第18話 徳川戦隊ゾウジョウジャーVSアンダーアチーバー京介

 徳川戦隊ゾウジョウジャーの面々は、京介がいつまで経っても男の子らしく目を輝かせないのを見て、しぶしぶポーズを解いた。

 なんとなくだらだらと立っている5人をひととおりにらみつけたあと、京介は住職にたずねた。

「なぜ将軍の霊を呼び出したのだ」

「まあ待て。秀忠!」

「はっ」

 センターに位置する若干赤みがかった半透明の将軍が一歩進み出て、住職の前にひざまずいた。

「なぜ将軍がひざまずくのだ」

「わしのほうが偉いからじゃ。秀忠よ、務めはわかっておるな?」

「わかっております! 将軍たちとミーチングを行いますため、しばしお時間を」

「行け」

 2代将軍徳川秀忠はわざわざ砂利の上にあぐらをかいたあと座礼し、立ち上がり、ほかの将軍のもとへ足早に向かった。

 京介は住職の肩をつつき、再びわけをたずねた。

「わが増上寺には、徳川将軍15代のうちの6人が葬られておる。じゃが、ただ葬られているだけではなく、たまに地球の平和を救っているのじゃ。週に1回ほどな」

「6人目はどこだ」

「秘密じゃ。じゃが、レッドやほかの面々がピンチに陥れば、必ず駆けつけるじゃろう。やつはそういう男じゃ。コスチュームのデザインも若干異なっていて、正直レッドよりかっこいい」

「住職よ。ひとついいか」

「なんじゃ」

「おれはあいつらが嫌いだ」

「なぜじゃ」

「子供だましだからだ」

「おっと、それは言いっこなしじゃ」

「ほかにも理由はあるが、的確に言葉にできそうにない。とにかく、やつらはまちがっている。存在自体がまちがっている」

「さて」

 レッド秀忠がゆっくりと近づき、言った。偉そうにふんぞり返り、品定めするように頭のてっぺんからつま先までを眺めた。

「おぬしが噂に聞きし、アンダーアチーバー京介か」

「なぜおれの通り名を知っているのかは不問に付そう。おれに話しかけるな」

「〈必殺技〉を授けてやろうと言っておるのだ。将軍の好意を無駄にするな」

「必殺技は必要ない」

「〈必殺技〉のひとつもなしに、どうやって巨悪と戦うつもりだ」

「おまえには関係ない」

「『徳川ラッシュ』を生で見たいとは思わないか」

「思わない」

「これが『徳川ブーメラン』だ」

 秀忠は腰からブーメランを取り出し、さっとポーズを取った。

「なぜブーメランなのかは不問に付そう。二度とおれに話しかけるな」

「では合体武器の威力をご覧に入れよう。おぬしもきっと気に入るはずだ。そして同じものが欲しくなる。必ずな」

 決して小さくなかったはずの堪忍袋がみるみる臨界に達し、京介は思わず将軍の胸を突いた。秀忠は一歩よろめくようにあとじさり、驚いた顔で京介を見上げた。

「狼藉だ!」

「おまえらは完全にまちがっている。ある意味、高校の教師たちよりも」

「ではおぬしは、どのような〈必殺技〉を望んでおるのだ? ああ、そうか、わかったぞ。剣だな。剣が好きなんだな? しかもツーハンデッドソードだ。図星だろ? あやかしの魔力を帯びた大剣を振り下ろし、『でやあぁぁっ!』などと叫びたいのだろう。『守るッ!』などと言って。それとも魔法か。ルーン好きか。マナ好きか。この世には4元素も4大精霊も存在しないのだぞ? もっと現実的になれよ。それとも、あれか、VRか。VRは虚しいぞ。なんたってすべてはゲーム世界での出来事なんだからな」

 収拾がつかなくなってきたので、京介は秀忠の存在ごと無視し、住職に正面を向けて言った。

「必殺技は必要ない。少なくともこいつらから伝授されるつもりはない」

「どうしてもかね?」

 住職は残念そうに肩を落とした。

「助力には感謝する。だがおれはこれ以上、無意味なことに時間を費やしたくはないのだ」

「無意味ではない。この世に無意味なことなどひとつもないのじゃよ」

「とにかく、おれは行く。女子生徒14万8000人ひとりひとりと面談する。何ヶ月かかろうと、こいつらといるよりよほどましだ」

「待ちなさい。将軍を呼び出したのは、必殺技を授けるためだけではないぞ」

「どういうことだ」

「やつらに女子の個人情報を持ってこさせよう」

 住職は秀忠を隅に呼び、野球の監督のように肩を組み、徳川戦隊としては不本意であろうお使い任務を言葉を尽くして伝えた。

「すまんがいますぐ五反田へ向かい、わしの孫と接触するのだ。孫は『電通スパムBLDG』という伏魔殿めいたビルにおる。それはそれは美人でな、ポーランド人のハーフなのじゃ」

 ハーフの文言に京介の眉間がぴくりと反応した。

「スパム会社は全国民のありとあらゆる個人情報を保持しておる。わしの孫に関東第一高校女子生徒14万8000人の個人情報を用意させ、データをローカルストレージに保存し、戻ってくるのじゃ。ストレージの意味はわかるな? クラウドはいかんぞ。わしのマイクロソフト・サーフェスを持っていくがよい」

「承知つかまつりました」

 秀忠はいかにも不本意そうな顔で振り向き、京介を見て言った。

「孤独な戦士よ。せめておれたちのチームワークに驚嘆するがいい」

 だらだらと暇をもてあます将軍たちを呼び、円陣を組ませた。片膝をつき、クォーターバックのように作戦を指示する。

「いいか、われわれは必ず、スパムビルに侵入し、女子高校生の個人情報を手に入れなけばならない。これは天下分け目の決戦だ。遅れるわけにはいかないぞ」

「関ヶ原のときみたいに?」

 4人の将軍が意味ありげに目配せし、にやにやと笑った。

 勘が鈍いのか、秀忠は気づいた様子も見せなかった。

 4人のうちのひとりが手を挙げて言った。

「作戦はいいっすけど、ちょっと、聞いてもいいすかね」

「なんだ」

「秀忠さん、なんでいつも仕切るんすか」

「おれは2代目将軍だからだ。一番の古株だからだ。コスチュームを見ろ。赤いだろう?」

「でも、おれらも全員、将軍なわけで」

「そうそう。対等じゃないすか」

「てか、古けりゃ偉いわけ? 年上だったらなにやっても許されるってこと?」

 12代将軍徳川家茂ブルーがめんどくさい感じでぶっちゃけはじめた。その感情の発露に至った経緯は京介にはわからなかったし、わかりたいとも思わなかった。

「ちょっと、いい機会だから、ここで言わせてもらっていいすかね。腹割って話し合いましょうよ、ねえ?」

 青春モラトリアム全開の正義ヅラで詰め寄る家茂に、秀忠は顔を背けつつ、「まあまあ」と手のひらを向けた。住職をチラ見し、「しょうがないやつでしょ?」と余裕の笑みで大人ぶりをアピールする。

「奥で話そう。な? ここ、お客さんいるから」

「逃げるんすか」

「逃げるとか、そういうんじゃなくてさ」

「秀忠さん、なんにも仕事してないじゃないすか。いつもおれらに指示して、奥で店長としゃべってばかりで。ピークのときに限って姿くらますじゃないすか。なんなんすか一体」

「おまえ、いいかげんにしろよ。そんなんじゃ、この先やっていけないぞ」

「じゃあ将軍、辞めますよ。いいんすか」

「だから、いいも悪いもないんだって。代わりの将軍なんていくらでもいるんだ。おまえな、どんだけ自分が特別だと思ってるんだよ。いいか、社会に出たらな、そんな心構えじゃ」

「あーこんな幕府、やってられねー!」

 家茂はゾウジョウジャー指定の袴コスチュームを脱ぎ、感情に任せて地面にたたきつけた。

 京介の視線に気づいた住職が、杖をどんと地面に突き、一喝した。

「さっさと行けい!」

 店長の勅命に将軍たちは居酒屋バイト風エピソードを終わらせ、再び団結した。わざわざ京介の正面に一列に並び、例の片脚を上げたり両腕を複雑に振りまわしたりするムーブのあと、それぞれがかっこいいと思っているであろうポーズを決めた。

「ゾウジョウジャー!」

 京介は腕を組み、真っ向から5人をにらみつけた。

 将軍たちは蜘蛛の子のように散り、めいめいの墓に向かった。だれがどう操作したわけでもなく、墓の周囲にきれいな正方形の切れ目が浮き上がった。一画が墓石とともにゆっくりと沈んでいく。

 墓石の代わりにかっこいい乗り物がせり上がり登場するさまを眺めながら、京介は言った。

「いまのくだりは無意味だろう」

「無意味じゃ。わしが代わりに謝る」

 ゾウジョウジャーの面々は袴をなびかせ、バイクでかつての都道409号線を走り去った。

 住職が言った。

「あとはやつらに任せておけ。サーフェスは今日じゅうに届けさせよう。さあ、授業に戻るのじゃ」

 京介は力なく首を振った。

「おまえさんの不安は、手に取るようにわかる。たしかにやつらは、戦隊ヒーローシリーズ史上最低最悪じゃ。じゃがこれからが見もの。家茂ブルーの葛藤と成長が見られるぞ」

「そっちの不安ではない。授業に戻るつもりはないと言いたいのだ。住職よ、徳川家にコントを繰り広げさせるほどの力があるのなら、関東第一高校の超高度教育をやめさせることもできるはずだ」

「できん」

「なぜだ」

「たしかに、いまの日本の超高学歴社会は、行き過ぎかもしれん。まちがっているとも思う。じゃがわしは坊主じゃからして、立場は中立。ちょっと手助けはしたが、高校とおまえさんでは多勢に無勢、あまりにもハンデーがありすぎると思ったからじゃ」

「そういえば先ほど、スパムと言ったな」

「それがどうしたのじゃ」

「もしかして、あなたの孫は上原アリシャか」

 住職は驚きの顔で京介を見上げた。

「なんじゃ。わしのアリたんを知っておるのか」

「おそらくそのアリたんだろう。日本に上原アリシャが何人もいてもらっては困る」

「すでに接触しておったか。さすがはアリたん、目のつけどころがニャープじゃて」

「住職よ。ひとついいか」

「なんじゃ」

「孫なら電話すれば済む話ではないのか」

「まあ、そう言うな。将軍たちにも仕事をさせてやりなさい」

 京介は不承不承うなずいた。

「せめてあの女子の名前を聞いていれば、徳川戦隊を知らずに生きていけたものを」

「案ずるな。データさえあれば、その子は見つけ出せる。しかもその子は、おまえさんの妄想通りのルックスじゃ。すごいじゃろ」

「だが性格は破綻しているのだろう」

「悪いがおまえさんは、女の子の真の魅力を知らん。データは適切に処理することによって、おまえさんの妄想など軽々と超越した女の子を導き出す。見た目も性格も、すべてが完璧な〈ヒロイン〉じゃ」

「ヒロイン」

「それを可能とするのが統計学じゃ」

 なんちゃら学の文言に京介の抗体が反応し、アレルギー症状を引き起こした。

 住職はふらつく京介を三門の手前まで連れていき、寺の掲示板の前で止まった。白絵具で書かれた「フッと心が軽くなる今月の名言」を雑巾で消し、板書をはじめた。

「おまえさんの心は、いまだに授業から逃げつづけておる。それではダメじゃ。自ら授業に立ち向かい、真正面から受け止める。そのあとに勝利がある。プロレスと同じじゃ」

「特訓か」

 住職はうなずいた。

「いかにもじゃろう? わしも一時期、おまえさんのメンターとしてかっこよく登場しようかともくろんだことがあるのじゃが、孫に止められてな」

「それが正解だ」

「では、参るぞ。一字一句、ちゃんと聞くのだ」

 京介はごくりとつばを飲み込んだ。




   住職カウンセラーの顔面統計学


 ほっほっほ。岸田京介くん、統計学とは、得られたデータに対し、さまざまな手法を用いてその特徴を抜き出す、そのための方法論を体系化したものじゃ。テクニックはおおまかに2つ。まず、記述統計。これは古くは旧約聖書の時代から用いられてきたテクニックじゃ。生の女の子データをずらずらと並べられても、なんの特徴も見いだせないじゃろ。そこで平均身長や平均体重、平均スリーサイズなどのデータを、グループごとにまとめる。アンダーとトップの差をカップ別に集計すると、おっぱい度数分布表のできあがり。へえ、Aカップは意外と少ないんだな、などとわかる。統計学はすばらしいじゃろ! 異なるデータを比べることもできる。たとえば1980年代の女子高校生の眉毛の太さ、本数などを、現在の女子高校生のそれと比較する。あのころは眉毛の本数が多かったんだな、女の子って進化するんだなあ、とわかる。結果をどう用いるかは、その人次第。記述統計とはすなわち、ありのままの現実を知るためのテクニックじゃな。

 もうひとつ、推測統計と呼ばれるテクニックがある。これは限られたデータから、全体を推測するテクニックじゃな。たとえば選挙速報や株価の予測じゃ。

 さて、21世紀に入り、統計学の分野は、新たなテクニック、第3のテクニックを発見した。妄想統計と呼ばれるテクニックじゃ。現実から目をそらし、データを用いながらもデータを無視し、統計を無視し、世界そのものを無視する。もはや統計ではない? そうではない。無からはなにも生まれないのじゃ。無からは妄想すら生まれないのじゃ。おまえさんも日々、女子高校生たちのリアルフェイスを見つめておるじゃろ。その造形、一重まぶた、低い鼻、しゃくれた顎、突き出た頬骨などの「データ」を無意識に集め、脳内で集計しておる。その果ての妄想なのじゃ。

 これ以上は立場を危うくするので控えよう。

 つまり妄想とは、現実のデータの脳内平均値を真逆にしたものと言える。これを脳ではなく、統計学のテクニックを用いて導き出そう。まず、美人とはなにか。希少なものじゃ。美人がごろごろおったら、それはすでに美人でない。そうじゃろう? そしてこれは逆説的なのじゃが、おまえさんの妄想、好みなどは、本物の美人を前にすればもろくも崩れ去る。じゃからして、妄想統計はおまえさんの妄想をはるかに超えた現実を与えてくれるのじゃ。「たしかに美人だけど、好みじゃないな」などと言い出すやつは、腰抜けじゃ。男を語る資格なしじゃ。

 身長、体重、スリーサイズなどは定量的に得ることができる。じゃが「美人度」は、正確な値を取得できん。そう思うじゃろう? じつは、美人かどうかも数値化できる。造形データは、単純な現行の顔認識技術を用い、生徒手帳用の写真から取得する。たいていの生徒手帳用の写真はヘンな顔をしておるが、美人はその程度ではへこたれない。

 集計自体は単純じゃ。まず、目、鼻、口、耳の大きさとそれぞれの距離、骨格、眉毛の太さなどのデータの偏差値を求める。平均し、平均からの差を求める。この差を偏差という。偏差を2乗し足したあと個数で割る。なぜ2乗するのかは、わかるな? 鼻の穴の大きさの偏差がマイナス3ミリでも、プラス3ミリでも、それは同じ「差」だからじゃ。そのあと平方根を求めれば、標準偏差が導き出せる。標準偏差から個々のデータの唇の差を求めれば、どれだけ特殊な唇かがわかる。じゃが唇の大きさだけが特殊では、美人とは言えんな。もうこのへんでやめておいたほうが身のためじゃろうか。いや、これも京介くん、おまえさんのためを思ってのことじゃ。わしは女の子みんなが好きなのじゃ(オホン)。

 すべての顔面データの差を求め、すべての差の平均がもっとも大きな女の子が、統計から導き出されたミス・関東第一高校じゃ。なんじゃと、標準偏差に近いほうが整った顔立ちではないのか、じゃと? そうではない。美人とは希少なものと言ったじゃろう。すべてにおいてかけ離れた顔データ、それの集約こそが、おまえさんの妄想すら及びもつかない、真の美人なのじゃ。

 その美人をどうやってモノにするかは、わしゃ知らん。




「というわけじゃ。性格も同様に妄想統計で導き出せる。髪色は、なんなら染めさせなさい。よくわかったかね?」

 京介はよくわかっていないばかりでなく、発作を起こしていた。白目を剥き、奥歯を食いしばり、全身性の収縮と弛緩を繰り返しながら、修羅の形相で小柄な住職に迫る。

「やめろ。授業はやめるのだ。さもないと」

 住職は風もないのに法衣をなびかせ、杖を地面にどんと突き、威厳たっぷりに一喝した。白いもじゃもじゃ眉毛の下から鋭い眼光をのぞかせ、いまだ衰えることのない視力で無礼な若者をひたと見据える。

 いま向き合っているのがだれなのか、京介はようやく思い出した。

「やめていただけますか」

 住職は眼光を穏やかモードに戻し、眉の下に埋もれさせたあと言った。

「それほどまでに勉強が苦手なのかね」

「もはや宿命と言えるだろう」

「いや、そうではない。おまえさんは、勉強が苦手なのではない。IQは推定4600なんじゃろ? 勉強は、できるはずじゃ。おまえさんはただ、気が散っているだけなのじゃよ」

「ではなにが原因なのだ。なにに気を取られているのだ」

「おまえさんは、〈彼女〉を欲しておるのじゃ」

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