第123話 陽一くんの冒険 誤字! 誤字! 誤字!

 どうしよう! このままでは旧港区=関東第一高校が、伊達さんの爆弾でこっぱみじんに破壊されてしまう! 東京都や関東6県も無事には済まないだろう。止めなければ! いますぐ!

 爆弾が麻布十番の上空600メートルで炸裂した次の瞬間、数百万分の1秒で核分裂連鎖反応が終了し、大量の核分裂片が放出され、想像を絶する運動エネルギーによって周囲の温度は1000万度にまで一気に上昇する。分裂片の運動エネルギーは大気圧の10兆倍にも及ぶ圧力で周囲の空気を押しやり、超高圧のガスは音速を超える衝撃波を生み出し、ヒルズか否かにかかわらず周辺の建造物を吹き飛ばす。数百万度に達したガスは火の玉となり、さまざまな電磁波を発する。可視光線は強烈な閃光を生み、熱線は光の速度で地表に達し、教師か否かにかかわらずあらゆる人間を焼き尽くす。空気中に漂う核分裂片は中性子線やベータ線、ガンマ線などの強力な放射線を発し、人体に甚大な被害を与える。対流によって核分裂片は上昇し、キノコ雲を形成する。その後死の灰は雨となって関東の大地に降り注ぐ。

 これ以上の止めなければならない状況が果たして存在するだろうか。

 ラノベ患者をほったらかしにして自宅へ戻った陽一は、決意を表明するために式典用の〈メイド服〉に着替えた。ティッシュ入れ専用のカゴをしっかりと肘にかけ、神棚に一礼し、お供え物のティッシュをごそっと取った。

 京介さんに伝えなければ。

 京介さんなら、きっとなんとかしてくれる。

 爆弾ネタをボツにしてくれるはずなのだ。

 描写がめんどくさいという理由で。

 それがラノベなのだから。

 ちなみにいまさらながらだが、陽一くんは男の子なのに女の子の格好をし、ある男の子に恋をしている。それはふつうじゃないよ、おかしいよ、とどうしても世間に思われてしまうであろう性的指向について、陽一はあらかじめ〈両親〉としっかり話し合っていた。〈両親〉ははじめ驚いた様子だったが、やがて自らを納得させるようにうなずき、おまえの生き方でやってみるといい、いろいろとつらい目にも合うだろうが、信じた道なのだから人様を恨んではいけないよ、と言った。理解ある〈両親〉だった。

 実際にはつらいことなどまるでなく、世間はすんなり陽一を受け入れた。エリートぞろいの関東第一高校の生徒はエリートゆえに人間というものの多様性を理解していたし、エリートではないラノベどもはラノベゆえに〈男の娘〉を理解していた。理解しすぎるほどに。

〈両親〉は娘の気持ちを忖度して〈海外〉へ行った。陽一はラノベの教えにならい、月々振り込まれる生活費を頼りにひとり暮らしをした。〈お約束〉どおり1日1回は〈主人公〉と偶然ばったり出くわしたが、陽一にほかのラノベを展開するつもりはなかった。

 ぼくの〈主人公〉は、ただひとり。

 陽一は自宅マンションを出て、最寄り駅へ向かった。電話をかけてみたが、京介は電波の届かないところにいるらしかった。とにかく会って知らせなければ。公安関係に知らせるという手もあったが、ラノベはたいてい相手にされない。

 最寄り駅に入場し、切符売り場で路線図を見上げた。

 きっとなんとかなる。所在不明でも、偶然ばったり出会えるはずだ。

 ラノベの〈ご都合主義〉を信じるんだ。

 するとそこへ、〈妹〉らしき少女を連れた〈主人公〉らしき少年があらわれた。ふたりとも顔はすすのようなもので汚れ、シャツは裂け、あちこちから血を流している。ラノベ的にいろいろあったらしい。ふたりはSuicaをチャージした。

 意を決して話しかけると、〈妹〉が答えた。

「京介様? ああ、たしか京介様は、さいたま編を終えられたあと、新宿四丁目を東北の方角へ旅立たれました。そのあとのことは知りません」

「テレビでやっていただろう。つくばへ向かわれたのだ」

〈主人公〉が付け加えた。

「それよりふみ、電車が来るぞ」

「おふたりはこれからどこへ?」

「第2四国だ。第2沖の島には、ルーン能力を持つ者のみが集まる〈学園〉もしくは〈研究施設〉が存在するらしい。どっちかは道中決めるつもりだ」

「〈学園〉のほうがいいですよ。科学を持ち出すとのちのち面倒ですから」

「おれは10歳のころ謎の男に襲われたことで、なぜかルーン能力に目覚めたのだ。そして〈妹〉の文は、襲われた際のショックで言葉がしゃべれなくなってしまった」

「攻めた設定ですね」

「そろそろ行こう、お兄ちゃん」

「そうだな。では名も知らぬ〈男の娘〉よ、あなたのラノベに幸多からんことを」

「あなたのラノベにも」


   ◇


 秋葉原を訪れたのは久しぶりだったが、駅ナカの様子はだいぶどころか180度変わっていた。ラノベの広告で埋め尽くされている。それからやたらと猫を見かけた。駅前ではなぜか三毛猫がビラを配っていた。

 くさいたま48?

 陽一はビラをたたんでバッグにしまい、秋葉原駅からつくばエキスプレスに乗り込んだ。つくばエキスプレスに乗るのははじめてだった。都民は本当に特別な用がないかぎり、千葉や茨城に出向いたりなどしないのだ。

 電車がガタゴトと進む。つくばへ近づくにつれ、青や赤や緑のつなぎを着た乗客が増えていった。

 利根川を越えると、車内はつなぎ人間のみになった。

 得体の知れない不安に股間を縮めながら、ほかの乗客の迷惑にならないようこっそり車内を見まわした。

 車両の反対側に、スーツ姿の女性がすわっていた。

 新たな展開かもしれない。

 陽一は意を決し、走行中の車両内を歩くという日本における最大のタブーのひとつを敢行した。もちろんただ歩くわけにはいかないので、肘にかけたカゴからティッシュを取ってはつなぎの乗客ひとりひとりに渡した。ティッシュ配りのバイトだと思わせれば、なんだこいつと白い目で見られずに済む。社会から排斥されずに済む。みんなと同じでいられる。ラノベいかんにかかわらず、キャラクターは生きていくうえで非常に大事な属性なのだ。

 つなぎは例外なく笑顔で受け取った。例外なくありがとうと言った。例外なく同じ笑顔と口調だった。どことなくマザーコンピュータにつながっている感があったものの、穏やかな応対から察するに、総じて人生うまくいっているようだった。

「どうぞ」

 車両の端にたどり着く。でき得るかぎりのさりげなさで差し出すと、女性は顔を上げ、もの言わずティッシュを受け取った。どうやらハーフの方のようだった。無表情のハーフ顔はかなり怖かった。

「あの、ぼくは陽一と言います。もしかして」

 車内放送が遮った。

「次の停車駅は、守屋。守屋」

 女性は突然振り向いて窓の外を見た。

「降りましょう」

 立ち上がり、陽一の手首をつかんだ。えっ、なんですか、ぼく女の人は好きになれないんです、などと口にしかけたが、かなり怖いハーフ顔だったのでセリフをぜんぶ飲み込んだ。

 守屋駅のホームに降り、階段へ向かって引きずられる。途中、厚底靴を床に引っかけて足首をくにゃりと折った。

 ハーフらしき女性が立ち止まり、髪を揺らして振り返った。テレビドラマのような振り返り方だった。

「あなたは岸田京介くんと出会うために、つくばエキスプレスに乗り込んだ。そうね?」

 陽一はぽかんと口を開けてハーフを見上げた。

「それでまちがいないのね?」

「え、ええ。そうです。なぜ知っているのですか」

「わたしは上原アリシャ。なにを隠そう、岸田京介の〈メイン〉よ」

「ほんとですか」

「なぜ疑うの」

「失礼ですが、〈ヒロイン〉さんにしては、だいぶお年を召していらっしゃるなと」

 上原はすっと目を細めたが、陽一は気づかなかった。

「ああ、あれですね。最近社会問題になっている、大人ラノベでしょう。テレビでやっていましたよ。昨今のラノベブームで、20歳を越えた男女がラノベをやりはじめたんです。でも教祖である京介さんの〈ヒロイン〉を騙るのは、このご時世、あまりよろしくないかと」

 上原はお尻をなでることで陽一の注意を引いた。

「つくばエキスプレスに乗るなんて。伊達さんの言ったとおりね」

 陽一は驚いた。

「伊達さんも知っているんですか!」

「もちろん。あなたは伊達さんによる関東第一高校撲滅計画を知り、それを阻止するために京介くんを探している」

「ちょっと電車に乗っただけなのに、なんて都合のいい展開なんだろう!」

 上原と手をつないで下りエスカレーターに乗った。

「これはラノベの〈ご都合主義〉ではないの。あなたの行動はすでに、さまざまな人間に筒抜けよ。わたしは伊達さんから聞き、未来学者は統計的に知り、忍者は口伝の術をもって知る」

