第74話 ガンダムとマクロス、すごいのはどっち?

 適切な瀉血(つまり不適切な医療行為)によって本気で失血死しそうな京介を乗せ、一ツ橋家の超音速旅客機マネシロアジサシは横田基地の管制官に嫌われたのでしょうがなく浦安国際空港に緊急着陸した。

 タヒチを発った機は、洋上をロマンチックに夜間飛行する。色葉はときおり窓の外に目をやりながら、『さいたまにおける労働階級の状態』(新日本出版社)を読んでいた。父が手紙つきで送ってきたのだ。

 著者はフリードリヒという父の雇ったドイツ人ジャーナリストで、岩波にしつこく持ち込みをして出入り禁止になったあげく、新日本出版社に拾われ、買い取りというかたちでどうにか出版にこぎ着けたらしい。ちなみに色葉も一ツ橋氏も知らないが中央大学國生剛治教授だけは知っている事実として、フリードリヒはタヒチから無事脱出していた。太平洋の赤道上に浮かぶ幅2キロ、長さ12.5キロのソーラーセル帆走筏船団が、失意の声を上げながら同じく洋上に浮かぶ共産主義者を発見した。日本とソーラー筏のあいだを往復するバッテリータンカーに拾われ、果たしてフリードリヒは一命を取り留め、再び日本の土を踏んだのだった。1日当たりの発電量は2400万キロワット時、100万キロワット級の原子力発電所の1基分に相当し、従来とは桁ちがいの規模で安定的な太陽エネルギーを供給するイノベーティヴな帆走筏船団が実用化されていなければ、いまごろフリードリヒはサメに食われるなどしてエコロジーな死を迎えていたことだろう。

 それはともかく。色葉はベッドで眠る京介に寄り添い、さいたまの実体を予習しながら、ときおり内容を語って聞かせた。自分自身の理解のためもあったが、とにかく話しかけていたかった。本気で死ぬかもしれないとは、やはり考えていなかった。

 ラノベだからだ。

「さいたまでは、無能階級と呼ばれる人たちが暮らしている。超高度経済成長をつづける日本において、労働力として必要とされていない人たちよ。そしてユニクロは関東第一高校の教師と手を組み、さらなる経済成長を実現させた。〈VR〉世界で働かせ、必要以上に金を与え、現実世界で消費させる。ユニクロはVR広告収入で利益を上げる。猫を低い地位に置くことで優越感を与え、さらなる消費に結びつける。まったく新しいビジネスモデルよ。社会に必要とされないのは悲しいことだけど、お金があればなんとやら。でも倫理的に許されるものではない。要約すると、こんな感じね。理解できた?」

 京介は白目で答えた。つまり理解していなかった。

「これからさいたまへ向かうからね。さいたまの窮状を実地でたしかめ、関東第一高校を告発するのよ。本の中で名指しされたんだから、イヤでも行かなきゃね。侍女の予言は正しかった。お風呂がどうとかとも言ってたけど、とにかく、『次はさいたまだ!』よ」

 空港ではすでに、一ツ橋氏と浦安公タカシ1世が到着を待っていた。色葉と春はタラップを駆け降り、それぞれ父を認めると、歓声を上げ、銃声と爆発音が響き渡る夜の浦安国際空港で感動の再会を果たした。なぜ銃声が響き渡っているのかというと、日本の関東地方から流れ着いた過激派ラノベ組織LSが浦安陸軍を相手に自爆テロ演習を行っているからだった。

