第17話 増上寺カウンセリングルーム ヒロイン論

 20分後、京介は鼻血をまき散らしながら虎ノ門保健室に転がり込んだ。

 保健の先生はプロの冷静さで対応した。膝をつき、血まみれでロビーにうつ伏せる京介を観察し、抱き起こし、血液型を確認したあと、丸めたティッシュを鼻の穴にぎゅうぎゅう詰め込んだ。

 病室に運び、ベッドに寝かせた。

「性格の欠点を指摘したんでしょう?」

 京介は空気を求めあえぎながら何度もうなずいた。吐瀉物があふれ出し、気道をふさいだ。みるみる首の血管が浮き上がる。

 保健の先生は喉を切開しながら言った。

「それはタブーよ。ちゃんと意味があっての性格の悪さなんだから。みんな、あなたのためを思っての性格の悪さなのよ」

「一連の暴力行為もか」

 京介は人工喉頭を喉に当てながら言った。

「もちろんよ」

「なんの意味があるのだ」

「でも、かわいいと思わない?」

「どこがかわいいのだ」

 保健の先生は、京介の崩壊した顔面をこねくりまわしてかたちを整え、たんこぶだらけの頭を優しくなで、阿片を吸引させたあと慣れた手つきで腹部を切開した。まさに悪意の塊のような最大直径5ミリほどの腫瘍がぼこぼこできまくっていた。

「はい、おしまい」

 腹部を縫合し、ステンレスのトレイに鉗子を放った。摘出したばかりの血まみれの腫瘍を、まるで第一子のように京介に見せた。

「あなたはまだ、女の子の暴力に慣れていないの。でもだいじょうぶ、いずれ慣れるからね」

「慣れるとはどういうことだ」

「完全に無傷で済むようになるの」

「そんなバカな話があるのか」

「とにかく、いまのあなたにこれ以上の暴力は命取りよ。〈仲間〉探しはしばらくあきらめましょう」

「世話になった」

 京介はベッドから立ち上がり、足を引きずりながら戸口へ向かった。

「ダメよ」

「時間がない。おれには時間がないのだ! とにかくあの女子を、髪色がアッシュブラウンの美人の資産家令嬢を見つけなければならない! なぜならおれはここまで、だれも気づいていないかもしれないが、まったくなにひとつ、成果を上げていないからだ! やったことといえば、教科書を持たずに授業に臨み、教師に毒を吐いては返り討ちに遭い、か弱い女子に肩を担がせ、保健室で内蔵の15%を失っただけだ! ずっとこの調子ではまずいのだ!」

「京介くん」

 背中を見送りながら、保健の先生はひとりつぶやいた。

「そうか。たしかに最近は、暴力系の〈ヒロイン〉が激減した。だから暴力に慣れる必要はない。京介くんはそう言いたかったのね。さすがよ、アンダーアチーバー京介くん」

 保健の先生は後ろ手に隠し持っていた10トンの巨大ハンマーを持ち上げ、しばらく見つめたあと、寂しげに部屋の隅に放った。

「わたしも年ね」


   ◇


 ちぃばすが虎ノ門保健室の玄関前に停車していた。おのれの吐瀉物と血液がこびりついた乗降口から乗り込み、一番前の席にすわり、腕を組み、目を閉じた。そして必死で考えた。

 なぜだ。

 なぜ暴力を振るう女子が「かわいい」のだ。

 なぜそれが「おれのため」になるのだ。

 定期的に殴られるのはイヤだ。

 性格が破綻した女子もイヤだ。

 女の子は、優しいほうがいいよ。

 暴力反対。

 だが。

 運転手がミラー越しに目を合わせ、言った。

「〈ヒロイン〉は見つかったかい」

 京介は首を振った。

「仲間となる女子は、やはり性格が破綻していなければならないのか」

「まあ、たいていはそうだな」

「そして定期的に殴られなければならない」

「気づいたようだね。そう、それがきみの宿命なんだ。受け入れなければならないよ」

 京介はすがるように手すりをつかみ、運転手に言った。

「なぜ優しい子ではダメなのだ。おれは優しい子がいい」

「そりゃあねえ、難しい問題だよ、岸田京介くん。ひとつ言えるのは、美人なだけじゃダメだってことさ。たとえば5人くらい女の子が集まったとするだろ? ただ美人ってだけだと、だれがだれだか見分けがつかなくなる」

