第98話 伏線の回収 (ようやく)ステータスオープン!

 一行は北区大成町四丁目の北くさいたま地区へ向かった。美佐子ちゃんから借りた地図によると、おふろ cafe utatane へは、徒歩で1時間半、車で30分の距離だった。ヘリで何分なのかは、ヘリの状態によるので不明だった。

 くさいたまスーパーアリーナ方面へ車道を駆けながら、ヘリはときおりバッタのように飛び跳ね、5枚のメインローターをトンボの羽のように広げて上下にばたばたさせた。メインローターは通常そのように使用されるものではないので、ちょっと宙に浮いたあとどすんと着地した。

 春が言った。

「おまえ、いいかげんおのれを知れ」

「申し訳ございません、メガトロン様」

 キャビン前部には、売れ残りの酒瓶ケースがアンプのように積み上げられている。ユニクロ十二単の様相を呈するもこもこ色葉は、剣呑に音を立てるケースを指し、京介に言った。

「なぜお酒を持ってきたの? もう販売しても仕方がない」

「聞くのだ。林があらわれていなければ、おれたちは昨晩、ださいたまのカルカンを強奪するため、緊急MTGを開催していたはずだ。かなりかっこよく。そして今頃は、作戦とそれぞれの想いを胸に、〈主人公〉、〈親友〉、〈ヒロイン〉、そして決起した猫たちとともに、ださいたまへ行軍していたはずなのだ」

「かなりかっこよくね」

「自然な流れだろう。そしてその後の、無能階級との手に汗握る攻防、工場長NPCとの壮絶な〈バトル〉。おれたちは勝利し、カルカンを手に入れ、大量の酒を販売する。そんな展開になるはずだった」

「現時点では、ものすごいぐだぐだな展開よね。このまま〈混浴〉のみで終わらせてしまったら、口噛み酒のくだりはまったく必要なかったことになってしまう」

「そういうことなのだ」

「酒のくだり、ぶん投げてしまえ!」

 春の乱暴な助言に、京介は首を振った。

「それではみんなに申し訳が立たない。〈伏線〉は基本的に回収されなければならないのだ」

「だがあたくしたちはラノベだ!」

「ラノベでも回収の努力はそれなりにしなければならない。努力したうえでのぶん投げなのだ。それにおれは正直なところ、ラノベの原罪だの伝説の神器だの、そのような荒唐無稽な展開より、酒の小売業をつづけたいと思っていたのだ。店舗を持ち、会社化し、上場し、グローバルに展開し、ゆくゆくは新日本プロレスを買収したいと考えていた」

「邪悪な野望ね」

「経済戦争、そして無能階級との共闘。おれは先頭に立ち、旗を振り、かっこよくユニクロに打ち勝つはずだったのだ。感動の大団円を迎えるはずだったのだ。あの林という教師、強敵だ。ある意味で」

 敏吾へちらと目を向ける。京介からいちばん離れたところにすわり、興味なさげに窓の外を見つめていた。

 色葉が言った。

「ちなみに〈混浴〉だけど」

「なんだ」

「イヤなんだけど」

「なぜだ」

「わたしはラノベの〈ヒロイン〉として、できるだけのことをしたいとは思っている。でも、一緒にお風呂に入るのは、ちょっと」

「いまさらなにを言っているのだ。むしろ〈ヒロイン〉ならば、嬉々として〈混浴〉しなければならないのだぞ。むしろおまえがおれを誘うのが本道なのだ。むしろ」

「〈ヒロイン〉の人格を尊重するって言ってたよね、タヒチ編で」

「尊重しつつ、お風呂に入る。そして同時に、酒の販売でユニクロ経済を崩壊させる」

「どうやってすべて同時に?」

「策はある」

「どんな策?」

「おれの考えが正しければ、すべての〈伏線〉を一気に回収できるはずだ。だがそのためにはまず、すべてのユニクロ工場をまわらなければならない」

「これから〈混浴〉ってときに」

「そうなのだ。時間がないのだ。2つの意味で。一体どうすればいいのだ」

 京介は右手にあらわれたくさいたま赤十字病院を見上げた。くさいたま新都心を訪れたのは何日ぶりだろうか。だがいくら見つめても、くさいたま新都心は答えを与えてくれなかった。

 そのとき。

 敏吾がわざとらしいため息をついた。

 京介はかっとなり、かつての親友に身を乗り出した。

「なにが言いたいのだ。男ならはっきりと言うのだ」

「もうやめて」

 色葉があいだに割って入る。ふたりがケンカするのは知る限りはじめてだったし、男どうしのケンカはすぐに仲直りするものだと思い込んでいた。機嫌を取るために「わたしのためにケンカしないで!」と叫んでみたが、そもそもケンカの原因は自分ではないので単なる浮ついた発言に終わった。

 敏吾が再びため息をついた。聞くだけで気が滅入るため息だった。

「きみらもため息をついてみるといい。アッと驚くタメゴローだぜ」

 色葉は仲裁の意味も兼ね、やる気もひしゃげるため息をついた。

 赤と青の双眸を見開き、アッと驚いた。中空の一点を見つめながら、おまえもやれと春に手を振る。

 春は聞いただけで生きるのがイヤになるため息をついた。

 アッ。

 京介もしぶしぶため息をついた。

 アッー!

