第55話 大人のファンタジー

 保健の先生の運転するBMWが、国道246号を北東の方角へ進んでいる。

 上原は助手席にすわり、フロントガラス越しに都内の夜景を眺めていた。GAPのTシャツにジーンズ、くたくたのスニーカー。目を落とし、つま先を見つめる。胸に食い込むシートベルトを何度も調節する。酔いはとっくに覚めていた。

 車内は静まり返っている。保健の先生は、無表情で前を向き、悠々と運転している。まだ用件を切り出すつもりはないようだ。カーナビに目を向ける。目的地はこの周辺ではない。

 相手が女性とはいえ、誘われたからといってほいほいついていってはいけない。夜分に見ず知らずの人間とこのような閉鎖空間にいてはいけない。ティーンではないものの、リスキーであることはまちがいない。上原は駐車場で車に乗り込む際、理由を聞くまでは一歩もここを動かない、などと衝動的かつ海外ドラマ的に我を通しかけた。いつもやっていることだ。平均的日本人男子がおびえて逃げ出すガイジン・コミュニケーション。そこでふと気づいた。結局、自分で自分の首を絞めているだけなのではないか。都合のいいときだけ、西洋人を演じ、日本人を演じ、そうすることで社会において生き抜いてきた。たしかにハーフ顔の美人は、そういう意味では得をする。連戦連勝、勝率は相当なものだ。だが勝つたびに、なにかが失われていくような気がした。

 後家の2文字が頭をかすめた。

 上原は頭を振った。そもそも家を出るべきではなかったのだ。もちろん保健の先生だから信頼したわけではない。ではなぜ? 冒険心か? パーティーに向かっているわけでもないし、行く先に素敵な男性との出会いがあるわけでもない。そういえば、もう1年近く、男性とふたりで出かけていない。スーツの奥にひた隠しにしてきた動物の本能がささやきかける。年を取れば取るほど、性格はかたくなになる。腰まわりもかたくなになる。男運のなさを嘆くことすらなくなる。あとは世間体を気にし、なんとなく結婚するだけだ。

 冒険。そう、なんであれ、26歳は生き方を固める年齢ではない。先が見えないからこその冒険だ。ここはひとつ、流れに身を任せてみようじゃないか。上原は時計を見た。8時40分。明日の午前中は、仮想通貨の勉強会だ。欠席しても構わないだろう。なんなら金融経済学の知識を盾に、聞き分けの悪いガイジンを演じてやればいい。いつものように。上司や同僚の忌々しげな顔が目に浮かぶようだ。

 上原はため息をついた。

 ああ。生きていくって大変。

 ついでに美人も大変。

 大変なのよ。なにが大変なのかわからないくらいに。

 BMWはナビの指示どおり、宮増坂上交差点を直進した。ビル群が亡霊のように立ち並んでいる。国道246号は、いまは亡き渋谷区内に唯一残存する日本の道路だった。歩道に一般人の姿はない。許可なく途中で下車すれば、一ツ橋家の国道警備隊に威嚇なしで頭をブチ抜かれる。

 上原は、かつての渋谷区の夜景を思い出そうとした。若者の街、ファッションの街として田舎者の憧れだったシブヤは、17年前、指笛ひとつで金融恐慌を引き起こすと言われる謎の大資本家、一ツ橋氏によって買収された。ゴシップ紙によれば、ひとり娘の誕生祝いだという。金持ちの発想は理解できない。

 上原はわれにかえり、前に向き直った。さりげない調子でたずねる。

「それで、どこへ向かっているんです?」

 保健の先生は質問に答えず、しばらく考え込むように黙ったあと、言った。

「あなたは関東第一高校のOBよね?」

「はい」

「経済学の博士号を持っている」

「21歳のときに」

「それがなぜスパム会社の営業に?」

「いけませんか」

「スパムがいけないとは言わないけど」

「わたしのこと、ずいぶんご存じなんですね。有名人にでもなった気分ですよ」

「あなたは有名人よ。あの岸田京介くんの〈ヒロイン〉のひとりだったんだもの」

「先ほどから言われている、その京介くんですが」

 保健の先生は言葉をかぶせた。

「1ヶ月前、あなたは大手町にいた。〈メイン〉の座を狙おうと冒頭で登場するも、大いなる意志、神の意志は、〈大人〉のあなたを〈ヒロイン〉として認めなかった。その後、なかったことになりかけながらもしつこく再登場し、また岸田京介くんの好みのタイプだったこともあり、どうにか〈ヒロイン〉の座を手にした」

