第35話 無駄な会話の無限ループ(超無駄)

 結局クソの役にも立たない神託を受けた京介は、とりあえずふたりの〈彼女〉を引き連れ、上島ベローチェタリーズバックスコーヒー珈琲浦安店で疲れた心と体をリラックスさせることにした。

 通りに面したテラス席に着き、それぞれがコーヒーを手にしている。

 読みかけのペーパーバックがテーブルに置いてある。

 春が言った。

「ジャパンのレストラン、食後のグリーン・ティーは無料だと書いてた。本当か?」

「嘘よ」

 色葉が不機嫌に返した。テーブルに頬杖をつき、ストローを口の端にくわえ、ずずっ、ずずっと、アイスコーヒーを半自動的にすすっている。

 春は京介の膝の上に横すわりしていた。コーヒーをちゅーちゅーしながら、うっとりと京介の胸に頬を寄せている。

「パブリックスペースでべたべたしないで」

「アンドロイド、境界線ない。それを逆手に取り、あたくしは公共の場でいちゃいちゃする」

 これがほんとの機械学習。なんちゃって。

 色葉はアメリカ人のようにぐるりと目玉をまわした。

 京介は小さな春を抱っこしながら、1杯110浦安フラン(12500円)のコーヒーをすすった。目の高さまでカップを持ち上げ、ロゴを見る。スタバ人魚は上島とベローチェとタリーズに蹂躙され、滝のような涙を流していた。

 コーヒーショップの謎は、この際どうでもいい。

「このままでは、世界を変えることはできない」

 色葉はぷいと顔を背けた。

「なぜ不機嫌なのだ」

「わからない?」

「〈語尾〉はどうしたのだ。神の〈お約束〉に従うのだ」

「〈語尾〉をつければ世界を変えられるなの?」

「その調子だ。おれたちがラノベらしさを身につければ、教師もラノベらしく登場する。だからおまえは、真の〈ヒロイン〉らしさを学ばなければならないのだ」

「わたしの思想や良心の自由はどうなるなの? わたしは日本国民なのよなの?」

「憲法などの難しい話は控えるのだ。〈無駄な会話〉だ。忘れるな」

「あなたは学んでいるなの? かわいい女の子アンドロイドにべたべたされているだけじゃないなの」

「京介ー。すりすり」

「おれの顔を見ろ。これだけいちゃつかれながら、表情がめんどくさそうに保たれているだろう。これはかなりつらいことなのだ。おまえが思っている以上に」

「首尾は上々ってわけね」

「これからさらに上々になるだろう」

「だったらわたしは必要ないよね」

 京介の心臓がどくんと跳ねた。

「いや、ちがう。そうではない。おまえも必要なのだ。〈ヒロイン〉は複数人必要なのだ。春もべたべた、おまえもべたべた、そしておれはべたべたされながら、『今日も空が青いな』とつぶやく。これがラノベなのだ。さあ、いますぐ3人でべたつき合うのだ。奥でブログを執筆するノマドワーカーに見せつけながら」

「わたしはペットじゃない」

「みんなの願望を叶えてあげるのだ」

「あなたはそれでいいの?」

「それが〈主人公〉なのだ。おれたちの意志は関係ない。神の意志に従わなければならない。そうすればいずれ世界を変えられるのだ。おれは世界を変えなければならない。変えなければならないのだ!」

 色葉は静かに立ち上がった。京介を見下ろして言う。

「たしかにわたしは地味よ。そしてなんと言われようと、複数の女の子と一緒にべたべたするなんてことはできない。〈語尾〉も使いこなせそうにない。〈ヒロイン〉失格ね。でも、それがわたし。わたしはわたしなの。ありのままのわたしを受け入れられないのなら、もうついていくことはできない。さよなら」

