第12話 地獄の授業録その2 格差の帝王学

 京介は肩を支えられながら、関東第一高校第6校舎ヒルズのエレベーターに乗り込んだ。心優しい同級生に礼を言おうとするも、脳は体液の循環を断固拒否し、あわあわとしか口にできない。横顔を見ることさえかなわなかった。

「次の授業は地下3階よ」

 京介はどうにかうなずいた。

「それほどまでに勉強が苦手なの?」

 京介はあううと答えた。

 エントランスに到着し、正面入り口からいったん外に出た。防災センター入り口から地下1階に降り、受付を抜け、長い通路を渡り、階段で地下3階へ降りる。いかにもプロレスラーが襲撃を受けそうな風情の地下駐車場をしばらく進むと、突き当たりに灰色の防火扉があった。

「さあ、教室に着いた。あとはひとりで、ね」

 右半身から柔らかさが消えた。京介は朦朧とする意識のなか、よたよたといちばん後ろの窓際の席へ向かい、どっかと着席し、天板にうつ伏せた。窓の外をぼんやりと眺める気力はすでになかった。そもそも地下に窓は存在しないのだが。

 だれかがぽんと肩をたたき、耳元でささやいた。

「授業はまだまだこれから。でも、とにかく耐えるのよ。その先に勝利があるんだからね! わかった?」

「おまえは一体」

 そのとき。

 教室内に突然、爆音が炸裂した。様式美メタル然としたけたたましいキーボードのアルペジオがスピーカーを揺らす。ドラムの乱打とともにヘヴィなギターリフが刻まれ、ずんずんと腹を突き上げる。

 色とりどりのレーザー光線による演出が視覚的に教室を彩った。

 あまりのやかましさに京介は思わず顔を上げ、教室中央に位置するプロレスのリングに焦点を合わせた。

 現代帝王論がいよいよはじまろうとしている。

 教壇側のドアが音もなく開き、政治学の世界的権威にして現IWGPヘビー級王座・カイザー菅原が、こぶしを高々と掲げ、虎の穴ノ門ヒルズ特設会場に入場した。




   カイザー菅原 プロフィール


 本名、菅原正堯。土木作業員の父と病気がちな美しい母のもとに生まれる。出生時は体重2100グラムの未熟児だったが、病院では親の収入と社会的立場から冷遇され、果ては市議会議員の娘に新生児室の保育器を横取りされる。生後2日で格差の現実を思い知らされた菅原は、産後の経過が思わしくない母の腕に抱かれながら、文武両道において頂点を極める決意を固める。

 生後11ヶ月で空手を習いはじめ、3歳で父に勝利、初の母親奪還を果たす。その後4度の母親防衛に成功。勉学にも励み、学業優等により白金台幼稚園を1年で卒業、4歳で小学校へ入学する。ケンカと学業に明け暮れたが、高学年のとき同級生のオカダくんに手も足も出ないまま敗れ、プロレスのすばらしさ、奥深さ、そしてプロレスラーの圧倒的強さに衝撃を受ける。

 1997年、京都大学法学部を首席で卒業後プロレスを志すが、母親の「博士号を取得してからでも遅くはないじゃない」との意見から研究に専念する。同年、京都大学法学部助手。1999年9月、同助教授を勤めるかたわら、猪木正道&猪木寛至のW猪木のすすめで新日本プロレスに入団する。

 デビュー後はアイドルレスラーとして地位を固め、2000年9月から2年間、ハーバード大学に客員研究員として招かれる。同年、IWGPジュニアヘビー級王座。2005年4月、京都大学法学部教授。2013年には国際戦略研究所客員研究員となるが、同年9月、桃屋のごはんですよを切らして緊急帰国。その後友人と原宿をぶらついているところを関東第一高校の教頭にスカウトされ、関東第一高校に教諭として赴任。

 2014年、試合後の地下駐車場で自家用車に(上半身裸のまま)乗り込もうとしたところ、東京大学大学院理学系研究科教授を兼任する帝政ロシア魔界からの使者・ツァーリ小島の襲撃を受け、カイザー菅原として生まれ変わる。絶対王政同友会を結成、リング内外で非道の限りを尽くす。試合後の決めゼリフ「エ・トゥ、おまえもか!」が同年の流行語大賞となる。

 主著には3400万部のベストセラー『現代帝王論』(関東第一高校出版会)のほか、『心がフッと軽くなる帝王学』(関東第一高校出版会)などがある。




 上半身裸のカイザー菅原が、黒いリングの中央に立ち、マイクを手に叫んだ。

「いいかてめえら! てめえらは賢い。全員がエリート候補だ。未完の帝王だ。だが現代における王は、勉強ができるだけではダメなんだぞこの野郎! そのベルトにふさわしい品位・風格を兼ね備えてはじめて、てめえらは真の王者と呼ばれるんだ! メリトクラシーもけっこう。だが実力主義ってのはな、氏より育ちという、庶民に夢と希望を与える意味合いも含まれる! 努力すれば報われる、ってな。バカ野郎! んなわけねえだろ! 格差ってのはな、そんな甘っちょろいもんじゃねえんだ! おい、そこのブタ眼鏡。エリートの反対はなんだ?」

「負け組です!」

「そのとおりだぞブタ野郎! てめえは勝ち組エリートとして、負け組をどう扱う?」

「王の尻を拭かせます!」

「ちがう! ちがうぞブタ野郎! てめえはヘンリー8世か! 21世紀の社会においては、負け組も勝ち組も同じ人間だ! 差別できねえからこその現代社会だろ! だが学力格差、賃金格差、地域格差、健康格差などの格差は、厳然とそこに存在する! だが社会のせいだけじゃねえぞ。格差係数50パーセント以上の遺伝的な『能力』格差が、産まれたそのときから、いや産まれる前から、事実として、てめえらが生きる現実に横たわっているんだ! 負け組となる要因の50パーセント以上は産まれだ! 文字どおり親のDNAだ! その現実に、負け組どもは目をそらす。そしててめえら勝ち組も、ある意味では目をそらしている! いい気になるなよブタ野郎! 腹筋50回! はじめ!」

 ブタ野郎は席を立ち、スロープに寝転がって腹筋をはじめた。

「どうだ、恥ずかしいか。ブタ野郎と罵られ、差別されるのはどんな気持ちだ。BMI格差を肌で実感したか。てめえらはいったん、負け組に落ちなければならねえ。負け組の惨めさ、やるせなさ、将来への不安などを、肌身で感じ取るために! その先に真の支配がある! 負け組どもの負の感情を、刹那的な快楽への欲求を、体で理解するんだよ! それは政治、ビジネス、ご近所様とのお付き合い、さまざまなレベルで役立つ! そうしてはじめて真のエリートとしての地位を築き上げることができる! ん?」

 カイザーは唐突にマイクを下ろし、リング外の一点に目を向けた。

 再びマイクを持ち上げ、指をさし、不明瞭なガラガラ声で言った。

「おい、岸田京介」

 京介は顔を上げた。

「なんだ」

「てめえ、なぜ天板の上がきれいさっぱりしてんだ。おれの代表的著書『現代帝王論』(関東第一高校出版会)はどうしたこの野郎」

「洗濯屋が紛失してしまったのだ」

「ぐえっへっへ。気に入ったぞ。うまい返しをしたご褒美に、特別に稽古をつけてやる。リングに上がってこい」

 京介はがたりとイスを引き、立ち上がった。シャツを脱ぐべきかどうか迷いながらリングへ向かう。

 カイザーを見上げながらゆっくりとリングサイドを歩く。

「カイザーよ、おまえについては根本からまちがっている。なぜ教職とプロレスを両立できるのだ。二足のわらじにもほどがある」

「元気があればなんでもできるんだ。はやく上がってこい。2つの意味で血祭りに上げてやる」

 京介はついに、腹ばいでリングにすべり込んだ。

 颯爽と立ち上がり、リング中央で向き合う。

 カイザー菅原がマイクを持ち上げ、言った。

「岸田京介。格差とはなんだ」

「悪いことだ」

「てめえの主観は聞いてねえ! 学問としての定義を聞いてるんだ」

「格差とは、まちがったことだ」

 カイザーはわずかに肩を落とした。

「まあ、いいんだけどさ」

「いいならいいだろう」

「いや、よくねえ! てめえのようなゆとりが、20年前、日本を滅ぼしかけたんだ! なぜ勉強しようとしねえ。なぜすぐにあきらめる。なぜベルトを目指そうとしねえんだ!」