「わたしが、〈メイン〉」

「〈サブ〉よ」

「どっちも同じですよ」

「いいえ。〈メイン〉と〈サブ〉では雲泥の差がある。そしてあなたはいまも、〈ヒロイン〉になりたいと願っている。そうでしょう? 退屈な〈日常〉から抜け出し、冒険へ飛び出す。〈仲間〉とともに悪へ立ち向かい、ときに傷つき、ときに裏切られ、新たな〈仲間〉と出会い、または別れ、大切な人を失い、それでも希望と信念をもって突き進む」

「そんな無駄な会話をするために、わざわざわたしを連れ出したんですか」

「そう。〈無駄な会話〉。〈大人〉にだって〈無駄な会話〉はできる。〈ファンタジー〉だってできる。〈大人〉がただ疲れているだけだと思ったらおおまちがいよ」

 ドアウインドウの向こうにファミリーマートの亡霊が見えた。一ツ橋家の領地を抜けたら、生理現象でもなんでもいい、とにかく理由をつけて降りよう。決意とともにゴーストタウンを見やっていたつもりが、上原はいつの間にか、〈ヒロイン〉となった自分を夢想していた。

 車が停止した。表参道交差点だ。旧渋谷区を抜け、旧港区へ入ったようだ。右手には246沿いに、関東第一高校のこんもりとしたグリーンベルトがつづいている。渋谷区買収の際と同様、頼むから246だけは残してくれと国土交通省が関東第一高校に泣きついたおかげで、旧港区の赤坂御用地をはじめ国道246号から北側は新宿区に合併される運びとなったのだった。

 赤信号を見上げながら、上原は言った。

「それで、どんな〈無駄な会話〉を?」

「教育についてなんてどう?」

「それこそ無駄以外のなにものでもありませんね。猫の話よりちょっと高尚に思えるだけで」

「関東第一高校の超高度教育は、日本経済の成長に直接的な影響を与えたと思う?」

 上原は考えるふりをした。

「結果が物語っているのではないでしょうか」

「たしかに、関東第一高校の出現と日本経済の復活は、タイミング的に一致する。人的資本の急激な蓄積と、あらゆる産業分野の躍進。国際政治においても、日本は誇りを取り戻しつつある。歴史を正しく認識したうえでの、西洋流ではない、かつての日本としての誇りよ。高校は優秀な人材を次々と輩出し、いまや各界の若手著名人の経歴を聞けば、どれもこれも関東第一高校出身よね。宮城、神戸、福岡は、本気で2匹目のドジョウを狙いにきている。教育のために、区をまるごと潰す気でいる」

「すばらしいことだと思います」

「勉強に、成長に、競争。ゆとりのない世の中だとは思わない?」

「いいえ。わたしには小学生の姪っ子がいるのですが、のびのびしていますよ。押しつけではなく、自ら進んで勉強している。もちろんふつうの子供らしく、友達とも遊ぶし、ケンカもするし、男の子に恋もする」

「姉夫婦の家庭環境がいいからよ」

「OECDの学習到達度調査でも、32カ国中ぶっちぎりの1位でした。つまり、義務教育レベルにおいても、教育効果は波及しているんです。すばらしいことです。先ほど家庭環境とおっしゃいましたが、いまの関東の小中学生はまさに、兄や姉の背中を見て、勉強のなんたるかを知るんです。お兄ちゃんお姉ちゃんのようになりたい、と。そして実際に教えを請う。知っていますか? 関東の小中学校の教師たちは、半ば本気で自分の生徒を恐れている。教え子にバカにされまいと、必死で再学習している。教師としての尊厳を保つために」

