第81話 派遣社員までの険しい道のり エルフの真実

 長いローディングにうんざりしたあと、唐突に書店の店内が出現した。

 どこからともなく店員が出現し、驚いた様子でパースどおり駆け寄ってきた。

 店員は〈エルフ〉だった。

「あなたたち、ここは本屋よ! 一体なにをしに来たのです!」

「本を求めに決まっているだろう。おれたちはアルバイトを探している。求人誌はどこにあるのだ」

「ア、アルバイト、ですって?」

「なにをおののいているのだ。おれたちはこのリアル〈VR〉世界において、リアルに人生を生きているのだ。職がなければ、職を探す。金を稼ぎ、アパートを借りる。そして作家を目指す。これこそ人の営みだ。まあいい、勝手に探させてもらう。色葉、かかれ」

「サー」

「春はそのまま浮いているのだ」

「へー」

「ラ、ラノベの使徒が、まさか本屋に入ってくるなんて」

 と絶句する〈エルフ〉の店員は、明らかにノーメイクだった。肌は粉を吹き、地眉はヘンなところで途切れている。アイプチもサークルレンズも未使用で、瞼は腫れぼったく、垂れ気味の目尻にはカラスの足跡が否応なしに目立つ。〈エルフ〉も加齢には勝てないらしい。本来流れ落ちるべき蜂蜜色の髪もぱっさぱさで、毛先のキューティクルが完全に死んでいた。そしてトレードマークである、あの耳。艶がなく、長さも中途半端で、軽く爆発する髪の毛に半ば埋もれてしまっている。

 耳エクステも着け忘れるほどあわてていた、ということか。

 京介はVRフロムエーをぱらぱらとめくりながら、すっぴん〈エルフ〉に言った。

「ひとつ言わせてもらう。本屋に入ったくらいで驚くのはよすのだ。おれだって本屋くらい訪れる。そもそもラノベは本屋で買うものだろう」

「読みもしないくせに! 本屋はね、本を買うために訪れるんじゃないのよ。知的な自分を再確認するために訪れるのよ!」

「穿ち過ぎだ。全国10万人の本当に本を読んでいる人に謝るのだ」

 そのころ色葉は、知的に本棚を巡っていた。

 思えば1ヶ月、高校に通っていない。〈メイン〉の〈ヒロイン〉としての自覚に目覚めてからは、意図的に本を避け、勉強せず、難しいことも言わず、人権意識を捨て、若さと肉体的な魅力のみを武器に、みんなの動物的な性的興奮を煽ろうと努力してきた。もちろん、〈ヒロイン〉としては最低レベルだろう。みんなにアンケートを取るまでもない。そして不慣れなラノベをつづけていられるのは、岸田京介のモラルのおかげだ。自分の都合で押し倒し、胸に触り、〈着替え〉を強要するような男だったら、ここまでついてくることはなかっただろう。

 でも、まあ、〈着替え〉くらいならね。

 まさかね。

 いちばん目立つ通路の両側を、関東第一高校出版会の書籍がほぼ埋め尽くしていた。面陳され、平積みされ、手書きのポップは異様に気合いが入っていた。

 林たいら著の『南北問題は必然である』(関東第一高校出版会)を見つけ、思わず手に取った。あまりにインモラルな内容のため、リアル世界では即刻回収処分になったはずだ。当時の先進国による植民地支配および早期の外国資本の流入、天候に左右されがちな特定の一次産品生産・輸出に依存する発展途上国特有の経済など当たり障りのないトピックにはじまり、やがて南半球へ向かう見えざる重力という怪しげな理論が精緻なデータと合わせて展開されていた。

 南北問題が必然であるかどうかはさておき、学術書はおもしろい。日本の学力水準が上がるにつれ、専門書籍は売れに売れ、現在ではベストセラーのリストをほぼ独占している。喜ばしいことだ。そして売れているからには、目立つスペースに置く。本屋としては当然のことだ。

 だが。この例えようのない違和感はなんだろう。

 関東第一高校はまちがっている。現在の超高度教育政策はまちがっている。

 人為的に格差を起こすのはまちがっている。

 それが岸田京介以下われわれの主張だ。

 では人間は、本来的にバカであるべきなのだろうか?

