第34話 敵の敵らしさ そしてさらなるラノベらしさ

 百聞は一見にしかずという点では、現在の浦安公国もかつてのディズニーリゾートも同様だった。楽しいと感じるかは人それぞれという点でも同様だった。

 史実にあるように、ロックスター・ゲームスとの同盟は、たしかに浦安に平和をもたらしはした。ただし平和の定義をものすごくせばめたかたちでの「平和」だった。つまり、平和だと思わない人間がだれひとり寄りつかないという意味で、情勢は極めて安定していた。

 京介と色葉は国賓として、京葉線新春ちゃん駅で浦安国民の歓迎を受けた。駅職員を含む全員が満面の笑顔で、火器またはバットを持ち、ある者はイタリアンマフィア風のスーツを纏い、ある者は売人風のフードをかぶり、ある者は汚職警官風の制服を着ていた。

 歓迎の証として車のキーと無免許運転許可証をもらい、改札を抜けた。車はすでに盗まれていた。北口から入船交差点へ徒歩で向かう。交差点にたどり着くまでに色葉は3回スリに遭い、京介はスニーカーを両足とも強奪された。スマホが着信したのでメッセージを確認すると、ショベルカーを盗んだあとみずほ銀行浦安出張所に突入してATMを奪い美浜二丁目の若潮公園まで運んでこいという謎の指令が書かれていた。

 かつてシンボルロードと呼ばれた『春ちゃん通り』の角に着いた瞬間、信号機と街路灯をなぎ倒しながら黄色いタクシーが目の前を駆け抜けていった。タクシーは通行人を轢き殺しながら蛇行を繰り返し、美浜交差点を直進し、東京湾岸道路へつづくインターチェンジを逆走し、なぜか設置されていたジャンプ台からジャンプし、国境を越え、市川市上空を横回転しながらしばらく舞ったあと、ハイタウン塩浜49号棟に頭から突っ込んで爆発した。

 轢き殺されたはずの住民がなにごともなかったように立ち上がり、再び歩道を右往左往しはじめた。

 春が京介に言った。

「あれ、キャスト」

「ロボットなのか」

「かつてのディズニーリゾートでは、あのようなサービスドロイドが働いていたの。轢かれる通行人役で、パパが雇い直した」

「ディズニーとは一体なんなのだ」

「知らないほうがよろしかろう。人間、知らないほうがいいこともあるのよ。それより謁見の準備。洋服の青山でスーツ買うぞ」

「申し訳ないが、謁見はできない。おれは立場上、〈大人〉と会うことを許されていないのだ」

「ではぶちゅー」

 ぶちゅー。

 色葉がぶちゅーを引き剥がして言った。

「いまはそれどころじゃないでしょ。児童ラノベよ。明らかにあなたを狙った法律よ」

「ほとぼりが冷めるまで浦安に潜むのだ」

「法にほとぼりもなにもないの。それに、信者が見せしめで逮捕される可能性もある。いつまでもあなただけ隠れているわけにはいかないのよ」

 マシンガンの音が先のブロックから聞こえてきた。近くにいたキャストがとおりいっぺんの悲鳴を上げている。

 非難できる安全な屋内を駆け足で探しながら、京介が言った。

「信者にラノベを捨てるよう勧告しよう。申込用紙の控えがあったはずだ」

「それはムハンマドがイスラームにコーランを捨てろと言うようなものよ。あなたはラノベの使徒なんでしょ? しっかりして。そして対策を考えるの」

 京介はお母さんに怒られた8歳児のようにうつむいた。

 明らかに銀行強盗らしき3人組が目の前の路地から通りに駆け出してきた。最後尾を走る男がラノベ一行の目の前で性格の悪そうな女に撃ち殺された。

 3名は元来た道を引き返した。春ちゃん通りに戦車の影が見えた。

「神の意をうかがおう」

 砲弾が炸裂する音を聞きながら、京介はスマホを取り出し、電話した。

 ひとくさり話し終えると、神は大塚明夫そっくりの声で「ふうむ」と唸った。

「なるほど。そいつは困ったな」

「弁護士でも雇うか」

「いや、そっちの話じゃない。あらかじめ言っておくが、法廷ものなんかはじめたらクビにするからな」

「なにを懸念しているのだ」

「どうも敵が〈敵〉らしくないと思ってな。議員に働きかけて法案を国会に提出させるような〈敵〉がどこのラノベにいるんだという話だ。そうだろう? なぜ関東第一高校の先生どもは、邪悪なオーラを纏って哄笑しながらおまえの眼前に立ちはだかったりしないんだ」

「先生だからだろう」

「おれが思うに、敵が〈敵〉らしくないのは、おまえが〈主人公〉らしくないからだ。だからおまえが〈主人公〉としての真の立ち振る舞いを身につければ、教師も空気を読み、ラノベの〈敵〉らしく登場するはずだ」

「理屈はよくわからないが、〈主人公〉らしさとは具体的になにを指すのだ」

「おまえはな、少し男前すぎるんだ。まっすぐすぎる。竹を割ったような性格すぎる。言動に筋が通りすぎている。もっと斜に構え、屁理屈をこね、実績もないのに悟り切った態度を取るんだ。すべてにおいてめんどくさそうに振る舞うんだ。常に不機嫌そうな顔をするんだよ。ただ窓際の席で頬杖をつくだけでは、真の〈主人公〉とは呼べないんだぞ」

「だがそれはおれではない」

「一ツ橋色葉にも責任はある。なぜもっとおまえを振りまわさないんだ。なぜ暴力をもっておまえを支配しようとしない。なんなんだ、あの常識的な立ち振る舞いは。なぜせっかく授けた〈語尾〉を使わない。一ツ橋色葉は一体なにを気にしているんだ」

「人間性だ」

「とにかく、おまえらがラノベらしさを身につければ、教師もラノベらしく立ちはだかる。まちがいない、おれを信じろ。それにおまえだって、法だのなんだのはイヤだろう? おれもイヤだ。調べものがめんどくさいんだよ。互いに〈技名〉を叫びながら殴り合ってもらうほうが楽だ。そのほうがみんなも喜ぶしな。そうだ、いい考えがある」

「なんだ」

「コーヒーを飲め」

「なぜだ」

「まずはリラックスして、それからラノベらしさの特訓だ。延々と〈無駄な会話〉をつづけ、ラノベを心と体に刻み込むんだ」

「刻み込む時間はないと思う。見せしめで信者が捕まる可能性があるのだ」

「時間がなければつくるまで」

「そんなことができるのか」

「おれをだれだと思っているんだ、ん?」

「大塚明夫大先生だ」

 神は不機嫌にガチャ切りした。

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