第33話 浦安公国 徹底解説

   浦安の地理


 東京湾の奥部に位置する浦安公国は、西は江戸川を挟んで江戸川区と向かい合い、北は市川市に接しています。

 浦安公国の面積は2586平方キロメートルで、このうち旧浦安地方は828平方キロメートル、旧ディズニーランド地方は1758平方キロメートルを占めています。

 浦安の最大の魅力は、夢と魔法、そして暴力と狂気とが調和した脳が弛緩するほどの非現実的ゲーム体験です。国土は年々肥大化し、昭和40年に着工された第1期埋立事業から現在は第54期埋立が行われており、埋立地は東京湾を東西に二分する勢いでアクアラインを突破し、2032年には湾外へにょろにょろと這い出す予定となっています。


   国名の由来


 浦安の名称は、1979年頃にウォルト・ディズニー・プロダクションズと交わされた契約書にはじめて登場します。「浦」は心、「安」は安らかで、「心やすらかな民の住む国」を意味し、一時期は日本書紀の第三巻、神武紀の一節にある「昔、伊弉諾尊、この国を名付けて曰く、日本は浦安の国」から日本国の美称を意味するのだと後づけで伝えられたこともありましたが、これは完全な嘘です。

 浦安伯爵家はシンデレラ城を足がかりに領土を拡大し、20世紀の終わり頃には、「『東京』ディズニーランド」の名称を逆手に取り、事実上東京湾を支配するようになりました。


   浦安の歴史


 1981年、浦安家のヨシオ7世は選帝侯によって王に選ばれ、1995年にはフロリダの教皇特使によって神聖ディズニーランド帝国の皇帝を戴冠しました。ヨシオが体調不良を理由に王を辞職したあと、ヒデキ4世が1998年に浦安伯領を公国に昇格させました。

 2017年、皇帝エツシの死と共に、浦安家の男系の血は途絶えます。そして2021年、無所属新人の謎の大資本家、松野タカシ氏(44)が、非モテ男子を中心に組織された200万の私有軍を率い、ディズニーランドおよびディズニーシーを掌中に収めます。松野氏はとある理由により、ディズニーが大嫌いでした。グーフィーは保健所に送られ、プーさんは糖尿病治療施設に収監され、ドナルドダックは羽をむしられ、ミッキーマウスは園内で公開処刑されました。ミッキーは断頭台の露と消える最後まで、かぶりものを取ろうとしなかったと伝えられています。


 独立国家の誕生


 2021年のディズニー帝国の崩壊は、日本経済に影響を及ぼしました。同年、日本テーマパーク協会は公会議を開催し、浦安公国の野望を阻止しようとします。

 そのころ浦安公タカシ1世は、嫌がるシンデレラを脅したりすかしたりし、どうにかベッドインから結婚へとこぎ着けました。ディズニーの女キャラクターはほかにもいましたが、アリエルは足が魚なので眼中にありませんでした。白雪姫はヘアスタイルが気に入らず、ジャスミンとは言葉が通じず、眠れる森の美女は寝てばかりでコミュニケーションにならず、ラプンツェルは好みのルックスでしたが若すぎるうえ金遣いが荒いことが判明し、やっぱりシンデレラ最強伝説に落ち着いたのです。

 シンデレラ城で一方通行の甘い新婚生活を送りながらも、テーマパーク連合軍の動向はちゃんと気にしていました。浦安公国はロックスター・ゲームスと軍事同盟を結び、非モテ男子軍は偉大なる自動車泥棒として、最低のモラルと最強の攻撃力を備えます。テーマパーク連合軍を迎え撃ち、撃破し、そのうえ日本国じゅうを盗んだ車で追走し、ミニガンや火炎放射器を理由も見境もなくまき散らしました。ついにテーマパーク連合軍は撤退し、日本は浦安公国の自治を認めました。

