第129話 伏線たち

 京介は破壊され尽くしたつくば国際会議場跡で、瓦礫の上に体育ずわりし、ぼんやりと駐車場を見つめていた。30台ほどのホバーカーが、つぶれたり乗っかったりひっくり返ったりして煙を上げている。〈バトル〉は今回で4度目だった。

 正直、体がもたない。

 ぼろぼろの敏吾が地面に大の字に横たわり、苦しげにあえいでいた。

「親友よ。すまないが、水を一杯くれないか」

 京介は多大な努力を払って立ち上がり、おそらく骨折しているであろう腕を押さえ、ときおり瓦礫に足を取られながら敏吾に近づいた。上着はインナーも含めてすでに消し飛び、ズボンという意味でのパンツは膝が抜け、裾がぼろぼろに裂けている。

〈親友〉を見下ろす。

「敏吾よ、だいじょうぶか」

「しかし、今回もすごい〈バトル〉だったな、ええ? きみのラノベは、やっぱり最高さ」

「それ以上はしゃべるな。近所で水をもらってこよう」

 そのとき。

「京介!」

 聞き覚えのある女の子の声が空を裂き、京介の耳に飛び込んできた。京介はいいほうの目を向けた。霞む視界に、見覚えのあるアッシュブラウンの髪が映る。どんどん近づいてくる。涙に揺れる赤と青の双眸。ラノベの〈ヒロイン〉らしい〈桜色の唇〉。

 飛び込むように京介に抱きついた。

「色葉」

「会いたかった! もう離れない。だからあなたも、二度とわたしを離さないで!」

 首筋におでこをこすりつけ、色葉はしばらく泣きじゃくった。消耗しきった京介は、鼻の下を伸ばす余裕もない。立っているのもやっとなのだ。

〈お約束〉のむにゅがないことに気づいた。

 春がゆっくりと近づいてきた。抱きつく色葉にむきーっとライバル心をかき立てるわけでもなく、いじけて落ち込むこともなく、どこかさっぱりとした、祭りの後とでもいうような表情で京介を見つめている。

「春よ。一体なにがあったのだ」

「なにがあったはこっちのセリフやで」

 春はバスガイドのように瓦礫の山を指した。


   ◇


 唐突な出会いはラノベなので問題ないとして、色葉のあまりの変貌ぶりに京介は少なからず不信感を抱いた。忍者対策で正体を偽っているのか、もしくは忍者そのものが正体を偽っているのか。忍刀で突然背中を刺される可能性を考慮しつつ、抱きつく色葉をそっと離し、顔真っ赤で喉をひくひくさせるその表情を見下ろし、観察した。

 二度とわたしを離さないで。

 らしくないセリフだ。

 だがそのような理由で疑っていいものだろうか。

 一行はとりあえず、通り向かいのドラッグストア、全国1500店舗を誇るウエルシア薬局で、水とお茶、ついでにじゃがりこを買った。青いつなぎを着た店長が直々にレジを打ち、お題は結構だと言った。破壊を免れたのはあなたのおかげですから。京介は固辞した。そもそもつくば国際会議場を完全破壊したのはわれわれなのだ。

「会議場のひとつやふたつ、仕方ないですよ。世界のために戦っているんですから。じつを言うと、わたしの息子もラノベでしてね。最初は尻をひっぱたいてやろうかと思いましたよ。でも、なんか楽しそうで。勉強ばかりしていたころと比べると、表情がまあ、明るくなって。あの年頃の男には、ラノベが必要なんですね」

「そうとも言い切れないが」

 品物を受け取り、店長と固い握手を交わしたあと、出入り口へ向かった。先の〈バトル〉に興奮した少年少女が出待ちしていた。群がるファンにサインをし、どうしたらプロのラノベになれますかという質問に対し、京介はラノベを日々楽しみながら一生懸命練習してくださいと答えた。

