第112話 つくば研究学園都市を中心とした日本の真実の歴史 ついでにラノベ衰退の理由

 ここでまるごと飛ばし読みされるのを覚悟のうえで、つくば研究学園都市を中心に日本の真実の歴史を長々と説明しよう。あらかじめ忠告しておく。この項を飛ばし読みすると物語における過去と未来の整合性が失われ、読書体験が著しく損なわれる恐れがあるばかりか、あなたの肺気腫を悪化させ脳卒中の危険性を高める。だから早死にしたくなければしっかりと読み進めてほしい。

 つくば研究学園都市は1963年9月、「つくば研究学園都市の建設」という閣議了解がなされ、建設がスタートした。いわゆる太平洋戦争によって焦土と化した国土の速やかな復興、そしてその後の目覚ましい経済発展による人口の増加と都市への人口の急激な流入という問題に対し、だったら東京の近くにもうひとつのかっこいい都市をつくればみんなそっちに移り住むんじゃね?と考えたのだった。また当時の東京の大学や研究施設はどれも設備が古く、よってまともな研究や教育が行えずにいた。日本は国土がせまく、資源に乏しいので、科学技術で勝負するしかない。だったらその都市を研究学園都市と銘打ち、最新の施設を用意し、大学や研究機関を計画的に移転させればいいんじゃね? 高水準の研究と教育を行うための拠点っていう都市のコンセプトにすればいいんじゃね?

 てか研究学園都市かっこよくね?

 半世紀以上も昔に、当時の日本人はなぜ研究学園都市などというかっこいい計画を思いついたのか。例の気が滅入るセピア色の写真に象徴されるように、現代に生きるわれわれは、過去の人間はすべて自分たちよりも能力や知識に劣るという印象を抱きがちだ。スマホを見ただけでびっくり仰天し、ラノベの表紙を見ただけで鼻血を噴き出し卒倒するイメージ。インターネット? なにそれおいしいの?

 真実は異なりすぎるほどに異なっている。残念なことに当時の政治家や官僚や専門家は、あなたの45倍くらい有能だった。エリートや名を残した人間のみではない。昭和昭和と言って現代っ子がバカにするごくふつうの老人たちも、若かりしころはデジタル土方としてバリバリ働き、資産を適切に運用し、ブログを1日10000文字書き、最低3カ国語を操り、フランス在住でフィンランド人の奥さんを娶り、しかもマルクスを批判的に読んでいた。年長者に敬意を。そして真に敬意を払うべきは、当時の日本の最先端科学技術。みんなは権威が伝える誤った歴史によって目が曇りまくっているので知らないだろうが、60年代当時の日本にはスマホもあったし、インターネットもあった。クックパッドもあった。そしてもちろん、ラノベもあった。あっただけでなく、当時のラノベはいまの135倍くらい有能だった。みんなならおそらく表紙を見ただけで鼻血を噴き出し卒倒してしまうほどの有能ぶりだった。しかもなんと、最後まで読み進められる。当時のラノベは本文もおもしろかったのだ! イラストなしでも充分〈ヒロイン〉の魅力が伝わる、そんなラノベを想像できるだろうか?

 あのセピア色の写真は、なんのことはない。フォトショップで加工しただけだったのだ。

 ではなぜ過去の人間は、われわれ未来の人間に向けてそのようなめんどくさい小細工をしたのだろうか。当時の未来学者が予測したからだ。いわく、20世紀末、1992年以降の日本は、ゆとりと呼ばれるのびのびのんびり教育によって、バカな国民であふれかえることになるだろう。そして未来の若者は羨ましすぎる昭和に嫉妬しやがて発狂して死んでしまうだろう。未来とはすなわち希望である。われわれ人類は、未来より優れていてはいけない。われわれは未来のゆとりに、昭和昭和と蔑まれる過去人とならなければならないのだ。たとえばマルクスに心酔するとか、ヘルメットをかぶって大学構内に立てこもるとか、子供の前でタバコを吸いまくるとか。もちろん電子タバコではない。例のもくもくタバコである。

 未来学者などによる審議会の答申を受け、政府は1949年、大蔵省の外郭団体として特殊法人・日本専売公社を発足、非喫煙者のいるオフィスや子供のいる家庭での喫煙を奨励した。タバコはまあいいとしても、なにからなにまで未来の日本のために無能を装うのはいかがなものか。そのうち本当に無能になり、それこそ日本がダメダメになってしまうのではないか。そう考える者も当然ながらいた。

 そして実際にそうなりつつあった。

 日本とともに研究学園都市計画がみるみる無能化していくなか、有能な都市計画家たちは、それでも真の来たるべき未来を夢見た。夢は夢ゆえに夢である。ゆとりの日本は絶対に避けられないようだが、夢は夢ゆえに夢見つづけなければならない。それにわざわざバカに合わせた都市をつくるのはなにかがまちがっているような気がするし。

 あるときひとりの都市計画家が発案した。つくばの研究学園都市に、われわれのすべてを残そうではないか。今後50年で失われるであろうわれわれの遺産、最先端科学技術のすべてを。

 そしてつくばの真実は、未来永劫、だれにも知られてはならない。

 というわけで、都市計画家たちは夢見るだけでなく、実行に移した。ハワードの田園都市論を学び、世界各地の都市を視察し、理想の都市像を思い描いた。モアを読み、オーウェルを読んだ。SF小説も読んだ。田園調布で軽くデッサンし、多摩ニュータウンで計画的に華々しい失敗を遂げたあと、国土庁が全体の調整を実施し、日本住宅公団がマスタープランの作成や基盤整備などを行い、1980年、つくばの地に研究学園都市を創造した。

 そんな感じで完成したつくば研究学園都市は、都市の機能性と利便性、農村の自然環境、そして見た目のかっこよさという3つの磁力を併せ持つ、どの時間軸から見ても超すごい「未来」都市だった。そして未来学者の予測どおり、1985年3月17日から同年9月16日までの184日間、つくばの地で国際科学技術博覧会が行われる運びとなった。

 未来のゆとりだけではなく、世界中のどの国にも、つくばの最先端科学技術は知られてはならないだろう。もちろん国益を守るという当たり前の理由もあるが、未来学者によると21世紀はグローバルに情報化社会を迎えるらしいので、つくばの秘密をブログなどにアップされてはまずい。ではなるべくしょぼく、世界水準に合わせたそれなりの科学技術を披露することにしよう。

 だがつくばに凝集された科学技術の数々は、あまりにすごすぎた。ホバーカーくらい世界の常識だよね? 常識ではなかった。開発どころか研究すら行われていなかった。なので万博開催期間中のカーシェアリングは急遽中止とされた。思念電話による通話も禁止となった。外国ではいまだにスマホでもしもししているのだろうか。えっ、スマホすらないの? サービスロボットやアンドロイドは倉庫にしまい込まれ、100Gで加速できる慣性相殺航法搭載の宇宙船は小型ブラックホールを抜き取ったのちハリボテのオブジェクトとして展示された。国および自治体はつくばの住民や来場予定者に向け、白人どもに対し無知蒙昧な極東アジア人を演じるよう通達した。それが難しければ、せめて自虐史観をつぶやきつづけること。都市全体を包み込むクリスタルドームについてはいかんともしがたかったが、町工場の底力だと言ってなんとかごまかした。

 当然ラノベも禁止された。つくばでのラノベはあまりに魅力的なエンターテインメントであり、ページを開くたびにあふれ出す想いが半端ではない。究極のラノベがつくばにはあった。だが当時の日本人にラノベをするなと言うのは、ライス抜きのカレーライスを食えと言うのと同じだった。ラノベは日本の基幹産業であり、科学技術の粋であり、ライスと同じアイデンティティそのものである。100Gで加速できる宇宙船はともかく、だがしかし、この最先端ラノベ技術だけは、なににもまして知られてはならない。国民の不満が募るなか、当時の首相は共感ボックスで日本国民全員の心に直接訴えた。

 では、できるだけ駄作を心がけましょう。

 バブルの崩壊後、急速に進んだラノベの衰退は、かつて過去学では「未来の過ち」の代表例として1回目の授業で必ず教わったものだ。国民は万博閉会後も駄作を心がけつづけたのだ。そのほうが楽だと気づいたからだ。楽しても売れると気づいたからだ。だから現在のラノベは駄作にまみれているのだ。バブルとラノベの同時崩壊に政府はびっくり仰天した。そして未来学者に泣きついた。もちろん90年代当時の未来学者はすべて織り込み済みだった。バブルの崩壊も世界初のデフレも失われた20年も郵政解散も民主党政権誕生もラノベのクソ化もすべて予測済みだった。そのうえで過去学者と協働し、慌てず騒がず、すべてをグローバリゼーションの一環と捉え、今後さらに駄作まみれになるであろうポルノまがいのラノベの未来を過去の改変によって慎重に軌道修正し、つまり多すぎる〈異世界〉や〈エルフ〉の数を徐々に減らし、それによって本来のすばらしいラノベを復権し、未来に伝え、21世紀の日本経済をラノベ中心にシフトさせるつもりだった。

 ではなぜ現在のラノベは駄作まみれのままなのか。

 未来学のパートナーである過去学が、いつしか過去に失われてしまったからだ。そして未来学者がいくら未来を予測しても、過去を適切に改変できなければただのお告げでしかない。そして未来学者のお告げは必ず当たる。当たってしまう。未来学が成立したころからの悩みとして、素敵な未来を当てるとみんなに喜ばれるが、悲惨な未来を当てるとみんなに怒られる。だからこそ過去と未来は表裏一体だったし、そうあらねばならなかったのだ。当時から見た未来はたいてい悲惨だった。悲惨な未来を予測するとみんなに嫌われる。未来学者を志す若者は当たり前のように減りつづけ、やがて未来学は過去学とともに真の意味での過去の学問となった。

 そしてラノベもまた、駄作への道をだらだらとたどることとなったのだった。

 過去はいつ失われたのか? 学問史では1991年とされているが、これは改変された歴史でしかない。偽りの歴史であり、同時に正しい歴史でもある。正しいであろう過去はすでに失われた過去だからだ。その過去しかないのであれば、その過去を信じるよりほかないだろう。

 ではだれが改変したのか? もちろん飯塚だった。

 現在、過去学という学問分野に属する人間は飯塚ひとりしか存在しない。そしてもしあなたが過去を自在に操ることのできる唯一の人間だったとしたら、テンションを上げるほかにこんなことを考えつくだろう。

 だれが他人に教えるものか。過去はすべて拙者のものだ。

 そういうことを考えるタイプが唯一の人間だとしたら、まちがいなく世界はおかしなことになる。おかしなことになるとだれかが気づいたとしても、おかしなことだと気づいた事実もいずれ消えてしまう。あなたがなんとなくおかしいと感じる現実、それもいずれ飯塚によって適切に改変され、一晩寝たのちあっさりと忘れ、二郎にラーメンを食いに行ったりするようになるのだ。

 ではこれまで長々と説明してきたつくばの歴史も同様に、飯塚が改変した偽りの過去なのだろうか。タバコや左翼デモやマルクスやラノベはともかく、つくばに限っては、そうではない。あのクリスタルドームの向こう側には、知られざる日本の本当の過去が現存している。そして現在に残された真実の未来を守っているのが、つくば研究学園都市の未来学者たちだった。


   ◇


 まるごと飛ばし読みしてここへたどり着いた諸君は、以下の2つを頭に入れておけばなんとかなるだろう。

 1 昭和の有能な読者は、決して地の文を読み飛ばしたりはしなかった。

 2 老人の嘆く「昔はよかった」は、ただのノスタルジーではない。真実を語っているのだ。

 本当によかったからだ。

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