 浦安に平和がおとずれたまさにそのとき、シンデレラは玉のような女の子を産みました。幸いにも浦安公の遺伝子の影響は最低限に抑えられ、しかもハーフということで、女の子はどの歴代ディズニーキャラクターにも劣らない美しい少女に成長しました。女の子は春と名づけられました。

 春は17歳の高校2年生のとき、街路灯をなぎ倒しながら暴走する消防車に轢かれ、命を落としてしまいました。自業自得とはいえ浦安公はたいへん落ち込み、盗んだバイクで山梨県へ魂のツーリングに出かけたほどでした。


 22世紀へ向けて


 浦安公国は現在、世界最悪のタックスヘイブンと呼ばれています。人口17万7934人に対し企業数は94万5326社を数え、ホーンテッドマンションには31万社の本社登録があり、アップル、グーグル、アマゾン等の大企業が登記上の本社や関係会社を置き、ヒラリー・クリントンやドナルド・トランプもペーパーカンパニーを構えています。




 春は浦安の歴史をひとくさり話し終えたあと、言った。

「と、いうわけ。浦安のこと、徹底的に理解できただろう」

「念のため要約してくれ」

「あたくし、亡くなった浦安公のひとり娘の身代わりとして、この世に生を受けたの」

「はじめからそれだけを言えばいいのだ」

 時は放課後。京介はひとりの男として、京葉線のJR南船橋駅からオレンジロードを通過し、満を持してららぽーとTOKYO-BAYへ入場していた。自宅が表参道の京介にとってはいわば「逆くんだり」の様相だったが、男としては約束は守らなければならない。「ららぽーとに付き合って」と言われたならば、男はららぽーとへ向かわなければならない。近場にどんなデートスポットがあろうが、「ららぽーとに付き合って」と言われたら、男は黙ってうなずくだけだ。

 京介はハーバー通りを北館方面へ歩きながら、まだひとつもショッピングをしていないにもかかわらず、生まれてこのかた感じたことのない疲労感を覚えていた。これがららぽーと、というやつか。気づけば京介は休憩所を探していた。だが遺憾ながら、ららぽーとTOKYO-BAYの休憩所は三井不動産株式会社による第2次リニューアルによりすべて撤去済みだった。理由はただひとつ、休憩所のないモールでさんざん買い物に付き合わされるくらいなら自宅で勉強するほうがはるかにマシだからだ。

 だがしかし。

 モールに休憩所がないという信じがたい事実を軽々と吹き飛ばすほどに、いまの京介は充実しきっていた。これほどまでに充実し、かつ五体満足な放課後がかつてあっただろうか? 計84名の不勉教信者を獲得し、満を持して礼拝の方角も決定し、しかもふたりの妻を両脇に従えている。そのさまを写真に撮ればそのままパワーストーンの広告に利用できるほどの充実ぶりだった。