 いちばん目立つ通路にラノベが平積みされるべきなのだろうか?

 そんな世の中でいいのだろうか?

 色葉はわれにかえった。本来の目的を思い出し、『南北問題は必然である』(関東第一高校出版会)を棚に戻し、レジ前へ向かった。ラックからVRタウンワークを引っぱり出し、めくる。ユニクロの広告ばかりだ。フリードリヒのルポは正しかった。

 これで〈フラグ〉が立つ。〈フラグ〉が立つことで、ユニクロ紡績工場に潜入できるようになるだろう。正しい流れだ。

〈エルフ〉と京介が飽きもせずにやり合っている。

「ふん! 糸も紡げないあなたたちのような田舎者、ユニクロ様は雇ってくださらないよ!」

「さいたまに田舎者呼ばわりされるいわれはない」

「工場へ行っても無駄だからね! 〈フラグ〉は1本だけとは限らない! だいたいにして、求人を見つけたから直接工場へ向かうなんて一体いつの時代だよって話さ! そうだろう? 広告を見たら、次はどうする? 電話でお問い合わせさ! そのお問い合わせするスマホはどこにあるんだい? 大門町1丁目の大門地下道ダンジョンの最奥に眠っているのさ! そして電話のあとは、職務経歴書と身分証明書を持参し、登録会に向かわなければならない! 身分証明書はどこで手に入ると思う? くさいたま市役所さ! 職員150名と〈バトル〉し、ようやく住民票を登録できるのさ! 派遣社員までの道のりはかくも長く険しい!」

 京介はふつうに返せず、口ごもった。

「くっくっく。いいぞ、すっぴん〈エルフ〉よ。そのまま岸田京介の〈フラグ〉を折ってしまえ」

「あなたたちなんて、せいぜい葬儀屋の仕事がお似合いさ!」

〈エルフ〉がハッと口を押さえた。色葉がハッと振り返った。

「なっ!」

 山野辺が都内某所で絶句した。

「ということは、次は葬儀屋に行けばいいのね? さすがはNPC、ヒントをありがとう」

 葬儀屋の広告を探すため、春も含め全員で店内の求人誌を片っ端から調べた。動かせるフリーペーパーに掲載されているのはユニクロの求人のみだった。

 京介が指示した。

「どこかにペーパーが隠されているはずだ。本棚に体の正面を向け、横歩きしながらひたすらボタンを押しつづけるのだ」

 やがて。

「おーっ?」

 奥のアダルトコーナーを物色していた春が言った。

「こんなーところーにー」

 春は宇宙飛行士のように本棚に貼りついている。触れるオブジェである本に両手両足でしがみつくことで、どうにか人型を保っている。

 色葉が駆け寄った。

「どこ?」

 春は男性器を生やした女性が表紙を飾る黄色い本をどかどかと抜き出し、にゅるりと奥に手を突っ込んだ。

「こーれー」

 色葉はエロマンガを視界から閉め出しつつ、冊子を受け取り、ぱらぱらとめくった。

「あった! 『納棺アシスタント ご遺族と故人を繋ぐお手伝い! 短時間◎ 正社員登用アリ』! ああ、なんて希望に満ちた文言なの」

〈エルフ〉がヒステリックに叫んだ。

「後悔するよ! 猫たちの窮状を訴えようなんて、夢にも思わないことだね!」

「猫がいるのね? 困窮しているのね? ルポのとおりに」

「はっ!」

「なっ!」

〈エルフ〉と同時に山野辺が絶句したが、当然だれの耳にも届いていなかった。

「展開づいてきた。さっそく葬儀屋へ面接に行きましょう!」

「身分証明書なしでも問題ないのか」

「所在地がマンションの一室だもの。捨てる神あれば、よ!」

「無駄なことさ! 採用されず途方に暮れているところ、通りかかったある少女が」

「この腐れNPCが! 腐れAIが! それ以上ヒントを漏らすな! 空気を読め!」

 京介が〈エルフ〉の前に立ちはだかり、告げた。

「ヒントはもういい。すっぴん〈エルフ〉よ、はやく奥へ行き、メイクをしてくるのだ。少年の夢を壊してはいけない」

〈エルフ〉は失われた上位古代語で捨てゼリフを吐き、事務所へ引っ込んだ。

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