第99話 アベイルの誕生 ださいたま女子の変身

「なっ!」

 京介のアクロバティックなライセンス契約に、山野辺が絶句した。

「ま、まさか、NPCに生産・販売を委託するとは! おい、そこの幼女! なんだその思惑ありげなツラは? なぜ笑みを浮かべながら左斜め上を見上げている? おまえはNPCだ! 金なんか必要ないだろう! おまえらに人生など必要ない。おまえらはただのプログラムなんだ!」

 カチャカチャカチャカチャ。

「クソ。とりあえずは武具だ。これ以上さいたまを飛びまわられてはまずい。だいたいなぜ、あんな能力を付与してしまったんだろう。職業病かな」

 おまえは最後の最後で失敗する男だ。

 母親もそう言っていた。

「やめろ!」

 ッターン!

 山野辺は管理者権限で岸田京介の装備一式を召し上げた。ついでに色葉の〈ビキニアーマー〉、春のアーマードパックとつづく。いらいらが収まらなかったので、腹いせに京介の下半身にサイズの合わないブリーフを履かせた。

 別のモニターに目を転じ、ユニクローネの総流通量をチェックする。

 減少が止まっていた。

 山野辺は2回まばたきした。

 なぜ?

 なぜ、減ったり止まったりする?

 やはりなにかやらかしたのか?

 いわゆるバグというやつ?

 母親も言っていた。

 おまえは最後の最後で

「やめろ! ママはぼくに失望しない!」

 スマホがウィーンと震えた。

 手に取り、発信者を確認する。林だったのでほっとした。ほっとしたあとほっとした自分に腹を立てた。

 震えるスマホを握りしめ、ゆっくりとオフィスチェアにもたれる。

 そして気づいた。

「そうだったのか。だからユニクローネが減少したのか」

 山野辺はつぶやいたあと、まず26人の幼女工場長NPCをひとりずつ、ゆっくりと、噛みしめるように削除した。バランスがどうこう言っていられる状況ではない。それにもう、ユニクロと広告主の両方から日常的にバカ呼ばわりされるのにもうんざりしていた。

 崩壊するなら崩壊してしまえ。

 ぼくはシステム技術部のトップだ。いまだにオンライン管理業務に携わっているのは、後進がまったく育たないからにすぎない。3日寝ないくらいで音を上げるようなやつは、そもそもシステム屋には向いていないのだ。いつまでこんな仕事をつづければいいのかな。24時間、ひとりきりで、永遠に。愛しのアリたんをデートに誘うこともできない。それ以前に、人間らしい活動がなにひとつできずにいる。たとえば自動販売機でジュースを買うとか。

 おまえらの売上は、わが電通、いや、この山野辺様が握っていることを忘れるなよ。

 スマホが震えつづける。なんの用かは知らないが、いまさら泣きついたっておせーの。遅いんですよ、林先生。そのままスマホを耳に当てつづけていろ。ぼくをリスペクトしなかった罰だ。

 お手玉のように投げ上げたり机に立てたりして遊んでいるうち、震えは止まった。

 とにかく、ユニクローネ減少の原因はわかった。これでひとまず安心。岸田京介憎さのあまり、冷静さを欠いていたようだ。もう好きにさせよう。好きなだけオンラインで遊ぶがいい。酒でも握手でもおっぱいでも、なんでも好きなだけ売るがいい。

 ときに、お風呂に入るとか言っていたな。

 山野辺はがちゃがちゃ走るヘリの映像に目を向けながら、ウイスキーの瓶に手を伸ばした。汚らしいマグカップにとくとくと注ぐ。まあいい。風呂にでもなんでも入れ。疲れた。ぼくは疲れたよ、ママ。今日は店じまいだ。あとはひとりでちびちびやりながら、〈混浴〉の様子を堪能するとしようじゃないか。