 春が背中に飛びつき、勝手におんぶした。首筋に鼻をうずめて言う。

「疲れた」

「ららぽーとはまだはじまったばかりだ。そんなことではショッピングを完遂することはできない。気合いを入れるのだ」

「一緒にいられるだけでいいの」

「ではなぜわざわざららぽーとなのだ」

「ところで唐突だが、あたくし、日本に留学することにした。明日からは同級生よ」

「教師をひとり殺害したのにか」

「パパがもみ消す。浦安、日本から使用済み核燃料、もらってるから」

「なんのためにだ」

「まちづくり」

 春はもぞもぞと京介の背中をよじ登り、勝手に肩車をした。

「きょほー。たかいたかい」

 京介は重い首を左側にねじり、もうひとりの〈彼女〉に顔を向けた。京葉線の車内からずっと、存在感の希薄さが気にかかっていたのだ。

「なぜなにもしゃべらないのだ」

「えっ?」

 色葉はもの思いから覚めたように顔を上げ、イヤホンを外し、赤と青の双眸で京介を見上げた。

「考えごと」

「なにを考えていたのだ」

「今後について」

「問題はない。絶好調だ。前途要望だろう」

「洋々でしょ」

「そういうことだ。それが言いたかったのだ。不勉教信者は増えつづけるだろう。1日84名。つまり全校生徒全員を改宗するには、あと」

 あまりの充実ぶりに思わず割り算を試みた京介は、直立の体勢のままどうと歩道に倒れた。

 春がよっこいしょと起こした。それからぐるぐる螺旋を描きながら京介の体をよじ登り、再び肩車に落ち着いた。

 色葉が言った。

「教師は黙っていないでしょうね」

「教師など恐るるに足らずだ」

「慢心は事故の元よ」

「特別講義攻撃を受けても、おまえが助けてくれるのだろう。そのうえ戦闘力豊かな〈仲間〉まで手に入れた」

「気づかない?」

「なにがだ」

「あと18日よ」

「なにがだ」

「世界を変えるんでしょう?」

「そのつもりだ」

「貴重な放課後なのに、千葉県なんかにいていいの?」

「ここは千葉県ではない。ららぽーとだ。このちがいは大きい。大きすぎるほどに」

「これを聞いて」

 色葉はイヤホンをスマホごと京介に差し出した。

 京介は耳にイヤホンを差し込んだとたんに外し、驚愕の表情で色葉を見た。

 NHKニュースが流れていたからだ。

「どういうことだ」

「聞けばわかるんだってば」

「念のため要約してくれ」

「〈大人〉には〈大人〉のやり方がある。児童ラノベに係る行為等の規制及び処罰に関する法律、通称『児童ラノベ法』が施行されたのよ!」




   児童ラノベに係る行為等の規制及び処罰に関する法律


   第一章 総則


(目的)

第一条 この法律は、クソくだらないラノベが読者の脳を著しく侵害することの重大性に鑑み、児童ラノベに係る行為等を規制し、及びこれらの行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた読者の保護のための措置等を定めることにより、読者の権利を擁護することを目的とする。

(定義)

第二条 この法律において「児童」とは、十八歳に満たない女キャラクターをいう。


(中略)


3 この法律において「児童ラノベ」とは、文庫又は四六判に係る一見小説のように見える媒体であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描かれたイラストをいう。

一 児童を相手方とする又は児童による性交類似行為に係る児童の姿態

二 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの


(中略)


(児童ラノベの所持に係る行為の禁止)

第三条の二 何人も、みだりに児童ラノベを所持してはならない。


   第二章 児童ラノベに係る行為等の処罰等


(中略)


(児童ラノベ所持、提供等)

第七条 自己の信ずる教義への改宗を果たす目的で、児童ラノベを所持した者(自己の意思に基づいて所持するに至った者であり、かつ、神の存在を明らかに信じている者に限る。)は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

2 児童ラノベを提供した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。

3 前項に規定するもののほか、妄想において児童に第二条第三項各号のいずれかに掲げる姿態をとらせ、これをラノベ表紙又は文中イラストとして描写することにより、当該児童に係る児童ラノベの製造に関わった絵師も、第二項と同様とする。

4 気分によっては死刑に処する。


(略)




「と、いうことなの」

「なるほど」

「これに関しては右の耳から左の耳へスルーするわけにはいかないのよ? ちゃんと聞いて。あなたは児童ラノベを所持し、しかも不特定多数に提供した。犯罪よ」

「これのことか」

 京介はポケットからオリジナルのラノベ聖書を取り出し、ふたりの〈彼女〉に表紙を向けた。

 色葉と春はわずかに顔をしかめた。

「この本には、神の御言葉が書かれているのだ。おれの聖典だ。おれのルーツだ。手放すわけにはいかない」

「読んでもいないくせに」

 春が真剣な表情で見上げ、言った。

「京介。ららぽーとは中止だ。これから浦安に来い。国賓として招待してやる」

「いいだろう」

「こんなときに海外旅行?」

「そうではないぞ、いろは。浦安公国、児ラ法ない」

「そうか。一時身を潜めるのね」

「そゆこと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます