第26話 ギルドの指名依頼

 金曜日の朝1番に、リリーメルの冒険者ギルドに行くと、ギルド長のエンリケに声を掛けられた。


「お早う御座います、ユウリさん、ユキさん」


「「お早う御座います」」



 俺とユキは2人で常時依頼の薬草を売りに来たところだった。

 研修所や自宅の周りで、草むしりをするついでに採取した物だ。 


 通常の草むしりは結構疲れるが、俺とユキは手を使わずに直接インベントリーに入れてしまうので、半径5メートルぐらいに生えてる草を丸ごと全て回収してしまう。

 つまり俺達は、ただ草原を歩いてるだけだ。


 薬草と山菜以外の雑草は家畜の餌として干草にしている。

 又、インベントリーの中の物は、手を使わずに仕分けする事が出来た。

 インベントリーの出し入れは、確認出来れば10メートルぐらい離れていても出来るが、出し入れできる距離には個人差があるらしい。



「ユウリさんに、指名依頼が来てるのですが、話を聞いて貰っても良いですか?」


「はい」


 俺はユキの顔を見て、頷くのを確認してから返事をした。



「今回の依頼は、リリーメルからオダルスネという町への往復の商隊護衛です。オダルスネは北方の町で、馬車で片道1週間掛かります。馬車は4台で護衛人数は8人ですが、ハーマルのギルドからBクラスの冒険者が5人来ますので、オゥログ様と御2人にお願いしたいのですが?」


「往復で2週間ですかぁ……」


「はいそうです、オダルスネにも1泊して貰います」


「う~ん、オゥちゃんに確認してみないと決められません……です」


「はい。……実はオダルスネの食料貯蔵倉がコボルトの群れに襲われたので、食料を急いで送りたいのです」


「そう言う事なら、オゥちゃんはきっと受けるでしょうが……、コボルトを退治しないと、又、貯蔵庫が襲われるのではないですか?」


「そうですね。商隊は1泊してすぐに帰りますが、ハーマルの5人の冒険者はそのまま町に残り、現地の冒険者と一緒にコボルト退治をする事になっています。ユウリさん達3人は、復路の商隊護衛をしながら馬車で先に帰る事になっていますので、コボルト退治には参加しない予定なのです」


「解りました、オゥちゃんに確認して来ても良いですか?」


「はい、お待ちしてます」




 俺とユキは広場に行きオゥちゃんに依頼の説明をした。

 そして、もちろんオゥちゃんは心良く了承してくれる。


「ユウちゃんとユキちゃんはええのかぁ?」


 俺が見るとユキは笑顔で頷いた。


「はい、それではギルドに行って依頼を受けて来ますね」


「お願いするだぁ」



 俺は再びギルドへ行って護衛依頼の手続きをした。


「有難うユウリさん、出発は明後日あさっての朝を予定してますので、宜しくお願いします」

 ギルド長のエンリケが笑顔でそう言う。


「はい、こちらこそ宜しくお願いいたします」






 2日後の朝早く、俺達はリリーメルの広場で商隊と合流した。

 ハーマルの冒険者のリーダーらしい人を見つけたので挨拶に行く。


「お早う御座います。リリーメルの冒険者ギルドに所属しいるユウリと申します。こちらの2人はオゥログとユキと申します。宜しくお願いします」


「お早う御座います。私はボアズ、ハーマルのギルドに所属してる「銀の翼」のリーダーをしてます。こちらの4人も皆「銀の翼」のメンバーです」


「皆さん、宜しくお願いします」


「「「「お願いします」」」」


 お互いに挨拶を交わした。



「ひゅぅぅ、こんなベッピンさんが田舎で冒険者をしてるなんてビックリだぁ!」

 「銀の翼」の若手が、にやけ顔で言う。


「ありがとう、私はユウリの妻でユキと申します。剣術に覚えがあります、宜しくお願いします」


「なんだぁ……結婚してるのかぁ」


「おい、ユング! 失礼だぞ。すいません教育が足りなくて……どうか許して下さい」


「いいえ、御気になさらないで下さい」


 ユキが微笑んだ。



「オゥログ様、ユウリ様、ユキ様、今回も宜しくお願いします」

 馭者頭のロンロンが挨拶に来た。


「こちらこそ宜しく頼むだぁ。様付けは、止めて欲しいだぁ」


「はい、仰せの通りにさせて戴きます」


「そんなに改まった敬語を使わないで下さい。もっとフレンドリーに話しましょう」


 俺はニッコリしながらロンロンさんの両手を握って、


「前回と同じように、気楽にお願いしますね」と言った。


「有難う御座います」


 ロンロンの頬が少し赤くなった。



「ロンロンさん、私の妻は愛馬に乗って馬上で護衛しても良いですか?」


「はい、駿馬グラーニさんなら、こちらこそお願いしたい所です」


「有難う御座います、お言葉に甘えさせて戴きます」


 ユキが微笑んで見つめると、ロンロンの顔がさっきより紅潮した。



 「銀の翼」も2人が馬上護衛だった。

 ユキを含めた馬上護衛者3人は、商隊の先頭を行く。

 残った冒険者は馬車に分乗した。

 ユキがまたがるグラーニは、他の2頭よりも大きくて姿形も美しく、葦毛の馬体が銀色に光っている。


「素晴らしい馬ですね、何処で手に入れたのですか?」


 「銀の翼」の若手冒険者ユングが、馬上でユキに話し掛けて来た。


「養父から頂きました」


「良いお義父とう様ですね」


「はい、とっても」



「お義父とう様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「……申し訳ありませんが聞かないで下さい」


「はい……分かりました……」




 道程が長い為、商隊は急がず進む。

 3月に入りポカポカと日差しが暖かかった。


 ロンロンが小声で話しかけて来る。


「ユウリさん、今回は「銀の翼」が一緒ですから、食事は通常の商隊飯で行きましょう」


「はい、分かりました。……たまたま狩が出来て、肉が手に入った時はどうしますか?」


「その時は料理して美味しく食べましょうね」


「はい」


 俺のインベントリーが、「銀の翼」に知られない様に気を使ってくれてるのだろう。



 北隣の町ドンホスの町へ続く街道を馬車が進む。

 西には山脈が連なり、麓には冒険者育成用ダンジョンが有るが、俺は何度もこの辺り迄は来ている。



 昼食は商隊から提供された硬い黒パンと、野菜クズを入れたスープで済ました。


「「「ご馳走様~」」」


「食べてすぐ馬車に揺られるのは良くないので、30分ほど休憩してから出発しましょう」


 ロンロンが大きな声で皆に声を掛けた。



 ユキはグラーニにまたがり森の中に入ると、わずか数分で鹿を狩って帰って来た。


「ハヤッ!」


 「銀の翼」の若手ユングが驚きの声を上げた。



 鹿の首の頚動脈を切って後ろ足をロープで縛り、木の枝に逆さに吊るした。出発の時間まで血抜きをするためだ。

 心臓を止めない様にすると早く血が抜けるので、残酷だがとどめを刺していない。時間を短縮する時の裏技で、勿論経験豊かな冒険者は知ってる事だ。

 血が滴り落ちる場所に穴を掘って置き、血抜きが終わったら土を掛けておく。肉食の獣が血のニオイに集まってきて、ここを通る人に危害を加えないためのマナーだ。ちなみに、用を足した後に、同様に土を掛けるのも同じ意味合いが強い。大自然の中では人間は少数派なのだから。


「うーん、冒険者としての経験が少ないと聞いていたけど、とても手際が良い」


 「銀の翼」のリーダー、ボアズが感心していた。


 血抜きをしてない獲物は血の臭いが酷いので、今回はこの様に処理したが、インベントリーに入れる時はしなくていい。


「今夜は鹿肉が食べれるのかな?」

 例の若手ユングが嬉しそうに言っていた。



「ユキ、この冒険者たちは貴族のパーティかもね」

 と、俺は小声で言う。


「はい、私は異界で眠る前にここにいる何人かと会った事があります。ホクオー国騎士団長のボアズとその団員達です。それに若いユングはホクオー国の第3王子のはずです」


「えっ……、どういう事だろう?」


「うふふ、何か事情が有りそうですね」



「ふ~む、俺達の事を調べにきたのかな?」


「それも有るかも知れませんけれど、やはりコボルトの問題が主目的メインでしょう」


「それは、そうだね」


 オゥちゃんは気持ち好さげに居眠りをしていた。




 何事も無く1日目が終わった。

 俺達3人は簡易テントを出して一緒に入る。

 ただし、気付かれない様に交代で【転移】して、風呂に入り着替えをした。

 俺は研修所に預けてたナオちゃんを連れて来て、テントに【転移】して一緒に寝た。

 寝袋の中に魔道具懐炉カイロを入れたのでポカポカ暖かかった。




 朝起きると隣に寝ていたはずのナオちゃんがいない、トイレかな?

 外に出ると、すぐそばでロンロンさんと一緒に遊んでいた。


「仕舞った! ご迷惑をお掛けしてすいません。すぐに家に連れ帰ります」


「良いんですよ、どうぞこのまま一緒に同行させて下さい」


「しかし、迷惑を掛けたら……」


「大丈夫です、私共は気にしませんから。この子も特別なんですよね?」


「はい……そうですが。迷惑を掛けたらすぐに帰しますね」


「はい、それで結構です」




 「銀の翼」のメンバーは、一緒に朝食を食べてるナオちゃんを見て、怪訝な表情をしていた。


「可愛い子ですね、2人のお子さんですか?」

 ユングが尋ねた。


「妹の従魔なんです……【鑑定】しても良いですよ」


「はい、実は【鑑定】スキルを持ってるのですが、貴方達3人を【鑑定】出来ませんでした。この子にも【鑑定】させて貰いますね」

 ボアズが正直に話した。


「幼児を【鑑定】!、……見えた! えっ……神獣!?……」


 ボアズがひざまづき最敬礼を取ろうとするので、慌てて止める。


「私達の家族でまだ子供ですから、その必要はありません」


「しかし、神罰が当りませんか?」


 第3王子ユングが心配そうにナオちゃんを見る。


「当りません!」



「貴方達の素性についても、お聞きして良いですか?」

 ボアズが恐る恐る尋ねた。


「ある程度、予想してらっしゃるのでしょう?」


「はい……オークキングとオーガロードを倒してますよね……、貴方達は人間では無いのですか? 神獣は人間の従魔に成りませんよね?」


「そうかも知れません、でも私とユキは人間です。……私達3人は妖精の森に住んでますが、それ以上は言えません、冒険者の個人情報秘匿権利を主張させて頂きます。許して下さい」


「……分かりました。私達は個人情報を守ります。このまま護衛依頼を遂行しましょう」


「「はい」」



 ナオちゃんは、昨日の夕食の残りの鹿肉を美味しそうにかじってる。ユングはパンを食べながら、それをジーッと見つめていた。


 すると、ナオちゃんがユングの視線に気付いて、


「ウマッ!」

 と、サムズアップした。


「ウマッ! だなっ」

 ユングがニカッと、それに答えた。





 北隣の町ドンホス迄行く途中で、時々魔物が商隊を襲って来たが全く被害は無く、おおむね順調に到着した。

 ドンホスはリリーメルと同じぐらいの町らしい。

 小さな宿が1軒しかないので2人で1部屋に泊まる。1泊2食付きだった。



 朝は【転移】で妖精の森に戻り、畑に水遣りをする。

 なんと、分体のもう1人のオゥちゃんが、家畜の世話をしていた。


「畑も家畜もオラが世話をするから、ここに戻らなくても良いだぁ」


「はい、有難う御座います。よろしくお願いいたします」


 俺は再び【転移】してドンホスに戻ると、早かったので余裕で朝食に間に合った。



「皆さん、お早う御座います」


 ロンロンが今日の行程の説明を始めた。


「ドンホスからオダルスネへの道は峠越えに成ります。街道は狭く道路整備状況も良くないと思われます。慎重に進む事も必要に成るでしょう」


「分かりました」

 ボアズが答えた。


 俺はレーダーマップを見ながら【探索】を無詠唱で発動した。

 峠を越えた中腹に100匹余りの魔物の群れが居る……コボルトの棲家だろう。

 他に、商隊の脅威となる魔物は見当たらなかった。



 峠の手前で1泊した。

 山に残雪が多く見える。

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