第91話 くさいたま48

 任せておきな、と叫んだあと、小太り眼鏡中年猫の康はふらつく足取りでくさいたまの街に消えた。昼過ぎ、京介の顔面に突如装着された面頬に貴子さんですら失笑を漏らすころ、康が48名の猫を従えて戻ってきた。バブル絶頂期の歓楽街を思わせる大名行列だった。

 猫はさまざまだった。白、黒、白黒、三毛、トラ、ブチといった柄はともかく、どれも若くしていろんな経験を積んできただろうと思わせるある種の落ち着きと品のなさを備えていた。

 貴子さんとラノベ一同が見つめるなか、康は猫たちを酒場の玄関前に整列させ、偉そうにふんぞり返りながら点呼を取った。

 47名しかいなかった。

「紀ちゃんは?」

 全員無言だった。

「48匹じゃなきゃ、はじまらないんだがな。まあいいか。貴ちゃんも入れて48匹だ。あとはセンターをだれにするかだが」

「わたし入らないからね、そんな集団なんか」

「言ってくれるじゃないのさ」

 目つきの悪いサバシロが、カルカンをくちゃくちゃ噛みながら進み出て言った。

「で、お上品な女将さん。あたしらになにをしろって?」

「ちゃんとお給料払ってくれるんだろうね」

「騙そうなんて思うんじゃないよ。怖いお兄さん、知ってるんだからね」

 居並ぶ不良猫を前に、貴子さんは毅然とした態度で言った。

「1日8時間の労働の対価に、お好きな味のカルカンを差し上げます。生のまぐろもひと切れ、おつけします」

「へえ、すごいじゃん」

「チーズは? 言っとくけど猫用のじゃないよ!」

「プロセスチーズをひとかけ」

 プロセスチーズと聞いて、47名の猫がざわついた。

 京介が貴子さんにささやいた。

「まぐろやチーズはどこで手に入れるのだ」

「聞かないでください」

 交渉が成立し、貴子さんとラノベ一同はすれっからしの47匹とその元締めを酒場に案内した。空の壺とカルカンのセットをカウンターに一列に並べ、臨時のお酒造り教室がはじまった。

「みなさん、もっと愛情を込めて噛んでください」

「いちいち指図するんじゃないよ、この雌猫!」

「噛んで吐きゃいいんだろ? だれがどうやったって同じことさ」

「でも、味が変わってしまいます」

 オカマの猫が先生に教わったとおり、もくもくと噛んでは吐きを繰り返している。

 ひどい無駄話が聞こえてきたので、京介は茶トラの仲良し2人組の背後に立ち、言った。

「女どもよ。無駄口をたたかずに働くのだ」

「あんた何様だい? ヘンな鎧なんか身につけちゃってさ」

「かっこいいと思ってるんだろ」

「思っているわけがないだろう」

 京介はギャル猫の嘲笑を背中に浴びながら、男の怒りを必死にこらえ、貴子さんのもとへ戻った。

 カウンターに着き、兜から生えてきた角を腫れ物のように触りながら言った。

「酒はどのくらいでできるのだ」

「一瞬です」

「〈VR〉だからか」

 そうして夜、大量のインチキ酒がさくっと完成した。手元に現物がないため、47人の雌猫には借用証書を書き、どうにか帰ってもらった。それから「仕事」を終えて集まってきた労働者猫に、偽物の『貴ちゃんの口噛み酒』を振る舞ってみた。

 酒飲みは飲めればなんでもいい。それは永遠の真実。


   ◇


 翌朝。

 パン&牛乳&ポークビーンズ&ツナサラダというわりと最強な朝食を終え、ラノベ一同は肉体労働に従事した。店内から酒瓶ケースを屋外へ運び、ヘリに積み込み、午後にはださいたま地区へ出発する。色葉は自分用に大量のユニクロをかき集め、屋外へ運び出した。

 ある時点で一同は、先の辻に仁王立ちするヘリがいまだにヘリではないという単純な事実に気づいた。

 京介はユニクロのシャツをタオル代わりに首にかけ、それとなく近づいた。変形してくれないか、と親しげに話しかけた。ヘリは直立し、中天の太陽を見上げたまま、返事をしなかった。京介はなおも問いかけた。なぜ変形しないのか。なぜかたくなに押し黙っているのか。もしかして体調が優れないのか。悩みごとがあるならおれに話してみないか。

 ヘリは答えなかった。

 そのとき。

 酔っ払いのアーマード春が酒瓶を手に、アスファルトを破砕し跳躍した。

 ヘリの顔あたりの高さで2秒間ほど重力無視の浮遊をしたあと、黒髪をふわりと浮かせつつ、利き手を思い切り振り上げた。

 ぱちーん!

 春の平手打ちに、ヘリは顔を背け、子供のようによろめいた。春はザッと片膝をついて着地し、立ち上がってぐいと酒瓶をあおった。

 ヘリは頬を押さえ、一気に現実へ引き戻されたような顔で春を見下ろした。

「貴様! 偉大なる浦安に、恥、かかせるつもりか!」

「しかし、メガトロン様」

「あたくしメガトロン様じゃないのよ。何度もゆってるけど」

「しかし、メガトロン様」

「ええい、変形しろ! さもないと、オスプレイ配備するぞ!」

 ヘリはうなずいた。内奥を探るようにしばらくたたずむ。折りたたまれたメインローターが突然、刃物の剣呑さでクジャクのように開いた。だが開いただけだった。テイルブームを尻尾のように伸ばした。すぐに折りたたまれた。腹を突き出し、頭を引っ込め、膝を抱えて小さくなったりした。パーツ単位では遊びのぶんだけ変形っぽい動きを見せるものの、根本的にはなにひとつ変わらなかった。

 それでも努力が実ったのか、もしくは実らさざるを得ないからか、30分後、徐々にヘリコプターらしいシルエットがちらつきはじめた。

 不完全ながらもキャビンができたので、ひとまずよしとした。京介と春は荷物を積み込み、色葉は自分用のユニクロを積み込み、半分ヘリ、半分人型の奇怪な乗り物に乗り込んだ。座席はエッグスライサーの様相だったので、隙間の目立つ床にめいめい腰を下ろした。

 キャビンの隙間から空の操縦席へ目をやり、京介はもうひとつ基本的な事実に気づいた。

「そういえば、敏吾はどこだ」

「そもそもパイロット、必要なかったんだね」

 いざ、ださいたまへ!


   ◇


 そのころ現実世界では、邪悪な電話会議が行われていた。

「昨年度の関東の中卒者数は24万人。うち何人がのたれ死ぬか」

「5月時点で8.9%」

「今年の中卒は、なかなかがんばっているではないか」

「オンラインでの死は、すなわち現実での死。死という概念があればこそ、動物のような連中も必死で働く」

「過酷な労働による肉体的・精神的ストレスが、リアルでの爆発的な消費につながる」

「人間らしく生きられる」

「これぞ真のセカンドライフ。民間によるセーフティネット。小さすぎる政府、超夜警国家へのへの第一歩だ」

「われわれは、服を変え、常識を変え、世界を変えていくのだ」

 山野辺はヘッドセットをつけ、いまのところ一度も発言していなかった。相手の声はリアルタイムで声質変換処理が施されているため、だれがだれだかわからない。全員同じ声なので何人参加しているのかもわからない。出力される声はいわゆる犯罪者風ではなく、いわゆる大塚明夫風だった。こんなところにも日本のテクノロジーが無駄に活用されている。

「ところで、都内からの苦情が増えているようだが」

「ああ」

「週末に大挙する、あのださい連中はなんだ、と」

「ださいかおしゃれかは主観の問題だ」

「いや、おしゃれはおしゃれだ。おしゃれには明確な基準が存在する」

「ほう。して、それはどのような基準だ」

「それを決めるのが、われわれというわけだ」

「なるほどな」

「たとえばチェックのネルシャツだ。あれはファッションとしては攻めの部類に入る。とりあえずという理由で選んではいけない」

「そのとおりだ」

「センスに自信がなければ、とりあえずみんなと同じ格好をすればいいのだ。そうすれば世間の見る目が変わる。見る目が変われば本人も変わる」

「スーツを着るからこそのサラリーパーソン、潮の吹いたメタルTシャツを着るからこそのアウトサイダー、というわけか」

「その真実に気づかないうちは、やつらは無能階級でありつづける」

 んっふっふ。

「ところで、さいたまに実店舗を構える件はどうなった」

 大塚明夫声の連なりに癒やされていると、突然名前を呼ばれた。

「山野辺」

「はい」

「広告主はなんと言っている。広告料の値上げは可能なのか。さいたまへの商品配送コストと無人店舗の経費その他もろもろを値上げ分で吸収できるのか」

「やってみないとなんとも、といった反応ですね。試験的に新しいメニューを作成し、一部取引先に提案しています。即席めんなどですね。ですが」

「なんだ」

「しまむらが」

 大塚明夫数名が一斉に舌打ちした。

「リアルさいたまでのゲリラ活動が激化しているようです」

「おおみや本社でおとなしくしていればいいものを。やつらはまだ全国展開を夢見ているのか」

「あれだけの痛手を被りながら、まだ立ち上がってくるというのか」

「敵ながらあっぱれ。そう、アパレルだけに」

「いまのはいいジョークだった。わたしはいま、必死で笑いをこらえている」

「まあいい。おばちゃん向けの服など恐るるに足らん。好きにさせておけ」

 山野辺は恐れながら口を挟んだ。

「いえ、それが、ここへ来て急に、ヤングカジュアルに手を出しはじめたのです」

「バカを言うな。あの地味なしまむらが、ヤングカジュアルに手を出すはずはない」

「事実そうなのです。しまむらの動向はまさにゲリラ、いつも地味すぎて気づかないんだ。優秀なデザイナーの商品、さまざまなコラボアイテム、PBブランドなどのおしゃれな若者向けの洋服を、例のごとく多品種小ロットで次々と仕入れているのです。やつらに提案するつもりだ」

「やつらにおしゃれもなにもない。やつらはださいたまだ」

「ちがいます。女子です」

 しばらく反応がなかった。

「もしもし?」

 ひとりの大塚明夫が押し殺した声で言った。

「週末に、女子の送迎バスを襲撃するつもりか」

「そうです」

「おまえに聞くぞ、山野辺。女子がおしゃれに着飾ったら、次はどうする」

「だれかに見てもらいたいと願うでしょう」

「そうだ。だれかとはだれか。男子だ。おしゃれに着飾った女子を見たら、男子はどうする」

「こざっぱりしようとします」

「女子を男子に引き合わせるな!」

 山野辺はオフィスチェアごと飛び上がった。

「だ、だいじょうぶです。リアルさいたまの中卒男子と女子は、くさい荒川で物理的に分断されていますから。もちろんオンライン上でも絶対に渡れない。万が一にも出会うことはありません」

「かつてのしまむらの強みはなんだ、ん? 流通だ。ということは現在も、商品配送用のドローンや貨物飛行船を所持しているんじゃないか?」

「はあ」

「もししまむらが、空から荒川を越え、男女の出会いを手引きしたらどうなる」

「それはリアルでの話なので、ぼくの立場ではなんとも。ふつうに撃墜されては?」

「おまえは無能だ」

「はい」

「自分の口で言ってみろ」

「ぼくは無能です」

「よし。今週末、女子の都内送迎は中止とする」

「キャンセルはできませんよ。広告主になんと言えばいいんです?」

「おまえは無能だ」

「ぼくは無能です」

「よし。だがよく考えてみれば、さいたま女子も男子と似たり寄ったり。杞憂というやつかもな」

「そうですよ。いくら服屋がおしゃれを提案したところで、ファッションも生き方も、そうそう変えられるものじゃない」

「服屋と言うな」

「すみません」

「ところで岸田京介というラノベは、オンライン上でなにをやっている」

 ようやく話題が変わり、山野辺はほっとしてモニターを見上げた。

 あまりほっとできない事態が繰り広げられていた。

「岸田京介一行は、現在ださいたま地区のアリオ上尾近辺にいます」

「なにをしている」

「酒を密造し、販売しています」

 しばらく反応がなかった。

「もしもし?」

「なぜオンライン上で酒を密造できるのだ」

「マインクラフト的な組み合わせです。カルカンと、唾液と、酵母で、お酒のできあがりというわけで」

「そんな機能は消してしまえ」

「いえ、そうすると火も起こせない世界になってしまう。物質どうしが干渉しない世界はそもそも存在できませんから」

「おまえは詰めが甘いタイプだ。おまえの母親もそう言っていた。最後の最後で必ず失敗する男だと」

「失敗しません」

「いいや失敗する」

「なぜ味方をなじるんです」

「機嫌が悪いからだ。なぜラノベは酒を販売している」

「ユニクローネをかき集め、VR経済を破綻に追い込むと言っていました」

「高校生ごときが、われわれを相手に経済戦争をはじめようというのか」

「現実では、たしかに虫けら同然ですね。でもオンライン上となると、ちょっとわけがちがうかと」

「阻止しろ」

 全員が一斉にガチャ切りした。

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