第97話 みんな気になる給食のひみつ 間抜けな行動の理由

「〈混浴〉、だと?」

 セレモニーくさいたまホール2階の遺族控室。京介が前節の展開を引き継ぐかたちで言った。

 隣であぐらをかく敏吾が指摘した。

「きみ、ここに戻ってきてから質問しようと決めていたのかい?」

 色葉もつづけた。

「そうよ。帰りの道中で聞けばいいのに。なぜずっと無言だったの?」

 なぜ非難されているのだろうと思いながら京介が答えた。

「スピーディーでいい場面転換だろう。前節は屋外でのアクションだった。だから今節は、屋内で落ち着いて話し合うべきだと思ったのだ。それが対比、ダイナミズムというやつなのだ。それはそうと、おれはこういった説明はなるべく避けたいと思っているのだが」

「酒だ! 酒持ってこい!」

 春がぐにょぐにょと叫んだ。

「手が、てがー。ふるえるー」

「全身もね」

 色葉が貴子さんに言った。

「だいじょうぶですよ。心配しないでください」

「なにがですか?」

「お風呂ですよ。わたしたちが必ず守りますから」

 貴子さんはうつむいた。

 色葉は敏吾に言った。

「とにかく、〈混浴〉について聞かせて」

 敏吾は木村との邂逅および安楽亭での会話について長々と話した。

 話し終えるころには日が傾いていた。

「ラノベノミクス、だと?」

「きみ、ページ数稼ぎはしばらく置いておきたまえ。これは緊急事態だ」

 色葉が言った。

「林先生は〈妹〉さんの病気を治すため、〈混浴〉によってラノベの王になろうとしている」

「おれたちを倒すために立ちはだかったのではないのか」

「たしかにそんな感じじゃなかったよね。わたしたちの扱いも、なんだかものすごく雑だったし」

「ラノベの王になれば、ぼくらはりんびょう先生の配下に置かれる。無能階級の実態も闇に葬り去られる。関東第一高校にとっても都合がいい」

「やつは一体なんなのだ」

「関東第一高校の主幹教諭よ。でもその実態は謎に包まれていた。担当の講義はただひとつ、水曜5コマ目の『経済政策』のみ」

「最上級生のあいだじゃ、評判だったらしいぜ。『あの講義だけは受けるな』って」

「おれたちが先まわりし、〈混浴〉し、伝説の剣を手に入れ、ラノベの王になればいいのか」

「キーパーツである貴子さんとともにね」

「他人事のように言っているが、色葉よ。おまえも一緒に入るのだぞ」

「わたしの侍女が言ったとおりになった」

「ここに来て、このタイミングで、ラノベ最強の〈お約束〉のひとつを果たすことになるとは」

「おさけー」

「いまお持ちします」

「ダメです。ここでわたしたちと離れれば、確実に〈フラグ〉が立ってしまう」

「フラグとはなんでしょう」

「とにかくひとりになってはダメです」

「さけー」

 京介が一同を見まわし、言った。

「いまのおれたちに〈混浴〉は不可能だ。少なくとも3つの意味で不可能だ。まず、おれは風呂に入れない。このフルプレートアーマーを着けたまま入ったら、おそらくカニのように茹で上がって死んでしまうだろう」

「わたしも入れない。なぜなら入りたくないから」

「わたしもお風呂は苦手です。猫なので」

「あたくしもー、はいれなーい」

「なぜだ」

「こんなじょうたいではいったらどうなってしまうかわからないですしー」

「もういい。入れない理由はそれだけではない。仮にいま、スーパー銭湯へ行き、全員で風呂に入ったとしても、神はおれたちの〈混浴〉をお認めにはならないだろう。展開が圧倒的不自然だからだ」

「経済と倫理がテーマだったのにね」

「酒の販売は失敗か」

「林先生の言うとおり、ユニクロオンラインには経済活動は存在しない。だから短期間でボロ儲けできるような市場の『隙』があるはずもない。かといって、無能階級労働者と手を組むのも無理ね。仕事と収入を捨てて大義のために立ち上がるはずがない」

「おまえのせいで出遅れる羽目になった」

「あの流れなら当然のアイデアでしょ」

「木村先生の助言に感謝しなきゃな。あのまま酒を販売していたら、ぼくらは確実に〈打ち切り〉だったぜ」

「風呂にも入れない。酒も売れない。完全に敵の罠にはまったようだ」

「どうするつもりなの」

「どうするつもりだい?」

「どーうするー」

「どうされますか?」

 京介は腕を組み、目を閉じ、考えた。

 しばらく考えた。

「寝てるんじゃないだろうね、きみ」

 顔を上げ、敏吾を見た。

「親友よ、話がある」


   ◇


 翌朝。

 豆腐屋すらいびきをかいて寝こけている時刻、貴子さんは居酒屋に戻り、そのへんで拾ってきた給食をカウンターに置いた。

 土まみれのソース焼きそばをほぐし、絡みついた雑草や枯れ枝を丁寧に払う。コッペパンと餃子を水洗いし、軽く絞ったあと物干しハンガーに吊るした。マンホールポンプの詰まりの原因となっていたひじきの煮物は、ざるに乗せたあと、できるだけ髪の毛を取り除いた。