「全員がIWGP王者になったのなら、それはもはや王者ではない。ふつうのプロレスラーだ」

「ならば新しい王座をつくればいいのだ。個人の成長とはそういうものだ。多様な個があり、ゆえに多様な目標が存在し得る。それらのほとんどは目に見えない、漠然とした目標だ。では目に見える目標とは? そう、『デビューをつかめ!』だ。そうしてお仕着せの『目標』を目指し、てめえは敗北する。てめえ自身を見つめてねえからだ! まずてめえ自身の頂点を目指し、戦い、てめえ自身に打ち勝ち、そのあとはじめて社会のレベルの、『デビューをつかめ!』にチャレンジできるようになるんだよ!」

「いいことを聞いた。ではおれは、新しい世界の王となろう。その世界では、だれもが勉強せず、そもそも授業がない。だがなぜか学校には毎日通う。高校は単におしゃべりの場となる。教師は背景となり、黒板には意味を成さない英単語や数式の羅列、またはスタッフにしか通じない内輪ネタが書かれる。その理想の世界を、ラノベと呼ぶ」

 カイザーの表情が揺らいだ。

(ラノベ、だと?)

「てめえ、その言葉、どこで聞いた」

「ラノベを知っているのか」

「いや、そんな言葉は知らねえ! じゃあてめえはなにか、かつてのゆとり社会が理想だってのか?」

「ゆとりがあればなんでもできる」

「ならてめえの食べるコロッケパンはだれがつくる? 土曜日を半日潰すスマホゲームはだれが開発する?」

「有能なだれかがつくるだろう」

「そうだ! それが格差の本質なんだよバカ野郎! てめえのようなやつは、社会において、自ら負けを認め、自ら負け組に成り下がるんだ! だがそれは構わん。個人の自由だ。そしててめえは、有能なだれかがつくったコロッケパンを食べ、有能なだれかが開発したスマホゲームで土曜日を半日潰す。言いたいことがわかるか? 格差あってこそ、てめえは負け組に『なれる』んだよ! 平等がいいと言いながら、有能なだれかにおんぶに抱っこで暮らしてるんだよ!」

「平等がいいとは言っていない。おまえらは悪だと言っているのだ」

「関東第一高校のどこが悪だ?」

「勉強のみを強いているだろう。歴史にはもちろん疎いが、かつて現在のような時代は存在しなかったはずだ」

「なぜ言い切れる? 超高度教育がはじまったのは20年前、てめえが産まれる前だ」

「思えば中学時代、おれはふつうに同級生と無駄口をきいていた。女子と他愛のないおしゃべりを繰り広げていた。もちろん勉強もしていた。だが高校に入学したとたん、すべてが変わった。人生が勉強のみになった。もしかすると、高校とはずっとそういうものだったのかもしれない。だがあまりにも極端すぎる。そして」

「なんだ」

「おれと同じ劣等生は、一体どこにいるのだ。格差社会なのだろう? だからこそ帝王論などという授業が行われるのだろう?」

 カイザー菅原は一歩後退した。

(まずい。こいつ、ただのバカではないのか?)