 色葉はバッグをつかみ、背を向け、去っていった。

 京介と春は呆然と背中を見送った。

 GAME OVER


   ◇


 読みかけのペーパーバックがテーブルに置いてある。

 春が言った。

「ジャパンのレストラン、食後のグリーン・ティーは無料だと書いてた。本当か?」

「嘘なの」

 色葉が不機嫌に返したなの。テーブルに頬杖をつき、ストローを口の端にくわえ、ずずっ、ずずっと、アイスコーヒーを半自動的にすすっているなの。

 京介は1杯220浦安フラン(25000円)のコーヒーを見つめながら言ったなの。

「このままでは世界を変えられないなの。ラノベらしさを学ばなければならないなの」

 色葉は無視したなの。

「なぜ不機嫌なのだなの」

「わからないなの?」

「〈語尾〉はしっかりと使いこなせているようだなの。神の〈お約束〉に従っているなの。ラノベを所持・提供できない以上、世界を変える方法はこれ以外にないなの」

「なぜ地味ではいけないのよ?」

「〈語尾〉はどうした」

「このまま最後まで正気を保っていけると思う?」

「それがおまえなのだ。新しいおまえなのだ。『なの』込みで」

「世界を変えられれば、わたしのことはどうだっていいんだ?」

「世界が先決だ」

「わたしなんかいなくてもいいんだ」

 京介の心臓がどくんと跳ねた。

 答えなければならない。

 正直な気持ちを、いまこそ。

「おれは、おまえが好きだ」

「えっ?」

「一緒にいたいと思っている。だからおれに協力してほしい」

 そこへ構造的に空気の読めない春が唐突に後方宙返りでテーブルに飛び乗り、人差し指の指紋をびしっと向けて言った。

「京介。あたくしと結婚して、王子になれ」

「おれは王族の血筋ではない。おまえが一般人になるだけだ」

「では婿王子になれ」

「いいだろう」

 思わず答えると、色葉は静かに立ち上がり、京介を見下ろして中指を立てながら言ったなの。

「〈語尾〉なんて糞でも食らえよ。そのロボットと、死ぬまでにょろにょろ言ってなさい。さよなら」

 色葉はバッグをつかみ、背を向け、去っていったなの。

 京介と春は呆然と背中を見送ったなの。

 GAME OVERなの


   ◇


 読みかけのペーパーバックがテーブルに置いてある。

 春が言った。

「ジャパンの」

「ファック・ユー」

 色葉はファッキン不機嫌だった。テーブルに頬杖をつき、ストローを口の端にくわえ、ずずっ、ずずっと、アイスコーヒーを半自動的にすすっているファック!

 京介は1杯880浦安フラン(100000円)のクソったれのように高いファッキンコーヒーを見つめながら言った。

「このままでは世界を変えることはファッキンできない」

 色葉は無視した。

「なぜファッキン不機嫌なのだ」

「ファック・ユー・トゥー」

「今回の〈ループ〉はもはや〈語尾〉以前の問題だ。言葉が汚すぎる」

「なぜ地味ではいけないのよ?」

「世界を変えるためだ」

「世界を変えられれば、わたしのことはどうだっていいの?」

「世界が先決だ」

「ファック・ユー」

 京介の心臓がどくんと跳ねた。

 答えなければならない。

 正直でなくても、とにかく。

 場を治めるのだ。少しでも長くつづけるために。

 それが〈主人公〉なのだから。

「あ、こんなとこで」

 絶妙のタイミングで声をかけられ、京介は顔を向けた。スーツ姿の女性がテーブルに近づいてくる。だれかと思えば上原アリシャだ。鼻背に軽くしわを寄せるタイプの笑みを浮かべ、右手をひらひらっと振って言った。

「おひさー」

「おひさだ」

 色葉が特大のため息をついた。

「浦安に入国していたのか」

「そう。〈偶然ばったり出会う〉ためにね。調子はどう?」

 京介の頬に鼻先をこすりつけている春を見て、上原は言った。

「うまくいってるみたいね」

 つまらなそうに。

「いや。見た感じほど、おれの活動はうまくいっていない」

「児ラ法ね」

「一体どうすればいいのだ。教師は汚い大人のやり方でもって、おれを児童ラノベの所持および配布の罪で逮捕・拘留させ、勝利を収めるだろう。信者は法を恐れ、ラノベを捨て、再び勉学に励むようになる。そしておれも色葉も、ラノベらしさをなにひとつ身につけることができずにいる。どうすればいいのだ。おれはここでなにをやっているのだ。おれはただ、浦安で手をこまねき、上島ベローチェタリーズバックスコーヒー珈琲で女の子3人に囲まれ、コーヒーを飲むことしかできないのか!」

「わたしも『女の子』に入ってるの? いやん、うれしい」

 上原アリシャは発言のわりに無表情なハーフ顔を保ったまま、いそいそと席に腰を下ろし、店内に手を振って店員を呼んだ。オーダーを終えたあと、正面に向き直り、両の手で頬杖をつき、うっすらと笑みを浮かべながら京介を見つめた。パンプスを履いた片足が意味ありげに揺れている。

