第61話 関東第一高校誕生についての関係省庁からの集中ヒアリングという名のリプレイ

(開催要領)

 日時 教化32年7月13日(金)21:00~

 場所 永田町合同庁舎7階 特別会議室

 出席

〈英雄たち〉

 一ツ橋達夫 一ツ橋家(ファイター)

 伊達美和子 関東第一高校 養護教諭(クレリック)

 松野タカシ1世 浦安公国 国家元首(シーフ)

 武井雅昭 前港区長(メイジ)

 上原アリシャ 株式会社電通スパムクリエイティブ(エルフ)

〈ゲームマスター〉

 前田嘉一 文部科学省初等中等教育局 局長

〈事務局〉

 川本正一 内閣官房地域活性化統合事務局局長 ほか

(配付資料)

○ 関東第一高校に関する有識者ヒアリングにおける有識者提出資料についての考え方




(リプレイ)

○一ツ橋 今日は夜分遅くどうもありがとうございます。

 それでは、さっそくセッションをはじめたいと思いますが、今日は上原アリシャさんにご参加いただいておりますので、まず伊達さんから、前回までの戦いについてご説明をお願いします。

○伊達 先に今日の冒険に至る経過をざっと振り返っておきたいと思います。

 資料でもお配りしておりますが、関東第一高校の誕生、という表になっている紙をお配りしてございます。

○松野 ジュースが足りないんじゃないか?

○上原 あ、わたし、取ってきます。

○伊達 あなたのために説明しているんですよ。

○一ツ橋 (指笛を吹く)

○伊達 サントリーに怒られますよ、一ツ橋さん。

○松野 いいね。ついでにピザハットも買収してくれ。

○一ツ橋 それは無理だ。ピザハットは娘のものだからな。

○伊達 (ふたりを無視して)関東第一高校の誕生のそもそもの経緯ですが。国家戦略特区は、みなさんご存じですね。政府は約20年前の教化10年3月28日、第4回国家戦略特区諮問会議において、「国家戦略特区」を正式決定いたしました。選ばれたのは、旧港区を含む東京圏(東京都・神奈川県・千葉県成田市)、関西圏(大阪府・京都府・兵庫県)、兵庫県養父市、新潟市、福岡市、沖縄県の計6か所です。

 特区の目的は、いわゆる「岩盤規制」の改革、およびそれに相当する抜本的な税制改革に、総理主導で突破口を開き、経済成長を実現するもの、とされていました。当時の安倍総理はダボス会議において、「既得権益の岩盤を打ち破る、ドリルの刃になる、向こう2年間、国家戦略特区では、いかなる既得権益といえども、私の『ドリル』から、無傷ではいられません」との方針を示しました。

○上原 特区を規制緩和のモデルケースとし、うまくいったら全国で実現する、そういった流れですね。

○伊達 そういうことです。スピード感と実行力、これがキーワードでした。ゆえに、さまざまなチェック機能をかいくぐるかたちで、関東第一高校のような異形が誕生したのです。

○上原 特区って、それ以前にもありましたよね。小泉改革時の「構造改革特区」や、民主党・菅政権時代の「総合特区」となにがちがうんでしょうか。

○伊達 それまでの特区は、地域の提案に基づき、国が決定する、つまりボトムアップ型の特区でした。規制緩和による、あくまで「地域の再生」が目的だったのです。国家戦略特区は、その名のとおり、戦略的に国全体の経済成長を目指すものです。地方でちまちまとやっても、国全体の経済成長にはつながらない。インフラも整っていない白紙の地域で、やりたいなら、じゃあおやりなさい、と言っても、なかなか成功しない。やる気もつづかない。そして成果についても、やる気がつづかなくて失敗したのか、規制緩和そのものに意味がなかったのか、どちらか判断がつきづらい。

○一ツ橋 国家戦略特区で措置された規制改革メニューのひとつが、公立学校運営の民間委託でした。義務教育を含めた公立学校は、皆様もご承知のとおり、さまざまな問題を抱えている。たとえて言うならば、コンビニのチェーン店のようなものです。教師が店長、というわけですね。オリジナルの弁当を置けば売上は上がる、だが本部は、勝手なことをするなと言う。同じコンビニの看板を掲げている以上、地域ごとに差があってはいけない。

 ちなみにわたしは当時、あくまで冷やかしで、国家戦略特区ワーキンググループの各種ヒアリングに参加したのですが、文科省さんは固かった。非常に固かった。よく納得されましたね。

○ゲームマスター(GM) わたしども文部科学省は過去にも、公立学校の運営の包括的委託の可能性について、中央教育審議会において検討した経緯があるんです。公立学校教育は、設置者である地方公共団体の「公の意思」に基づき実施されるものであること、入退学の許可や卒業の認定等の公権力の行使と日常の指導等が一体として実施されるもの(公権力の行使と単なる事実上の行為との切り分けが困難)であること、等を踏まえれば、これを包括的に委託すること(包括的に委託しつつ、なおこれを公立学校教育と位置付けること)は困難であるとの法制的整理がなされてきた。したがってこれまでは、公立学校については、公設民営化が認められてこなかった、というわけです。

○上原 つまり公立学校においては、文科省の指導・提案をもとに、画一的な学校運営をしなければならない。カリキュラムしかり、選定教科書しかり。

○GM 「画一的」というとわれわれが悪者みたいですが。あなたにお子さんがいるとして、ろくでもない私立学校に入学させたとしますね? 親御さんであるあなたは、そもそもどのようにして、その学校を「ろくでもない」「すばらしい」と評価するのでしょう? たとえばスーパーの野菜のように、ある程度でも明確に判断できますか、という話です。ろくでもない教師にろくでもない教育を受け、子供が分数もできないアッパラパーであることに気づいたときには、すでに手遅れ。そうでしょう? そのための「画一的」側面があることも理解していただきたい。

○上原 教育問題の難しさはわかっているつもりです。

○GM 公教育は、財源措置についても、憲法第89条により、公の支配に属しない民間主体には公金を支出することができない、という問題等がありました。これは国会でも議論されました。

○一ツ橋 「公の意思」うんぬんはともかく、このような突飛な前例は、今後の公教育のあり方、つまり混乱を招く恐れがある、ということですね。そして実際に、混乱は起きた。関東第一高校は、そもそもどのような経緯で、だれがなにをどうして、旧港区に誕生したのでしょう。

○GM わかりません。

○武井 原田め! やつがすべての元凶なんだ!

○一ツ橋 (武井を制しながら)当時の制度下においても、公私協力学校の設立は可能だったはずです。そうでしょう? なぜあえて、国家戦略特区だったのでしょう。

○GM 記憶にございません。ロールしますか?

○一ツ橋 (コロコロ)

○GM 成功です。構造改革特区による公私協力学校と公私協力方式の学校のちがいですが、ひとつは、校地・校舎等の必要な施設整備について、公私協力方式では一部を地方公共団体が貸与・譲渡するのに対し、特区による公私協力学校では、特区地方公共団体が無償・廉価で貸与・譲渡等を行えます。その一部を学校法人自らが整備することも可能です。

○伊達 校舎ヒルズです。

○上原 ヒルズにこだわったということですか。

○GM また毎年度の運営費は、学校法人の自己収入のみでは不足する分を、特区地方公共団体が補助いたします。そして設立認可に係る資産要件の審査も不要です。

○松野 記憶にござるじゃねーかよ。

○GM この冒険の成功は、ヒーローであるあなたたちの知恵と勇気にかかっているんですよ。

○上原 わざわざロールプレイングゲームをする必要があるんですか?

○伊達 (上原を無視して)一ツ橋さん、ワーキンググループは、特区指定後に旧港区からヒアリングをされましたよね。既存のメニューのほかに、区としてなにかやりたいことはないか、というようなことを。

○一ツ橋 そういう話はしましたよ。でも、当時の港区は、やる気がなかった。武井さん、ほんとはあなたにご出席いただきたかったのですが。企画経営部長なんかよこさずにね。

○武井 基礎自治体としては、そういう取り組みは難しいのです! 東京都さんのような広域自治体のようなものはべつだが、当時の港区は住民本位の福祉を目指した政策を行っていた。それに、こういう経済政策で日本の国の経済はこういうように進めてくださいというような立場にないかな、と思って。

○一ツ橋 (武井を指し)まさにこれと同じでした。

○上原 たしか当時の港区は、人口の約1割が外国人でしたね。国際学校のようなもののニーズはなかったのですか。

○武井 すでにいくつかの私立学校で、国際学級を導入していましたよ。すごく人気があった。むしろ日本人のお子さんを持つご家庭から入学志望が殺到して。

○上原 国際交流できますからね。ガイジンの子供と仲良くなって、うちの子供も英語ペラペラになるんじゃないかと。

○伊達 規制緩和をしたうえで、公立学校として、そのような学校を設置すれば、地域住民のためになるのではないですか。

○武井 とにかく、基礎自治体の立場では、区民の生活を第一に考えなければならないのだ! 勝手におたくは特区ですよと指定しておいて、案はないと言うと、やる気を出せと言われる。区民を放っておいて、国家の経済成長を考えろと? (メンバーを見まわし)なんだ、この流れは? まるでぼくが悪者みたいじゃないか! 悪いのは原田だ! ぼくは悪いことはしていない! いいこともしていない! なにもしていなかったんだ! ぼくは正しかった! そうだろう?

○松野 関東第一高校が悪とは決まっていないだろう。

○伊達 悪よ。

○松野 あんたのとこの森トラストが協力しなかったのはなんでだ?

○伊達 まちがっているからよ。

○松野 その結果が、保健の先生か。

○伊達 なんですって。

○一ツ橋 (ふたりを制して)区長が交代したあと、急転直下で関東第一高校の設置が決まった。わたしはそのころキツネ狩りで忙しかったので、詳細は知りません。

○伊達 なにがあったんですか、武井さん?

○武井 (押し黙る)

○松野 家族でも人質に取られてるのか、ん?

○武井 (首を振る)

○松野 まあいい。おれは、日本の将来などどうでもいい。日本国籍じゃないんでね。久々にゲームがしたくて、出席したまでだ。だが、日本の経済成長はとんでもないな! 実質GDPは10年平均で32%アップだ。教育と経済の関係はわからないし、統計的に有意であっても関東第一高校のおかげかどうかは知らん。だが、いまの日本の若いやつは、本当に優秀だ。バイオサイエンス分野でうちの専門家と技術交流をしているんだが、浦安じゃもうすぐ、リアル吸血鬼が実用化されるんだぜ! 結局、なにが悪い? 格差か?

○伊達 格差はなくならない。善に傾きすぎていることが問題なのよ。

○GM あなたたちの騒ぎを聞きつけ、何者かがやってきた。

○上原 (会議室のドアへ振り向き)なにも聞こえませんけど。

○伊達 わたしたちはダンジョンにいるのよ。

○上原 そうでしたっけ?

○GM 3体の人型が、暗闇からぼうっとあらわれた。

○松野 アンデッドだ。グールかな?

○GM 知っているかどうか、みなさんロールしてください。

○上原 (コロコロ)6です。

○GM 上原さんだけは知っていた。グールです。

○上原 あ、あれはグールよ!

○伊達 のってきたじゃない。

○一ツ橋 こいつらを倒せば、ついに関東第一高校誕生の秘密が明かされるぞ。

○GM いえいえ。まだですよ。ヒントを与えるだけです。

○上原 格差がキーワードなのね?

○伊達 3つともターンさせます。

○松野 1レベルでかよ? 無謀だぜ!

○一ツ橋 伊達さんを守りつつ後退する。

○松野 おれは逃げるぞ。メイジのおっさん、あんたもだろ?

○武井 ええ。アーマークラス9ですからね。

○上原 えっと、わたしは、どうしよう。

○GM みなさん、行動は決まりましたか? (しばらく計算したあと)お見事。伊達さんは3体ともターンに成功しました。

○一同 うおー!

○GM それではお答えします。まず関東第一高校は、エリート教育、英才教育を明確な目的としていた。同時に財界からの働きかけ、もっと言ってしまえば圧力のようなものもあった。関東経済同友会の「東京都に教育改革を望む」の中で、エリート教育、英才教育の実施を求め、「現状の公教育に限界がありこのような英才教育ができないのであれば、特区にて公立学校の民営化・民間委託を試験的に実施し、その展開をはかるべきである」とあります。ようは、教育と経済が手を組んだわけです。

○上原 教育現場への市場原理の導入。

○GM ええ。次に、旧港区の首長交代ですが。これは武井さんがもっともよくご存じでしょう。現区長の原田氏は、とてもまじめな方で。

○武井 まじめなものか!

