第89話 麻薬王への道

「麻薬の販売、だと?」

 都内某所で管理者が言った。

 16Kモニターのひとつで色葉が作戦を説明している。

「つまり、お酒の販売でユニクロオンラインの経済を破綻に追い込むの」

 京介が言った。

「酒くらいどこでも買えるだろう」

「ううん。ユニクロオンラインには、遊興にまつわるアイテムは一切ない」

「なぜわかるのだ」

 山野辺はスマホを取り、電話をかけた。

 林が不機嫌そうに応答した。

「なんだ」

「岸田京介以下クソラノベについて報告します」

 かくかくしかじかと報告する。林が感心したようにうなった。

「ほう、酒とは考えたな。ドラッグは、財としてはすばらしいチョイスだ。限界効用は逓増しまくり、飲んで飲んで、飲まれて飲んで、だ」

「感心している場合ではないですよ」

「している場合だよ。ぼくの学校の生徒だからね。ラノベどもは、ユニクローネの流通量は一定だと気づいた。なぜかは少し考えればわかるね。中卒どもはVRで酒にハマり、定期的に買いつづけるようになる。酒で使ったぶん、週末に手に入る円が減る」

「広告主は激怒すると考えた」

「すばらしいじゃないか。すばらしい作戦だ」

 色葉が説明をつづけている。そこへバカで間抜けでヘンな鎧を着た京介が口を挟んだ。

「おれたちがかき集めたぶん、ユニクロがユニクローネを刷ればいい話ではないのか。それか、交換の比率を上げればいい。結局、計画どおりの円が現実に出まわればいいのだろう」

「バーカ」

 山野辺が鼻で笑った。色葉が噛んで含めるように説明する。

「ユニクローネを基準として為替レートを切り下げたあと、わたしたちがユニクローネを抱えてログアウトしたらどうなる?」

「切り下げとはなんだ」

「バーカ」

「1ユニクローネでこれまでより多くの円と交換できるようになるってこと」

「よけいに円が出まわることになる」

「そう。ユニクローネを多く刷っても同じことよね? だからこそ、ユニクローネの流通量は一定でなければならないの」

 山野辺が顎に手を当て、つぶやいた。

「酒」

 林が反応した。

「なんだ」

「酒というオブジェクトは存在しないんです」

「存在しているじゃないか」

「もしかして」

「なにがもしかしてだ。〈端役〉のくせに思わせぶりに考え込みやがって。まあいい。むしろ消すな。わが生徒がどこまでやれるか、これは見ものだ」

「万が一が起きたら、どう対処すればいいんです?」

 ブツッと電話が切れた。

 山野辺はイライラのあまりドレッドヘアをかきむしった。

 京介が言った。

「なぜオンライン上でほかの酒が売られていないと断言できるのだ」

「バーカ。バーカバーカ。少しは頭を使えよ!」

「じゃあ逆に聞くけど、リアルな経済活動を再現してなんの得がある? ユニクローネを無駄に消費させるだけじゃない。お酒なんてもってのほかよ」

「なるほど」

「バカだなあ、おまえは。本当にバカだ」

「だったらなぜユニクロは、わざわざユニクローネなるオンライン通貨を採用するのだ。ログアウト後に直接カネを払えばいいだけの話だろう」

 山野辺はちょっと考えた。

 色葉もちょっと考えてから言った。

「ただのギャグかも」

「そんなバカみたいな理由であっていいわけがない」

「なぜかはわからないけど、とにかく実際、そういう仕組みになっている。ユニクローネを独占すれば、広告媒体としてのユニクロオンラインは価値を失う」

 春が腕を伸ばし、貴子さんをつついた。空の牛乳瓶を振ってみせる。

「おねえさん、これにお酒ね」

「アンドロイドのお嬢様、朝からそんなに飲まれては、体に毒です」

「いいの。そゆんじゃないの。あたくしの場合はちがうの。だから、酒」

 貴子さんは酒を注ぎに式場から出ていった。

 色葉は春を指し、京介に言った。

「この中毒ぶりを見れば、〈VR〉においても現実と同じ効用があるとわかるよね」

「あたくし、飲まれたりなどしていない! しっかり自分をコントロールできている!」

 貴子さんが戻ってきた。セルフコントロールに長けた春が瓶をひったくり、まさに牛乳のようにぐびぐびとあおった。

 玄人はだしのげっぷを式場に鳴り響かせる。

 色葉が貴子さんに言った。

「お酒はどこで仕入れているんですか」

「すべて自家製です」

「自家製、だと?」

 山野辺がモニターのひとつに仕様書を呼び出した。

「ある日偶然、造り方を発見したのです」

「やはりそうか。旧ユニクロオンラインの名残だ。クソ」

「造り方を教えてもらえますか」

 貴子さんはしばらく考え込んだあと、言った。

「本当に、われわれもろとも人間たちをオンラインから解放するつもりなのですね。開発援助のコンサルタントと一緒。わたしたちのその後のことは、なにも考えていない」

「まちがっているものはまちがっているのだ」

 京介が言った。

「あなたたち猫は、都内へ向かうのだ。都内はさいたまのような、単純な社会ではない。いいやつ、悪いやつ、善意の活動、悪意の活動、それらが入り交じる混沌だ。だがそれでこその社会と言える。そして混沌だからこそ、都内に行けば、いい飼い主が見つかる可能性もある。信じることなのだ」

「人間を信じろと」

「それに貴子さんは、かわいいではないか」

 予期しない発言だったのか、すっと目を細めた。

「わたしが、かわいい?」

「鏡を見れば一目瞭然だ。もし自分をそのへんにいるふつうの猫だと思い込んでいるとしたら、それも大きなまちがい、ビッグ・ミステイクだ。自分に自信を持つのだ。あなたはほかのどんな猫よりも美猫なのだ。これはお世辞ではない」

「かわいい」

 自問するようにつぶやく。山野辺はドラマの視聴者のようにぼーっと眺めていた。ハッとわれに返り、スマホを取り、もう一度林に電話をかけた。

 話がいい感じで展開している。

 イヤな予感がする。

 貴子さんが顔を上げ、ラノベ一同に言った。

「1階へいらしてください」

「クソ林! 電話に出ろこの野郎!」


   ◇


 1階へ降りる。立体駐車場内の酒場には、朝だというのにみすぼらしい猫が数匹、テーブルに着き、勝手に酒を注いでは飲んでいた。

 貴子さんはカウンターの奥にしゃがんでしばらくごそごそやったあと、陶器の壺とカルカンを手に戻ってきた。ラノベがカウンターに並ぶなか、壺を置き、パウチタイプのかにかま入りまぐろの封を切り、口に放り込んだ。

「こうやって」

 30回から50回噛んだあと、壺にぺっと吐き出した。

「唾液と混ぜ合わせることで発酵を促すのです」

「1杯もらおう」

 色葉が裏拳でツッコんだ。

「貴子さんがすべて造っているんですか?」

「はい」

「人間の口に合えばいいのだが」

「あたくしは飲んだ!」

「だがおまえは、いや、いい」

「差別だ! こんなところにもアンドロイド差別が」

「なに言ってんだい! 貴ちゃんのカルカン酒は最高だぜ!」

 カウンターの隅にいた猫が突然叫んだ。

「人間だろうが猫だろうが、貴ちゃんにかかればイチコロよ!」

 盗み聞きしていたらしい。コップを取り、立ち上がり、よろよろと近づいてくる。小太り眼鏡の中年猫は、よくよく見れば昨晩、貴子さんにすがって甘えていた泣き上戸だった。

「なんたって、貴ちゃんの一部をいただいてるわけだからな。兄ちゃんなら、わかるだろ?」

「わかりすぎるほどに」

「名づけて『貴ちゃんの口噛み酒』だ。どっかで聞いたような気がするよなあ? でもこいつはパクリじゃないぜ。偶然なのさ。だいぶ経ってから気づいたのさ。発想の源泉が同じだっただけなのさ。かわいい女の子が口で噛む、だれでも考えつくことだろ?」