「忍者ってなんですか」

「わたしは高校時代、未来学と過去学を学んだ。そのおかげで過去と未来についてはそれなりに理解している。飯塚先生の授業を受けたことのある岸田京介の〈ヒロイン〉は、わたしだけなの。わたしがなんとかしなければならない」

「飯塚ってだれですか」

「つくばには未来がある。そして未来あるところには必ず過去が存在する。過去学者であり関東第一高校の教師でもある飯塚先生は、岸田京介を阻止するため、必ず動き出す。いいえ、もう動き出しているかもしれない。いいえ、もうすでに動いてしまったあとかもしれない。とにかくこうしているあいだにも、われわれの過去は改変され、ストーリーの一部がなかったことになりつづけているかもしれないのよ。のんきに〈ラブコメ〉などしている暇ではない」

 陽一は〈ラブコメ〉と聞いてそわそわした。いまごろ京介さんはつくばの地で一ツ橋色葉やアンドロイド春と同棲したり鍋を食べたりお風呂に入ったりしているのか。ぼくもやりたい。畜生、うらやましい。うらやましすぎる。

 上原はうなじをこしょこしょすることで陽一の注意を引いた。

「なんの話でしたっけ」

「ちゃんと聞いて。とにかく、飯塚先生はあなたの行動を快く思っていない。〈ヒロイン〉が増えれば増えるほど、岸田京介の未来が指数関数的に輝きを増していくからよ。事実あなたは、飯塚先生が過去を改変したことによって、秋葉原駅からつくばエキスプレスに乗り込んでしまった」

 上原はバッグから新書を取り出し、陽一に表紙を見せた。タイトルは『だれも伝えない日本のLGBT』(関東第一高校出版会)だった。

 陽一はエスカレーターを下降しながら新書をぱらぱらとめくった。いくら国際化したとはいえ日本の実際はクソラノベの表紙に代表される陰湿な男社会なのでセクシャルマイノリティが権利を獲得することは未来永劫ないだろうという絶望的な結論で締めくくられていた。

 エスカレーターを上ってきた中年男性が、すれちがいざま陽一に意味ありげな視線を送ってきた。明らかに異なる者に対する嫌悪と排斥の視線だった。

 陽一は両親の教えを思い出しながらぐっと我慢し、さりげなさを装いつつ上原の背中に話しかけた。 

「よくわかりませんけど、つくばへ向かうならつくばエクスプレスでしょう」

「そうよ。つくばへ向かうなら、つくばエスプレスよね」

 この大人ラノベは、一体なにを言っているのだろう。駅2階の改札内へ降り、お尻付近をさまよう上原の手をそっと払い、改札へ向かった。ふと立ち止まり、駅名標をなんとはなしに見上げる。赤地に白で「15 守屋駅」と書かれている。

 守駅?

 駅名標の向かって右端には、おなじみの「TX」のロゴが描かれている。ロゴの隣には「つくばエスプレス」と書かれていた。

 陽一は気づいた。

「あっ」

「ようやく気づいたようね」

「でも、ぼくはつくばエスプレスに乗ったはずなのに」

「わたしが止めなければ、あなたはつくばエスプレスによってつくば研究学園都市を経ずに水戸へ輸送され、それと気づかないまま岸田京介を求め永遠にさまよっていたはずよ」

「ただの〈誤字〉じゃないですか?」

「鬼の首を取ったように指摘を受ける、あれね? でもこれはただの〈誤字〉じゃない。ここはまちがいなく、つくばエスプレスの守駅よ」

「じゃあ、つくばエスプレスに乗り直します。お世話になりました」

 上原はパニエをつかみ、そっと陽一を引き戻した。

「どうやってつくばエスプレスに乗り換えるつもりなの?」

「わかりません」

「一緒に行きましょう。あなたひとりで脱出は不可能よ」

「上原さんも、つくばエスプレスの過去に囚われてしまったんですか」

「なにを言っているの。わたしはあなたを救い出すために、あえてつくばエスプレスに乗り込んだのよ。もちろん出番を増やすためじゃない。世界を変えるためよ。わたしはたしかに美人で〈ハーフ〉で〈エルフ〉だけど、まごうことなき26歳の〈大人〉なの。みんなはだれひとりとしてわたしに萌えていない。必要とされていない。だからわたしが犠牲になってでも、若いあなたが〈ヒロイン〉として加わるべきだと思った」

