第88話 伝説の武具たち

 翌朝。

 色葉が絶叫した。

 京介はびくりと目を開け、古着を跳ね散らかして上体を起こした。伝説の大剣アービトラージを抱え、寝ぼけた頭で霊安室を見まわす。てかアービトラージってなに? 説明しよう。アービトラージを手にする者はコストなしで瞬時に空間を移動し、異なる価格差のモノに注目して利ざやを得ることができるのだ!

 色葉は霊安室に敷き詰めたユニクロの山にぺたんこずわりし、アホのような毛を頭上に6本ほど揺らめかせながら、頬をひくひくと引きつらせ、〈桜色の唇〉をわなわなとわななかせていた。

「な、なんなの、これ…………」

「朝からラノベか」

「ちがう。本気で言ったのよ」

 色葉は伝説のいしゆみ、目標に必ず当たるような気がするインフレターゲットを右手に装備し、そのうえ伝説の鎧、インポッシブル・トリニティを纏っていた。説明しよう。インポッシブル・トリニティは、すべてのパーツ、すなわち自由な資本移動、為替相場の安定、独立した金融政策を揃えることで最強の防御力を手に入れることができるのだ!

 ただし3つ揃えるまでは、どのパーツもただの〈ビキニアーマー〉だった。

 京介は大剣を抱きながら、色葉のおへそをしげしげと眺めた。

 おへそだ。

 それから胸の谷間に目を向けた。

「なぜ朝っぱらから裸同然の格好をしているのだ」

 意味ありげな視線に気づいた色葉は、伝説の弩を京介に投げつけた。ユニクロの古着をわしゃわしゃ掘り進み、最終的にビーチでいたずらされた人みたいになった。

「着替えるから、あっち行っててくれる?」

「あっちとはどっちだ。お清め室か」

「いいから出てって!」

「それより原因を追及すべきだ。ここで、いますぐ!」

 色葉は服をぽいぽい投げつけた。

「おはよう!」

 ドアが開き、昔のドイツ人のように片手を掲げ、春が入ってきた。しゃきっとした様子から、下でモーニングアルコールを引っかけてきたことがうかがえる。

「すがすがしい朝だな、諸君!」

 酒による一時的なパラメータの上昇だけでなく、春も全体的に外装がアップグレードしていた。説明しよう。ファイナンシャルエンジニアリングの粋を集めたパーツ類は、あらゆるリスク回避、リスクマネジメントを備え、とにかく金融取引におけるすべてのリスクを未然に防ぐことができるのだ!

 周囲には青白い光を放つ債券が4つ、オプションのように浮遊していた。

「ひどい格好だ」

「人のことは言えないぞ!」

「そうよ。鏡見たら?」

 色葉に言われ、京介はなんとなく手を見た。深紅のガントレットが装着されている。ただし致命的にかっこ悪かった。こんなものを着けて戦うくらいなら手首を失ったほうがマシだと思えるほどにかっこ悪かった。

 かっこ悪い肩当てに手をかけ、むしり取ろうとした。おのれの一部のようにがっちりと食らいついている。

 色葉がバッグから手鏡を取り出し、京介に鏡面を向けた。

 兜を目にした瞬間、京介は絶叫した。

 立ち上がり、大剣を力任せに放り投げる。

「一体なんなのだ! この格好は、まるで、まるで」

「ゲームね」

「ゲームだ!」

「きっと管理者の仕業よ。あっ」

「どうしたのだ」

「〈ビキニ〉が。ああ、〈ビキニ〉が、どんどん小さくなっていく」

「どこだ。どこが小さくなっているのだ」

 色葉は京介の頬を張った。

 霊安室のドアがかちゃりと開き、貴子さんが顔をのぞかせた。

「朝食の準備ができました。すべて拾いものですけど、よろしければ」


   ◇


 3階の式場に案内された一行は、金色に輝く仏壇を仰ぎながら、すべて拾いものだという朝食をいただいた。

 焼香台をテーブル代わりに囲む。

「やはり見られていたのだ!」

 かっこ悪い京介が憤然と言った。飯盒を取り、先割れスプーンで麦ごはんをワンブロック切り取り、口に入れ、武将のように無骨に咀嚼する。素朴な麦の甘みによってHPが3回復した。

 ユニクロのシャツを重ね着した色葉が、ソフト麺のパックを破りながら言った。

「単なる嫌がらせなのか、なんらかの意図があるのか」

 ブリキの器に盛られたミートソースに麺をぶち込み、先割れスプーンでかきまわす。

 春は牛乳瓶をぐびぐびあおった。中身はもちろん牛乳ではなかった。

「ぷはー」

 京介はビーフシチューを豪快にかき込んだあと、シチューパワーを最大限に活用し、麦ごはんをがちゃがちゃと食った。残りのシチューと残りの麦ごはんを確認し、欲望に負けシチューをかき込みすぎたおのれの弱さを恥じた。だがHPは5回復した。

