第83話 やってはいけないサブクエスト

 交差点の角のガソリンスタンドは、〈ナール〉の言うとおりの外観だった。

 屋根は4本の柱に支えられ、心なしか斜めにかしいでいるように見える。たしかにボタンひとつで崩落しそうだ。コンクリートの舗装はひび割れ波打ち、給油ノズルのひとつが外れ、液を垂らしながら不穏に横たわっている。

 ガラス張りの屋内は、外から見る限り無人だった。ただし事務所には、トゲつき肩パットを装備したモヒカン頭の人たちが詰めているかもしれない。

 やはりユニクロの洋服が散らばっていた。

 数分後には崩落爆発炎上しているだろうなと色葉が思ったそのとき。

 どこからともなく少年があらわれた。まっすぐこちらに駆けてくる。裸足だ。あちこち擦り切れたボロを着ている。

 京介の前でピタッと止まり、グレーとクリームとホワイトが入り交じった顔で見上げた。

 目はアーモンド型で、白目が黄色い。耳が片方折れている。

 口を開き、切歯をのぞかせながら言う。

「ああ、助けてください! 追われているんです!」

「少年よ。見ず知らずの人間に助けを求めていいのか」

「そういうことは言わない約束でしょう」

「だれに追われているのだ」

「人間」

 京介は少年がやってきた方へ顔を向け、トゲつき肩パットを装備したモヒカン頭の人たちの襲来を待ち構えた。

「あそこにいるぞ!」

 あまりモヒカンらしくない声が聞こえ、どこからともなく3人の人間があらわれた。ライフルやバットは持っていないが、その代わり投石をはじめた。

「クソ猫! くさい猫!」

「助けて!」

 少年が肉球でしがみつく。石つぶてのひとつが京介の腕に当たった。

 怒りに震えながら3人組を見る。全員男だった。全員20代に見えた。そして全員、よれよれのプリントTシャツにチェックのネルシャツを羽織り、サイズの合わないケミカルウォッシュのジーンズを履いていた。ひとりは額にバンダナを巻き、指ぬき手袋を着けている。ひとりは丸めたポスターが何本も突き出した巨大な紙袋を手にしていた。

「戦うの?」

 色葉が計量機の影に隠れながら言った。

「あれが、無能階級労働者か」

「まちがいない。無能階級よ」

「なぜ言い切れる」

「猫をいじめるのは最低だからよ」

 京介は自らの体を盾に少年をかばい、後退しながら、投石をつづける人間をあらためて観察した。

 観察以前に破滅的なダサさが目について仕方なかった。

「戦っていいのか。おれたちは、やつらの味方なはずだろう」

「猫を救うのが先決よ!」

 つま先に石が当たった。山なりの投球なのでそれほど痛くない。背中で少年が震えはじめた。他者に存在を全否定されているという痛みは、身に覚えがある。肉体的な痛みに勝るとも劣らないものだ。

「やめるのだ!」

「なんだよ、おまえ?」

「さっきからここに立っていただろう。攻撃より先に前口上だ。それが〈バトル〉のルールだ」

 投石を再開した。ワンダリングモンスター扱いなのか、もしくはクエスト的にまだ情報を漏らす段階ではないからか。

 色葉が話しかけた。

「どうやって戦うの? また足をくじくよ」

「簡単だ。やつらの格好を見て、すぐに弱点が思いついた」

 京介は計量機まで後退し、少年を色葉に引き渡した。涙目で見上げる少年を、色葉は思わずぎゅっと抱き締めた。少年は色葉の頬を舐めた。つづけて京介も計量機の影に隠れ、背を預けた。

 かつかつと石が降り注ぐ。

「色葉。おまえが倒すのだ」

「えっ?」

 色葉の腕を取り、背中をぽんと押した。計量機の影から飛び出す。

 半身の体勢で顔をかばいながら目を上げ、3人組を見やる。

 次の瞬間、投石が止まった。

「あ、あ」

「お、お」

「おん、おん」

「女の子!」

 3人はくるりと背を向け、一目散に走り去った。

 色葉は京介に振り向き、「WHY?」と肩をすくめた。

「言わずもがなだ」


   ◇


「ああ、ありがとうございました!」

 少年は京介に抱きついた。黄色い目を細め、牙を剥き、笑みのようなものを浮かべて見上げる。

「感謝の言葉もありません! じつはぼくは3ヶ月前」

「次はどこに行けばいいのだ」

「会話をスキップしないでもらえますか」

 少年は生い立ちなどを長々と話した。スキップはできなかった。

「ということで、ここからちょっと行ったところに、斎場があります。セレモニーくさいたまホールという名前の建物で、そこにぼくたちの仲間がたむろしています。どことなく死を連想させる荘厳な石造建築風の外観ですので、すぐに目につくと思います。ぼくたちを人間どもから救ってください! それでは!」

 少年は走り去った。京介はしばらく追いかけてみたが、追いついてほしくないたぐいのNPCのようだった。

 何度かつまずいて転んだあとガソリンスタンドに戻って色葉と合流し、水飴のように柱に絡みついている春を救出し、ここからちょっと行ったところにあるという斎場へ向かった。

 敷地から出た次の瞬間、ガソリンスタンドの屋根が崩落し、床に落ちていた給油ノズルの先からガソリンがあふれ出し、落下の衝撃とともに火花が飛び散り、ガソリンに引火し、ハリウッド的に爆発炎上した。


   ◇


 少年はしばらくぺたぺたと県道を走り、小さな理容院に息せき切って飛び込んだ。

 長いローディングのあと、狭い店内が表示された。少年は2脚の理容イスの奥に呼ばわった。

「おじさん!」

 口髭を生やした顔色の悪い男が階段を降りてきた。

「おお、猫少年か。首尾はどうだ」

「かくかくしかじか!」

「そうかそうか、よくやったぞ。では褒美をやろう。なにが欲しい?」

「チーかま!」

「よしよし」

 男はリュックを外し、ごそごそかきまわした。

「そら、人間の食べ物だぞ。塩分たっぷりだぞ。たんと食え」

 チーかまを床に放る。

 這いつくばってぺちゃぺちゃと食べる少年を満足げに見下ろし、林はひとりごとを言った。

「これでぼくのシナリオどおり、事は運ぶだろう。猫はかわいいね。感情移入し、思わず助けたくなるね。猫の窮状を訴えたくなるね。『かわいそうな猫たちに愛の手を!』。はて、本来の目的はなんだったっけ。へ、へ。でも猫はかわいい。猫がにゃあと鳴くたびに、おまえらは人生を無駄に消費するのだ。人生の本来の目的から遠ざかるのだ。ああ、なんて示唆に富んだ提言だろう!」

 うさんくさい奇術師のように、大げさな身振りでパチンと指を鳴らす。

 食べかけのチーかまを残し、少年が消えた。

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