 瓦礫に円を描いてすわり、じゃがりこを食べながら近況を報告し合った。

 早乙女の所業を聞き、京介は男の怒りを爆発させる代わりにあえて賛意を示した。

「あえる必要はないと思う。いまだけはね」

 色葉が周囲を見まわし、つづけた。

「この区画のインフラは破壊され尽くした。だから、過去も未来も、いまはわたしたちを見ていないはず」

「人工衛星などで見ているかもしれない」

 春が口を挟んだ。

「クリスタルドームの内部、衛星には観察不可能」

「忍者が高いところで観察しているかもしれない」

 敏吾が見晴らしのいい周囲をきょろきょろし、「おっ」と口走った。

「忍者か」

「いや、コーギーを連れた女の子だ。600メートルほど先でこちらをじっと見つめている。年のころは9つ、といったところだな」

「少なくとも敏吾だけは本物のようだ」

「わたしも本物よ」

「あたくしもよ」

「親友よ、忍者の心配は無用だと思うぜ。あれだけの大ダメージを負わせたんだ、さすがにいまごろはホテルに戻って休憩しているはずさ」

「久々に言葉どおりの会話を交わせるのか」

 色葉がさっそく、二の宮公園からここへ至る道中の出来事を語った。話しながら手の甲で何度も顔を拭うが、粉塵のせいでよけいに汚れた。

「陽一が来ているのか」

「髪の毛も伸びて、女の子らしくなって。上原さんと一緒に来たらしいの。駅前の自動走路上で偶然ばったり出くわしたんだけど」

「ならばなぜここにいないのだ」

「時候の挨拶を交わしたあと、思い出したようにわたしにしがみつき、すき焼きがどうのと叫んだあと、突然パッと逃げ去ったの」

「わけがわからない」

「上原さんが後を追っている。そうそう、上原さんも様子がおかしかった」

「どうおかしかったのだ」

「スーツを着ていたのよ」

「まさにアリたんそのものだろう」

「ちがう。気づかなかった? 代々木屋敷でだらだらしていたころから、陰険な英国貴婦人に徐々に変貌を遂げていったじゃない。小指を立てた手を口に添え、おーほっほっほと笑うタイプに」

「おれの前では、いつものアリたんだったが」

 上原アリシャに対する認識が異なるようだ。これも過去、あるいは未来の仕業なのか。

「もう、わけがわからない」

「同感だ」

「だからいまは、未来も過去も、もうどうにでもなれ、って気分よ。大事なのは今。過去は改変され得るし、未来は予測可能。でも、今に生きるわたしたちは、いつやるの? 今でしょ? わたしたちはいまこそ、今を信じなければ。たぶん、それが真実なのよ」

 京介の手を取り、ぎゅっと握った。

「だから、一緒にいて。二度と離れないで。ね?」

 色葉の変わりように、京介はあらためて驚いた。捉えようによっては告白とも取れる言動だ。演技ではないと京介は直感した。かといって恐怖のあまり自立を放棄し男にすがりついているわけでもない。もちろんぶりっ子ぶっているわけでもない。ラノベ的な〈ラブコメ〉だの〈フラグ〉だのというみんなを喜ばせる軽薄な理由からでもない。ただ心の底から、京介を求め、慕っているのだ。

 京介もまったく感じたことのない感情の動きを捉えていた。

 甘酸っぱさや胸ドキのはるか先にある、信頼関係とでも言うべき関係。

 当然、ラノベにあらず。

 京介は春を見た。春は平然とじゃがりこを口に運んでいるが、表情に無理がうかがえる。

 勝利のためとはいえ一時的に信頼を裏切ったことを思い出し、言った。

「おれは、おまえらに謝らなければ」

「いいのよ」

「春。おれはおまえを」

「その話、忍者のあとにすべし」

 京介はひとまずうなずいた。

「敵を欺くにはまず味方から。おれは、おまえたちと出会っていなかったことになるなど耐えられなかったのだ。苦労して構築した数々のエピソードをまるごと没にされるなど、とうてい耐えられるものではない。おれはあえて忍者の怒りを買い、やつをラノベ化し、ようやく〈バトル〉に持ち込んだのだが」