 17歳女子のお風呂シーンですよ、みなさん。

 再びスマホが震えた。ほろ酔い加減の山野辺は、余裕をもってスマホを取り上げ、発信者を確認した。おっとユニクロ様だ。一体なんの用かな? へ、へ。

「はい、博報堂ですが」


   ◇


「そこのバス、止まれ!」

 しまむら店長が雑居ビルの陰から飛び出し、バスに向けてライフルを構えた。

 正社員3名と有能なパートさんもつづいた。

 2両連節のバスは急ブレーキを踏み、つづいてプシューと音を立てて止まった。

「運転手! 乗降口を開けろ!」

 運転手はハンズアップ状態でフリーズしていた。

「はやくしな!」

 パートさんが1発撃った。乾いた音とともに薬莢が跳ね上がる。

 運転手はあわてて身を屈め、窓際のスイッチを押した。

 プシューと音を立て、前方乗降口が開いた。

「上原さん、行け。突入だ」

 スカーフを顔の下半分に巻いた上原は、乗降口から乗り込んだ。震える運転手を一瞥し、座席へ正面を向ける。

 乗客の女の子が全員、ぽかんと上原を見上げていた。

 運転手がどもりながら言った。

「あ、あんたら、もしかして」

「そう。わたしたちはファッションセンターしまむら。そしてわたしは、しまむらモデル」

「頭がおかしいのか」

 いい質問だ。上原はあらためて女子を見た。

 最初に目に留まった子は、奥が見えないほど分厚いぐりぐり眼鏡をかけていた。中途半端な長さの髪を、無造作に後ろで縛っている。あの肌の質感、一度もお化粧したことがないにちがいない。

 別の女子は、完全なモノクロームだった。異様に白い肌、異様なストレートの黒髪。厚く覆いかぶさる前髪。洗濯しすぎてよれよれのフリル付き長袖ブラウスを着ている。どことなく不潔さを感じさせる。

 別の女子は、人民帽をかぶり、眼鏡をかけ、大きなマスクを着けていた。素顔を知られたくないタイプのようだ。

 上原が口を開いた。

「さいたま女子のみなさん、わたしは上原アリシャと言います。あなたたちを救いに来た」

 それからフロントガラスに振り向き、店長にうなずいた。

 有能なパートさんが昇降口のステップに片足を乗せ、すねたような笑みを上原に向け、言った。

「役目を果たすんだよ、かわいいモデルさん」

 上原はうなずいた。ところで上原の役目とはなにか? リアルさいたまにおけるユニクロVSしまむらは、比喩ではなかった。文字どおりの戦争だった。しまむらモデルとして仲間に加わったあと、とくに用もなく朝日店の外へ出ると、いきなり狙撃された。そうか、だからみんなライフルを装備しているんだ。ラノベみたいにただかっこいいからという理由ではなかったんだ。

 電気ガス水道がバッチリ供給されるなか、あえて照明をつけず、あえてぼろを纏い、あえてシャワーを浴びず、インスタントラーメンを片手鍋から直接食べた。会話はなく、店長以下全員、極度の緊張と寝不足で顔を青ざめさせていた。あえて寝不足になっているところもあるのだと店長が言った。ぽつりぽつりと戦況などを聞くうち、余裕をかましているのは逆にリアル戦争だからなのだと得心した。現代における戦争は、ラノベみたいにドンパチやるだけではないのだ。

 アパレル戦争は1997年からはじまったとされている。日本国内におけるアパレル電磁波は、現在ユニクロが完全に掌握していた。つまりすべての活動が筒抜けだった。出店計画を立てれば候補地に木造アパートが建った。新商品を企画すればメーカー担当者やデザイナーが謎の転職を果たした。店間移動をすると物流倉庫がフリースで報復爆撃された。パートさんを募集すると暴露本が出版された。その日の夜にインスタントラーメンを片手鍋から直接食べたのも筒抜けだった。ひっきりなしに鳴る電話を上原が取ると、謎の男が貧しい食事についてしつこく揶揄したあと、自分はいまこんなに分厚いビフテキを食べているのだと告げた。

 なにもしなければ報復も行われないのだ。そんなマインドが支配的になると、当然店員やパートさんの士気は下がる。コントローラーの指示は無視し、品出しも清掃も売価変更も行われず、マニュアルは文字どおりゴミ箱に捨てられた。25歳から45歳までの奥様はすべてショッピングモールに取られ、しまむらは次々と閉店に追い込まれた。

 そして現在、しまむらはさいたまに数店舗を残すのみとなった。25歳から45歳までの奥様の記憶から消えるのはそう長くはかからなかった。

 さいたまはでふつうに近接戦闘も行われていた。アパレル電磁波で優位に立つユニクロは、最後のひと押しとばかりにフィジカルに攻勢を強める。目指すは本丸、おおみや本社だ。

 変化の契機となったのは、おおみや本社での社長暗殺未遂事件だった。ユニクロの美しき暗殺者が、靴下担当のコントローラーとして潜入していたのだ。もちろん狙うはしまむら社長の首。そしていくら美しいとはいえラノベではなく本気のアサシンなので、もつれながらベッドに倒れ込んだり胸を触られて頬を桜色に染めたりなどの展開はもちろん期待できない。プロはプロフェッショナルに頸動脈を掻き切るだけだ。

