第173話
「暗殺者ギルド……?」
アルフェは、フロイドが口にした組織の名前を繰り返した。
吟遊詩人を装って自分に近付いてきた男が使用した凶器を、アルフェはフロイドに見せた。心当たりは有るかと問うと、そういう答えが返ってきた。
冒険者をしていると、そのギルドの名前はたまに耳にする。盗賊ギルドと同じく、存在するという噂だけなら、一般市民でも聞いたことがあるだろう。ただし、それらの組織が本当に実在するのかどうかを、自分の目で確かめた人間は、それほど多くないはずだ。
金で非合法の殺人を請け負うようなごろつきは、冒険者にも多い。中には、ほんの数枚の銀貨と引き換えに人を殺すような者もいるが、そういう者は大抵の場合、冒険者としての実力もたかが知れている。
それに冒険者組合は、身内にそういう殺人者が出ると、内々に賞金を懸けて、事が公にならないうちに葬ろうとする。組合――ギルドという組織を守るためでもあるが、そういう感覚があるだけ、冒険者組合はまだまともな組織なのかもしれない。
しかし、暗殺者ギルドは違うという。彼らは完全に、職業的な殺人者だけで構成されている。はした金で依頼を受けるような事も無く、主に権力者による政敵の暗殺のために、高額で雇われる手練ればかりだと、まことしやかに囁かれていた。
「ユリアン・エアハルトは、殺しを生業とする、後ろ暗い連中と繋がりを持っていた。エアハルトで俺の相棒にあてがわれていたのは、そういう男たちです。それが暗殺者ギルドの構成員だったというのは、俺の推測に過ぎませんが」
ユリアンの弟であるクルツを暗殺するために、フロイドがエアハルトで行動を共にしていたのは、エアハルトの領外からやって来た男たちだったという事だ。今回の吟遊詩人のように、その男たちも表向きの生業を持っていた。
「二、三度カマをかけたことがあります。だが、奴らは肯定も否定もしませんでした。しかし、あれだけの技術を持った奴らを何人も送り込める組織が、他に有るとは思えません」
「……では、今回私を狙ってきたのも?」
「恐らく」
「依頼主は?」
「教会と神殿騎士団でしょう。キルケル大聖堂では、派手に顔を見られた」
フロイドは苦笑している。不在の間にアルフェが命を狙われたと聞いても、この男に驚いている様子はない。大聖堂であれだけ暴れて、パラディンの命まで奪ったのだ。むしろ、来るべきものがようやく来たかという顔をしている。
「しかし、俺たちが大聖堂の“奥”で見たものは、教会にとっては余程の秘密のようですね。それとも、パラディンが貴女のような小娘に殺された事を、認めたくないのか。いずれにしても、表立って騎士を派遣して来ないのは、そういう事だと思う」
「エドガー・トーレスに止めを刺したのは、私では無かった気がしますが……」
アルフェはそう言ってから、少し悩んだ。
フロイドは、教会がアルフェに暗殺者を放ったのだと信じ込んでいる。しかし彼女には、もう一つ身柄を狙われる心当たりがあった。だが、それをこの男に話して良いのか。
「どうしました」
フロイドは顔に疑問符を浮かべている。既に素性も本当の名前も教えてしまったのだ。今さらな心配だったとアルフェは思った。
「個人的には、もう一つ心当たりがあります」
「……それは?」
「ドニエステ王国が、私を見つけたのかもしれないと思いました」
「……なるほど。貴女は、ラトリアの遺児でしたね」
「はい、そもそも王国がラトリアに侵攻したのは、私とお姉様の身柄確保が目的だったと聞いています」
それから、アルフェはフロイドに対し、己が知る限りの事情を語った。王国によるラトリア侵攻がアルフェたち姉妹の身柄確保を目的として行われたという、クラウスから聞かされた話や、王国に仕える魔術士によって、アルフェの師が殺された話。その魔術士が、エアハルトで現れた死霊術士を引き連れた男と同一人物である事など、アルフェが知る全てを。
「――以上です」
語り終えた時にはアルフェの喉が渇いた程、長い話になった。その間、フロイドは立ったまま身じろぎもせずに聞いていた。
「何か質問は有りますか?」
「……いや」
「ですので、王国が私を殺しに来る事も考えられると思うのです」
「しかし、貴女に死なれるのは、王国の目的とは矛盾するのでは?」
「正直なところ、それがよく分かりません」
アルフェ、もしくはアルフェの姉を、ドニエステは何のために確保したがっているのか。それは依然として不明なままだ。アルフェはクラウスの言葉などから、それが王国の結界に関する何らかの事情が関わっているのではないかと予想しているが、確証は無い。
その後も二人は、暗殺者を送ってきた人間についての推測を重ねたが、結論は出なかった。
ただ――
「きっと、“次”も有るでしょう」
アルフェのその言葉には、フロイドも迷い無く同意した。
「一度、どこかに身を潜めますか。帝国は広い。本気で隠れれば、そうは見つからない」
「そうですね……」
フロイドの提案は一理あった。だが、隠れているだけでは何の解決にもならない。探す側が諦めなければ、いずれ同じ事になる。ほとぼりを冷ますという言葉が、アルフェを狙っている者にも通用するかは疑問だ。
色々と考えてから、アルフェは一応の結論を出した。
「取りあえず、この村からは早々に出発することにします。これからの事については、道中で考える事にしましょう。次は、頼んでいた件についての報告をお願いします。テオドール・ロートシュテルンという神殿騎士について」
「その事ですが、情報屋組合からこんなものを預かりました。これを読めば分かると」
そう言ってフロイドが差し出したのは、数枚の紙に書かれた報告書のようなものだ。というより、それはまさにテオドールという騎士に関する調査報告書だった。依頼から十日足らずでこんなものを寄越してくるとは、資金を惜しまなかった甲斐があったというべきか。
ただ、全て読むには少し時間がかかりそうだ。
「俺は旅の支度を調えてきます」
気を利かせたつもりなのか、フロイドはそう言うと、アルフェの部屋を出て行った。
◇
アルフェは報告書を読み終わった。情報屋組合は、テオドールという騎士について、アルフェが考えていたよりも多くの情報を調べ上げて来た。本人の容姿や家族構成はもちろんの事、その経歴や交友関係に至るまで。
結論から言って、このテオドール・ロートシュテルンは、アルフェの知っているテオドールに間違いなさそうだった。
アルフェがそう確信したのは、テオドールの友人の中に、マキアス・サンドライトという名前があったからだ。
――テオドールさんと、マキアスさん……。
こういう形で、二人の名前を目にする事になるとは思わなかった。
テオドールは前皇帝の血を引く由緒正しい家柄。マキアスはテオドールと神殿騎士の訓練所以来の友人。二人とも今は、帝都の神殿騎士団本部にいるという。
帝都は今、新しい皇帝が選ばれるという噂で、貴族も平民も盛り上がっている。その中で、テオドールの名前も新帝候補として上がった。そういう事情をアルフェは知ったが、知ったからと言って、アルフェにできる事は何も無さそうだった。
二人の身分が神殿騎士だというのなら、神殿騎士団に命を狙われている可能性がある自分は、尚更二人に会う事はできない。アルフェはそう判断した。
――でも……。
しかし、気になる。この皇帝選出という出来事が、二人にとって悪い方向に行かなければいいが。アルフェはせめて、二人の無事を願った。
「次はどこへ?」
「一度、バルトムンクに向かいます」
翌朝、全ての荷物を馬車に積んだフロイドに、アルフェは告げた。都市バルトムンクは、以前アルフェたちが訪れた、結界の外にある冒険者の町だ。何のためにかと、フロイドが目で問いかけてくる。
「ゲートルードさんに会ってみましょう」
情報屋組合の長、歴史学者ゲートルード。前回は思わせぶりな事しか語らなかった男だが、あれから色々なものを見て、経験を積んだ今のアルフェならば、もっと情報を引き出せる気がする。
特に、アルフェが大聖堂の奥で見た結界の正体については、あの男ならば絶対に知りたがるはずだ。それを交換条件にすれば、アルフェの聞きたい事を教えてくれるに違いない。
そういう考えで、アルフェはバルトムンクに向かうと言ったのだが、それに対し、フロイドは思わぬ言葉を返した。
「予想が外れた」
「え?」
「よく知らないが、テオドールという騎士は、貴女の知り合いなのでしょう? 貴女の事だから、てっきり帝都に行くとか仰るのかと。その男の、手助けをするために」
「私がそんなお人好しに見えますか? それに帝都には、教会の総本山と神殿騎士団の本部があります。いくら私でも、そんな無謀をしたりはしません」
アルフェがむくれた顔をすると、フロイドは彼女をなだめるように笑った。
「冗談です。……だがまあ、バルトムンクからでも、川を下れば船一本で帝都に行けるな」
フロイドはアルフェをたきつけるような事を言った。しかし確かに、バルトムンクを貫いているレニ川は、はるか帝都まで繋がっている。アルフェも、その事は当然承知している。
「そんな事を気にする前に、早く出発しましょう。いつ刺客が襲って来るか分からないのですから」
誰が送ってきたか分からない暗殺者に狙われていて、それ以外にも気になる事は多い。しかしそんな状況でも、アルフェの表情は以前よりも幾分か穏やかだった。
彼女はきっと認めないだろうが、その理由は、フロイドを信用すると決めた事で、彼女が一人で持っていた心の重荷が、少しだけ軽くなっていたからだろうか。
「了解しました。村長も、幸運の女神を引き留めたがっていましたしね」
「余計な事は言わなくて良いです」
アルフェはイコの背中を一つ撫でると、馬車の荷台に飛び乗った。
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