 今朝は公園の公衆トイレにカレーが落ちていた。京介は人間の男の子らしく、カレーが大好きだ。喜んでもらえれば、という一心で、貴子さんは大便器に手を突っ込み、苦労してどうにかひとりぶんのカレーをかき集めた。肥桶から食器に移し替え、においを嗅ぎ、具ではないなにかの塊をつまんでは捨てた。

 先割れスプーンを舐めて消毒しながら、頭の中ではひとつのことを考えていた。

 猫にチーズを与えるおじさんは、くさいたまのフェリスならばだれでも知っている。はじまりは4年前。若い雌猫が突如姿を消した。はすっぱだが器量よしだったので、消えた噂は瞬く間にくさいたま中に広がった。みな不安げにささやき、魔女だ妖精だ、いやださいたまの仕業だと、あれこれ想像してはささやき合った。次の日、雌猫は風呂桶を抱え、頭にタオルを乗せ、さっぱりした様子で戻ってきた。顔はしっとりなめらか、髪は根元からさらさら、そのうえナチュラルフローラルの優しい香りを漂わせていた。

 フローラルの理由を問いただすと、雌猫は答えた。

「無理やりお風呂に入れさせられたの。おじさんと」

 そしてある意味穢された顔を覆い、わっと泣き出した。お風呂の3文字に猫たちはおびえた。おれたちもいずれ、おじさんと風呂に入れさせられるかもしれねえ!

 その後、さいたま上空に荷をつるしたヘリがどこからともなくあらわれ、見せびらかすように旋回したあと、荷を落とした。みなで現場に向かい、箱を開けた。中には人間用のチーズがどっさり入っていた。そればかりではない。ジップロック入りのまぐろ、にぼしに韓国のり、隙間にはニンニクやニラなどの新鮮な五葷がぎっしり詰め込まれていた。猫たちは群がった。われ先に奪い合い、その場でチーズを食べた。まぐろを食べた。タマネギを食べた。

 こんなにうまいもんははじめてだ!

 翌日、猫たちはおなかを壊した。

 だがうまいことに変わりはない。

 その後も定期的に雌猫が消え、翌日さっぱりとした様子で戻ってきた。そしてさいたま上空にヘリが旋回した。雌猫が消えるとうまいもんが食えるということで、カルカンが不作のときや単にうまいもんが食いたくなったときなどは自ら雌猫を奉納した。やがて体調を崩し、若くして死ぬ猫が増えはじめた。だが猫は他人のことなど気にしない。「この後に、したがって、これ故に」も知らない。雌猫のお風呂はつづいた。

 貴子さんは給食をテーブルに用意したあと、生贄の儀式に則り、タオルを頭に乗せ、出入り口から外を眺めた。生贄としての正式な手順や作法はわからないが、こうしていればそのうちおじさんがやってくると伝えられている。

 京介さん、ほかラノベのみなさん、ごめんなさい。

 わたしは、お風呂に入ります。

 人間の食べ物は、我慢できないから。


   ◇


 日が昇り、数時間すると、人間たちが起き出してきた。一晩のうちにさらにかっこ悪さを増した鎧を着た男に、もこもこ厚着した女がつづく。アンドロイドもある意味着ぶくれしていた。装甲を強化したばかりでなく、背部にロケットブースター2基と追加燃料タンクを装備している。

 1階の居酒屋には、相変わらず酔っ払いの猫がたむろし、勝手に酒を飲み、カルカンをつまんでいた。

 テーブルのひとつに、4人分の給食が用意されていた。

 貴子さんの姿はなかった。

「どこへ行ったのだ」

 京介は浮かない顔で猫にたずねた。小太り眼鏡の康が顔を上げ、答えた。

「さあ、知らねえな」

「猫も少しは他人の行動に気を配るべきだ」

「そんなこと言われたってなあ」

 そのとき。敏吾が息を切らし、出入り口から飛び込んできた。京介は親友にたずねた。

「どうしたのだ、そんなにあわてて」

「どうした、だって? 決まっているだろう! 貴子さんが、りんびょう先生に連れていかされたんだよ!」

「そうか」

「なにが『そうか』だ! こうなるとわかっていながら、なぜ貴子さんをひとりにしたんだ? なぜ見張りも立てず、みんな一緒に8時間も寝こけていたんだ?」

「おれは、神に選ばれしラノベの使徒、アンダーアチーバー京介だ。ラノベの教えには必ず従わなければならない」

「ラノベと一体どういう関係が」

「あるとき、神は言われた。ラノベの〈主人公〉は、間抜けでなければならない、と。賢く先手を打ってはいけないのだ。なぜなら未然に防いでしまえば、大切なあの人を助け出すことができなくなってしまうからだ」

