第116話 本当に本当のつくば研究学園都市建設史

 スクリーンに映像が映し出される。霊峰つくば山を背景に、手書きと思しき白いタイトルが唐突に出現した。タイトルは『つくば研究学園都市建設史』。勇壮なBGMが大音量で流れはじめた。音割れがすさまじい。早乙女は音量を絞った。

 茨城の田園風景がスクリーンに映し出された。当時のフィルム映像なのか、かろうじてカラーとわかる色あせた映像だった。

 矢倉から見下ろすロングショットがしばらくつづいたあと、鍬や鎌、ピッチフォークなどを持った農民らしき一群が、破れかぶれの雄叫びをフェードインさせながら駆け足で田んぼを横切っていく。人物目線のショットに切り替わる。農民はみなみすぼらしい格好で、着物をはだけ、なかにはふんどし一丁の者もいた。パンツ一丁の者もいた。ゲルマン人らしき風貌の者もいた。つづいてアップによる迫力ある映像。薄汚れた顔はどれも怒りに歪み、とにかく農具を振りまわして走りまわるほどなにかに対して怒っていることがうかがえた。

 場面が変わり、茨城県民の怒りの矛先があらわれた。直前の喧噪との対比を狙ったかのような静けさのなか、男が3名、馬に乗り、霊峰つくば山を見上げている。どうやら先ほどと同じ山麓のロケーションらしい。

 センターに位置する男の顔が、やや下方向からのアングルで映し出された。日本の都市計画の始祖、飯沼一省その人だったが、ラノベ一同で知っているのは色葉だけだった。

 ナレーションが言った。

「1966年4月、地元との合意ができたことにより、研究・学園都市建設推進本部を内閣府に設置、用地買収に向けた土地物件の権利調査が開始された」

「住民は移転に反対しておる!」

 馬上で山を見上げながら、飯沼が言った。立派な口髭を生やした男が隣に並んでいる。井上馨その人だとわかったのはやはり色葉だけだった。

「2400ヘクタールだと? たったの2400ヘクタールでは、なにがなにやらではないか! しかもクラスター開発! 河野一郎め、穴ぼこ開発などで妥協しおって! あのようなマスタープランは、都市計画に一生を捧げたわたしの本意ではない!」

 飯沼はE.ハワード著、山形博生訳『新訳 明日の田園都市』(鹿島出版会)を振りまわした。

 井上馨がしかつめらしい顔で言った。

「近代化の弊害というやつだ」

「もとはといえば、あなたがた明治政府が租税改革を断行したのがいけなかったのだ!」

「当時の情勢を考慮していただきたい。日本はアジアの帝国とならねばならなかったのだ。西欧先進国のアジア進出による植民地化に対抗すべく、近代技術による産業を取り入れ、軍備を強化し、近代国家としての体制を形成しなければならなかったのだ」

「殖産興業に富国強兵でしょ? 大学入試に出ましたよ」

 井上馨はいまのは皮肉だろうかといぶかり、眉をひそめた。

「クソ、未来が事前にわかっていさえすれば、思うままの理想の都市が実現できたんだがなあ! ところで」

 飯沼は『たのしい四年生』昭和38年1月号をいそいそと開きつつ、反対側の人物に話しかけた。折り癖のついたページには、時速200キロメートルで走る未来の自動車がかっこいいイラスト付きで紹介されている。

「こういうホバーカーって、ほんとに実現可能なの?」

 豊田喜一郎が言った。

「トヨタの技術力と歴史力をもってすれば、まちがいなく実現可能ですよ。どこでその雑誌を?」

「内務省時代、わたしの机に置いてあったのだ」

「昭和38年発行って、40年近く先ですよ」

「あったんだからしょうがないだろう。とにかく、ホバーカーだ。原理はわからないが、理想の都市には、やはりこういうかっこいい車が走っていてほしい。だが反重力装置の発明は1979年だと聞いた。これでは研究学園都市の開発に間に合わない」

「そのことならお任せください。わたしどもの歴史顧問が、1950年代の発明にいたします。それで問題ないでしょ?」

 飯沼は問題大ありの顔をしていた。

 色葉も問題大ありの顔をしていた。手を挙げると、早乙女が指した。

「はい、色葉さん」

「なぜこの3人が一堂に会しているんですか。風刺映画だとしてもめちゃくちゃですよ」

「これは映画ではありません。史実そのものです」

「だれがロングショットで撮影しているんですか」

「しっ」

「歴史顧問?」

 飯沼が言った。

「技術顧問ではなくて?」

「ええ」

 トヨタ自動車工業株式会社社長が、自分の馬の脇に立つ男を紹介した。

「こちらが飯塚先生です」

 黒装束に身を包んだ男が、眉間に深々としわを寄せ、印を結んでいる。

「なぜ忍者の格好を?」

 飯沼がもっともな疑問を発した。

「先生は時代を超えてご活躍なさっているので、素顔を晒すといろいろと問題が」

「まあいい。で、この忍者が、どのようにして過去を変えるというのだ?」

 横柄な口ぶりにトヨタ社長は心の中で毒づいたが、表情ひとつ変えなかった。ビジネスにおいていまなにがいちばん重要なのかを心得ているのだ。

「では先生、よろしくお願いします」

 忍者はうなずいた。画板のひもを首にかけ、あぐらをかいた。懐から藁半紙の束を取り出し、画板に挟み、忍刀に忍ばせた忍ボールペンを高々と掲げた。

 30分後、飯塚は脱稿した。

 10分後、関東第一高校出版局の小僧が時空を越えて原稿を受け取りに来た。

「仮タイトルは『日本科学技術史』だが、美人編集者に変えられるかもしれない。とにかくこれで、反重力装置は1950年代に実用化されることになる。いや、なった。発明者は日本人、そしてジョン・ハチソンは1979年、ただのペテン師として一笑に付される」