 一ツ橋氏は四方八方からかすめる銃弾も気にせず娘を抱き締め、アッシュブラウンの髪にキスした。

「無事か?」

「うん! クソヤバかったけどね!」

 一ツ橋氏は眉をひそめた。

 浦安公は抱擁を解き、娘に言った。

「春。その頬の傷、とてつもない強敵だったようだな」

「チョベリバっした」

 浦安公は眉をひそめた。

 ふたりの〈大人〉は眉をひそめたまま顔を見合わせ、さらに眉をひそめた。

「言葉の乱れがひどい」

「一体だれの影響だ」

 そのとき。真の英雄として讃えられるべきラノベの使徒、アンダーアチーバー京介が、敏吾に肩を支えられながらタラップの階段を降りてきた。

〈大人〉の2対の視線は動く京介の顔面を正確に捕捉していた。

 京介は最後の段を降り、しかと大地を踏んだ。親友に礼を言ったあと、ふと顔を上げる。するとどうだろう、ラノベにもかかわらず、〈大人〉が2人も存在しているではないか。

 すっと目を細め、言った。

「なぜずっとおれをにらみつけているのだ。出番が欲しいのか」

「すでにかなり出ている。そしてきみの許可を得る必要はない」

 一ツ橋氏の言に、浦安公がうなずいた。

「きみが岸田京介くんか。噂には聞いているぞ。聞きすぎるほどにな」

「ようやく挨拶できる。さてさっそくだが、娘と付き合うにあたり、2、3質問をしたい」

 あまりに現実的な展開に、京介は顔を歪め、なれなれしく肩にかけられた手を振り払った。

「やめるのだ。ラノベに〈両親〉が出てはならない、これは基本中の基本だ。しかも〈ヒロイン〉の〈両親〉、だと? 多くは言わない。神の罰が下る前に、いますぐ退場するのだ」

「アッラーウアクバール!」

 後ろで大きな爆発音がしたが、だれも振り返らなかった。

「まあ、そう言うな。〈大人〉もかつては17歳の高校生だったんだ。あれを見ろ」

 浦安公が指さした。銃声と爆発音が響き渡る夜の空港に、巨大なシルエットが数体並んでいる。

 一ツ橋氏が言った。

「わたしたちは、きみのラノベの邪魔はしない。裏で好き勝手に登場するだけで満足だ。だが今後も出つづけるからには、きみとの接点が必要だ。でないとまるまる削除されてしまう」

「無理やり接点をこしらえるつもりなのか」

「手助けをさせてほしい。いいからあれを見ろ」

 京介はしぶしぶ「あれ」を見た。あらためて見るその光景は圧巻のひとことだった。並んでいるのは右からF-22ラプター、MH-53ペイブロウ、サリーン・S281、M1エイブラムスに似た戦車、サソリ型のなにか、地雷除去車、そして巨大な青いラジカセだった。

「好きな乗り物を選ぶといい。さいたまへは、徒歩での侵入は無理だ」

 もちろんラジカセは乗り物ではないが、あえてツッコミを入れるような無粋な者はひとりもいない。ただしラジカセの左には、デザイン的に毛色の異なる乗り物が並んでいた。手足を生やしたF-14トムキャットに似たヘンテコな戦闘機と、白い連邦のモビルスーツだった。

 浦安公は京介の肩を抱き、言った。

「人の好みをとやかく言うつもりはないが、おれはバルキリーをおすすめする。いまならアーマードパックも無料でつけてやるぞ。そして言うまでもなく、アーマードバルキリーは、かっこよすぎだ。そうだな?」

 一ツ橋氏が口を挟んだ。

「わざわざあんなヘンテコな戦闘機に乗ることはない。RX-78にしよう。男なら黙ってRX-78。燃えないやつは男じゃない。男ならわかるな?」

「日本はどこまでテクノロジーが進んでいるのだ」

「お父様」

「パパ」

 大きな少年たちの娘がそれぞれ声をかけた。

「どっちがかっこいいかはさておくとして、1人乗りじゃ意味がないの」

「そそ」

「あれをもらう」

 色葉は剣呑な輸送ヘリを指さした。明らかにふつうのヘリではなかったが、人様のネタでロボットバトルをするわけにはいかない。そのようなパクリだけは、決して、絶対にやってはいけないのだ。

〈大人〉ふたりは肩を落とした。

 そんなわけで感動の再会をつつがなく終えたラノベ一行は、次なるさいたまへ向け、乱れた若者言葉でぺちゃくちゃとしゃべりながら、アヴィニョン教皇庁を丸パクリした国際線旅客ターミナルへ向かった。

 立ち止まり、不穏なファサードを見上げる色葉に、春が言った。

「いろは。今夜はシンデレラ城に泊まるか」

「ううん。もっと静かで落ち着けるところじゃないと」

「では、ジョン・ハチソン研究所の最上階に来い。穏やかに養生できるぞ」

「さっそく行きましょう」

「京介、ちょっと悪に染まる、かも」

「え、なぜなの?」

「それはだねえ」

 残るふたりの父は、どちらも複雑な表情を浮かべていた。あの甘えた箱入り娘が、〈大人〉の顔色をうかがうことなく、許可も得ず、自らの意志で行動しているではないか。〈大人〉は互いの顔を見た。どちらもがっかりしたような、嬉しいような、寂しいような、複雑な表情を浮かべていた。

 一ツ橋氏が言った。

「タヒチへ行って、ひとまわり成長したようだな」

「もはや〈大人〉の出る幕なし、か」

「文字どおりな。だが、そうは問屋が卸さない。わたしたちは大人げない〈大人〉なんだ。これからもちょくちょく顔を出す。ニューヨークの売れない俳優のように」

「もちろんだ」

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