 陽一は絶句した。

「ラノベの〈ヒロイン〉が自己犠牲だなんて」

「言いたいことはわかる。とにかく、わたしは生まれ変わった。この顔を見て。まったく〈ヒロイン〉らしくないでしょう。このスーツを見て。不自然なしわも寄らず胸も曲線も強調されてない、ふつうのリアルスーツよ。いまごろつくばでは、〈ヒロイン〉3名による〈ラブコメ〉が繰り広げられているはず。もしわたしが存在自体を消されてしまったら、あなたが〈ラブコメ〉をやめるよう京介くんたちを説得するのよ。まじめにやれ、世界を変えろ、と」

「どうやってつくばを脱出するつもりですか」

「待って」

 まばらな乗客が改札を出たり入ったりするなか、上原は非常に怪しげな体勢で駅員室をのぞき込んだ。客のひとりが窓口で駅員に話しかけた。

「いまよ!」

 上原は改札に向かって猛ダッシュした。突然の全身運動に、26歳の肉体を包むリアルスーツがぴちぴちと悲鳴を上げ、男性向けアニメのような不自然なしわが寄った。ひらりと宙に浮き、まさにハードルのように改札を飛び越えた。もう少しでパンツが見えそうになった。

 軽やかに着地し、髪を揺らして振り返る。

「なにをやっているの? はやく!」

 客対応をしていた駅員室の駅員が異変に気づいた。あわてた様子で飛び出してくる。

「こらあっ! そこのサラリーパーソン、なにをやっているかっ!」

「あなたも飛び越えるのよ! これが正しい未来なの! 京介くんに出会いたいんでしょう?」

 正しく京介に出会いたい陽一は、上原に促されるまま改札に駆けた。切符を買っていたのでふつうに改札を出た。

 上原はスーツをぴちぴちさせながらえらい勢いで駆けていく。左折し、中央東口方面へ向かう。陽一も厚底靴でごつごつと追いかけた。

 併走しながら陽一が質問した。

「なぜわざわざ不正乗車をしたのですか」

「追われるためよ! 不正乗車をすれば駅員に追われる。だれにでもわかる、過去と現在の必然でしょう? こうして必然的に逃げているあいだは、過去への介入は抑えられる! わたし自身の理性と判断で状況を打開できるのよ!」

「リスクを恐れず自らの足で前へ進め、ってことですね」

「そういうことよ!」

 上原はコンコースの四つ辻を直進し、関東鉄道常線改札へ向かった。

 またしてもひらりと飛び越える。陽一もやけくそになって飛び越えた。

「こらあっ! そこの奇妙な2人組! 待たんかっ!」

 走りながら陽一は気づいた。

「いま飛び越えたの、関東鉄道常線ですか?」

「だから?」

「関東鉄道は常線ですよ。今度はまちがいなく誤字でしょう」

「どっちでもいい! とにかく第二常磐線に乗るのが先よ!」

 第二常磐線? 陽一は首をひねりながら走った。

 1950年代からの経済成長により、常磐線の混雑は深刻な問題となっていた。首都圏に人口が集中し、周辺地域でニュータウンなどの住宅地が開発された結果、通勤・通学客が激増し、在来鉄道の輸送需要に対する市民の要望が高まっていった。

 読者諸君のうんざりする顔が目に見えるようだが構わず説明をつづけよう。首都圏拡大の影響を受け、茨城県は1976年、県南県西地域交通体系調査委員会を立ち上げた。茨城県ほか住宅公団、建設省の担当者も参加し、2年に渡る議論のすえ、レポートがまとめられた。レポートの推計によると、1987年には藤代―取手間で408%の混雑率となるであろうとのことだった。だいたい300%で死人が出はじめる。朝の上野駅でぐちゃぐちゃに融合した謎の肉が車両から吐き出されるのは時間の問題だった。

 通勤客がミンチになるのはまずいので、委員会は第二常磐線の新設を提案した。東京から石岡までの約80キロに及ぶ大構想だ。構想を受けた茨城県はなにをしたかというと、具体化に努めた。確率的に存在し得る歴史のほとんどにおいて、茨城県はただ具体化に努めた。つまりなにもしなかった。そしてたったひとつの歴史において、茨城県は東京都、千葉県、さいたま県と一致団結し、運輸省の運輸政策審議会の俎上に載せ、国鉄および日本住宅公団を巻き込み、運政審第7号答申では守以降は検討路線とされたところをつくば研究学園都市まで延伸すべく粘り強く活動し、宅鉄法の成立、第三セクター首都圏新都市鉄道株式会社の設立を経て、ついに2002年、第二常磐線のキャッチーなネーミングを公募するに至ったのだった。

 とある歴史では女性の圧倒的な支持を受け「つくばエスプレス」の名称に決定した。とある歴史では担当者の誤字をだれも発見できないまま「つくばエスプレス」の名称に決定した。しかもルートはつくば研究学園都市をすっ飛ばして水戸へ向かう案が採用されていた(陽一くんが乗った電車)。そして上原が陽一と接触し、それに気づいた飯塚が『第二常磐線の歴史』(関東第一高校出版会)を著すことでそもそもネーミングの公募が行われずそのまま第二常磐線の名称が採用された歴史に改変し、それから終着駅を守にしようと原稿用紙に向かったがTXの歴史を熟知している上原がおそらく飯塚はつくばエスプレスから第二常磐線に改変するだろうと予測し陽一とともに駅改札を飛び越えることでTXの過去を第二常磐線に固定し(陽一くんイマココ)、焦った飯塚が新書『26歳はれっきとしたおばさんである』(関東第一高校出版会)を出版したが時すでに遅く、その後は駅員数名と追いかけっこする上原と陽一をただだらりと見守るしかできなくなった(忍者イマココ)。

 現時点でふたりが存在している歴史では、常総線水海道駅を経てつくば研究学園都市へ向かうルートがばっちり採用されていた。

「こらあっ! 待たんかっ!」

 キスクで『26歳はれっきとしたおばさんである』(関東第一高校出版会)を購入し、エスカレーターを2段飛ばしで駆け上がり、守駅4階のプラットホームに出た。ちょうどそこへ第二常磐線の車両がすべり込んできた。

 ピーッ! 駅員が笛を鳴らした。

「さあ、はやく! 再び過去が改変されないうちに乗り込みましょう!」

 上原はお尻をぺちぺちたたいて陽一を車両内に追い立てた。そして扉が閉まるまでのあいだ、ふたりは車両内を走りまわって逃げまわり、ほかの乗客に迷惑をかけつづけた。いまごろは電車内の迷惑者としてSNSに顔出しで写真がさらされているにちがいない。


   ◇


 そのころ上原アリシャは、胸元の開いた舞踏会ドレスを着て、つくばエスプレスの車両内を行ったり来たりしていた。

「ああ! このままではつくばに着いてしまうわ! 陽一という子、一体どこに乗っているのかしら!」

 タフタ織のスカートをはしたなく持ち上げ、足首を卑猥にのぞかせながら、つなぎの人だかりをかきわけて進む。いちおう日本国籍なのですみませんを合計26回言ったあと、車両の反対側にたどり着いた。

 6両すべての車両をまわったが、高校2年生らしき男子の姿はちらとも見かけなかった。

 上原は伊達から連絡を受け、つくばエスプレスに乗り込んだ。「わたしは関東第一高校を撲滅する。陽一くんはきっと、計画を阻止するため岸田京介と接触を試みるでしょう。止めるなと説得してほしい」といったことを伊達は告げた。「ちなみに陽一くんは岸田京介のどの〈ヒロイン〉よりもかわいい」上原はキーッと頭から湯気を出し、新たなライバル出現にいても立ってもいられなくなり、陽一なる〈男の娘〉を探すべく、つくばエスプレスの始発駅である秋葉原駅に舞踏会ドレス姿で入場した。撲滅とかはすでに忘れていた。秋葉原駅構内で不審な〈メイド服〉の後ろ姿を発見し、スカートをたくしながら追跡した。同じ車両に乗り込み、探しまわったが、陽一はなぜか忽然と姿を消した。ティッシュカゴを肘にかけた不審な〈メイド〉がひとり乗っていたが、あれは完全に女の子だ。

 あんなにかわいい子が男の子であるはずがない。

 上原は優先席の中央座席にどっかと腰を下ろし、ペチコートをのぞかせて脚を組んだ。

「ふん! まあいいわ。ひとりでもライバルが減ればと思ったのだけれど、よく考えてみれば、妨害する必要なんてない。このわたしが男子に負けるとでも? 〈男の娘〉ですって? は!」

 そうして第2上原アリシャはつくばエスプレスでつくば研究学園都市へ入場した。それ以前に第2上原とはなにか? なぜ上原アリシャが同時代的に2人も存在しているのか?

 飯塚も首をひねっていた(イマココ)。

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