 とたんに眼前の景色が変わった。視界に映る世界が瞬時に凝固し、色を失い、一枚の背景と化した。そのあと背景と自分のあいだに、羊皮紙を模した紙のようなものが頭上からするすると降りてきた。羊皮紙には、氏名・性別・生年月日等の履歴書的な基本情報から、身長・体型・瞳の色・髪毛の色、そして肌の色というややナイーブな見た目の情報、さらにレベル・職業・攻撃力・防御力・魔法力・敏捷性などの実際的な能力が数値化されている。

 京介は呆然とステータス画面を眺め、思わずつぶやいた。

「これが、おれか」

「それがきみさ」

 敏吾がセピア色に凝固したまま言った。

「で、どうだい。きみの能力は?」

 京介はひとまず、おのれの3D全体像をくるくるまわしてみた。思っていた以上のかっこ悪さだった。

「気合いを込めて叫べばいいというものではなかったのだな」

「見た目より、特殊能力に注目したまえ。きみの装備は、伊達ではないはずだ」

「なぜそう思う」

「〈伏線〉の回収さ」

 おのれの憎しみに満ちた視線と感情に戸惑いながら、京介は伝説の大剣アービトラージの項目を見た。アービトラージを手にする者はコストなしで瞬時に空間を移動し異なる価格差のモノに注目して利ざやを得ることができるという。

 瞬時に空間を移動。

「これだ!」

 京介はため息をついてステータス画面を閉じたあと、キャビン内で勢いよく大剣を引き抜いた。見た者の大爆笑を誘う盾を放り、地図を確認したあと、酒瓶ケースに手を添えた。

「行ってくる」

 次の瞬間、京介と酒瓶がユニクロださいたま第3工場内に出現した。

 かっこよく片膝をついたまま、ニヤつく頬を必死で押さえつけながらゆっくりと面を上げる。

 みんな。瞬間移動はいいぞ。

 一度は経験するべきだ。

 どうにか真顔を保ったまま、やはりゆっくりと立ち上がる。工場内は空港の格納庫のように見えた。黒い梁に滑車がぶら下がり、ベルトがかかっている。広大な空間に、VR紡績機らしき機械が奥まで延々伸びていた。ネルシャツを着たださいたまの無能階級労働者が数名、紡績機に向かい、なにやら作業している。紡績機の下に潜り込み、故障の原因となるホコリなどを掃除している哀れな男もいた。異様な暑さだった。紡績機の立てる騒音は会話もできないほどだ。

 ひとりが振り返り、京介に目を留めた。

「やつだ!」

 発言者は隣の工員に怒鳴るように話しかけた。見る間に全員が振り返った。

「酒売りだ」

「酒売りが来たぞ」

「貴子さんの口噛み酒だ!」

 中毒者数名が持ち場を離れ、駆け寄ってきた。紡績機械の向こう側からもぞくぞくとやってくる。アンプのように積み重ねた酒瓶ケースに群がり、さっそくユニクローネを差し出す者もいた。

 中毒ではない無能階級労働者が、くさい猫の酒を飲む中毒者を非難した。

「おまえら、猫に金を払うなんて、恥ずかしくないのか?」

「恥ずかしいさ。でも、やめられない! 止まらないんだ! とても甘く、とてもおいしいんだ! その味はまるで、かわいい女の子に見つめられ、手を握られ、キスされたかのような」

「女、だと? 約束したはずだ、おれたちに女は必要ない、と! というか、必要とされていない!」

「荒川の西にいるのはわかっている。酒を飲むと、勇気が湧いてくるんだ。あの川を越えて、女の子に声をかけて、そして女子専用の市営住宅に忍び込んで、そして」

「リア充のまねごとか? 女子に大爆笑されるのがオチだぞ!」

「だが〈VR〉だ! 〈VR〉なら、失敗したって構わない! そうだろう? 笑われたっていい! むしろいい練習になるじゃないか! 酒売り!」

 中毒者のひとりが京介にしがみついた。

「教えてくれ。おまえの連れ、あのかわいい、目の色が左右異なる女の子、おまえはどうやってモノにしたんだ?」

「催眠術でだ」

「さいたまにも売っているか」

「それより女の子とはなんだ。女子もログインしているのか」

「当たり前だ! 男だけが中卒なわけはないだろう!」

「女子もださいのか」

「ださくはない! だが腐っている!」

「ゾンビ娘なのか」

 ピーッ!