「おまえはだれに対して言い訳しているのだ」

「ねえ、康さん。あんた、いつまでぶらぶらしてるつもりなの」

「いじめられにいけって言うのかよ?」

「だってみんなそうしてるじゃない。なのにあんたはなんにもせずに、みんなが手に入れたカルカンを横取りして。恥ずかしいとは思わないの」

 一杯引っかけたほかの猫が、ツケといてくれと貴子さんに言い、ふらふらと「仕事」に出かけた。たしかに酒でも飲まなければやってられないだろうなと京介は思った。

 康は仲間を見送ったあと、貴子さんに向き直り、空元気でまくし立てた。

「へっ! この康、もう二度と人間にゃ媚を売らないと決めたんだ! それより新しいアイデアがひらめいたんだよ! うまいこといきゃ、みんなでカルカン食い放題だぜ!」

「そればっかり」

 色葉が中年猫に言った。

「差し支えなければ、どのようなアイデアかお聞かせ願えますか」

「差し支えるもんかよ。風俗さ!」

「風俗?」

「風俗さ!」

「風俗?」

 貴子さんが色葉の手に触れ、それ以上追及するなといった感じで頭を振った。

 色葉はいつの間にか半袖化した上着を見て、新しい上着を羽織った。

「1日に造れる量はどのくらいですか」

「土曜日には、切らしてしまうこともあります」

「とりあえず、1本いただけますか」

「お代は、もちろん」

「ええ。ツケでお願いします」


   ◇


 猫いじめスポットのひとつであるおおみや公園は、かつてのさいたま市おおみや区、現在はださいたまと呼ばれる地区にある。ぼろを着たフェリスの一団が、肩を落とし、足を引きずりながら、のろのろと園内に入っていく。公園は人気も猫気もない。だがそのうち、人間たちはあらわれる。必ずあらわれる。よれよれのプリントTシャツにネルシャツを羽織り、サイズの合っていないケミカルウォッシュのジーンズを履いた、恐ろしい人間の男たちが。

 猫のひとりが、一升瓶を大事そうに抱えていた。

 アスファルトから芝生に入り、木々の深いほうへと進む。一致団結という概念が存在しないフェリスたちは、習性に導かれるように自然に散開した。

「おやおや、これはこれは」

 洋画の吹き替えのようなもったいつけたセリフとともに、大木の向こう側から人間が姿を見せた。一致団結が大好きな人間らしく、5名の取り巻きを従えていた。

 全員が石や棒きれを手にしている。木の根元には青いオリコンが置かれていた。

 オリコンに山盛りのカルカンを見て、フェリスはよたよたと歩を進めた。

「おいおい、待てって。はやまるな」

 人間があいだに立ちはだかる。フェリスはまわりこもうとするも、ひとりが突き飛ばした。一升瓶を抱えたまま、フェリスは惨めに尻餅をついた。

「ただでカルカンをやるわけにはいかない。そうだろう?」

 リーダーかどうかはわからないがセンターに位置する男が猫を見下ろし、言った。

「さて、ということで、いじめの時間だ。しかしおまえら猫は、いつ嗅いでもくさいな」

 くさいくさいと取り巻きが囃し立てはじめる。

「本当はぼくたちも、こんなことはやりたくないんだよ? だが工場長の命令とあれば、従うしかない。これも仕事の一環で」

 ふと言葉を止めた。

 フェリスが抱えている一升瓶を指さす。

「なんだそれは?」

「さ、酒」

「酒?」

「酒」

「ユニクロオンラインに酒が存在するのか」

 リーダー的立ち位置の男が取り巻きに振り返った。取り巻きは知らないと首を振った。

「どこで拾った」

 猫は瓶を抱き、あとじさった。

「まあいい。そいつはおれたちがいただく。〈VR〉でも酔っ払えるのかな」

「つらいオンライン生活が、少しは楽しくなるかもな」

「ユニクローネがあっても、買えるのは牛丼だけだしな。まったくひどいVR人生だ」

「しっ! 管理者様に聞かれたらただじゃ済まないぞ」

「だれのおかげでリアルで暮らせてると思っているんだ」

 センターの男が取り巻きを制した。猫から酒瓶をひったくり、ためつすがめつする。

 瓶のラベルを眺めたまま、物憂げに命じた。

「やれ」

〈VR〉での集団暴行がはじまった。猫の鳴き声が、おおみや公園のそこここから聞こえる。

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