 敏吾が二の句を継いだ。

「強敵だぜ。あの忍者、ラノベであることをまったく恥じていない。隙がないんだ」

「むしろ楽しんでさえいる。まるでラノベを心の底から愛しているような戦いぶりなのだ。言葉ではなく、こぶしを合わせ、直感した」

 色葉が右側に5度ほど首をかしげて言った。

「関東第一高校の教師が、ラノベを愛するかな」

「これまででわかったように、やつらは決して一枚岩ではない。忍者には忍者なりの目的があるはずだ。林における〈妹〉のように」

「あなたがラノベのハートに火をつけたのかもよ。薬局の前で出待ちしていた少年少女の興奮ぶり、見たでしょ? 人気者になるのは、だれだってやぶさかじゃない」

「出たがりの忍者、か……………………」

 京介はうつむき、語尾に〈リーダー〉をたくさんくっつけながら考えた。

「とにかく、やつがおれへの憎しみをなくす前に、〈バトル〉で決着をつけなければ。冷静さを取り戻したら、いますぐにでも過去を改変され、そして」

 色葉は立ち上がり、男どもの着替えを買いにいこうと春に声をかけた。春もそうすべと腰を上げた。

 京介は顔を上げ、色葉を呼んだ。敏吾の肩を貸り、苦労して立ち上がる。京介は〈親友〉に礼を言い、色葉の手を取り、足を引きずりながら10歩ほど離れたところへ連れていった。

 耳打ちした。

「便箋? 手紙でも書くの?」

「紙とペンならなんでもいいが、便箋はできればおしゃれな柄が望ましい」

「わかった。よくわからないけど、服と一緒に買ってくる」

 監視の目に気をつけろと京介が忠告するまでもなく、〈ヒロイン〉ふたりは原因不明のいがみ合いを繰り広げながら姿を消した。

 京介は〈親友〉の隣に腰を下ろし、痛みにうめきながらじゃがりこを盗んだ。

「自分のじゃがりこを処理したまえよ」

「ところで敏吾よ。おまえはいままでどこでなにをしていたのだ」

「1週間も一緒に戦ったのに、いまさら感が半端じゃないな。まあ、いい。説明しよう。ぼくはつくば入場後、まじめに全域を調査していた。一見未来とは言いがたい、レトロフューチャーつくばの地をね」

「なぜつくば民は全員つなぎを着て、家族単位で必ず1匹、犬を連れているのだ」

「知らん。穏やかすぎるほど穏やかな人たちだが、隠されたディストピアというわけでもなさそうだ。犬が癒やしになっているのかもな。犬といえば、つくば市大字沼田のつくばわんわんランドでは、多くの家族連れが集まり、ワンちゃんたちと触れ合っていた。来場者数をはるかに超える、数千匹のワンちゃんであふれかえっていた。壮観だったぜ。犬のほうがご主人みたいな気分になるんだ。わんわんレンタルで秋田犬をレンタルし園内を散歩させていると、ひとりの美少女がぼくに話しかけてきた。年のころは9つ、といったところか。その笑顔、まるで雷に打たれたようだったね」

「どこがまじめな調査なのだ」

「まじめさ。秋田犬にじゃれつく美少女を見て、ぼくはいても立ってもいられなくなった。彼女こそぼくの永遠の伴侶にふさわしい、ってね。気づけばぼくは手を伸ばし、その黒髪に触れかけた。するとまた雷に打たれた」

「なにか有益な情報はあったか」

「最後まで聞いてくれよ。ぼくは未来学は習っていない。だが2度目の雷に打たれた瞬間、たしかにぼくは、ぼく自身の未来を見たんだ」

「どんな未来だ」

「ビルの一室で、国選弁護人と打ち合わせをしていたんだ」

「ふつうは雷に打たれなくてもわかるのだ」

「自由な恋愛も許されないなんてなあ! つくばはきみが思っている以上に、摩訶不思議なところだぜ。うまく言えないが、大いなる意志のようなものに人間関係をコントロールされているような感じだ」

 結局なにもしていなかったという情報を得た京介は、重要キーワードらしき単語をなんとなくつぶやいた。

「人間関係、か」

「どのように忍者に打ち勝てばいいのかはわからん。だがぼくたち2人だけではダメだ。きみには歴史があるだろう。17歳でラノベに目覚めてからの、半年間にも及ぶ歴史さ。一度、体系的に思い出してみるのもいいかもしれない」

「キャラを総動員するのか」

「その言い方はどうかと思うが、そういう手もある。人脈はかけがえのない財産なんだぜ。利用し、利用される、それが本来の人間関係なんだ」

 ところで、ケンカのあとに友情が芽生えるという昭和のあるあるは、どうやら本当のことらしかった。忍者とこぶしを交えるたび、リスペクトの念が高まっていく。実力の差は大きい。もとよりIQで教師に勝とうなどと考えるほうが無謀だ。だが京介は、おのれの力で、あの男に勝利したかった。もしキャラを総動員し、新橋メンへらクリニックの院長や増上寺の住職、保健の先生、元港区長の武井などとともによってたかって集団リンチのすえに勝利したとして、そんな男にだれがついていこうと思うだろうか。

 人間関係とは、もちろん敵も含まれる。

 色葉と春が、紙袋を抱えて帰ってきた。とくにどこも変わった様子はなかったが、どちらかは忍者が化けているかもしれない。

「色葉よ。おれを覚えているか」

「覚えていなければここに戻ってきたりはしない。はい、服」

 紙袋ごと差し出す。

「予測してしかるべきだったけど、つなぎしか売ってなかった」

 京介と敏吾は痣や切り傷だらけの体で、青色のつなぎをどうにか着た。互いにジッパーをビビビと上げ合う。

「それで、いいアイデアは浮かんだ?」

 京介はうなずいた。

「忍者を仲間に迎え入れよう。人間関係を再構築するのだ」

「それで?」

「未来学者の早乙女を倒す」

「相変わらずのアクロバティックなひらめきね」

「いいか。おれたちは今に生きている。だがこの今は、おれたちの知る今ではなかった。未来を予測でき、過去を改変できる今だったのだ。なのであれば、不確かという点では未来も過去も同じ、今ではない時間軸上のある一点にすぎない。コインの表と裏だ」

「だから早乙女さんを倒すの?」

「早乙女と忍者は、これまで同時に登場したことがないだろう」

「そのオチは非常にまずいと思うけど」

「そのオチを採用するかはともかく、未来か過去、いずれかを倒せば、本来あるべき今を取り戻せるはずだ。そして忍者ならば、忍者ゆえに、寝返りもあり得る。もしやつが本当に、ラノベを愛しているのであれば」

「『敵に成る』という言葉もあるよ」

「もちろん頭から信用はしない。首尾よく寝返らせた場合、やつの言動をよく観察してほしい」

「わたしは信用されてるんだ?」

「言うまでもない」

「忍者がわたしに化けているかもよ」

 京介はあらためて色葉を見た。モールの化粧室でリセットしてきたのか、顔の汚れは拭い去られていた。ただし全体的には修学旅行3日目のような疲れと色あせがうかがえる。着飾っていない、素をさらす女の子が、寄り添い、慕うように見上げている。これぞ男冥利というものだ。命のひとつやふたつ投げ出す価値は充分にある。

 見上げる眼差しには、揺るぎない信頼と、ほんの少しの未来へのおびえが見て取れた。

 未来が怖いのはだれでも一緒だ。

「化けていてもすぐにわかる」

「ほんと」

「服を脱いで誘惑しはじめたら、おまえではないということだ。それだけわかっていれば充分だ」

「うん」

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