 鋭い警笛が鳴った。身長145センチほどの女の子がどこからともなく出現し、鞭を手に駆け寄ってきた。理由も問いたださないまま、いきなりひとりの男の尻を鞭で打ちつけた。巨大な尻を持つ男は感極まった表情で身もだえし、「あひぃ」と叫んだ。

「なにやってるなの! 仕事しろなの!」

 次々と尻を打ちつける。やがて京介に気づいた。

 胸には大きなワッペンが着けられている。「工場長」と書かれていた。

 ぐーっとつま先立ちで見上げ、言った。

「あなたはだれなのなの?」

「名乗るほどの者ではない。ただの酒売りだ」

「あ、あなたなのねなの! 工場に直接売りに来るなんて、いい度胸なの! いますぐお尻出すなの! 鞭打ってやるなの!」

「売りに来たのではない。交渉に来たのだ」

 京介は酒造メーカーの代表として幼女工場長と交渉を行った。アルコールはドラッグであり、深刻な精神的肉体的依存を引き起こし、工員の作業効率に支障をきたす。もし工場周辺で販売してほしくなくば、いますぐライセンス契約を結ぶのだ。

「なぜなの?」

 幼女が首をかしげた。

「現地での製造・販売はすべてお任せする。なんなら売らなくても構わない。おれの言う意味がわかるか」

 幼女は首を元に戻した。

「なるほどなの。でも、なぜなのなの?」

「正直なところ、おれたちはドラッグの売人だ。責任を感じているのだ。酒は人生を壊す。飲めば飲むほど脳が萎縮し、痴呆になり、ガンになり、死ぬ。必ず死ぬ。酒は百薬の長は、真っ赤な嘘だ。おれはこれ以上、不幸な人生を見たくはないのだ」

「さすがの思いやりなの!」

 酒瓶ケースを思い切り見せつけられた無能階級は、悲嘆の声を上げた。

「悲しむな、低賃金労働者たちよ。ところで依存症を治したければ、お風呂が一番だと聞く」

「お風呂、ですか」

「おれたちはこれから、大量の酒瓶とともに、おふろ cafe utatane へ向かう。お風呂に入り、読書をし、タイ古式マッサージで癒やされ、わいわい食事をし、カフェでゆったりくつろぐ。しばらくのあいだリラックスに励む予定だ。おれの言う意味がわかるか。だ」

 ひとりが目を輝かせた。依存症特有の病的な輝きだった。

「ええ! 行きます! 仕事が終わったら、必ずお風呂に」

「みなでお風呂に入ろう。なみなみと注いだ『お風呂』に、文字どおり身も心もどっぷり浸かるのだ。おれが言いたいのは、ただひとつ。トランキーロだ」

「あっせんなよ、ですか」

「ではアディオスだアミーゴ」

 すべての工場とライセンス契約を締結し、京介はヘリに戻った。

「これでいい。無能階級は酒を求め、大挙しておふろ cafe にやってくるだろう」

 ヘリは国道17号をがしゃがしゃと走っていた。じつにさいたまらしい田舎くさい風景がぐらぐら揺れながら流れていく。

 色葉がたずねた。

「なぜNPCとライセンス契約を?」

「NPCは、人間以上に合理的に考えるはずだ。なぜなら融通の利かないAIだからだ。副業で儲けようと、必ず酒を販売する。そして儲けのユニクローネは、NPCが抱える。現実世界には決して出て行かない金だ」

「なるほどね。NPCは上司だから、カルカンを売ってもらう必要もない。ボロ儲けね」

「しかも26倍の儲けだ。もはやおれたちは、酒を製造・販売する必要もない。ただ見守っていればいい。これでお風呂に集中できる」

「なぜ無能階級をお風呂に呼んだの?」

「〈混浴〉を見せびらかすためだ」

「冗談でしょ?」

「やつらは女子に飢えている。酒のつまみだ。言うなれば」

「人生9回分死んでくれる?」

「いい〈返し〉だ。ここへ来て〈ヒロイン〉らしさが一段と増したようだ」

「本気よ。もし強要したら実家に帰るからね」

 敏吾が〈無駄な会話〉を遮るように言った。

「見えたぜ。おふろ cafe utatane だ」

 色葉は右側の頬を引きつらせながら、ユニクロを3着ほど重ね着した。

「だいじょうぶ、だいじょうぶよ。お風呂展開には決してならない。〈主人公〉はいまだにバカみたいな鎧を纏っているしね。鎧を着たままお風呂なんて入れっこない。そして〈主人公〉が入らなければ、ラノベの〈混浴〉は意味を成さない。ただの女湯よ」

「果たしてそうかな」

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