「頭のよさは生まれつきよ」

「ここで『氏か育ちか』を持ち出すんですか」

「能力は遺伝的に決定されている。あなたも知っているでしょう。頭のよさは、教育でどうこうできる問題ではない」

「そのような考えはまちがっています」

「問題は、なにもかもが急すぎることなのよ。善であっても、いいえ、善であればあるほど、それは悪の温床となり得る」

「揺り返しが来ると?」

「そう。景気の波のようにね」

「いずれにせよ、わたしたちがどうこうできる問題ではないと思います」

「できるとしたら?」

 思わせぶりな言動のあと、まるで示し合わせたかのように信号が青に変わった。アクセルを踏む。女性らしい、小さな足だ。

 伊達が言った。

「関東第一高校は、革命的ではある。でも、『革命』だからこそ、まちがっている。だれかが正さなければならない」

「わたしたちが正すと? ちょっと、現実離れしていますね」

「これこそが現実なのよ。つい先日までは、ひとりの高校2年生が、関東第一高校の危険性に気づき、ラノベを手に高校に立ち向かっていた。でも〈打ち切り〉のせいで、志なかばで宙ぶらりんにさせられた」

「高度な総合教育を受けた高校生は、現に大勢いますよね?」

「それで?」

「経済成長に影響がなかったとしても、少なくともわたし個人は、関東第一高校に感謝しています。教育の価値を日々実感している。投資としても、シグナル的な価値としてもです。仮に実社会でなんの役にも立たなかったとしても、その『価値』は、わたし自身が知っています」

「本当に? 博士号を持つ才女が、どういった理由で高校生男子を追いかけまわしたの?」

 上原は言いかけた言葉を飲み込み、ゆっくりと言った。

「あなたが広告代理店をどのようにお考えかはわかりませんが、あのような高度で総合的な教育を受けていなかったら、いまの自分はないと断言できます。そう、勉強はつらかった。なにかを犠牲にした。それは〈青春〉なのかもしれません。でも、いまにして思えば、〈青春〉など必要なかった。いわゆるふつうの高校生活を送っていたら、いまごろはきっと後悔していたでしょうね。あの環境は、勉強がすべてだった。港区をまるごと高校にするというアイデアは、すばらしいと思いますよ。どこを見まわしても、気を散らすものはない。まさに物理的にです。勉強の苦しさが当然に思えてくる。人間は、環境によって習慣づけられる。刑務所と同じですよ。よい刑務所です」

「恋もせず、遊びもせず」

「恋愛なんて必要ありませんよ。それこそ、自分の人生を生きられず、不満を抱えた人々に与えられる、偽りの希望、楽しみ、生きる喜びじゃありませんか。逆におたずねしますが、すばらしい教育をいままさに受けている高校生に向かって、勉強をやめろとおっしゃりたいのですか」

「そのとおりよ」

「なぜです?」

「人間は、勉強をするためだけに生まれてくるわけではない。テストの成績だけで価値を判断されるべきではない」

 上原はいらいらしてきた。本気でそのようなお花畑を信じているのだろうか?

「テストはすばらしい指標です」

「テストの成績が『学力』だと?」

「そうですよ。頭のいい子は、テストの点もいい。統計にもあらわれています。相関があるんですよ。そもそも学力とは、そういうものでしょう」

「ほかの能力は軽視してもいいと?」

「もちろん、学力は価値の一形態に過ぎません。でもどの親も、子供にパンクロッカーを目指せとは言いませんよね」

「では学力偏重社会において相対的に落ちこぼれてしまった子は?」

「職に就き、労働し、能力に見合った賃金を受け取るでしょう」

「低い賃金をね」

「そのための国家でしょう。日本は、それほどバカだとは思っていません。その能力のなかで、この社会で、まさに憲法に保障されたとおり、『国民』として暮らしていける。それでいいじゃありませんか。個人の問題は、個人の問題です。いまの自分に不満があるのであれば、それこそ勉強すればいい。自分で自分を磨けばいい。国は怠け者の尻をたたくことはできない」

「そのとおりね」

「競争がなくならないのなら、生きているかぎりつづくのなら、若いうちから慣れさせておいたほうがいいでしょう。社会は厳しい。まともな大人なら、だれでもわかっている。そしてその厳しさは、戦いつづけているかぎりにおいての厳しさなんです。敗北を認めれば、もうだれにも追われずに済む。戦わずに済む。いじめられずに済む。負けつづけているかぎり」

「学力は武器というわけね」

「ええ。現代人の矛であり盾です」

「ツーハンデッドソード+1ね」

 上原は目をぱちくりさせた。

「なんです?」

「わたしの意見は、こうよ。人間、気づかないほうがいいこともある。社会は、さまざまな階層で成り立っている。医者や弁護士や消防士もいれば、ニートもいる。リストラ後にコンビニで働く中年男性もいる。それが現実。たしかに義務教育は必須よ。でもそれ以上の教育は、能力のある者だけがやればいい。中途半端に教育を受けると、中途半端に真実に気づく。それはその個人にとっては不幸なこと。ちがう世界など、夢見るべきではない」

「その考えは進歩の否定です」

「その進歩を望まない人もいるのよ。そのときどきの現実で、それなりに、なんとなく生きていければいい。そう考える人もいる。なぜそれがまちがっていると言えるの? その総体、それこそが『平和』と呼べるんじゃない?」

「どこへ向かっているんです? そろそろ教えていただけませんか」

「揺り返しは必ずやってくる。根拠もないし、非科学的なのもわかっている。でも揺り返しの先に待ち受けているのは、なんだと思う? ゆとりをはるかに凌駕する、一億総ラノベの世界よ。想像してみて」

 どうでもいいと思いながら同時に、上原は一億総ラノベの世界についてしっかりと考えていた。議論好きの悪癖だ。それから上原はふと、ラノベについてなにも知らないことに気がついた。すなわち、「ラノベ」とはなにか。

 だれか「ラノベはこうだ」と定義できるだろうか。

 関東第一高校では、文字どおりありとあらゆる分野、サーバーのハッキング方法からピーマンのおいしい食べ方まで学んだ。ラノベについて教わらなかったのはなぜだろう。履修しなかっただけかもしれない。10月で27歳になる上原にとって、高校生活は遠い思い出だった。

 伊達が言った。

「いまこそラノベは必要なの。たしかにラノベはクズよ。9割9分9厘がクズよ。資源の無駄以外のなにものでもない。そしてラノベの思想は、そのお気軽さゆえに、若者に誤った夢を与える。『おれでもできんじゃね?』とね。でも、クズだからこそ、いまの世の中には必要なの。世界の均衡は、保たれなければならない」

「世界の均衡。まるで〈ファンタジー〉みたいな物言いですね」

「〈トラック〉に轢かれるやつ?」

「いえ、そっちの〈ファンタジー〉ではなくて」

「そう。〈王道〉の〈ファンタジー〉よ。むさ苦しいおっさんばかり出てくる、色気のかけらもないゴリゴリの〈ファンタジー〉。ラノベはわたしたち〈大人〉には無理。でも〈大人〉には〈大人〉のやりかたがある」

「それで〈王道〉ですか」

「わたしは保健の先生だから、さしずめクレリックというところね。あなたはどんな〈職業〉を選ぶ?」

 上原は愛想笑いを浮かべ、前を見た。なんの比喩かは知らないが、冗談に付き合う気分ではない。

 伊達の表情は真剣だった。

「女騎士なんてどう? まちがったヨーロッパ中世史観の典型、〈ビキニアーマー〉よ。あなたのプロポーションなら、似合うと思う。でも、これだけは言わせて。〈ビキニアーマー〉はラノベの専売特許じゃない。世界共通のファンタジーあるあるなのよ」

「やっぱり帰ります。降ろしてください」

「目的地周辺です」

 上原をたしなめるようにカーナビが言った。

「そろそろ目的地に着く」

「一体どこなんです? ファンタジー世界への入り口とか?」

「ここがどこかわからない?」

 上原は左手の高架道路を見上げた。それから右手の高野豆腐みたいなビルを見上げた。午後9時前にもかかわらず、画一的な窓のほとんどすべてに明かりが灯っている。

 BMWは国道246号を右折した。白い伸縮ゲートのそばに、警備員らしき男性が立っていた。伊達が手を振ると、警備員は帽子に手を当て、会釈を返した。

 上原はふと気づき、ナビを見た。

「永田町ですか?」

 伊達はうなずいた。

「なぜ永田町なんです? まあ、異世界といえば異世界ですけど」

「合同庁舎7階の会議室を予約しているの。〈大人〉のみなさんは、全員集まっているはずよ」

「関東第一高校の問題について話し合うつもりですか」

「話し合いというか、トークね。みんなでテーブルを囲んで」

「テーブルでトーク?」

「わかった。あなた、〈エルフ〉をやりたいんでしょう? それならそうと言ってくれればいいのに。〈エルフ〉の姫君は女の子の憧れ、しかもノーブルグッドの〈エルフ〉なら、サブストーリーの恋愛イベントでも主役を張れるし」

「専門用語はやめていただけますか。頭痛がしてきて」

 BMWは緩やかな坂を下る。速度を落とし、歩道に乗り上げ、駐車場にもぐり込んだ。


   ◇


 警備員が合同庁舎の正面前の歩道をうろついている。伊達と上原が階段を3つほど登ると、当然のように声をかけてきた。小走りに近づき、言った。

「入られるんですか? 身分証はお持ちですか?」

 伊達は大学生みたいなプラスチック製のキャリングケースを開け、クリアファイルを取り出した。A4用紙が数枚挟まっている。

 通行証のようにファイルを向け、まじめくさった顔で言った。

「わたしはクレリックのアラモレル。鍛冶屋の娘です」

「そちらは?」

「上原です」

 警備員は怪訝そうな表情を浮かべた。

「いや、あなたが上原さんなのはわかりますよ。わたしは木下ですし。そうじゃなくて、身分を証明できるキャラクターシートはお持ちかと、おたずねしているんです」

 上原は伊達に顔を寄せ、ささやいた。

「どういうことです?」

「〈エルフ〉なんでしょ? シートの作成は後でいいから、とにかく名乗って」

 夜の永田町は、すでに闇に飲み込まれている。そのままで異世界だ。引き返すべきではないと上原は直感した。ここで退場すれば、なにかを失うような気がした。未来を恐れ、逃げ出した者がのちのち感じるであろう、永久に達成されないなにかを追憶する日々。

 上原はやけくそになり、胸を張って言った。

「わたしは、ローラ」

「えっ? ローラなんですか? そうは見えないなあ」

「ちがいます。ロー、ローラ、ドリー」

「ロリータなんですか?」

「ちがいます。ちょっと待ってください。ええと。ローラナ。そう、わたしはローラナです。そして〈エルフ〉です。〈エルフ〉っぽい名前ですか?」

 おうかがいを立てる。警備員の目がなぜか驚愕に見開かれた。

「ローラランサラーサ・カナン? あなたがかの、太陽の評議長ソロスタランの娘、クォリネスティの姫君であらせられますか!」

 上原は真顔で見上げ、言った。

「そうです」

「失礼いたしました。シートの提示はけっこうです。どうぞお入りください。エレベーターはホールをまっすぐ行った正面にありますので。20面サイコロはお持ちですか? ピザの出前を取りましょうか? 屋上にグリフォンを用意いたしましょうか? いや、それにしても、なんとお美しい。まさに太陽のようだ! あなたのお姿、お声を聞いただけで、希望が心に灯るようだ!」

「ご苦労様」

 ホールに入ったころには、すでに〈エルフ〉の姫君としての心構えができていた。

 警備員が声を掛けてきた。

「あ、そうだ、忘れてた。入館の目的は?」

 クレリックのアラモレル嬢は、傘立てから簡素な杖を取った。高らかに掲げ、エレベーターに向かう。

「目的はひとつ。世界を変えるのよ!」

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