「今夜、ふたりきりで食事しない? 世界を変えるのは来週から、ってことにして」

 色葉が上原の死角で中指を突き上げた。

「そんな暇はない。あと18日で世界を変えなければならないのだ」

「どうやって? 逮捕されたら元も子もないよ」

「あきらめろというのか! ここまで来て!」

「方法はある」

「なんだ」

「その前に、約束。ね? あ、でもやっぱり、おばさんじゃイヤか。だよね」

「断じてちがう。26歳はおばさんではない。断じて」

「ほんとに?」

「アリたんラブだ。個人的には」

「ほんと? じゃあ方法を教えてあげる。言っておくけどこれ、17歳の女子高校生には思いもつかない方法よ」

 明らかに当てこすられた色葉は、10月で27歳になる上原アリシャを静かに見つめた。

「児童ラノベの定義よ。いわく、『児童ラノベ』とは、文庫又は四六判に係る一見小説のように見える媒体、でしょ?」

「どういうことだ」

「電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるもの)よ」

「どういうことだ」

「電子書籍よ。デジタルでの配布なら、『児童ラノベ』には該当しない。まき散らし放題よ」

「そうか」

「そうよ」

「その案、気に入ったぞ。さすがはアリたんだ」

「じゃあデートね」

「いいだろう」

 思わず答えると、色葉は立ち上がり、京介を見下ろして言った。

「ファッ」

 京介は急いで腰を浮かせ、さっきからファックファック言い過ぎの唇を手でふさぎ、中指を立てかけた手を握りしめ、ぐいと引き寄せ、気づけば力の限り抱きしめていた。

「あっ」

 むにゅ。

 京介は耳元でささやいた。

「おまえが好きだ」

「えっ?」

「あたくしは?」

「おまえも好きだ」

「じゃあわたしは?」

「おまえも好きだ。全員好きだ。分け隔てなく」

 春と上原アリシャが顔を見合わせた。

「おまえ、節操、なさすぎ。あたくし、さよならする」

「わたしも」

 春と上原は同時に立ち上がり、それぞれの方向へ去っていった。

「これでまた、ふたりきりになれたね」

 色葉は京介に抱きつき、頬にちゅっとキスした。

 ある意味Happy end


   ◇


 読みかけのペーパーバックがテーブルに置いてある。

 とりあえず京介は読みかけのペーパーバックをつかみ、真っ二つに引き裂いた。つづけてなにごとかを言いかけた春の口を手のひらでふさぎ、シリアルキラーも顔を青ざめさせる剣呑な目つきで耳元にささやいた。

「食後のグリーン・ティーは無料だ。話は終わりだ」

 被害者女性としての春は、恐怖に目を見開きつつ何度もうなずいた。

 スマホが震えた。

「わがしもべよ。なぜ〈ループ〉を解除した?」

 京介は荒く息をつきながら答えた。

「これほどまでに無意味な疲弊ははじめてだ。やはりおれは、おれのやり方でやる」

「逆らうのか。このおれをだれだと思っているんだ、ん? いや、言わなくていい」

 京介は大塚先生と答える代わりにリュックからラノベを取り出し、通り向かいの建物めがけて思い切り投げつけた。

 スマホを構え直し、天を見上げて言った。

「神よ、見えているか! おれと、3人の〈ヒロイン〉の姿を!」

 神は答えない。京介は右に春、左に色葉を従え、通りの前方10メートルをこちらに向かってやってくる上原アリシャの姿を捉えながら、なおも浦安の空に叫んだ。

「これがおれたちなのだ! おれたちなりのラノベなのだ! そして敵が〈敵〉らしくあらわれないのであれば、〈敵〉らしくない敵を倒すまでだ!」

 神が押し殺した声で言った。

「岸田京介。二度は言わない、いますぐラノベを拾ってこい」

「断る」

「この場で〈打ち切り〉にしてやってもいいんだぞ」

「だが断る」

「もう一度言ってみろ」

「だが断る」

 放送事故のような無音状態が10秒ほどつづいた。

 京介は不安になって話しかけた。

「なぜ黙っているのだ」

 神は突然、くつくつと笑い出した。笑い声はやがて大塚明夫似の高笑いに滑らかに変化した。

「わが忠実なる僕よ! ようやくラノベらしさを身につけたな!」

 おひさーとやってきた上原アリシャに手を振りつつ、京介は戸惑いながら言った。

「おれがなにをしたというのだ」

「おまえさっき、なんて言った?」

「おれはおれのやり方でやる、と」

「そのあとだよ」

「『断る』と言った」

「その次だ」

「『だが断る』と」

「もう一度言ってみろ」

「だが断る」

「いい!」

 神は感極まったように叫んだ。

「いい! いいぞ! なんて耳に心地よいラノベゼリフだ! みんなの笑顔と共感が目に浮かぶようだ! さすがはおれの見込んだ男だ! きっと〈主人公〉らしさを身につけると信じていたぞ!」

「いまのどこが〈主人公〉らしさなのだ」

「考えてみればおまえらは、ゼロからはじめるラノベ生活だった。時間がかかるのも無理はない。おれもちょっと、大人げなかったかもしれない。だからここらでひとつ、仲直りだ。な?」

「いいだろう」

「ラノベを拾ってこいよ」

「だが断る」

「調子に乗って使いすぎるなよ。とにかく、ラノベも学校の勉強も、日々これ実践、反復練習あるのみなんだ。ところでひとつ前の〈ループ〉にあった電磁的記録とはなんだ」

「ラノベを電子書籍化し、関東第一高校の高校生全員に配布するつもりだ」

「だからそういうのはやめておけと言っただろう。全然ラノベらしくない。敵の思うつぼじゃないか。ああ、そうだ、いい考えがある」

「コーヒーはしばらく控えたいのだが」

「ちがう。おまえはわずかながらも〈主人公〉らしさを身につけ、使徒としての資格があることをおれに証明した。だから新たなる〈お約束〉を授けよう。言っておくが、こいつはこれまでの〈お約束〉とはレベルがちがう。次元そのものがちがう」

「それで世界を変えられるのか」

「この〈お約束〉によって、おまえらは完全にラノベ化を果たすだろう」

「新たな〈お約束〉とはなんだ」

 神は再び放送事故のように黙り込んだあと、言った。

「〈下手な料理〉だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます