第100話 最終決戦! 混浴バトル

 ちゃぷん。

 ぴちょん。

 いかにもお風呂場らしい水音を聞きながら、京介は全裸で2階大浴場のど真ん中に仁王立ちしていた。

 おふろ cafe utatane に到着するなり、京介はヘリから飛び降り、のれんをくぐって入場し、貴子さんの名を呼びながらカウンターを抜け、土足でラウンジを歩きまわった。現実であればナウでヤングな若者がごった返しているところだが、〈VR〉だからか店員すら存在しなかった。しばらく探索し、マンガを読んだりマッサージチェアにすわったりハンモックに飛び乗ったりしたあと、男と女の分岐点に突き当たった。1階は男湯、2階は女湯とのことだ。

(※現実世界のおふろ cafe utatane に混浴の概念は存在しません。もちろんラノベの〈混浴〉も不可)

 男湯と女湯。どちらへ向かうべきか?

 まずは常識的に1階の男湯へ向かった。おそらく男湯にはいないだろう。脱衣所は予想どおり無人だった。浴場も予想どおり無人だった。無人ならば致し方ない。男と女の分岐点に戻ると、京介は満を持して2階へ上がり、女湯へ潜入した。

 脱衣所に入ったとたん、装備一式が消えた。まるでコントの編集のように、兜から鉄靴の順にパッパッパッと消え、ついでにインナーもパッパッパッと消え、最終的に小学5年のとき以来履いたことがないはずのブリーフ一丁で脱衣所にたたずんでいた。

 すべては予想どおり。これ以上飛びまわられては困るのだろう、管理者よ? 女湯の脱衣所で天井を見上げ、京介は神に感謝した。

「き、岸田京介!」

 全裸にブリーフ姿の中年男が、ロッカーの向こう側からあらわれ、呆然と立ち尽くした。

「どうやら間に合ったようだ」

「お、おまえ、なぜここに? ここは女湯だぞ!」

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやろう」

 見つかってしまった林は軽くうろたえたあと、京介の堂々としたブリーフ姿に目をやり、感嘆のうめき声を漏らした。

「ほう、いいブリーフじゃないか! ぼくが管理者に用意させた鎧を、どのようにして脱いだのかはわからない。言うまでもなくお風呂に入れさせないための秘策だったのだが、さすがはアンダーアチーバー京介、よくぞここまでぼくを追い詰めた!」

 とくに追い詰めていない京介は、答える代わりに静かにブリーフを下ろした。前も隠さず、堂々と仁王立ちし、林に正対する。

「貴子さんはどこだ」

「上も下も、いい面構え! おまえは男だ! 男の中の男だ!」

「おまえも脱ぐのだ」

 林は平然とブリーフを脱いだ。

 両者は無言でにらみ合い、少しずつ距離を縮めていく。互いに一歩も引かなかった。

「こうなったら、岸田京介。どちらがラノベの王にふさわしいか、〈混浴〉バトルで決着をつけようじゃないか」

「望むところだ」

「言っておくが、おまえに勝ち目はないぞ。ぼくはラノベの〈テンプレ〉を知り尽くしている。最強の〈混浴〉に必要な成分とはなにか?」

「大きな胸に、そうではない胸だ」

「さすがはラノベの使徒。そして必要なのは胸の大きさだけでないことも、もちろん知っているな?」

「〈けもの〉だ」

「そうだ。そして、〈妹〉。〈妹〉と〈けもの〉、この組み合わせによって、理論的には99.6%のニーズをカバーできる。翻って、おまえの〈ヒロイン〉はどうだ。地味な〈メイン〉に、アンドロイド。アンドロイドはな、せまいんだよ。ニーズがせまいんだよ。だいたい4番目くらいに用意すべき〈ヒロイン〉なんだよ!」

「おれたちには、みんなの思い入れという最高の味方がついている。長々だらだらとつづけてきた実績があるのだ」

「そんなもん、貴子さんの(自主検閲)で文字どおり一発だ」

「それはもはやラノベではない。フランス書院だ」

「〈妹〉と〈けもの〉には勝てない。観念しろ」

「観念はしない」

「やる気か?」

「やる気だ」

 先っぽどうしが触れ合いそうになった、そのとき。

「京介さん?」

 垢と汚れにまみれた美しいフェリスが、ロッカーの向こう側からぬらりと顔をのぞかせた。

 ふたりの裸体を興味深そうに眺め、言った。

「人間の男性にも、個人差があるんですね」

「その話はあとだ。貴子さん、おれとお風呂に入るのだ」

「いや、ぼくと入るのだ!」

「京介さんがチーズをくださるんですか?」

「チーズはない。そしてお風呂以前に、あなたたち猫は、人間の食べ物を食べてはいけない」

「なぜでしょう」

「いくらおいしくても、体に毒だからだ。おれはあなたに、できるだけ長生きしてほしいと思っている」

 貴子さんは耳を伏せ、考え込むような表情でまばたきした。

 再び京介の一物に目を向けた。

「わかりません。わたしにはわからない。たとえ毒であっても、おいしいものはおいしい。おいしいものは、我慢できない。なぜ食べてはいけないのでしょう」

 永遠にわかり合えない悲しみのようなものが京介を包んだ。

 やはり、猫なのだな。

「お、お兄ちゃん」

 貴子さんの顔の下から、別の女性がおずおずとのぞき込んだ。すでに脱衣を終え、バスタオルを巻いている。

「みゆき」

 林の表情ががらりと変わったので、京介はわりと素で驚いた。京介を体で押しのけ、いつもの世間を舐めきった口調ではなく、心の底からの気遣いが感じられる口調で言った。

「みゆき。もうしばらくの辛抱だからな。いま何日だ」

「2日」

「ぼくは4日だ。ああ、時間がない。入ろう。いますぐ入ろう。そこの猫も」

「はい、チーズおじさん」

「待つのだ」

「なんだ? ああ、そうか、〈バトル〉だったな。ならさっさと準備してくれ。あの地味な〈メイン〉はどこだ? アンドロイドは? なんでもいいからはやく連れてこい。時間がない。ぼくらには時間がないんだ!」

「林よ。僭越ながら、おまえの〈混浴〉は、最強とは言えないと思う」

「なん、だと………………………………………………………………?」

「いくら〈長すぎる3点リーダー〉でラノベに寄せようと、おまえは揺るぎなく、35歳のおっさんだ。そして僭越ながら、おまえの〈妹〉さんも成人済み。たしかに〈妹〉と〈けもの〉の組み合わせは最強に近いと言えるだろう。だが神やみんなにおうかがいを立てるまでもなく、成年男女はラノベとは呼べない」

「わかっている」

「なら、なぜ」

 林は答える代わりに背を向け、自分のロッカーへ向かった。扉を開け、中から白くて太い棒のようなものを取り出した。

 先っぽにこけしのような頭がくっついている。

 リング下から凶器を取り出した悪役レスラーのように目を剥き、舌を出し、こけしを見つめ、スイッチを入れた。

 ぶいーんとこけしが振動する。

 振動させたまま戻り、京介にぐいと突きつけた。

「これだ! これさえあれば、35歳のぼくでも、ラノベの壁を超えられるのだ! 超ラノベの壁すら越えてみせるぞ! その先にあるのはラノベヴァルハラ!」

「電動マッサージ機でどうやってラノベの壁を越えるつもりなのだ」

「知っているだろう。知っているくせに! そしてぼくにモラルを説いても無駄だ! これまでの言動でイヤというほど理解できただろう! 〈妹〉、〈けもの〉! そして電動マッサージ機! これが解だ! これが最強だ! ああ、みんながうなずいている。みんなの期待を感じる。期待の高まりを肌で感じる。ぼくはやる。本気でやるぞ。次節で絶対にやるからね! だからみんなよ、ぼくをラノベの王に推薦してくれ! ぼくにみんなの力を分けてくれ!」

 京介は考えた。

 電動マッサージ機で、なにをどうするつもりなのか。

 足のむくみでも取るつもりなのか。

 想像もつかない。

 そのとき。

 ネルシャツにサイズの合わないジーンズを履いたださいたま民が3人、がやがやと侵入してきた。

「やっぱり女湯にいた! 早上がりで来ちゃいました! なぜか幼女が全員消えてしまったんで!」

「さすがは依存症、約束は守ると信じていた。おれたちはかくかくしかじかだ。おまえらはモブとして、外からガラス窓越しにお風呂をのぞき見するのだ。その後、酒を飲む」

「了解しました!」

 どやどやと脱衣所を出る。入れ替わりに一太郎が、浮かない表情で入ってきた。

 京介は声をかけた。

「おまえも、やつらと一緒に〈混浴〉を見届けるのだ」

「言いたくはないが、全員頭がおかしいぞ。まともなのはおれだけだ」

「そんなことは言われなくてもわかっている。だが、見るのだ。女子のすべてを目に焼きつけるために。おまえ自身の今後のために」

「今後?」

「おまえらには、〈VR〉で働く以外にもやれることがある。必ず」

「まだわからないのか? 超高学歴社会に、ぼくのような学のない者の居場所はない。いくらきれいごとを並べても」

「ラノベは知っているか」

 一太郎は眉をひそめた。

「ラノベ?」

「この話はあとだ。とにかく、おれを信じてほしい。口先だけできれいごとをならべているわけではない。おれは真剣だ」

「なにをするつもりかはわからないが、話は聞く。答えはそのあとだ」

「よし。では手を貸してくれ。色葉に縄をかけて引っ張ってこなければ」

 5分後。無人のおふろ cafe utatane に女の子の絶叫が響き渡った。

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