 だがそこはしまむら。有能ぞろいの中でもとびきり有能なパートさんが、不審な女にすでに気づいていた。靴下コントローラーが靴下セールばかり指示してくるのだ。明らかになにかがおかしい。パートさんは分不相応と知りつつ本社へ出向き、靴下について意見を述べようとした。オフィスに靴下担当はいなかった。有能なパートさんは手近な男性社員にたずねた。もうお昼休憩は終わったはずだけど。ああ、トイレに行くとか言っていたな。30分ほど前だったかな。30分もトイレに? 靴下のデスクには外郎ういろうの包み紙が広げられていた。ひと切れの外郎が残っている。観光みやげだかなんだかでみんなに振る舞ったのだとか。パートさんは外郎の切り口を見た。あまりに鋭利な切り口だった。そこでハッと気づいた。外郎と言えば山口! そして山口県山口市佐山はユニクロの登記上の本社所在地!

 パートさんはオフィスを飛び出し、社長室へ駆ける。入室するといままさに、正体を見せたユニクロ暗殺者が社長と対峙し、外郎を切ったばかりのアサシンナイフをキラリと光らせているではないか!

 パートさんは果敢に飛び出し、暗殺者の背後にタックルした。激しい揉み合いのすえ、右腕の靱帯と引き換えに社長の命を救った。日本のカジュアルファッションを救った。暗殺者は捉えられ、数週間に渡って尋問を受けた。美しき暗殺者は毒を吐きまくった。おまえらのチョイスしたセンスゼロの田舎くさい婦人服を着るくらいなら舌を噛んで死んだ方がマシよ! じゃあ噛めと尋問官が言った。暗殺者は噛まなかった。婦人服を着せようとすると猛烈に抵抗した。そこまで抵抗しなくてよくね?と思うくらい抵抗した。

 社長は尋問の詳細について報告を受け、ちょっと悲しい気持ちになった。殺されそうになったのももちろんだが、妙齢の女性に田舎くさいと言われるのは、気分のいいものではない。かなりの美人だったのでなおさらだ。社長はおのれのこぶしを見つめた。いまこそかの、1997年戦略を再構築するべきかもしれない。しまむら以外の柱となる業態、すなわちジーンズを中心としたカジュアルファッションと最新のトレンドファッションを足元までトータルコーディネートできる専門店、アベイルを。

 荒川の西には、ユニクロの〈VR〉紡績工場で働く中卒の女子がいる。実際目にしたことがないのでよくわからないが、腐っているとのことだった。腐った女子とはなにか? ゾンビ娘かなにかなのか? ユニクロの支配下にある女子たちに、わがしまむらの、いやアベイルのおしゃれアイテムを提案すれば。もしかすると、なにかが変わる契機となるかもしれない。そこで商品1部のチーフバイヤーを呼びつけ、レーザー検知器を装備させ、ヤングにウケるおしゃれ洋服のバイイングを命じた。有能なバイヤーはユニクロ光波を妨害しつつ、ゲリラ的にヤングカジュアル服を続々と取りそろえた。

 あとはさいたま女子にいかに提案するかが問題だ。

 提案するならモデルが最適だろう。

 できればハーフの。

 ハーフはいい。


   ◇


 そんなわけで朝日店の店長以下社員数名とパートさんと上原アリシャは本社社長からの勅命を受け、ECCM性を有する最新型の輸送機に乗り込み、チャフとフレアーをありったけまき散らしながら激臭放つ荒川を上空から越え、週末の消費やレジャーのために都内へ向かうバスを発見したのだった。

 あなたたちは、腐ってなんかいない。ただ、少しかんちがいしているだけ。

 上原はひとりに声をかけた。ショートボブと言えなくもないかわいらしいヘアスタイルだが、表情は完全に泥の中に沈み込んでいる。

「お名前は?」

「香月綺紗羅」

「本名は?」

「花子」

「いい名前ね」

「どこが」

「それに、いい肌をしている」

「好きですねそれ」

「聞いてください。あなたは、さいたま男子の存在を知っているでしょう」

 花子は答えない。

「しまむらコーデでおしゃれに変身させたあと、みなさんを男子のもとに送り届けます。お願いだから、抵抗はしないで。わたしの仲間は銃を持っている」

「わたしはおしゃれに気を遣っています」

「わかっています。そこが問題なの。つまり」

 花子は遮るように言った。

「問題? つまり、あなたみたいに『ふつう』の、常識的な格好をしろということなんですね? 個性を捨て、『みんな』に合わせろと」

「そうです」

「他人にとやかく言われたくないんですけど」

「わかります。でも、男子と会うには、その格好ではダメ」

「男子と会って、どうしろと? 男子なんて必要ない。そもそも」

 上原は噛んで含めるように言った。

「あなたは、いえ、あなたたち全員は、そう思い込まされているだけなの。このさいたまの地に眠る、太古のラノベの力によって」

「ラノベってなんです?」

「さいたまになんの取り柄のない理由。そしてさいたまに長く暮らすとファッションセンスが斜め方向に狂ってしまう理由。すべては中途半端に発現したラノベの力によるものだった。さいたまをゴミ捨て場にしたことで」

「だれに対して説明しているんです?」

 上原は花子のマッシュルームみたいな髪をひと房つかみ、持ち上げた。

「なにするんです」

 手を離す。完璧にアホのような毛が頭上で揺らめいた。

 すばらしい。

「あなたたちは、関東第一高校の入学試験に落ち、ここさいたまの地に押し込められた。いまあなたたちがズレた格好をしているのは、そして身も心も無気力な労働者となったのは、必ずしもあなたたちのせいじゃないの。100%とは言えないかもしれないけど、少なくとも確実に、さいたまの影響なのよ。このままでは、なにもかもが中途半端に終わってしまう。おしゃれにもなれず、ラノベにもなれず」

「だからラノベってなんなんです? さっきからわけのわからないことばかり」

「お願い。一度でいいから、さっぱりとした『ふつう』の格好で、男子と会って。そうすれば、なにかが変わる。さいたまの呪いから解放され、あなた自身の魅力、あなた自身の能力を取り戻せるかもしれない」

「しまむらコーデでおしゃれに、って、さっき言いましたよね。言ってることが矛盾してません?」

 上原は首を振った。

「あなたたちは、ファッションに関心がありすぎる。そこが問題なの」

「どういうことです?」

「ファッションとは、かわいい服をひたすら選び、ひたすら着ることではない。あなたはいま、服が主役になってしまっている。主役はあくまであなた自身なのよ。あなた自身を引き立たせるために、おしゃれな服は存在する」

 人民帽が手を挙げた。

「わたし、おしゃれとかいりません」

「いえ、ダメです。ここは強制します。バスに乗る全員に強制する。仲間は銃を持っていると言ったでしょう。わたしは仲間に、説得しろとは言われていない」

 上原は花子を立たせ、失礼と知りつつファッションチェックした。そういう厚底靴を履いてはいけない。そういう着圧ソックスを履いてはいけない。太陽のように光り輝く太ももが、あなた自身の魅力に勝ってしまっている。とりあえずフリルからいったん離れましょう。手首が2つあるからって必ずしもそんなものを巻く必要はないのよ。なんでもいいの。この無地の白Tを着てみて。

 あなた自身がかわいいのだから。

 上原は花子の手を取り、バスを降りた。輸送機内に連れていき、メタルラックに並ぶ洋服を選び、花子を試着室に放り込んだ。

「ほら、ふつうになった」

 なんの変哲もないしまむらの白Tシャツとジーンズを着た花子が、分厚い前髪の向こう側から上原を見上げた。

「鏡を見たよね。どんな気分?」

 花子は答えず、じっと上原を見つめる。

「これ、べつにしまむらとかじゃなくてもよくないですか」

「そこがアパレルのおもしろいところね。どこでなにを買っても構わない。でもお店やブランドへのこだわりが、おしゃれをいっそう楽しくする。世の中がユニクロ一択になっても、それはそれでいいんだけど、可能性が狭まってしまうのは、ちょっぴり悲しい」

「可能性、ですか」

「そこまで深刻な話でもないんだけどね。まあ、たかがおしゃれだし」

 花子の呪うような眼差しが和らぎ、姉を見上げる妹のようになった。

 かんちがいかもしれないが。

 店長以下しまむら店員が、さいたま女子全員をバスから降ろした。パートさんが昇降口から見上げ、運転手に告げた。

「あたしたちは輸送機に女子たちを乗せ、荒川を越える。あんたは空っぽのバスを運転して戻るんだよ」

「貴様ら全員、ユニクロ様の罰が下るぞ!」

「まずはあんたによ。運転しながら言い訳でも考えるんだね」

 空っぽのバスが悲しげに発進した。


   ◇


 上原はこざっぱりした女子180名とともに貨物室にすわり、ぼんやり考えていた。荒川の放つ激臭が衝撃波となり、輸送機を数度揺らした。核分裂連鎖反応でも起こしているのだろうか。

 京介はいまごろどうしているだろうか。いずれにせよいまごろは、〈VR〉でユニクロと関東第一高校の刺客を向こうにまわし、壮絶かつスタイリッシュな〈バトル〉を繰り広げているにちがいない。

 負けないで、京介くん。

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