第32話 わたしらしい語尾 なの、ですわ、にょろ

「破壊した、って、どういうこと?」

 色葉は立ち上がり、涙に濡れた顔で少女型アンドロイドをにらみつけ、言った。

「勝手にそんなことをしていいわけがない!」

「いろは。おまえ、正気に返れ。自己像の幻視、どれだけ危険か、知っているだろう。この授業のおそろしさ、わかっているだろう」

「なぜわたしの名前を」

「パパ、おまえのパパと友達なの」

 春はあぐらをかいたままぐっと体をねじり、実験室を見まわした。

「人間、不完全。だからこそ尊い。知らないこと、必死で知ろうとする。社会、よりよくしようとする。文化、築き上げる。でも、おまえらにとって、世界は永遠に不思議のまま。でも、それでいいの。おまえらには、未来がある。アンドロイド、原理的に自己進化できない。子孫残せない。あたくし、生物? ううん、ちがう。だからおまえら、うらやましい」

 実験台に尻を乗せた浅田が、声を上げた。

「何者だ」

 春は黒髪を揺らし、浅田に顔を向け、にらみつけた。

「きみは、ぼくが設計したどのアンドロイドとも異なっている。国産ではないな」

「メイド・イン・浦安だ」

「なるほど」

「あたくし、浦安公国の第一公女。おまえの野望、阻止するため、東京メトロ東西線から都営浅草線を乗り継ぎ、はるばるやってきたの。ついでに『アンドロイド』は、浦安に籍を置く株式会社ジョン・ハチソン研究所の登録商標だ。訴えてやる」

「浦安公国、ね。なるほど。魚食いの連中も、ずいぶんたいそうなテクノロジーを手に入れたものだ。だがロボティクスは、過去も現在も未来も、日本が世界に誇る一大産業! 浦安ごときに邪魔はさせない!」

「覚悟」

 春はバク転で作業台から飛び降り、着地と同時に床を蹴った。一気に距離を縮め、浅田と対峙する。黒髪がふわりと持ち上がり、京介の視界から一瞬、小さな体が消えた。

 刹那。

 浅田は余裕の笑みを顔に貼りつけたまま、皮膚がめくれ上がったほうの腕を持ち上げ、音速の打撃を受け止めた。衝撃波が同心円状に広がり、空気読みに長けた生徒数名が推薦状目的で衝撃波を浴び、壁際まで吹っ飛ばされた。

 刹那。

 春は顔面に強烈なこぶしを受け、ぐらりと右側によろめいた。

 刹那。

 春はこぶしをぱっと開き、浅田のむき出しの橈骨をつかみ、ぐいと引き寄せた。

 刹那。

 京介はスマホを取り出した。

 刹那。

 しつこく繰り返される刹那のなか、アプリを立ち上げ、慣れない文字入力に四苦八苦しながらどうにか神にメッセージを送った。アンドロイド〈バトル〉に関してはバックグラウンドが不明なので気に留める必要はないだろう。

「大塚明夫様へ」

 数秒後、不機嫌そうなメッセージが返ってきた。

「なんだ」

「地味なヒロインは、世界を帰るママうえで弱点となるのですか」

「漢字の変換くらいちゃんとしろ」

「変える、でした。ごめんなさい」

「だがおまえの言うとおりだぞ。地味ではダメだ。世界を変える前に〈打ち切り〉になってしまうからな。駆け足で世界を変えるのは、おまえも本意ではないだろう。おれもそうだ。だからおまえの〈ヒロイン〉は、ときに激しい暴力をもって、常に個性を主張しなければならない」

「暴力は嫌いです」

「おい、なぜテキストでは敬語なのだ。ずっとタメ口でとおしてきただろう」

「テクノロジーに慣れていないのです」

「まあいい。暴力なしで個性を主張する方法は、ほかにもある」

「教えて」

「〈語尾〉だ」

〈語尾〉?

 首をひねりながらスマホを見つめていると、浅田と対峙するアンドロイド春が声高に言った。

「これですべてを終わらせる。受けてみよ、あたくしの『海面埋立事業四重奏アレキサンドリア・カルテット』をっ!」

 春はいつの間にか手にしていたレイピアで、浅田に渾身の突きを見舞った。『四重奏』の技名が示すとおり、攻撃は計4回に渡って行われた。

「第一の埋立。『舞浜ジュスティーヌ』!」

「っ!?」

「第二の埋立。『日の出バルダザール』!」

「ぐっ!」

「第三の埋立。『マウントオリーブ』!」

「なっ!」

「第四の埋立。『高洲クレア』!」

「あぁぁぁっ!」

「そして最終奥義。わが左手に宿りし『光』のルーンよ、すべての娯楽を凌駕し、ここに着工せよ。『東京ディズニーランド起工式ザ・ブラック・ヒストリー』っ!」

「ちがいすぎるっ。レベルがっ。うあぁぁぁっ!」

 戦いは終わった。

 終わったらしかった。

 京介は眉をひそめた。決着がついたのはいい。善玉が勝利したのも喜ばしいことだ。だが〈バトル〉の一部始終を見ていたにもかかわらず、なにがどうなったのかまったく把握できていない。おそらく春が勝利したのだろう。とにかく〈技名〉を叫んでいたし、派手に立ちまわってもいたようだし、最終奥義の東京ディズニーランドも無事着工した。翻って浅田は、「ぐっ!」や「あぁぁぁっ!」などの具体性に乏しいがとにかくやられているんだなとわかる叫びを上げていたので、おそらく敗北したのだろう。

 それ以前の問題として、この戦いに一体なんの意味があったのか。

〈語尾〉とはなにか。

 そのとき。

 突如4600のIQが脳内でスパークし、頭蓋を内側から揺るがした。

 色葉の手を取り、言った。

「あのしゃべりだ!」

「なんのこと?」

「おまえも、あのアンドロイドのようにしゃべるのだ! ものすごく個性的だろう! 『○○が言った』と書かなくてもだれが話したのかセリフのみでわかる!」

「『あたくし』って?」

「そうだ、個性だ! アンドロイドから人間性を学ぶのだ! 当初の構想どおり世界を変えるために! これは神の意志なのだ! おまえは個性的でなければならない!」

「たとえばどうしゃべるの?」

「〈語尾〉だ! セリフの終わりに必ず特定の語をつけるのだ!」

「どんな語尾?」

「『なの』だ」

「なぜなの?」

「その調子だなの。練習するなの」

「すごくイヤなんだけど」

「なぜなのだなの。おまえは催眠状態ではないのかなの。おれの言うことならなんでも聞くのではないのかなの」

「客観性は失ってないのよ」

「では『にょろ』をつけるにょろ」

「そういう問題じゃなくてね」

「岸田京介」

 名を呼ばれ、京介はにょろりと振り返った。

 アンドロイド浅田が、自分で裂いた腕を痛々しげに押さえながら、足を引きずり、ぼろぼろのワイシャツ姿で京介に近づいてきた。いちおう死にかけているらしい。

「おまえの質問に答えてやる。そう、ぼくら教師はラノベを知っている。〈語尾〉とはなかなか考えたようだが、その程度の個性では、一ツ橋色葉の生まれ持った地味さを払拭することはできない」

「練習あるのみだ」

「岸田京介。おまえはなぜ、かたくなに勉強しようとしないのだ? リアルアンドロイドだぞ。かっこいいだろ。すげーって思うだろ。自分もつくってみたい、そう思わないか? その情熱が、小学生に線形代数を学ばせる。中学生に動力学を学ばせる。それが学びというものなのだ。そうして結果的に自らを高めるものなのだ。おまえ、将来の夢はないのか。心から打ち込めるものはないのか。世界を変える? そんなものは夢ではない。モラトリアムだ。世界は変わらない。変えることはできない。変えなければならないのはおまえ自身のほうだ。だがそれは決して、妥協の産物ではない。あきらめではない。世界においてなにかを成す、それこそが人間らしさというものなのだ! まあ、いずれにせよ、おまえに勝ち目はない。ぼくひとりを破ったところで、世界は、関東第一高校は、なにひとつ変わらない。ぼくはただの一教師、単なる組織の歯車にすぎないのだから」

 京介は無慈悲に見下ろし、言った。

「アンドロイドだけにか」

「そうだ」

「うまいこと言ったと、まずは褒めてやろう。だが負けは負けだ。厳密にはおれに負けたわけではないが、やはり負けは負けだ。さっそくこのクラスの生徒全員を改宗させてもらう」

「おまえ、アンドロイドに聞きたいことはないのか? ん? 質問したいことはないのか?」

「そんな姿になってまで、まだ教育をするのか」

「それが教師の務めだからだ! いいから質問しろ。ぼくに質問してみろ」

「質問ならば、なくもない」

「そうか。なら言ってみろ。ひとつ学べるぞ。学びはすばらしいものなんだぞ」

「本当に、いいのだな」

「言ってみろ」

 京介はうなずき、満を持して質問を口にした。

「アンドロイドに心はあるのか」

 瞬間。

 教室が大爆笑した。

 クラスの全員が、男子も女子も、京介に振り返り、弾けて混ざりそうな満面の笑顔を向けている。京介はえへへと照れくさそうに頭をかき、耳まで真っ赤になりながら、満足げに笑顔の波を見まわした。これでいい。これぞ真の学舎の光景。さあ、おれをバカにするのだ。コケにするのだ。別のクラスの友人に話し、影で渾名をつけるのだ。

 高校かくあるべし。

「そう来たか」

 浅田は断末魔の声すら上げることができず、ぽっかりと口を開けたまま、恐ろしい形相で息絶えた。その威力は不本意ながら、アンドロイド春の必殺技『海面埋立事業四重奏アレキサンドリア・カルテット』をはるかに凌駕していた。

 その春は笑っていなかった。腰まで届く髪をなびかせ、くるりと振り返る。足を引きずりながら京介に近づいてくる。先の戦闘で、額と頬が痛々しく腫れ上がっている。

 正面に立つ。つま先立ちでぐーっと顔を見上げ、言った。

「そういうおまえ、心、あるのか」

「わからない。おまえはあるのか」

「知らね」

 アンドロイドが答えた瞬間、4600のIQが脳内で火花を散らした。

 さっと手を上げ、半眼で実験室じゅうの生徒を見まわし、告げた。

「聞いたか、賢い関東第一高校の生徒よ。いまのやり取りこそが真実だ。おまえらのだれひとりとして、いや、教師ですら理解できないだろう。人間に心はないかもしれない。アンドロイドに心はないかもしれない。おまえら、自分そっくりのコピーを見るのだ。おまえはその映し鏡を見て、自分自身だと感じるのか。いや! どれだけ似せようと、互いはちがう。だがなぜそう感じるのか。相手がアンドロイドだからではない。『相手』だからだ。おれはおれだ。おまえはおまえだ。アンドロイドはアンドロイドだ。心はないかもしれないが、おまえという人間は生きてアンドロイドを見ている。心はないかもしれないが、アンドロイドも生きておまえを見ている。おれを見ているか、おれを感じているか。アンドロイドにそうたずねるのだ。あなたを見ている、あなたを感じている、アンドロイドがそう答えたなら、おまえはアンドロイドの中で生きていることになるのだ。おまえもたずねる。アンドロイドが答える。そのとき、アンドロイドはおまえの中で生きた存在となるのだ。そう、おれたちは平等なのだ。そうして平等になるのだ。心がないものどうしが、手を取り合って」

 ひとりがゆっくりと立ち上がり、アメリカ人のように拍手した。

 するとアメリカ人のように拍手した生徒のアンドロイドがまったく同じムーブで立ち上がり、アメリカ人のように拍手した。

 ひとり、またひとりと立ち上がり、やはりアメリカ人のように拍手した。気づけば44名の人間と44体のアンドロイドが立ち上がり、京介を囲み、アメリカ人のように讃えていた。実験室はハリウッド的感動に包まれた。

 京介は手を上げ、行き過ぎた賞賛を制した。

「いまのはおれの考えではない。これこそが『不勉教』の教えなのだ。17歳の高校2年生よ、いわゆる勉強だけが大事なのではない。勉強以外にも学ぶことがある。生きることがすなわち学びであるということに異論はないだろう。たとえば女子とのコミュニケーションがうまく取れず、グループセッションに支障をきたす。だが女子との会話は、コミュニケーション技法では決して教わらない」

 女子とのコミュニケーションに未来永劫支障をきたしそうな男子生徒数名が、おのれの心の内を探るように床に目を落としている。ひとりが自分の複製に言った。ぼくはなにかが足りないのか。

 アンドロイドが答えた。

 エクスペリエンスですよ、ご主人様。

 体験です。

 そう、なにごとも経験。

 勉強だって経験のひとつでしょ? 女の子の会話もです。

 選り好みをするのは賢いこととは言えないのでは?

「そう、そこのアンドロイドの言うとおりだ。さあ、おれについてくる者はいるか? ついてくる者には、これまで味わったことのない経験を与えてやろう! めくるめくラノベ体験を!」

 京介はこぶしを高々と掲げた。

「もしついてくる者があれば、『にょろ~ん』と叫ぶのだ!」

「「「「「「「「「「「「「にょろ~ん!」」」」」」」」」」」」」」

 カギカッコの数だけ生徒が叫んだ。

 京介は重々しくうなずき、感謝の意を示した。それから色葉に向かって言った。

「おまえもにょろ~んだ」

 色葉は細かく首を振った。それから事務的な表情でジュラルミンのケースをパチンと開け、契約書ならびにラノベ聖書を人数分用意し、教室を巡って入信希望の生徒に配り、質問を受ければ適切に回答した。

 やっぱ地味。

 というか公務員。

 資産家令嬢らしさは微塵もなく、むしろクラスのだれよりも地に足が着いているように見える。言葉にできないもやもやを抱えていると、背中をつつかれた。

 春が見上げていた。

「おまえ、見かけによらず、IQ高そうな」

「ご推察のとおりだ。おれはアンダーアチーバー京介という。IQから期待される力よりはるかに低い学業成績を示す者」

「その目、気に入ったぞ」

 助走なしの前方2回宙返りで作業台に飛び乗り、京介の前に仁王立ちした。

 人差し指の指紋を向け、言った。

「あたくしの彼氏になれ」

「いいだろう」

「ではさっそく」

 よっ、と台から飛び降り、京介の膝の上にお尻から着地した。首に両腕を絡め、頬にキスした。

 ポッと顔を赤くし、甘えるように言う。

「今日の放課後、ららぽーとに付き合って?」

 公務員色葉はまったく気づいていない様子で、生徒に申し込みの説明をしている。春を抱っこしながら京介は、8歳児のように喜び勇んで駆け寄り、「ねえ色葉、見て見て、新しい〈彼女〉ができたよ!」と伝えるさまを思い浮かべた。その後想像上の京介は〈お約束〉どおり、色葉の後方まわし蹴りを食らい教室の角まで吹っ飛んだ。想像上の色葉はパンパンと手を払い、「大っ嫌いっ!」と叫び、ぷんすかと実験室をあとにした。

 決してそうはならないだろう。

 紙の束を抱えた色葉が戻ってきた。ちらと春に目を向け、テーブルに着き、やはり事務職の適性を示唆する無表情で枚数を数え、記入漏れを確認し、ジュラルミンのケースにしまった。

 それから春に言った。

「ありがとう」

 ぽけっと目をまるくした。

「なにについて?」

「わたしの複製を壊してくれて。わたしはわたしよ。だれも見ず、触れず、感じずともね」

 先の感動的スピーチを当てこすられた感のある京介は、お母さんの顔色をうかがう8歳児のようにたずねた。

「怒っているのか」

「なぜ?」

「では怒っていないのか」

「なぜ怒る必要があるの?」

「催眠状態ならば、怒るはずだろう。このさまを目撃したら」

「どのさま?」

「このさまだ」

「催眠状態だからこそ怒らないのよ」

「いや。催眠状態だからこそ怒るのだ。厳密に言うと、このシーンでは怒っておれを蹴り、次のシーンはなにごともなかったかのように3人でそぞろ歩く」

「蹴られたいの?」

「一度は経験すべきかもしれない。なにごとも経験だ」

「神によると、〈ヒロイン〉は3人以上必要なんでしょ?」

「そうだ」

「だったらいいんじゃない? ほら、授業終了までまだ時間があるから、信者に心構えでも説明してきたら?」

「やはり怒っている」

「怒ってないよ」

「こめかみ付近が怒っている」

 春が潤んだ目で京介を見上げ、言った。

「あたくし、宿敵倒して、もうやることない。だから、ちゅー」

 ちゅー。

 空気の読めないアンドロイドのちゅーによって、京介は遅ればせながら気づいた。

「アンドロイド春よ。ひとつ、いいか」

「なんでも聞けや」

「おれが好きで好きでたまらないのだな」

「ひと目見た、その瞬間から」

「なぜだ」

「かっこいいから」

「おまえの自宅に妙なメールが届かなかったか」

 春は色のない唇に指を当て、考え込むようにあさってを見上げ、「うーん」と言った。

 唇に当てた指を離し、そのまま銃のようにこめかみに触れ、言った。

「そういえば、添付ファイル、開いた気がする。ここで」

 スパムすげえ。人工知能まで騙せるのかよ。スパム恐るべし。

 だが。

 たったひとりでいいから、ありのままのおれを好きになってもらいたいなあ!

 色葉が言った。

「にょろ~ん」

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