「だから昨日、ぼくを気絶させたのか! 気絶させたあとユニクロの洋服で緊縛し、ヘリのキャビンに放り込んだのか! あえて貴子さんを、りんびょう先生に拉致させたのか! 間抜けな〈主人公〉を演じるために」

「非常に説明くさいセリフだが、そういうことだ。とにかく、これで〈混浴〉の理由ができた。スーパー銭湯で貴子さんを救出し、その流れでお風呂に入る。スムースだ。その前にまずは食事だ。おいしい給食を堪能しよう」

「京介! この期に及んで食事なんて、ぼくは」

 みなまで言わせぬまま敏吾の胸ぐらをつかみ、叫んだ。

「いいから黙って食事をするのだ! 助けに行くのはそのあとだ! おれたちは、いついかなるときでも人気を取らなければならない! おいしそうな食事風景は、ラノベの最も重要な仕事のひとつ! このところおれたちはラノベらしさに欠け、食事風景もしばらくみんなにお伝えできていなかった! みんなはなによりも食事風景を楽しみにしておられるのだ! ラノベの王を目指すのであれば、〈混浴〉し、伝説の剣を手に入れるためには、まずラノベらしさを取り戻さなければならない! 決して賢く立ちまわらず、どれだけみんなにガバガバと言われようと、無理やりにでもハラハラドキドキの展開を創出し、貴子さんを助け、〈混浴〉し、林を倒し、勝利する! これがラノベの王道だ! ガバガバ込みで! おれたちはいついかなるときでも神の〈お約束〉に従わなければならない! おまえら!」

 2人の嫁をにらみつけ、命令する。

「いますぐおいしそうに食べるのだ!」

 敏吾は軽蔑の色を隠そうともせず、言った。

「きみは、ラノベと貴子さんの、どっちが大事なんだい」

「敏吾よ。ソース焼きそばを食べるのだ。これはおまえのソース焼きそばだ。おれはおまえを殴りたくない」

「バカだな。だれが〈親友〉の食事シーンなんか期待するよ? ラノベの使徒のくせに、そんなことも知らないのかい」

「……………………………………………………………………………………ッ!」

〈長すぎる3点リーダー〉にリアル暴力の気配を察し、色葉は男ふたりのあいだに無理やり割って入った。

「とにかく食べましょう。できるだけすばやく、できるだけおいしそうに。ラノベらしさを取り戻しましょう、ね?」

「そそ。ささっと」

 4人はこの期に及んでがたがたとイスを引き、テーブルに着いた。京介は敏吾からなるべく離れてすわり、カレーを憎々しげに見下ろした。まったく、カレーなどという料理を発明した天才はどこのどいつだ。それから貴子さんの身を案じ、罪の意識で顔を青ざめさせながらつぶやいた。

「ラノベとは、かくもつらく、苦しいものなのか。なぜ明らかに拉致されると気づいていながら、間抜けなふりをしなければならないのだ。おれはこれから、『でも、あの人を守らなければならないんだ!』と叫び、仲間の制止を振り切って駆け出さなければならない。どうすればそのようなしらじらしい言動ができるのだ。原因はおれにあるというのに」

 カレーの発明者に遺憾の意を示しながら、きれいに磨かれた先割れスプーンを取り、がつがつと食べはじめた。頬を涙で濡らし、せめてもの意思表示として、最低限のリアクションすら取らなかった。生命をつなぐ、それのみを目的とし、京介はただただ食べつづけた。

 色葉が砂を噛むようにコッペパンをかじり、不安げに眉をひそめて春に言った。

「〈無駄な会話〉をしましょう」

 春は酒をあおり、げっぷで返事した。

「ユニクロの服が切れそうなの」

「だれかさんが1日50回も着がえるからだ!」

「もういい加減にしてほしい。もし着替えがなくなったら、どうすればいいの? このご時世、〈ヒロイン〉は全裸になってはいけないのよ? 昭和のアニメじゃないのよ?」

「ご開帳間近! ナイスバディだといいのう!」

 下品に冷やかしながらも、春の表情は冴えなかった。

「さて」

 ラノベの義務としての食事を終え、京介は怒りに任せて先割れスプーンを放り、立ち上がった。

「あの人を守らなければならない!」

「イエッサー」


   ◇


 山野辺は妙な現象に気づいた。

 ユニクローネが減少している。

 山野辺はデスクの上のスマホを見た。

 再びモニターに目を向ける。

 刻々と減少している。

「もしかして、やつらの仕業か? いや、まさか」

 食事風景を眺めながら、ひとりごとをつづける。

「どうすればプレイヤーがユニクローネの総量を減らせる? もしかしてぼくが、なにかやらかしたのか。いや、まさか。何年管理者をつづけていると思っているんだ。そんなへまはしない。絶対に」

 先日の会議でユニクロに言われたセリフを思い出した。

 おまえは最後の最後で失敗する男だ。

 母親もそう言っていた。

 なにかをやらかしたのか?

 山野辺は猛烈にキーボードをたたきはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます