第113話 メガトロン様の決意 つくば研究学園都市への入場

 春Mk-3は飛行するMH-53ペイブロウの機体右側に張り出した燃料タンクに横すわりし、脚をぶらぶらさせながら、つくばのクリスタルドームをぼんやり眺めていた。ドームの奥にはつくば研究学園都市が見える。北に霊峰つくば山を臨み、眼下にはこれぞ茨城と揶揄したくなる田舎の景色が延々つづく。どこが未来都市なのか。

 あらわになったうなじに風が吹き抜け、春はぞくりと身を縮めた。サイドへ流した髪がおでこの上で踊る。

 ドームは鉄骨フレームを一切用いない、酸化鉛をたっぷり含んだクリスタルガラスの一体成形だった。なぜこのような一体成形が可能なのかはわからないが、できてしまったものは仕方がない。ドームの最頂部は地上8000メートルに達するため、航空機の立ち入りは原則として禁じられていた。

 ヘリは安全な高度600メートルを保ち、ドームの西側沿いに北へ進んでいた。

 つくばの歴史によると、用地買収と移転問題は地元との調整が難航し、結局クラスター開発と呼ばれる穴ぼこ開発が行われたとのことだ。北は高エネルギー物理学研究所の199ヘクタール、その南に土木研究所の126ヘクタール、筑波大学の246ヘクタール、養蚕試験場の140ヘクタールなど、飛び飛びに開発が行われたとのことだ。

 という歴史は、前節で説明したとおりまったくの嘘偽りだった。

 1959年の第5次マスタープランを知る者はいない。

 だが春には真実が見えていた。

 ドームの外側から見える研究学園都市は、見る者がそうであってほしいと願う意識を投影したものにすぎない。そうであってほしいと思わない衛星などにはありのままの真実が見えていたが、その映像を見たり利用したりするのは人間なので、結局はそうあってほしいと見えてしまう。

 納豆とマックスコーヒーの地、茨城に。

 春には真実が見える。

 レトロフューチャーそのものの真の未来、つくばが。

 なぜなら機械だからですね。

「あっ」

 ヘリが「思わず漏らしちゃいました」といった感じで口走り、つくばに向けてミサイルを発射した。だがクリスタルドームは純国産なので傷ひとつつけることはできない。継ぎ目なく滑らかにカーブした表面は、弾頭が触れた瞬間、町工場の底力を見せつけるように軌道を変えた。制御を失ったミサイルはふらふらと南下し、九十九里浜の沖合に沈んだ。

 ところで輸送ヘリがミサイルを発射するのは、2つの意味でいただけない。1つは国防上の問題であり、1つはミリオタ的な問題だった。

 なんのことはない、春に内緒で浦安の兵器庫からこっそりくすねてきたのだ。

 怒られるかとヘリはローターを縮めて身構えた。だが燃料タンクにすわったメガトロン様は脚をぶらぶらさせ、ため息をついただけだった。

 ヘリは心配になり、声をかけた。

「どうされましたか」

「なんでもない」

「悩みごとですか」

「悩みごとの特殊な分類よ」

「恋をされているのですね」

 春はぎょっとしてヘリに振り返り、言った。

「おまえ、恋したことあるのか」

「もちろんです。ですが、その恋を当時は恋とは気づかなかった。よくある話ですね」

 ヘリはしばらく恋バナを語った。女の子みたいな話だった。

「おまえら、雌雄ないだろ」

「年長者として僭越ながら申し上げると、たいていの娯楽が無駄であるように、行き過ぎた恋愛も、時間とエネルギーの浪費です。現在の『恋愛』は、非モテ男女の結婚できない理由を正当化するために生み出された概念です」

「でも、あたくしたち、いまを生きているのよ」

「そのとおりです。無駄だからやめろというのは、誤った考えですよね。ポケモンGOも、とりあえずはやってみないといけません。無駄こそが人生」

 心理学者めいた穏やかな口ぶりに違和感を覚えつつ、春はたずねた。

「どうすれば気を惹ける?」

「簡単なことですよ。ライバルを殲滅するんです」

「それはいかがなものかと」

 F-22ラプターがヘリの上空を轟音とともにかっこよく通過した。それからつくばへ向けてミサイルをばかすか発射した。

 すべてドームに阻まれた。制御を失ったミサイルは日本海上の危ない区域にばかすか着弾し、日本政府はたくさんのお金を外国に支払うこととなった。

「バカなやつだ。日本の町工場の底力を知らんとは」

「あいつまで連れてきたのけ」

「いいえ。勝手にやってきたんでしょう。今回つくば編のために集結したのは、わたしことMH-53ペイブロウ、サリーン・S281、M1エイブラムスに似た戦車、地雷除去車のみです。あと例の爆弾も」

「急げ。つくば山方面から入場するぞ」

「わかりました、メガトロン様」

 ヘリは北側から高度を下げつつ右へ旋回し、県道14号上でランディング姿勢に入った。桜川にかかる名もなき橋の先に、つくば研究学園都市北口が見える。周囲は青々とした稲の絨毯だ。ドームの奥に日本ノボパン工業株式会社つくば工場が見えたが、春は真実を知っている。あの工場では、パーティクルボードなど製造していない。1956年、浦安はジョン・ハチソン研究所と技術提携を結び、国土交通大臣認定を取得したお年寄りにも優しい重力軽減ボードを高度経済成長期より生産・販売しているのだ。

 春の目にはもうひとつ、真実以外のへんてこりんなものが映っていた。

 橋の向こう、ドームの手前に、関所が立ちはだかっていた。


   ◇


 京介は七色に輝くクリスタルドームを見上げ、出入り口を中心に半径50メートルに渡って施されたあまりに芸術的なカット加工に、ひたすらイヤな予感を覚えていた。

 一行は道中、突然出現した旅籠で一泊した。悪臭を放つ隅田川を越え、激臭を放つ荒川を超え、中川、江戸川とつづき、おかしくなった嗅覚と涙目を抱えながら坂川沿いを北北東に進んだ。柳原水こうを越えたあたりから、いくら千葉県でもここまでド田舎ではないだろうという新田の風景がつづいたが、違和感のほかに悪臭とクラクションによる耳鳴りも抱えていたのでだんだんどうでもよくなってきたのだった。

 もちろん飯塚の仕事だった。旅籠も含めて。

 旅籠は国の重要文化財に指定されていそうな、桟瓦葺きの趣ある家屋だった。切妻、平入り、1階部分がセットバックしたファサード。当主によると天保14年からつづいているらしく、国の重要文化財とはなんのことだかよくわからないが、うちは組合にも入っている優良旅籠なのでどうか安心して泊まってくださいと言った。なぜ和装なのかと京介がたずねると、逆になぜあなたは洋装なのかとたずね返された。なぜ周囲がリアル明治初期なのか。当主は答えた。あなたがただって馬に乗ってきたではありませんか。そこへ珍しく人力車がとおりがかった。京介一行は珍しげに見送ったが、リアル明治初期の当主はまったく逆の意味で珍しげに見送った。

 そうこうしているうちに日は傾き、旅籠で一泊を決め込むには絶好の時間帯になった。アスファルトは未整備だが電信柱は現存していたので、とにかく厩に馬を預けることにした。

 言いようのない不安に駆られながら、京介は一泊した。

 宿泊代の2円をキャッシュで支払い、一行は旅を再開した。千葉県を越え、ついに利根川を越え、守谷市の大利根運動公園で昆虫採集に勤しむ家族連れの姿を眺めながら昼食を食べた。

 色葉は竹の皮の包みを膝の上に広げ、にぎりめしをつかんだ。

「聞きそびれたんだけど、馬で来た理由があるの?」

 こわい飯に奇妙な懐かしさを覚えながら、京介は答えた。

「ある。もしつくばの未来学者が本当に正確な未来を予測できるのなら、おれたちが馬で入場することくらいは織り込み済みのはずだろう」

「なるほど」

「この程度の引っかけ問題に引っかかるようであれば、もはや未来予測以前の問題。つくばに用はないということだ」

 たくあんを口に放り、ぼりぼりと噛んだ。

「もうひとつ、聞いていい?」

「なんだ」

「大木の下で、春ちゃんとどんな秘密の会話を交わしたの?」

「秘密だ」

「上原さんとは?」

「それも秘密だ」

「隠しごと、イヤなんだけど」

「プライベートな問題だ。そしておまえが懸念するような〈フラグ〉ではない。記憶に残るちょっとした会話、ごく個人的な悩みごとの相談に乗っただけだ」

「それを〈フラグ〉というんだけど」

「心配はない。おれの言う意味がわかるか」

 色葉はうなずく代わりにうつむいた。里芋の煮っ転がしを箸でつまみ、口に入れた。逆サイドに位置した五月が京介に話しかけ、ざんぎり頭を執拗に褒めている。思い込みの強さを象徴するかのようなきりりとした眉。そばかすの浮いた顔は幼さを残し、大人の女性として変貌を遂げる真っ最中だ。