「まさか」

 飯沼一省が言った。飯塚は答える代わりに馬を指した。

 馬が地上から20センチほど浮き上がっていた。飯沼は仰天し、馬にしがみついた。馬のほうは落ち着いたもので、反重力蹄鉄には慣れっこだと言わんばかりに鼻を鳴らしただけだった。

「で、では、先生。つくば全域の研究学園都市化も可能なのですか。わたしが夢見た田園未来都市を、完全に再現できるのですか!」

「簡単なことだ。1873年の地租改正に伴い、日本における土地の私的所有権が確立された。つまり1873年以前に遡り、現在のつくば全域を租税の対象から除外すればよいのだ。それを一冊の本にする。む」

「どうされましたか」

 飯塚はボールペンをにらみつけた。インクが切れかかっていた。

「だれか、水性のボールペンを持っていないか」

 トヨタの社長が答えた。

「水性ボールペンは1970年代の発明ですよ。油性ならありますが」

「まあよい。とにかく、拙者が本を出版すれば、それで過去は変わるのだ。ルールは理解できたか」

 3人がうなずいた。

「秀吉には拙者から伝えておく。これでつくばの所有権はぐだぐだだ。あとは豪族や百姓どもを追っ払い、つくば全域を国有地に指定すればよい」

「すばらしい」

 飯沼が瞠目して言った。

「東京府に中央集権国家も実現できる?」

 井上馨がおねだりするように言った。

「オール煉瓦街にするんだ。きっとかっこいいぞ! 大火がなんだ!」

 嫌がって顔をそむける飯塚に、井上はしばらく理想の首都をまくし立てた。空気が読めない人らしい。霊峰をバックに混沌とした会話が行われるなか、突如カメラが切り替わった。遠方から無理やりズームしたような映像で、アングルが低く、手ぶれもひどい。

 盗撮だ。男の京介は直感した。

 がちゃがちゃと耳障りな音を立てたあと、撮影者自らがカメラをのぞき込んだ。

 早乙女だった。髪は短いし、眼鏡も昭和風だ。土まみれの白衣を着て、ゲリラのように田んぼにうつ伏せている。

 ごそごそと音を立て、たすき掛けしたバッグからなにかを取り出した。四つ折りにした新聞だった。朝日新聞の一面をカメラに映す。

 カメラの焦点が合う。日付は1966年4月9日だった。

 部屋の電気がついた。京介はまぶしさに目を細めながら、うっすらと映像が動きまわるスクリーンをなおもにらみつけた。

 早乙女が席に戻り、一同を見まわし、言った。

「さあ、これが過去の真実です。アンダーアチーバーくん、感想は?」

「茶番だ、と言いたいところだが」

 想定外の答えだったのか、早乙女はわずかに目を細め、京介の発言を待った。

「おれは、未来と過去に対する認識を改めた。文字どおり180度改めた」

「ほう」

「あの映像は事実だ。新聞の日付がその証拠だ。まちがいない。まちがいなくまちがいない」

「あなたの心変わりは本当ですか? それとも」

「本当だ。なぜなら本当に本当だからだ」

 色葉は京介を見つめていた。もちろん、難癖つけると思っていた。Fラン大学の映画サークルが撮ったような、シュールと呼ぶにも値しない映像だったからだ。

「歴史の授業が嫌いな理由が腑に落ちた」

「そのとおり。歴史は年号を丸暗記すればいいというものではない。映像が残っているとはいえ、あれもいまのところの歴史でしかない。すべての歴史は改変され得る。あの忍者によって」

「そんなバカな」

 色葉は思わず口走った。早乙女が若干冷ややかな目を向けた。

「バカではありません。言葉に気をつけて」

 色葉は隣でこくこくと船を漕ぐ五月の横顔を見つめた。おやつを食べて眠くなったらしい。まともなセリフをひとことも口にしていないが、この子はラノベになったばかり。だからみんな、どうか大目に見てあげてね。

 それから上座で思い詰めたようにテーブルをにらみつける京介に、おずおずと話しかけた。

「だいじょうぶ?」

 青ざめた顔で頭を振った。

「青ざめさせることはないよ」

「いや、青ざめさせる。もし歴史が改変され得るのであれば、おれはこの瞬間にも存在しなくなるかもしれない。異なるおれになるかもしれない。そして色葉、おまえと知り合ったことにもならなくなるかもしれない」

「そんなことはない。そうはならない。考えすぎないで」

「気分が悪い」

 早乙女はちょうど机に置いてあったアイスノンを渡した。ちょうど冷えていた。

「おれは本当に存在しているのか。いや、いま存在しているとおれ自身が信じているところのおれは果たして本当のおれなのだろうか。おれはすでにおれではないかもしれない」

「アイスノンが足りないようですね」

 京介は顔を上げ、すがりつくように早乙女を見上げた。

「おれはこれからどうすればいいのだ。おれには判断できない。どうか教えてほしい」

「どうしちゃったの、突然」

 京介は色葉の手を振り払った。追加のアイスノンを後頭部に乗せ、テーブルに伏したまま動かなくなった。

 早乙女はにこにこしながら見下ろし、言った。

「ではアンダーアチーバーくん、最初の指令です。電話に出ましょう」

 ポケットの中でスマホが震えた。

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