「おしゃべりは終わりだ!」

 マイクをマットにたたきつけ、つづけて肉声で叫んだ。

「楽しいお勉強の時間だぜ、岸田京介!」

 そしてトップロープを両手で握り、恐るべき力で揺すりながら、右足でストンプを繰り返した。テレビでおなじみのアピールに、観客ならぬ生徒がおーおーと声を上げる。

「やってしまえ! 負け犬を負かせ!」

 腹筋を終えた小太り眼鏡が汗だくで叫んだ。その瞬間、京介は確信した。

 この光景をまちがっていると言わずしてどの光景をまちがっていると言えるだろう。

 生徒のひとりがなぜかゴングを鳴らした。

 カイザー菅原が振り返った。汗が光る分厚い胸板を向け、ゆっくりと近づいてくる。特別講義攻撃を繰り出すつもりだ。京介の脳に1コマ目の授業がフラッシュバックした。勉強アレルギーによるコルチゾール不足で低血糖を起こし、足元をふらつかせた。

「ぐえっへっへ。そのふらつきかたを見れば、てめえは難しい話、長い話、改行の少ない話、セリフのない話、イラストのない話が苦手なのはよくわかる」

「レスラーとしてのおまえを恐れているだけだ」

「心配するな。どんなバカでもわかるよう、わかりやすく話してやる。てめえだって、賢くなりたい。そうだよなあ?」

「本当に、難しくないのか」

「安心しな。なにもてめえを潰そうってんじゃねえ。ひとりの教育者として、勉強の楽しさ、すばらしさ、圧倒的な強さを伝えてやりたい、そう思っているだけだ」

 京介はわずかにほっとし、血糖値を正常に戻した。

「ただし、改行はなしだぜ!」




   カイザー菅原の 格差バンザイ!


 ぐえっへっへ。岸田京介くん、帝王とは統治者、つまり上に立つ者だ。上に立つということは、下にだれかがいるということだね。当たり前のように聞こえるかもしれないけど、重要なことだよ。格差のない平等な世の中って、あり得るんだろうか。すごくゆとりが感じられる考え方だよね。で、ちょっと考えればわかることなんだけど、平等な世の中はあり得ない。まず人間には、さっきもちらっと言ったけど、個体差というものがある。性差とか、身長体重とか、頭の出来とか。例の1万円札の中の人は、学問のナントカという本に「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」と記したわけだけど、努力だけの差じゃないんだよね。だって、考えてもみてよ。人間は可能的にまったく同じ構造で産まれてくると思う? 赤ん坊だとわからないけど、成長すれば、顔は少しずつちがってくるよね? だいたい人種が異なれば、生まれたばかりの赤ん坊ですら、どちらがどちらかを判断できる。ちょっと危ない話だけど、つづけるよ。で、不細工なきみは、人生において、いずれイケメンになるという可能性をあきらめる。あきらめてるよね? でも脳の勝負は、いつまで経ってもあきらめない。これ、ものすごく現代的なイシューだね。きみの気持ちはわかるけど、でも脳においてもイケメン脳とブサメン脳があって、努力がどうとかじゃなくて、文字どおりの別種族、ハイエルフとウッドエルフくらいのちがい、格差が、まさに産まれたときから厳然と存在するんだ。まず遺伝的な差があり、「差」ゆえに差別が生まれる。小学生由来の「バカ」「デブ」「ブス」だ。原始的ながらも上下関係が生まれる。身長順に並ばせるのは差別につながるざます! いますぐやめるざます! ほんとにそうかな。並ばされるのはべつにどうでもよくて、どうでもよくないのは同級生からの「チビ」というレッテルだ。意味はぼんやりとしかわからないけど、貶められていることはわかる。他者を貶め、優位に立つ、これは動物だから当然の行動だし、この機能がなくなった日には、人類はもはや人類ではなくなってしまうだろうね。能力差は確実にある。そして人間は社会を形成し、社会に暮らす。小さな社会、たとえばきみとぼくだけの社会というものを考えても、そこに上下関係はあらわれるだろう。無人島で、ふたりきりであれやこれやを補いながら協力して暮らす。片方は釣りが得意、片方は狩りが得意。格差あっての取引、つまり経済だ。格差がなければ社会もない。そもそも寄り集まって暮らす必要がない。社会において、あれは苦手、あれは得意、とだんだん固まってくる。トータルの「個性」が、お互いの認識の中にできあがる。ぼくは945点。きみは640点。そうして自然に支配がはじまる。得点は、その時々の社会が要請する能力ほど高い。イケメンは高得点。チビは、煙突や炭鉱に潜るニーズがないし単にかっこ悪いのでマイナス点だ。下剋上、アメリカンドリームはないのか。おのれ自身も気づかない、秘められた才能が眠っているかもしれない。そうかもね。だったら単純に、見つけて、磨いて、ざまぁすればいい。可能性はある。でもちょっと考えてみようね。「秘められた才能」ってなんだろう? そしてなぜ、世の中でヒーローものや成り上がりの物語がもてはやされるのか? ところできみの親は、教育熱心かな? 昨今はエピジェネティクスなど、人間能力の後天的な発展の可能性が研究によって示唆されているね。エピなんとかってのは、簡単に言ってしまえば、きみの設計図に後天的な装飾が加えられるよ、っていう夢と希望に満ちた話だ。努力すれば報われるかもしれない、ってね。でも、バカの子はバカっていう研究結果もある。育った環境はまったく関係なくて、たとえば貧困家庭に生まれ裕福な家庭に養子として迎え入れられた子は、すばらしい環境で育ったにもかかわらず、いい人生を送れなかったという例もある。やっぱり遺伝がすべてなのかな? 親と子はよく似る。でもよく似るのは、先に話したとおり、外見だけじゃない。内臓もよく似る。胃も小腸も肝臓も、そしてもちろん脳みそもね。そりゃそうだ。なのになぜ、脳みそは環境に左右されると思うのかな。環境によって見た目が変わったりはしないだろう? いや、ちょっとは変わる。ひどい人生で苦み走った顔になったり、勉強しすぎで眉間に深いしわが寄ったりする。でも、根っこの部分は変わらない。根っこの部分が変わったりしたら、きみがきみでなくなってしまうだろう? つまりどこまでが遺伝的で、どこまでが可能的なのか。そこの線引きはできない。でも少なくとも、きみの能力の一部は、親の能力で決まる。そしてたいていは、大学教授の家に養子に出されることなく、その親の元で成長する。その親が、その親なりにしつらえたコミュニティの中でね。親が負け組だったら、どうだろう。負け組は負け組どうし、くっつき合う。だからこそ高級住宅地なるものが存在する。スラムの例えのほうがわかりやすいかな。そこできみは、一発逆転を狙わなければならない。でも外の世界をだれも教えてくれず、スラムの世界しか知らないきみに、なにが一発逆転を狙うと決心させるんだろう? いわゆるネット社会においては、可能性があるかもしれない。でも知ってのとおり、クロマチンの装飾を変えるほどの努力は、並大抵じゃない。生まれ育つ外部環境も遺伝のうちと言えるんだね。さて、きみたちは運よくすばらしい家庭に生まれ、エリート街道を邁進中の勝ち組だ。関東第一高校のみんなが勝ち組だ。あ、岸田京介くんはちがうかな。まあいいや。で、どうしてきみたちは賢いのか。そう、親が賢いからだね。そして賢くなるべく環境を用意してくれた。でも、待てよ、関東第一高校の生徒32万4000人の親が、そろいもそろって賢い? そんなのあり得るの? あり得るんだな、それが。木村先生のシン刑法は、みんな暗記済みだよね。第何条だったかは忘れたけど、バカと結婚すると死刑という条文があったはずだ。教育の抜本的改革を推進する現日本政府と各種委員会による、生物学的政治学的経済学的リサーチの結果に基づく法改正だ。バカはどこへ行っちゃったのかな。さあ、たぶんどこかにいるんだろう。すごく安い賃金で、まさに家畜のように、紡績工場とかで働いているんだろうね。ぼくの家にはメイドさんがいる。言い方は悪いけど、いわゆる召使いだね。お手伝いをしてもらい、その代わり賃金を支払う。そういう関係だ。ぼくが上、メイドさんは下。きみは将来、ご主人様としてメイドさんを雇う。どう接するべきかな。郵便を持ってきてくれた。パーティー前に髪を飾ってくれた。「ありがとう」と言う。それじゃダメだ。メイドというものは、きみと対等ではない。同じ人間ではないんだ。さっき話したとおり、社会的に、遺伝的に、劣る者なんだ。だからといって、好き勝手におっぱいを触ったりしてはいけない。それでもやっぱり同じ人間だからだ。このバランス感覚、わかるかな。きみたちは今後、王として、上に立つ者として、勝ち組として、自覚し、振る舞わなければならない。いずれはきみたちも、子を授かる。自分の子供は、賢くあってほしい。エリートであってほしい。だよね? だから親となるきみは、王でありつづけなければならない。自分の中の王の遺伝子を育て、受け継がなければならない。きみ自身の人生と、家族と、そして国家のためにね。まとめると、人は本来的には平等なんだけど、同じ種でも個体差は存在する。個体差のあるものどうしが集合し、入り交じり、補い合う。それが社会だ。そして補い合いとはつまり、本質的には勝ち負けってこと。つまり格差だ。社会活動においてトータルで勝った者が、勝ち組になる。勝ち組は子をつくり、勝ち組遺伝子を受け継ぐ。環境も遺伝のうちだから、子は勝ち組になる。そして子には、勝ち組であることを、しっかりと自覚させなければならない。財産や立派な屋敷、蔵書、メイドさん、そしてきみ自身の態度でね。環境は整っている。遺伝子も優秀。あとはきみ自身の適切な振る舞い方だね。それを帝王学で学ぶ。それは地位の低い者を、地位の低い者として、その時代その社会に応じた適切な方法でもって支配することだ。昔の王様みたいにしろっていうんじゃないんだよ。いまこの時代この社会における幸福の実現と経済のさらなる成長のために、いまこそきみたちエリートは、「優しい支配」を学ばなければならない。能力の劣るメイドさんにしっかりと立場をわからせ、その代わり生活を保証してあげる。それのどこが悪いんだろう? まちがっていると思うかい? 岸田京介くんがさっきから、混濁した意識のなか、まちがっている、まちがっている、とつぶやいているよね。まちがっているのかな。うん。そうだ。まちがっている。だが同時に、これは真実だ。あとはきみ自身が、どう受け止めるかだ。負けたいのなら、お好きにどうぞ。だれも止めはしないし、そう思うからこそ、きみは生まれついての負け組なんだ。そこのところをよく考えることだ。




「ということだ。てめえ、よくわかったか!」

 京介はよくわかっていなかった。しかもいつの間にか上半身裸でリング中央に大の字で寝そべっていた。

「ここがてめえの墓場だ!」

 カイザーはロープに走りこんで勢いをつけてからエルボードロップを京介の喉元にたたき落とし、そのままフォールした。

 カンカンカンカン。

「口ほどにもないやつめ。てめえは負け組決定だ。負け組の人生は厳しいぞ。いまからしっかり受け身の練習をしておけ」

「おまえのいう負け組は、どこにいるのだ」

「いるぜ。そこらじゅうにな」

「おれは17年間、そのような不幸な者を目にしたことがない」

「見えていないだけだ。文字どおり、住む世界がちがうからな! そのうちわかるぜ、高校を中退したら、すぐにな! ぐえっへっへ」

 カイザーは試合が終わったにもかかわらず、リング下からパイプイスを2脚取り出し、リングに放った。腹ばいですべり込むようにリングインし、まず京介の右脚にパイプイスを絡め、それから別のイスを振り上げた。

 女子が叫んだ。

「やめて!」

 カイザーはやめなかった。183センチ103キロの全体重を乗せて京介の膝めがけてイスをたたき落とした。

 そしてなにごともなかったかのようにマイクを拾い、生徒に向かってアピールした。

「では次回は、先日発売されたばかりのおれの著書『優しい支配者』(関東第一高校出版会)を各自購入し、第一章を必ず読んでくるように。ではみなさん、ご起立願います。ご唱和ください。せーの」

 エ!

 トゥ!

 おまえもか!!!!

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