしている。入場者はかつての愛玩動物から離れ、逃げまどい、次々と退園していく。

「世界が、終わる」

 早乙女は呆然と言った。

「2つの意味で、終わる」

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