「美人ではない女子を混ぜればいい」

「美人ではない女子を、きみは御所望なのかい」

 京介は黙った。

「ほらね」

「おれにも非があるということか」

「悪いのはいつも男なのさ。それから、なんでも自分ひとりで解決しようとするのは、きみの悪い癖だよ。そうだ、カウンセリング、受けてくかい?」

「なぜ唐突にカウンセリングなのだ」

「悩んでるんだろ? いいからいいから」

 バスは勝手にかつての芝方面へ向かった。

 20分ほどとことこ南下し、ちぃばすはかつて芝大門と呼ばれた増上寺カウンセリングルームに到着した。

 京介は降り際、運転手に礼を言った。この運転手はこれまで、相当な危険を冒している。

「おれは重火器であなたを脅し、無理やりここまで連れてきた。そういうことにしておくのだ」

「なんの話かな。おれはなにも知らないよ。なーんにもね」

 ドアが閉じる寸前、ちぃばすの運転手はうなずいた。

「世界を変えなければならないよ」

 京介は増上寺に振り向き、三解脱門を見上げた。ヒルズまみれの関東第一高校にあって、江戸の初期に大造営された当時の面影を残す唯一の建造物は、なるほど国の重要文化財の指定も納得の荘厳さだった。

 だがいまではただのカウンセリングルームだ。

 神妙な面持ちでかしわ手を打ち、一礼して三門をくぐり、境内に入った。手水舎で身を清め、本堂の前で二拝二拍手一拝をし、鈴のついた太いしめ縄を探してきょろきょろした。

 何度もしつこくかしわ手を打っていると、住職が大殿から姿を見せ、言った。

「神社へ行けい」

「おれは神社と寺の区別もつかないほどに混乱し、悩んでいる。だからカウンセリングを受けに来たのだ。理にかなった行動だ」

 当意即妙の答えに、住職カウンセラーは関心を示した様子だった。

 境内を散歩しながら、京介は悩みを打ち明けた。

「なるほど。美人のパトロネスを探しているが、性格が破綻した暴力的な美女でなければならないと気がついた、というわけじゃな?」

「そうだ」

「そしておまえさんの中のなにかが、まちがっていると叫んでいるのじゃな?」

 京介はうなずいた。

「難しい問題じゃ」

 住職は立ち止まり、安国殿を見上げた。赤々とした東京タワーが背後からぬっと顔をのぞかせ、歴史ある寺の景観に軽くケチをつけていた。

「では、おまえさんに聞くぞ。もし優しくて性格のいい子を〈仲間〉にすることで、世界を変えられなくなるとしたら、どうするね?」

「では逆に、性格が破綻した女子を仲間に引き連れれば世界を変えられるのか。そんなバカな話があるか。そして頭のおかしな連中に変えられた世界がまともであるはずがない。少なくともおれはそんな世界には住みたくない」

「なかなかの答え。さすがはIQ4600のことはある。じゃが、ひとつ言っておくぞ」

「なんだ」

「おまえさんの性格もだいぶ破綻しとるぞ」

「おれはまともだ。目がまっすぐ目標に向いているだけだ」

「まあよい。そもそも性格とはなにか。なぜ破綻していなければならないのか。性格とは、つまりは個性じゃな。いい性格、優しい性格も、また個性のひとつと言える。じゃが、『よさ』というものは、往々にしてわかりづらい。たとえば、寂れた商店街で捨て猫の前にしゃがみ、『捨てられちゃったの? かわいそうに』と頭をなでるような女の子は、どうじゃろう。まあ、いい子じゃ。銀河規模の宇宙戦争で大切な人がばったばったと死んでいく状況で、ひとりの女の子として『もう戦いはやめて!』と叫び、たまに地球をバックに祈りのポーズを捧げるような子はどうじゃろう。やはりいい子じゃ。じゃが、ひとりの女子として見た場合、どうも魅力が伝わってこない。『いい子だね。それで?』みたいな。それはなぜか。女神的、象徴的過ぎるからじゃ。つまり人間らしさに欠ける。人間は人間らしさを望み、愛するものじゃ。翻って悪い性格は、悪だけに悪魔的、つまりは人間らしい性格じゃ。悪い性格はバリエーションも豊富。陰湿だったり、病的だったり、根暗だったり、暴力的だったり、壊滅的だったり。よりどりみどりじゃ。そしてやがて、おまえさんはその子の真の魅力に気づき、こうつぶやくじゃろう。『こいつ、笑顔はかわいいんだよな』」

「その笑顔を貼りつけたまま半月刀を振りまわすのだ。それは人間らしさではない。犯罪らしさだ」

「かわいいとは思わんかね?」

「おれは優しい女の子がいい」

「わかっているはずじゃ。おまえさんの〈仲間〉となる女子の性格は、必ず破綻していなければならない。破綻せざるを得ないのじゃ」

「では折衷案だ。おれは、優しく破綻した資産家の令嬢を探す」

「茨の道じゃぞ。2巻で〈打ち切り〉じゃ」

「おれはおれの道を行く。そう、おれはおれのやりかたで、おれが心から愛せる仲間とともに、世界を変えるのだ! だれの目も気にすることなく!」

 京介はこぶしを固めたまま立ち止まり、元来た道へ振り返った。

「世話になった。心が晴れた。さすがはカウンセラーだ」

 三門へ向け文字どおり大きく一歩を踏み出した京介に、住職は鋭く声をかけた。

「話は終わっとらん」

「時間がないのだ。おれは今日じゅうに、すべてのヒルズをまわり、すべての女子と会わなければならない。あの女子を探すために」

「気づいとらんかもしれんが、もう放課後じゃ。それよりもっとスマートな方法がある。ついてきなさい」

 住職は杖をつき、東京タワー方面へ歩き出した。


   ◇


 ふたりは鋳抜門を抜け、徳川将軍家墓所の内部に踏み入った。砂利に足を取られながら、京介は墓所を見まわした。墓というだけあり、マイナスイオンだけとは言い切れない厳粛な雰囲気が漂っている。空からはやはり東京タワーがしつこく赤い痩身をのぞかせていた。

 住職は立ち止まり、白いもじゃもじゃ眉毛の下から目をのぞかせ、京介を見据えた。

「さて」

「ここに方法があるのか」

「いや、ない。徳川将軍家墓所と女子生徒になんの関連性があるのかね?」

「どういうことだ」

「おまえさんにはまだ、女子を選ぶ資格はない、ということじゃ」

「どういうことだ」

「ひとりの男として、強さに欠けるからじゃ」

 くわっと目を見開き、杖を高々と掲げた。

 千代田区方面からネズミ色の雲が沸き、みるみる港区上空を覆いはじめる。

 なぜか荒れ狂いはじめた風に法衣をなびかせながら、住職は大声を轟かせた。

「これよりおまえさんに、〈必殺技〉を授けよう!」

 寺の景観を執拗に邪魔しつづけてきた東京タワーに、天罰を思わせる雷が計6回降り注いだ。圧倒的な光とエネルギーに目をつぶされ、京介は思わず顔を背けた。

 いつの間にか、墓所は静けさを取り戻していた。

 京介はおそるおそる目を開き、半身の体勢から上体を起こした。

 半透明の武将が5人、目の前に並んでいた。

 並んでいるだけでなく、それぞれがよかれと思っているであろうポーズを決めていた。

「徳川!」

「戦隊!」

(ここで全員、両腕を複雑に振りまわす)

「ゾウジョウジャー!」

 京介は思わず両手で顔面を覆った。

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