第109話 ハロウィン問題 ようやく旅立ち

 先にも少し触れたが、ラノベは静かに、だが確実に、ゆゆしき問題として、世の神経質な母親のあいだで話題となっていた。朝の情報番組を少し見れば、または朝の情報番組をぼんやり眺めるわが子の後ろ姿を少し見れば、責任ある神経質な母親としては話題に取り上げざるを得ない。酒をたらふく飲んで早々に就寝モードに入る夫を蹴りつけ、怒鳴り、哀願し、涙を流し、少しずつラノベ化するわが子の第2次思春期的危機を訴えた。

 テレビでは連日、ラノベが狂い咲いていた。3ヶ月ほど前、不勉教信者によるフラッシュモブ的な街なかラノベが批判的に報道されてから、ラノベは徐々にお茶の間の中心的な話題となっていった。各テレビ局ははじめ、社会問題としての報道姿勢を貫いていた。最近ヘンな若者が急増しています的な。だが2週間前、〈トラック〉に轢かれて〈異世界〉へ転生する一芸を持つ素人さんの登場によって、事態は一変した。

「それでは登場してもらいましょう、一太郎&花子ジャストシステムです!」

 視聴者の反応のよさ、多さに、各テレビ局は考えを改めた。「悪貨が良貨を駆逐する」の例えどおり、テレビ局にとっては多くの人に見てもらえるのであればクソでもなんでもよかった。そして売れるために手段を選ばないのは、ラノベの十八番。生き別れの双子のように、8合目にして同じ頂上を目指していたことに気づき、当然ながら強力タッグが結成された。ラノベはテレビ業界に喝采をもって迎えられた。バラエティ番組以上にお気軽かつ低予算で制作でき、若者に人気で、世の神経質な母親に不人気で、SNS上ではラノベの是非について闊達かつ生産性ゼロの議論が交わされている。こうなればこっちのものだ。

 各テレビ局は原宿でラノベをスカウトしまくった。どんなゴミでも構わない。便所の落書きでも構わない。ラノベでありさえすればなんでもいい。そうして岸田京介が予言したとおり、ラノベ活動はかつてのださいたま民に収入への道を開いたのだった。

 ところで、さいたま編で恥をかかされた電通は、当然クソラノベに恨み骨髄だった。ユニクロオンラインの崩壊後、ラノベを垂れ流すテレビを見てびっくりした電通は、民放各局を呼びつけ、比喩的に正座させ、ものの道理をこんこんと説いた。おまえらはスポンサー収入をいただく身でありながら、素人参加型のクソラノベ王決定戦などをどのツラ下げて制作・放送しているのか? いかすラノベ天国とはどういうことなのか? 一体だれの許可を得て、ラノベのグルメなるコンテンツをメディアミックス展開しているのか?

 いいじゃありませんか。視聴率、チェックされたでしょ?

 よくねえよ。

 その一瞥に、民放各局はいつものとおり震え上がった。そして電通の指示のもと、ラノベをハロウィンとしてネガティブに報道することで合意した。ラノベバラエティ番組はすべて打ち切りとなり、ラノベは女性器の俗語を凌駕する放送禁止用語となった。

「先ほどハロウィンに関する不適切な発言がございました。訂正してお詫びいたします」

 だが。不勉教信者とださいたま民によるハロウィンバラエティ番組は、たった2週間ながら激烈なインパクトを視聴者に残した。あれだけ持ち上げておいて今度は社会問題? あまりに不自然な手のひら返しは、まともな頭を持つ視聴者に疑念を抱かせた。そして世は超高度教育社会、視聴者はまともな頭だらけだった。そして隠されると真実を知りたくなる。そしてテレビ関係者ができれば気づきたくない事実として、メディアはテレビだけではなかった。

 拡散に次ぐ拡散。親指に次ぐ親指。そして真実に次ぐ真実。インターネットでの真実の拡散により、ハロウィンのルーツすなわち教祖である岸田京介の名も少しずつ認知されていった。

「それでは岸田京介のハロウィン活動前夜から現在までについて、ダイジェストで振り返ってみましょう」

 ネガティブに振り返れば振り返るほど、岸田京介の名は広まっていく。

 各種メディア上だけではなく、ハロウィンは現実でもしょっちゅう目にする。黎明期からの不勉教信者による草の根的活動、そして天賦の才を開花させた一太郎のダイナミックな国道への飛び出しおよび花子の根暗かわいい〈女神〉ぶり、ほかださいたま民の1次突破は難しいものの勢いだけはだれにも負けないクソハロウィンたちは、若者を中心に20年来眠りつづけてきたなにかを目覚めさせた。世は超学歴社会、学歴なき者は死あるのみ。勉強は1日18時間。娯楽なにそれ? なぜわざわざ時間をドブに捨てるような真似をするわけ?

 あの心からの楽しそうな笑顔。

 魅力的な仕草を振りまく、色とりどりの髪色をした女の子たち。

 楽しそうな集団暴行。

 そしてハロウィンなので、女の子は報道カメラの前でしょっちゅう脱衣した。

 岸田京介の名および経歴と同様に、報道すればするほど、女の子のパンツがテレビにあふれかえった。さすがの電通もどうしていいのかわからなくなり、あれはラノベとかハロウィンとかそういうんじゃなくてじつは宇宙から飛来した謎のウイルスによる感染者であり決して近づいてはいけないし話しかけてもいけないのでありあのにおい立つぴちぴちむれむれのスパッツはじつにけしからん代物でありあのいまにも衣装からこぼれ落ちそうなおっぱいはじつに

 ああ!

 泡を吹いてひっくり返った電通を前に、比喩的に正座した各テレビ局は首をひねった。顔を見合わせ、とにかく空気を読もうかとうなずき合った。そして各テレビ局が独自に空気を読んだ結果、真の自由な報道が展開されることとなった。ラノベは日本のジャーナリズムを一段高みに押し上げさえしたのだ。

 やがて市場の原理により、各種ハロウィングッズが開発・販売され、ハロウィンカフェが開店し、だれでも簡単にハロウィンになれる方法が1冊の本になり、ついにハロウィンそのものが書店に並んだ。

 自宅で朝食を採りながら、足立区在住の関東第一高校の1年生がつぶやいた。

「楽しそうだな」

 都内の某ファミリーレストランでスマホをのぞきながら朝の和定食を食べる意識高い系ノマドワーカーがつぶやいた。

「くだらない。ハロウィンなんてくだらない。ぼくはおまえらとはちがうんだ。ブログを1日10000文字書かなければならないんだ。ぼくは日本語、英語、フランス語を自在に操るトリリンガルだ。美人でかわいいフィンランド人の奥さんがいるんだ。3年前からフランスに在住しているんだ。少なくともネット上ではそういうことになっているんだ。あんな、程度の低い連中なんて、そもそも眼中にないのさ。ラノベなんて。ラノベなんて…………っ」

 某トイザらスでハロウィンコーナーの棚を見上げながら、6歳の女の子が言った。

「ママー、ラノベってなーにー?」

 ママは娘がファックサインを覚えたときの3倍くらい驚いた。

「しっ! 心春(仮名)、その言葉はね、言っちゃいけない言葉なの。言うだけでバカになるのよ。バカになったら、この多様化する現代社会で生き抜くことができなくなるのよ」

「ラノベ買ってよー」

「心春(仮名)!」

 当然ながらYouTubeでは、不勉教信者ではない者による「ハロウィンやってみた」も急増した。だがなにかがちがった。なぜテレビやネット、街なかで見かけるハロウィンたちは、5メートルも跳躍できるのか。なぜ建物の壁面に後頭部を強打しても気絶しないのか。なぜ自分の身長を超えるツーハンデッドソードをこともなげに振りまわせるのか。なぜ手のひらから色とりどりの光線を発射できるのか。なぜクソ寒い〈技名〉を真顔で叫べるのか。なぜ女の子たちはあのような屈辱的な扱いを受けながら平気でにこにこしていられるのか。わたしにもできるのでしょうか? それともハロウィンは才能にあふれたごく一部の人間なのでしょうか?

 潜在的視聴者の疑問に答えるべく、各テレビ局は有能な解説者を探した。

 新たな解説フロンティアに、眠れる自称専門家が闇の底から覚醒した。

 ヘアスタイルが特徴的な自称ハロウィン評論家は解説する。最近の専門的な調査によると、どうやらハロウィンたちは、難しいことが大嫌いなようなんですね。ハロウィンの専門用語では、これを「大っ嫌い!」と言います。そして「大っ嫌い!」なものは、無視するにかぎる、と。目を閉じ耳を塞ぎ大声でわめき散らせば、やがて問題のほうから消えてなくなる。これはよく知られた人生の法則ですね。そしてハロウィンは、物理法則も「大っ嫌い!」なんですね。なんでかっていうと、難しいからですね。そうやってニュートンを無視し、ケプラーを無視し、コペルニクスを無視し、アルキメデスを無視し、すべてをなかったことにします。でも天体そのものは大好きなので、そうして難しい法則だけを無視することで、各種惑星を名前の響きのかっこよさのみで都合よく〈属性〉として利用できるようになるんですね。専門的には、そういうことになります。ちょっと難しいかもしれませんが。

 司会が神妙な顔でうなずいた。

 そのころおっぱいがどうのと口走っていた電通は、どうにか正気を取り戻し、ラノベだろうがハロウィンだろうがとにかく流すな、と非公式にわめき散らした。そうしていまから数日前、ラノベはお茶の間のブラウン管ならぬ液晶パネルから姿を消した。ついでにとばっちりを受けた本物のハロウィンも姿を消した。今度ラノベを公共の電波に乗せたら大口広告をぜんぶ引き上げるんだからねっ! 合わせて死ぬとか殺すなどの脅し文句を告げたが、〈ヒロイン〉のようなかわいらしさは微塵もなかった。つまり本気だった。

 だが。時はすでに覆水盆に返らず状態。

 ラノベはだれにも止められない。岸田京介の願いどおり、世界は変わりつつあった。


   ◇


 翌日。

 ハロウィン問題の元凶である京介とその仲間たちは、穏やかすぎる田園生活に若さと暇をもてあましはじめたので、とりあえずつくばへ向けて旅立つことにした。つくば行かね?くらいのノリで。

 昨晩、京介は仲間を招集し、代々木屋敷3階の談話室でキックオフミーティングを敢行した。だが部署もなければ自己紹介の必要もすり合わせるべき意見も共有すべきビジョンもなかったので、結局ただの雑談で終わった。では組織において、ミーティングは不要なのか? 否! 参加させてもらった、選ばれた、自分は組織に必要とされているのだ、という個々の充足感の創出こそがMTGの本質!

 ミーティングはいい。

 京介は離れの馬小屋へ向かい、愛馬を連れ出した。頭絡をつけ、鞍を乗せ、いい子にしたご褒美にリンゴを食わせた。もこもこと口を動かす馬をいとおしげになでる。ミーティングもいいが、馬もいい。世の中は、知れば知るほどおもしろくなる場所だ。

 そのとき。

 代々木屋敷そのものを揺るがす勢いで、侍女、ではなく五月の叫び声が響き渡った。

「イヤです!」

「お願い、五月ちゃん。わたしを助けると思って」

「それ以上近づいたら、わたしはこのナイフで、喉をついて自害するでしょう!」

「それは予言?」

「脅しです! 近づくな、クソラノベ!」

 どたばたという音が5分ほどつづいた。京介と愛馬は無言で屋敷を見上げた。

 さらに10分後。中庭へつづく門の向こう側から、色葉がぬっと顔をのぞかせた。

「さあ、行きましょう! 新たなる冒険の地、つくばへ!」

 京介の目に一瞬、縄でつながれた侍女のようなものが映った。

「ところでお昼ごはんのお弁当、つくったんだけど」

 えっ

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