第80話 展開をつくろう!

 なにも起こらない。

 京介一行は相変わらずくさいたまの住宅地域をさまよっていた。なにかが起こるのではないかと期待しながら、音もないのにさっと振り向き、怪しげな場所にわざわざ向かい、コンクリート塀を登り、窓ガラスに石を投げてはさっと影に隠れた。だがなにも起こらない。美少女どころか人影すらない。物音ひとつ聞こえない。動かせるオブジェクトはユニクロの洋服のみ。イベントといえば、京介が段差のないところでしょっちゅう転ぶことくらいだった。

 話題もなくなり、ただ歩くだけになった。

 京介は立ち止まり、色葉にささやいた。

「やはり見られている」

「さっきからそればっかりね」

「少女も登場しない。光る矢印も出現しない。キャラメイクすらできていない。いまのところ、ただのさいたま遊覧だ。おれは先ほどから、ステータス画面を出そうとしている。やり方を知っているのなら教えてほしい」

「つかれーたー」

「なぜおまえが疲れるのだ。こんにゃくのようにへろへろ漂っているだけではないか」

「それがいがいーとー、つかれーるー」

「その表情はなんだ。みんなが見ていることを忘れるな。もっと魅力を振りまくのだ」

「むりをーゆうなー」

「そうよ。春ちゃんはこんなだし、あなたはなにもないところでしょっちゅう転ぶし、なにより」

 色葉はぐうとおなかを鳴らした。

「おなかが減っている。リアルに」

「アリたんの言うとおりならば、このままではVR餓死だ」

 色葉が重要な指摘をした。

「空腹もそうだけど、なにも起こらない状況で、どうやってラノベをつづける?」

「ラノベどころではない」

「ラノベどころよ。退屈しきったみんなの顔が思い浮かぶようよ。みんなが飽きてスマホをいじり出す前に、なんとかラノベを展開しなきゃ」

「ではこれはどうだ。おまえ、笑うと結構かわいいじゃん」

「バ、バカぁっ!」

 色葉は慣れない様子ながら鼻背を中心に斜線つきで頬を赤らめ、右側の八重歯をむき出し、星を1個飛び散らせて叫んだ。

「あたくしーもーやるー」

 春はωの体勢で地面をゆっくりバウンドしながら、顔面の抵抗を高めた。湯気が出るほどかーっとし、頬をぷーっと膨らませた。

「ばかあーああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ」

 ほっぺたがおもちのように膨らんでものすごいことになった。

 あはは。なにその顔ー。

 10分ほどは気晴らしになった。

 そんなわけで深刻な空腹を抱えた一行は、ユニクロオンラインをさらに引っかきまわしはじめた。住居の敷地内に違法に踏み入り、建物のドアを片っ端から開けてみた。どのドアも壁と一体化していた。庭をぐるりと巡り、洋服以外の触れられるオブジェを探した。なにひとつ触れなかった。

 やがて幹線道路に出た。

 京介が歩道の段差で転んだ。

「そんなに虚弱体質だったっけ」

 色葉が引き起こしながら言う。

「とにかく、屋内だ。屋内ならば処理能力に余裕ができる。触れるリンゴなどが棚に並んでいるはずだ。そうしたらおまえは、いちいちおいしいと口にしながらしゃくしゃくとリンゴを食べる。食事と人気取りがいっぺんに可能になる」

「その入れる建物がないのよね」

 先の歩道に、チェックのフレアスカートが山盛りになっていた。隣にはレギンスが山盛りになっていた。隣にはキャミソールが山盛りになっていた。

 ユニクロはもうたくさんだとばかりに洋服を蹴散らしつつ、服の山に導かれるように県道を歩いた。足元の段差に注意しながら考える。〈VR〉餓死が先か、〈打ち切り〉が先か。なにも起こらない世界で、いかに展開をつくり出せばいいのか。