○GM (無視して)工学博士と技術士の資格を持つ建築家、都市計画家でもいらっしゃる、非常に有能、かつ野心的な方です。どのように関東第一高校の教頭と知り合ったのかは知りませんが、相性はよさそうだ。

○武井 やつらはある日、区長室に乗り込んできた! 邪神の教団を思わせるおそろいのローブに、フードをかぶった男たち! やつらはわたしを取り囲み、まるで脅し文句のようにこう言った。「次の区長選、出馬するおつもりですか」と!

○伊達 なんて答えたんです?

○武井 「ええまあ」と。

○伊達 (ため息)

○武井 すると、身長3メートルはあろうかという男が、わたしの襟首をつかんで持ち上げ、「原田先生は、武井が辞めるなら出馬してもいいとおっしゃっておる」と言った! わたしは「そうですか」と答え、「なら、辞めちゃおっかな」などと冗談も言いつつ、場の空気を和ませようとした!

○伊達 結局、出馬されたのは?

○武井 (泣き出す)ぼくは辱められたんだ!

○上原 建築家である原田さんを擁立したのは、港区全域を高校にするというプランが当初からあったからなんですね。ちなみにわたしが通っていたころは、まだ校舎ヒルズ5本でした。そのころからすでに入学希望者は殺到していて、教室が足りなくて。お寺や公園で授業を受けたこともあったんですよ。

○一ツ橋 専門家ではないのでわからないのですが、教育と経済は相関するのですか。

○GM 20年前、関東第一高校が開校する前の日本は、あえてご説明差し上げるまでもないと思いますが、長らく経済が停滞していた。停滞ムードが蔓延していたため、子供に高度な教育を受けさせようという親も少なかった。私学に入れ、高い授業料を払っても、よりよい給料をもらえる保証がない。投資としての効果が期待できず、義務教育時点から子供の教育をあきらめる親すらいた。全体の学力はさらに低下し、さらに経済は停滞した。そういった負のスパイラルは、実際に起こっていました。

 関東第一高校の歩みは、教化12年、小さな1棟のビルからはじまりました。テストケースとして、当時の港区から中学生を募集した。入学料・授業料は公立高校と同一です。そして開校3年目、いきなり効果があらわれた。

○伊達 全員が東大に合格。

○GM 教育への期待感が変わるのに、そう時間はかかりませんでした。世の中のムードを変えた。言うなれば将来への希望ですね。「でも、うちの子は」から、「もしかしたらうちの子も」へ、意識が変化した。そして実際にそうなった。関東第一高校はその超高度教育で瞬く間に成果を上げ、また授業料その他費用負担も公立高校と同様ということで、当然のように入学希望者が殺到した。公教育に市場の原理を持ち込んだことで、関東の私立はおろか、公立高校まで次々と廃校に追い込まれた。

○一ツ橋 経済の活性化の起爆剤となった可能性がある。

○伊達 学力の劣る子供を犠牲にしてね。全員ではない。こんなエリート主義はまちがっている。

○上原 エリート教育を目指していた、と言われましたが、全員がふつうの生徒でしたよ。つまり、当時の高校生における「ふつう」ですが。恣意的な選別もなかったようですし。そしてなにより、本当に、全員が賢くなった。関東第一高校の教師は、優秀だとか、教え方が特別うまかったというよりも、いま考えれば、当たり前の教育をしていただけだな、と思います。わたし、スマホケースをアルミから削り出しで自作できるんですよ。市販のどのケースよりも正確にこしらえることができる。それはわたしに工作の才能があるからではなく、ただ単に、教わったからです。それが実生活に役立つかどうかは別問題ですが、以前の公立高校のカリキュラムは、まったく時代に追いついていない、硬直化したものだったとは言えます。ただ。

○伊達 ただ?

○上原 ただ、なぜこれほどの成果を上げられたのか。

○伊達 実際に教育を受けたんでしょう?

○松野 クスリかなにか打たれたのか?

○上原 勉強はものすごく大変でしたが、ふつうの高校生活でした。若いから吸収できたのかもしれません。いま同じことをやれと言われても、絶対に無理です。

○松野 まさに公教育の根本的な問題。やればできた、というやつかもな。あのころなら、そうかもしれない。友達とも遊ばず、アニメも見ず、ゲームもせず、恋愛もせず。しかるべき環境でひたすら勉強すれば、だれでもいっちょまえの頭になれるのかもしれない。「民主的」な同意が得られないのは言うまでもない。だがそれはどんな「自由」だ? バカになる自由か。教育は強制が伴うものだ。

○一ツ橋 (GMに)都の教育委員会は、定期的に監査・報告をしていたんでしょう? 妙な点などはなかったのですか。

○GM 法令等に則し、適正に行われていました。経済性、効率性、有効性も問題なく確保されていた。

○松野 殴って頭がよくなりゃ苦労はない。教師どもが優秀なのもあるが、これまでの公教育のレベルが低すぎたんだ。それだけのことさ。

○上原 ビジネスにおいても、そうです。日本は横並びを強いるところがありましたよね。日本人がひと山当てようとしたら、海外で起業するしかなかった。これは決して国民性ではなく、国のシステムに問題があるからだと思います。

○一ツ橋 税金の話か。わたしは60%も所得税を払っていた。だから日本人をやめたんだ。

○松野 おれもだ。

○GM (コロコロ)

○伊達 なんのチェックです?

○GM ワンダリングモンスターのチェックですよ。日本バッシングがはじまったようなのでね。(しばらくスクリーンの向こう側で計算する)だいじょうぶでした。さらにダンジョンの奥へ進みますか?

○一ツ橋 もちろんだ。

○松野 極端な所得の再分配は、日本を含む福祉国家の問題点のひとつだ。高所得者はクソみたいな税金でやる気をなくすし、低所得者は税金を払わず、それなりに暮らせるから、やっぱりやる気をなくす。税制度その他もろもろの制度は、いまも抜本的には変わっていない。だが日本国民は、この20年で変わったと思うね。アメリカナイズされたというよりも、なんというか、いまの日本の若い連中は、スマートだ。

○上原 結局、意識の問題だったと思うんです。戦後教育からの解放。「白人よりも劣っている」や「どうせ自分はダメだ」などと思っていれば、格差だ、国が悪い、きみたちは可能性を失われた世代だ、なんていう本を読むと、そうかな、と納得してしまう。

○伊達 底辺を見ていないから言えるのよ。

○一ツ橋 所得の格差は広がっているのですか。

○上原 いえ。再分配前のジニ係数は下降しているんです。中間層が底上げされたからではないかと。

○伊達 教育効果なの? そこをはっきりさせないと。

○上原 1954年以降の高度経済成長の要因は、資本の蓄積ではなく、全要素生産性の向上にあったと言われています。つまり、イノベーションですね。それによって、ネクストレベルの高生産性部門へ資源の移動が起きた、と。

○松野 (大あくびをする)

○上原 60年代の場合は、貿易自由化による技術流入が主な要因でしたが、今回はそれを国内で成し遂げた。超高度教育による人的資源の底上げによってです。円はいま40円台ですね。でも、アンドロイドや人工細胞技術に高いも安いもありません。まったく新しい財・サービスだからです。

○GM 各自動車メーカーは必死ですよ。トヨタのホバーカーは都市のあり方そのものを変えるでしょう。ホンダは代替現実施設事業を3年前から本格的に進めていますね。

○松野 キューブだろ。うちのジョン・ハチソンも協力している。

○武井 キューブってなんです?

○松野 (武井を小突き)起きてたのか。自分にスリープをかけたんじゃないかと思ったぜ。

○一ツ橋 映画の『キューブ』ですよ。複数の男女が理由もわからないまま、トラップ満載の謎の施設に閉じ込められ、というやつです。もちろん人は死なないが、キューブ内の体験は、どんなテレビドラマよりも刺激的だ。

○上原 広告業界も、もはやキューブ一辺倒ですよ。閉鎖空間内での経済活動、つまり外部とは一定期間完全に隔絶されますから、『アサヒは発泡酒売り上げナンバーワン!』と広告を打てば、より高い効果を見込めます。新たな市場どころか、未開のフロンティアです。あらゆる産業分野が注目している。

○一ツ橋 10倍もの物価上昇は、どう説明できますか。アクエリアス500ミリリットルが1300円でも、わたしはいっこうに構わないが。

○上原 景気上昇への期待が後押ししているのだと思います。実質GDPは物価の上昇と合わせて増加している。だから厳密にはインフレではない。国民全員が需要を維持している。消費の面においても、世界経済をまさに牽引しようとしている。

