第60話 永田町合同庁舎7階特別宿屋『赤竜亭』

 上原は伊達に促され、麻生太郎がいたらどうしようなどと考えながら永田町合同庁舎7階特別会議室をのぞいた。麻生太郎はいなかったが、それでも上原は仰天した。むしろ麻生太郎に「やあ、はじめまして」と握手を求められるよりも驚きは大きかった。

 会議室というより、宿屋だった。

 いわゆる〈王道〉ファンタジー風の。

 床や内壁は不揃いの古木でできている。壁に触れた感じ、タイルではなく本物だった。ところどころ節くれ、ほらが空き、補強に補強を重ねた味わい深さを醸し出していたが、おしゃれな邸宅の壁面装飾材のようにも見えた。

 歩くとしっかりぎしぎし鳴った。

 テーブルは8点ある。カウンターも含め満席だった。いかにも地元の常連らしき薄汚れた木こりや農夫、鍛冶屋や炭焼男などがすわり、そして案の定、よそ者である上原にちらちらと目を向け、ひそひそと話し合った。奥の暖炉が赤々と燃えていた。いまは7月なので赤々と燃やす必要はないように思われたが、雰囲気の問題なのだろう。暖炉のそばには赤いローブを来た男性がすわっている。杖に寄りかかり、痩せた肩を苦しげに上下させている。

 とにかく全体的には、いかにも周囲を神聖な森に守られた谷間の村落に唯一存在する宿屋兼居酒屋っぽかった。いかにも『赤竜亭』などと書かれた古めかしい板きれの看板が表にかかっていそうだった。

 よく磨かれたカウンターの向こうに、主人と思しき太った男性と、看板娘と思しきアイリッシュの女性が立っている。〈王道〉の雰囲気に飲まれかけた上原は、ふらふらとカウンターに近づき、赤毛の女性に話しかけた。

「お水もらえます?」

 テーブルの一団がげらげら笑った。

 看板娘が日本語で言った。

「うちはビールかワイン」

「チョコバーかなんかありません?」

 常連客がよそ者に冷やかしの声を上げた。

「なんだよ、その格好!」

「姉ちゃん、どっから来たんだい? 『塵の平原』の向こう側からか!」

 なにがおかしいのか、全員がどっと笑った。おそらく蛮族が支配する『塵の平原』を超えるようなバカはいない、という意味なのだろう。でもそのわりに冒険者と呼ばれるヤクザ者がちょいちょいやってきては村人たちを驚かせるのだ。

 上原はすがるように看板娘にたずねた。

「ケータリングの方なんですよね? ちょっとまだ、慣れていなくて」

 腕を取られ、隅っこに引きずられた。

「雰囲気を壊さないで。その格好もよ」

 伊達はいつの間にか、純白のローブを身につけていた。先ほど傘立てから取り上げた簡素な杖を手にし、胸元にはいわくありげなメダルが鈍く光っている。化粧すら落としていた。

 たしかに雰囲気たっぷりだった。これぞ〈王道〉。

 ノーメイクの伊達が小声で言った。

「カウンターの向こう側、いちばん奥に台所の入り口がある。台所を入ってくの字に曲がると突き当たりにロッカーがあるから、そこで衣装に着替えて」

「これぜんぶ、国民の税金で?」

 いいから行けと背中を押される。

 上原は跳ね上げ戸を上げてカウンターに入り、小さくなりながら看板娘の背後を通り過ぎた。

 隅の戸口から台所に入る。中は台所だった。窯に火の気はない。角を曲がると、場ちがいな金属製のロッカーが並んでいた。なぜか清涼飲料水の自動販売機も設置されていた。

 ロッカーのひとつに「上原アリシャ様」と書かれたラベルが貼ってあった。

 中を開ける。ロビンフッドを思わせる衣装がハンガーに掛かっていた。

 上原は衣装を取った。

 どうせ小学生が劇で着るようなチャチな衣装なのだろうと思いきや、一式は布地から仕立からダメージ具合まで恐ろしいまでに本格的なものだった。上原はタグを探したが、どこにもなかった。オーダーメイドだ。こんなところにも国民の税金は有効活用されている。

 下着姿で周囲を気にしつつ、鹿革のズボンと旅人用のブーツをどうにか身につけた。サイズはぴったりだったが、とくにうれしいとは思わなかった。

 野暮ったい羊毛のシャツにベストを着け、ロッカーから矢筒と短めの弓を取り出し、肩にかけた。ナイフも本物だった。刃渡りは15センチ以上だった。

 ロッカーが並ぶ通路突き当たりに、姿見がたたずんでいた。

 意を決して近づき、ファッションチェックした。

 壊滅的にダサかった。

 やけになって髪をぐしゃぐしゃかきまわした。

 それからサイドに編み込みをこしらえた。せめてものおしゃれだ。


   ◇


 そんなわけで〈王道〉化を果たした上原は、おそるおそる台所から顔をのぞかせた。宿の主人や常連客が一斉に顔を向けた。そしてよそ者を見るような冷ややかな眼差しを向け、ひそひそと話し合った。ただし先ほどの冷ややかな眼差しやひそひそとは異なり、ある種の連帯感めいたものが感じられた。

「〈エルフ〉が人間の村になんの用だ」

 敵意ある視線を浴びながら、上原はカウンターを出て、静まり返る宿を見まわした。

 ひげもじゃの主人がイスから立ち上がり、カウンターの男になにごとかをささやいた。カウンターの男は立ち上がり、音もなく表へ出た。村の用心棒でも呼んでくるつもりなのだろう。

 暖炉のそばに、先ほどはなかったテーブルがしつらえられていた。赤いローブの男が、両手で杖にすがり、しかと顔を上げて、上原を見つめていた。表情はなく、だが目にはかすかな好奇心がうかがえた。

 上原は気づいた。

 元港区長の武井だ。

 こんなところで再会を果たすとは。

 武井が口を開いた。

「あなたも旅から戻られたのですね。ラノベの神のしるしは見つけられましたか?」

「ええ、あの、その節はどうも」

「あなたはぼくを裏切った」

「いえ、あのときは、わたしも必死で」

「いいでしょう。だがラノベの神は、ここでわれわれを再び引き合わせた。今宵、ここでテーブルに着き、大いなる邪悪についてトークをするために。ああ、ほら、ほかの〈大人〉の英雄もお見えです」

 扉が開いた。

 3人の男が警戒しながら入ってくる。村人はまたかよといった感じで振り返った。一見してよそ者だった。村人はまたかよといった感じで冷ややかな眼差しを向け、またかよといった感じでひそひそと話し合った。ひとりは戦士だった。時代がかった胸当てを身につけている。鎧は擦り傷とへこみだらけで、脛当ては左右不揃いだった。幾度も戦いをくぐり抜けてきたのだろう。

 というか、一ツ橋氏だった。

 連れは小柄で、明らかにうさんくさげだった。他人の財布と自分の財布の区別がつかなそうなタイプだった。うさんくさげな笑みを浮かべ、やあ諸君、といった態度で無遠慮に歩きまわり、3つほど財布を失敬した。

 浦安の国家元首がこのようなところでなにをやっているのだろう。

 もうひとりはスーツを着ていた。あの人も新入りだろうかと上原は思った。

 伊達が耳元でささやいた。

「GMよ」

「ゼネラルモーターズジャパンの方ですか?」

「あの文科省の役人が、関東第一高校の秘密を握っているの。テーブルに着いて。みんなでヒアリングするのよ」

 一ツ橋氏が近づいてくる。正面に立ち、紳士らしく頭を下げたので、上原は反射的に膝を折って挨拶を返した。それから名刺を交換した。松野は浦安の作法に則りセクハラ行為に及んだ。上原は頬を張った。文科省の役人は目を合わせなかった。

 全員テーブルに着く。上原以外がバッグから筆記用具とクリアファイルを取り出した。スーツの男はボール紙でできた衝立のようなものを手元を隠すように立てた。そこへアイリッシュの看板娘がやってきて、乱暴に皿を置いた。深めの皿にはチキンスープの代わりに各種ダイスが山盛りになっていた。

「それで、飲み物は?」

 一同はビールとジャガイモの代わりにジュースとミネラルウォーターのペットボトルを発注した。ポテチはどうだいと娘がたずねた。英雄たちは口々に、ポテトチップス、チョコレート、おかきなどの和菓子類を追加発注した。

 文部科学省初等中等教育局局長の前田が、スクリーンの向こう側から苦々しげな顔でヒーローたちに目をやる。

「時間が押しておりますので、すぐにセッションをはじめましょう」

 上原以外の全員が期待に胸躍るといった表情で気合いを入れ、ダイスを皿から取り、念を込めはじめた。

 壮大な冒険がいま、はじまろうとしている!

 壮大だが次節は少し難しいかもしれない!

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