 京介はおのれの手を見た。

 本当にユニクロオンラインが「リアル」なのであれば。

 なにも起こらないなどあり得ない。

 管理者とはいえ、〈VR〉世界の隅から隅まで管理はできないだろう。なんらかのロジックに従い、自動で制御されている部分があるはずだ。

 逆になぜ、現実では常になにかが起こるのだろうか。

 そのとき。

「そうだ」

 思わず口走る。色葉が振り向いた。

「どうかした?」

「おれたちは、参加しなければならない」

「なにに?」

「この『社会』にだ」

「社会なんてどこにもないよ。洋服と、悪臭と、張りぼての建物ばかり」

「なにも起こらない場所を維持する必要があるのか」

「それはそうだけど」

「いいか。NPCは必ずあらわれる。少女は必ずあらわれる。そして導いてくれるはずだ。なんらかのクエストに乗っかれるはずなのだ」

「なにをどうやればあらわれるの?」

「ここがリアル社会だとしよう。おまえはひとりの人間としてなにを望む」

「自己実現」

「その前だ」

「価値ある存在だと認めてほしい」

「その前だ」

「コミュニティに参加したい」

「その前だ」

「安全の確保」

「その前だ」

「生きる」

「なぜだ」

「死ぬから」

「では生きるためになにをする」

「お金を得ようとする」

「金を得るにはどうする」

「仕事を見つける」

「そうだ。そのとおりだ」

「アルバイトでも探すの?」

「いや、仮に本屋は見つかっても、中へは入れないはずだ」

「なぜ?」

「〈フラグ〉が立っていないからだ」

「じゃあどうするのよ。結局どうにもならないじゃない。わたしたちは八方塞がりよ。わたしたちはなにもできないまま、〈VR〉世界でのたれ死ぬのよ!」

「そういうことだ」

 京介は歩道にゆっくりと腰を下ろした。落ちていたユニクロのフリースを拾い、丸めて枕にし、シャッターを背に横たわった。

「人生、八方塞がりだ」


   ◇


 京介の読みは当たった。

 17歳のホームレス3人が空腹を抱えて歩道に寝そべっていると、ユニクロオンラインのリアルAI社会が、哀れな者たちに救いの手を差し伸べはじめた。

 ひとりの少女がどこからともなく出現した。

 少し先で虚空からあらわれた事実には気づかないふりをし、京介は絶望を通り越した無表情を保ちつづけた。少女はときおり立ち止まっては遠巻きに見つめるというリアルな動作で少しずつ近づいてくる。3人は当初の計画どおり、話しかけられてもしばらく反応しなかった。

「体を壊しますよ、みなさん」

 京介は顔を上げ、うつろな表情を向けた。

「あの、これを」

 少女は京介に小銭を握らせた。こんな社会にだれがしたと言いたげな表情でうつむきがちに唇を噛み、でもわたしにできるのはこれだけといった風情で背を向け、神様どうかあの方たちをお救いくださいといった走りぶりで去った。

「まだだ。もう少し粘るのだ」

 粘っていると、別の少女があらわれた。

「ちょうど先の辻を曲がったところに、わたしの自宅があります」

 色葉はひび割れた唇を強調しながらうつろに見上げた。

「そろそろお夕飯ができているはず。父とふたり暮らしなのですが、いつもなぜか、シチューをつくりすぎてしまうんですよ」

 そして天使のように微笑んだ。


   ◇


 そのころ都内某所では、管理者の山野辺が「なにぃっ?」と絶句していた。歩道にすわって鮭のクリームシチューにがっつく2名と、宙に浮きながらストローで摂取するこんにゃくのような1名をモニター越しにしばらく見つめたあと、ハッとわれにかえり、動かせるオブジェクト一覧から鮭のクリームシチューをッターン!と削除した。手元からパッと消え失せたにもかかわらず、ラノベ一同はとくに驚いたそぶりも見せなかった。満足げに腹をさすり、再び歩道に寝そべる。するとすぐに3人目の少女があらわれた。

 エンターキーをッターン!としかけ、山野辺は思いとどまった。NPCは消せない。似非中世ヨーロッパ風の格好をしたあの少女どもは、すでに用なしだ。だがNPCどうしのリレーションすなわちAI関係が崩れることによってユニクロオンライン自体のバランスが崩れてしまう可能性がある。友人が旧ソ連のように突然消えたらだれでも不審がるだろう。

 そうこうするうちに3人目の少女は哀れな京介の前にしゃがみ、言った。

「いい17歳が、こんなところでなにやってるのよ」

 今度の少女は若干厳しめのようだ。

「仕事なんて、探せばいくらでも見つかる。あきらめちゃダメよ。ほら、あの先の辻を曲がったところに本屋がある。フリーペーパーをもらってきて、床屋に行って身ぎれいにして、明日からまじめに働くのよ。もし住むところが必要なら、ちょうどわたしの家の屋根裏部屋が空いているから」

「なんでだよ!」

 ラノベ一同はしばらくぼそぼそと話し合ったあと、重い腰を上げた。ついに働く決意を固めたようだ。本屋へ着き、3人並んで入り口に立つ。実際少女に話しかけられる以前は入れない建物だったのだが、いまは〈フラグ〉がビンビンにピンコ立ちしている。

 一行は書店に文字どおり消えた。

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