○GM 全員が賢いので、インフレに対する不安感もないと。

○一ツ橋 既得権者も、昨今の風潮で強いことは言えなくなっただろう。文科省さんも、義務教育を含めた教育制度の見直しを迫られている。

○GM ええ。大まかには、地域ごとの教育格差は構わない、といった流れです。法律は、憲法に反しないかぎりは、いくらでもつくれます。

○松野 出生率も増加しているんだろう。(伊達に)関東第一高校さまさまだな。教育はたしかに、経済を活性化させた。

○伊達 必ず揺り返しは来る。

○上原 たとえば?

○伊達 先ほどの税制度よ。仮に格差が解消され、全員が豊かになり、賢くなり、日本人の横並び意識がなくなりかけているのであれば、累進課税制度は撤廃の方向へ圧力がかかる。人頭税の導入だってあり得る。

○GM それはあり得ませんね。

○一ツ橋 伊達さんには申し訳ないが、この戦いは負けだ。やり方はどうあれ、結果が物語っている。いまさらバカになれ、〈青春〉を謳歌しろ、などとは言えない。

○伊達 ああ、やはり〈大人〉には無理なのね。いかに賢くとも、いえ、賢ければ賢いほど、世界を変えられるのは、京介くんだけ。

○松野 京介? どこかで聞いた名前だな。

○一ツ橋 わたしもだ。

○伊達 なぜ忘れてしまったの? 一体どうすれば〈打ち切り〉を撤回できるのか。

○上原 ちょっと待ってください。いま、なにか思い出しかけました。

○伊達 (身を乗り出して)かつての記憶ね? 岸田京介くんの〈サブヒロイン〉だったころの。

○上原 いえ、そうではなくて。(しばらく考えたあと)関東圏へ人口の流入が進んでいるはずですよね? ほぼ確実に教育の効果が望めるのであれば、仕事より子供の教育を優先させたいと考え、家族ぐるみで引っ越す家庭もあるでしょう。

○GM そのとおりです。

○上原 関東第一高校の生徒数は、たしか32万人。

○一ツ橋 それで?

○上原 少なすぎると思いませんか。

○GM 核心に近づいてきましたね。あなたがたはダンジョンの奥深くへ潜入し、ついにドラゴンのねぐらを発見した。

○松野 ドラゴンだって? こちとら1レベルなんだぜ!

○一ツ橋 待ってくれ。地下1階でドラゴンはおかしい。あなたも素人じゃないはずだ。

○GM いいえ。あなたたちはずっと、傾斜した通路を進んでいたんですよ。いまは地下5階です!

○武井 どのドラゴンかな。

○松野 そうだ。ホワイトドラゴンの子供なら、なんとかなるかもしれん!

○一ツ橋 ならない。ブレスを食らえば全滅だ。(GMに)ドラゴンの態度は?

○GM (コロコロ)眠ってはいません。態度は保留です。物憂げにこうべを巡らし、ときおりあなたたち冒険者へ目を向けている。その背後には、光り輝く財宝の山。

○松野 手ぶらで帰るわけにはいかないな。おい、おっさん、竜語で話しかけてみろ。

○武井 ええと。はじめまして!

○GM 途中立ち寄った村で聞いた噂によると、ドラゴンの宝には世界を変える力を持つ宝剣が眠っているという。

○上原 そうでしたっけ?

○GM 伝説に聞いたラノベノミクス3本の剣のひとつ、大胆な〈混浴〉政策ソードです。

○一同 大胆な〈混浴〉政策ソード?

○GM ラノベノミクスは日本を変える。見えそうで見えないというあの岩盤規制を打ち壊し、お風呂場における改革の本丸である〈湯気〉の緩和や撤廃をアクセラレートさせるのです!

○上原 湯気を撤廃すれば世界が変わるんですか?

○伊達 ラノベよ! 剣を手に入れれば、ラノベを復活させられるかもしれない! (GMに)わたしたち、ドラゴンの種類は知っていますか。

○GM ロールの必要はありません。ドラゴンはくさい息を吐き、あなたたちに話しかける。「さいたま」と。

○一同 さいたま?

○GM さいたまドラゴンです。

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