 色葉はポテトサラダを3分の1ほど食べ、京介と春に手首を突き出した。

「見て。古着の袖」

 京介と春は袖をのぞき込んだ。凝視していなければわからないほどにゆっくりと、肩側に向かって後退している。

 京介はちらっとのぞいた色葉のおへそから無理やり目を戻し、麦ごはんに漬物を乗せて食った。

 おのれの腿当てを見下ろす。

「おまえはまだいい。せいぜい裸になり、みんなを喜ばせるだけで済む。おれの深紅の鎧を見ろ。どんどんかっこ悪くなっていくようなのだ」

「ほんとだ。最初からかなりかっこ悪かったのに」

 かっこ悪いガントレットでどうにかミルメークの封を破り、牛乳瓶の口からそろそろと流し込んだ。

「ユニクロの仕業なのはまちがいない。恥ずかしさに耐えきれなくなり、リアル世界に逃げ帰るのを待っているのだ」

 春は気味悪そうに自分の周囲を見まわし、言った。

「あたくしの債券、増えてる!」

「オプションが6つになっている」

「どういうことだ」

 全員が貴子さんへ顔を向ける。

 貴子さんは床に這いつくばり、ミルク皿に顔面を突っ込ませていた。

 面を上げ、舌でぺろりと顔を舐めたあと、言った。

「わかりません。ですが、あなたのようなかっこ悪い鎧を纏った人間は、生まれてはじめて見ました」

 京介は両手で顔を覆った。

「それはそうと、朝食が済みましたら速やかにお引き取りくださいね」

 色葉が言った。

「宿代はもちろん支払います。あわせて猫たちをいじめから救う」

「昨晩、合理的に考えられたのでしょう? わたしたちフェリスは、いじめの報酬として、日々のカルカンを手に入れている。いじめをなくせば、食べるものもなくなる」

「貴子さんも、日常的にいじめを受けているんですよね」

 貴子さんは目を伏せた。

「すべての猫が、いじめられるためだけに〈VR〉に存在している。カルカンのためとはいえ、そんな人生を選ぶことはありません。ログアウトし、さいたまを出るんです。都内に行けば、きっといい飼い主が」

 貴子さんは立ち上がり、強い調子で言い放った。

「わたしはいまの人生に満足している。そしてほかの猫は、関係ありません」

「なぜです?」

「猫だからです。わたしたちフェリスは、人間のように徒党は組まない。フェリスは誇り高き種族、おのれの力のみに頼り、一匹狼として生きる種族なのです。あ、いま、猫なのに一匹狼と言ってしまった。でもふざけて言ったわけではない」

「ふざけて言われたわけでないのはわかります。とにかく」

 京介が焼香台にこぶしをたたきつけた。

「もはや一刻の猶予もない。少なくともおれには、ユニクロオンラインそのものをたたき潰す口実ができた。貴子さん」

「はい」

「あなたやほかの猫がどう思おうが、おれたちは目的を果たす。格差の実態を調査し、世間に公表する。サブクエストとして猫も救う。そのあと『泊めてもいいな』と思ったら、そのときはおれたちを泊めるといい」

 貴子さんは耳を後ろ向きに立て、怒った顔で京介をにらみつけた。

「それはそうと、たいへんいい給食だった。ビーフシチューの礼もしたいのだ」

「なにをどう返礼されるつもりですか」

「頭のいいほうが説明する。色葉」

 色葉がパック牛乳を飲みながらうなずいた。ちょっと待ってろと指を立て、ごくりと嚥下し、パックをアルミのトレイに起き、それからかしこまって貴子さんに言った。

「ユニクローネ札はお持ちですか」

「持っていたと思いますけど」

 貴子さんは厚手のエプロンをぺたぺたとまさぐった。「あ、あった」とつぶやき、前ポケットに両手を突っ込んだ。

 色葉は5ユニクローネ札を受け取り、しわを伸ばし、ラノベ一同に見せた。表の肖像は元ファーストリテイリング代表取締役の玉塚元一氏だった。裏面には荘厳な中国の工場が描かれている。

「これをかき集めて、ユニクロオンラインを閉鎖に追い込むの」

「勝手な真似を」

 貴子さんがつぶやいた。

「わたしは満足していると言っているのに」

「失礼ですけど、満足されているようには見えないんです。あなたの怒り、そしてときおり見せる陰りのある表情も」

「こういうテクスチャーなのです」

「罪悪感では? 貴子さんは現状に満足している。でもほかの猫は不幸。先ほど、猫は一匹狼として生きる種族だと言われた。あえて言ったのは、ほかの猫を気にされているからですよね」

 貴子さんは5ユニクローネ札をひったくった。怒ったような表情でエプロンのポケットにねじ込む。なぜか京介をしばらくにらみつけたあと、焼香台をまわりこみ、金色に輝く仏壇を見上げた。

 色葉が貴子さんの背中に話しかけた。

「無能階級と呼ばれるユニクロオンラインのプレイヤーは、現実に仕事がない。このまま〈VR〉で稼ぎたい。だからわたしたちとは利害が対立する。調査に協力してくれるとは思えない。合理的に考えれば、そうなりますね?」

「石を投げられておしまいでしょうね」

「でもわたしたちがユニクロオンラインを閉鎖に追い込めば、イヤでもログアウトしなければならなくなる。さいたまに住む150万の人間が、都内に一斉になだれ込んでくる。世間は否が応でも気づく。そしてフェリスも、自由を得る」

 貴子さんは髪を揺らし、振り返った。

「具体的には、なにをどうされるつもりですか」

 色葉は春の牛乳瓶を手に取り、持ち上げた。

「麻薬の販売です」

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