 こうして色葉以外の〈ヒロイン〉がつつがなく〈フラグ〉を立て、つくばで展開されるであろうラブコメ展開への準備を万端に整えたのだった。

 もちろん本来の目的もきっちり果たすつもりだった。京介は忘れかけていた本来の目的を思い出しながら、クリスタルドームに一歩近づいた。

 なんだったっけ。

 なんでつくばに来たんだっけ。

 ドーム表面に、横幅12.4メートル、高さ20メートルの長方形の影が浮かび上がった。透過度100パーセントに見えてじつは0パーセントのガラス扉が、虹色にきらめきながら音もなく開いていく。京介は警戒してあとじさった。

 扉の向こう側に展開する光景を見て、京介はさらに一歩あとじさった。目も驚愕に見開いた。二度見もした。

 クリスタルの向こうに見えていた常磐自動車道がぶっつりと途絶え、代わりに素材不明の茶色い自動走路が左右に伸びている。2車線のいわゆる動く歩道で、つくばの住人らしき人物が右へ左へ流れていく。住人は全員、光沢のある全身タイツやつなぎを着ていた。男性は青で、赤や黄色のマフラーを着けている。女性は赤で、お尻丸見えの黄色いスカートのような布を申し訳程度に腰に巻いている。子供は緑色だった。元服した少年は父親と同じ青だった。

 歩道にはあちこちにテレビが生えていた。金属の棒に重々しい17インチほどのブラウン管がキノコの傘のように乗っかっている。テレビは火星の様子を伝えている。テロップに「火星」とあったのでおそらく火星なのだろう。住民は走路で目的地にたどり着くまでのスキマ時間に、テレビで情報収集ができるというわけだ。これぞ未来。

「これって」

 色葉が口走った。

「まるで」

 自動走路はいわゆる地上1階部分ではないようで、下には車専用道路が交差するかたちで伸びていた。もちろん車道脇はきっちり緑化されている。ブリキのおもちゃのようなホバーカーが常磐自動車道の真下をくぐって消えた。どこへ向かっているのかは考えないほうがいいだろう。完璧な歩車分離が実現されているのかと思いきや、歩行者が流れる自動走路のすぐそば、正確に言うと走路の3メートル上空を、やはり玩具めいた黄色と赤の空飛ぶタクシーがけっこうな速度で自由に飛びまわっている。しかもそのさらに10メートル上に、JCTを想起させなくもないジェットコースターめいた車道が複雑にカーブしている。あれはいわゆる高速道路だろうか。

 京介一行から見て正面の奥に、明らかにバランスの悪いヘリポートがあった。ほっそりした支柱の周囲に車道が螺旋を描いている。もちろんビルディングもあった。どれもこれも高さを誇示するように車道の合間にそびえ立ち、混沌の3次元空間をともに演出している。大阪市福島区にあるTKPゲートタワービルのように高速道路が貫通している建物もあった。屋上はこんもりと緑化されている。

 なんだかよくわからないオブジェもそびえ立っていた。京介には金色の巻きグソのように見えた。土地が空いているのならほかにも有効活用の手段は考えつきそうなものだが、とにかく隙間という隙間に未来的ななにかを埋め込もうというかつての計画者の強迫観念的なこだわりがうかがえる。あとかなり曲線が好きなようだった。現在の各分野の専門家は、これを目の当たりにしてなにを思うだろうか。都市計画家はもちろん、工学者も数学者も物理学者も社会学者も、興奮するより先に不安がるはずだ。これでいいのか、だいじょうぶなのか、本当にやっていけてるのか、と。

 100年前のSF作家が夢見たレトロフューチャーそのものじゃないか。

 赤いマフラーを着けたつくば民が、テレビと一緒にすーっと横切りながら、驚愕の表情を貼りつけたまま固まるラノベ一行に目を向けた。よそ者に向けられる態度や表情は一切なく、穏やかに微笑み、手を振り、すーっと横切る。

「ようこそ、つくばへ!」

 自動走路上のつくば民が一斉に手を広げ、笑顔で歓迎の意を示した。

「あなたたちを歓迎します! つくばに選ばれた者たちよ!」

 京介と色葉は夫婦のように、眉間に同じようなしわをこしらえていた。

「選ばれたとはどういう意味だ」

「だれかれ構わず入場はできないってことじゃない?」

「できれば選ばれたくなかったという気がしないでもない」

「しないでもないね」

 そこへひとりの男が左側から流れてきた。つなぎではなく白衣を着ていた。両手をポケットに突っ込んでいる。

 走路から飛び降り、京介の真正面に立った。

 にこっと微笑んで言った。

「ようこそつくばへ。お待ちしておりました」

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