第57話
――警備の兵が、いない……?
舞踏会の楽の音は遠く、廊下は薄暗かった。アルフェは今、ユリアンが残した気配の跡をたどって、城の奥へと向かっている。
――やはり、呼ばれている。
あれ程の達人が、こんなわかりやすい気配を残している。しかもその気配に沿ったルートには、警備が最小限しか配置されていない。追ってこいと言わんばかりだ。
――もし見つかったら、縛り首でしょうか。
今夜の来賓には開放されていない空間に、すでにアルフェは足を踏み入れている。仮に衛兵に見とがめられれば、斬りかかられても文句は言えない。
だが、そうはならないという確信がアルフェには有った。アルフェの懐には、舞踏会場に入るときには出さなかった、もう一通の招待状がある。そこに書かれた名前は、確かにユリアン・エアハルトのものなのだ。
音もなく階段を上ると、廊下はさらに奥へと続いている。アルフェが住んでいた城と同じくらい大きな城だが、構造はかなり違う。
並ぶガラス窓の外には、祭りで浮かれるウルムの街が、遠い夜の闇に浮かんでいる。練兵所と山の木々しか見えなかったアルフェの部屋とは、そういうところも異なっていた。
――…………灯り。
城のかなり上層まで来た。そう思った時、アルフェは通路の奥から、光が漏れていることに気付いた。
部屋である。入り口の扉が、少し開いている。
中から感じる存在感は、いつかの尋問の時に感じたものと同じだ。間違い無くあの部屋に、ユリアンがいる。
アルフェはつばを飲み込んだ。プレッシャーが、厚い膜を作っているかのようだ。それに耐えて、彼女は一歩を踏み出した。
「――入れ」
扉の前に立つと、ノックをする前にそんな声が響いた。
アルフェの心臓が跳ねたのは一瞬である。当然、相手は気付いているに決まっているのだ。驚くには値しない。
「よく来た」
アルフェが室内に足を踏み入れると、文机に向かっていたユリアンは、顔も上げずにそう言った。彼は猛烈な速度で右手の羽ペンを動かし、眼前に積み上げられた書類を処理している。
さっきまで舞踏会場にいたのに、今はもう事務仕事に励んでいる。アルフェは知らないが、為政者というのは皆こういうものなのだろうか。
「……」
「悪いが、少し待ってもらおう」
ユリアンの対面には、椅子が一つ据えられている。そこに座れという風に、彼は手振りだけで示した。
「……お仕事ですか?」
「ああ」
椅子に着き、アルフェは待った。
ここはユリアンの書斎のようだ。壁際には書架が並べられ、ユリアンが向かっている机には書類が山と積まれている。書庫と言っても違和感がない。あふれる本で、広いはずの間取りが息苦しく感じるほどだ。
「終わった。待たせたな」
「いえ」
羽ペンを置いたユリアンは、顔を上げてアルフェを見た。
「……」
「……」
にらみ合ったまま、二人の間にしばらくの沈黙が流れた。
「用件は何ですか?」
「……ん?」
「私を呼んだのは、ユリアン様のほうです」
「……そうだな」
うなずいてから、ユリアンは再び押し黙る。アルフェは少し意外だと思った。アルフェに何か用があって、ユリアンが彼女を呼び出したのは間違いない。だがこの男は今、自ら話題を切り出すのを、ためらっているようにさえ見える。
「今日はまた、“あれ”の護衛か?」
「……そうです」
ユリアンが“あれ”と呼ぶのは、弟のクルツのことだ。
クルツは会場に置いてきた。アルフェが抜け出した時には、彼は何人目かの令嬢と踊っていた。
雇い主から目を離すのは、護衛としては問題がある。しかし、同じくどこかの令嬢と踊っていたジェイスを無理矢理引っ張ってきて、クルツの近くに配置したから大丈夫だろう。
しかし、ユリアンは自分にそんな事を聞きたかったのか。アルフェは誰もいない部屋の片隅を一瞥してから、言葉を続けた。
「クルツ様は、命を狙われていますから」
「知っている」
知っているのに、そんな風に平静でいられるのか。この男は、誰がクルツの命を狙っているのか、それも知っているのだろうか。
「……ご兄弟、なのですよね?」
「ああ」
ユリアンの表情に変化は無い。
会話と呼ぶにはあまりにお粗末なやり取りが、そこでまた途切れた。
「この間は、手合わせをしていただいて、ありがとうございました」
彼はこの不毛なやり取りを、どこにつなげようとしているのだろうか。自分の方は、何を得ようと思って彼の招きに応じたのだろうか。よく分からないまま、アルフェは話題を変えた。
「そうだったな」
相変わらずのぶっきらぼうな返事だったが、ユリアンの眉間の皺が、少しだけ浅くなった気がした。彼もアルフェと同じで、本質的にああいうことが嫌いではないのだ。
「お前のあの技は、誰に教わったのだ?」
「お師匠様です」
アルフェは特にためらわず、聞かれた問いに対する答えを口にした。
「お師匠様?」
「はい」
「名前は?」
「コンラッドです」
胸を張って、アルフェはその名前を答えた。
「……それが、私よりも強いという御仁か」
以前に立ち会った時、アルフェが負け惜しみで放った言葉を、ユリアンは憶えていたようだ。
「はい」
「その御仁は、どこに?」
「……」
ユリアンから目をそらさず、アルフェが手のひらを自分の胸に当てる。少女のその仕草を見て、ユリアンはまた口を閉じた。
「――用件を話そう」
「そうしてくださると、助かります」
ようやくユリアンは、会話を前に進める決意をしたようだ。一段ときつくアルフェを見据えて、彼は次の言葉を吐いた。
「公女アルフィミア」
「……!」
「ラトリア大公の次女。……そうなのだろう?」
アルフェがその名前で――本名で呼ばれるのは、“あの男”以来だ。
驚きはしたが、動揺はしなかった。この男は、下手をすればアルフェよりもずっと多くを知っているはずだ。そのくらい知られていても、何の不思議もない。
「やはりな」
「……どこでそれを?」
「想像だ」
そんなはずはない。彼はクルツの周囲の人間について、細々としたことまで調査していた。さしずめ密偵でも使っているのだろう。
「私は数年前、お前の故郷――ラトリアに遊学した。短期間だが」
「そうらしいですね。聞いています」
「ほう――」
さっき偶然耳にしただけなのだが、はったりとしてはそれなりに効果があったようだ。ユリアンは、わずかに目を見張った。
「ならば話が早い。その時に私は、お前の母君とも、姉君とも会った」
「お姉様と……。ユリアン様は、お姉様と婚約される予定だったと、お聞きしましたが」
「婚約? それはただの噂だ」
否定したユリアンは、次に少しだけ口元をほころばせた。
「剣の稽古に付き合わされたよ。そういうところは、お前と似ている」
「私が?」
アルフェは不可解そうに眉をひそめた。姉に似ていないと言われたことはあっても、似ていると言われたのは初めてだ。
「――お前のことも、見た」
「え?」
「憶えていないか」
「……はい」
そうだ。アルフェがあの城で、ユリアンに会った記憶など無い。母と、姉と、数人の召使い。そして部屋の前にいた衛兵。アルフェに会うことができたのはそれだけで――
「――っ?」
ちくりと、目の奥に痛みが走った気がした。
「お前は何を目的にして、冒険者をしているのだ?」
アルフェに起こったささやかな異変に、ユリアンは気付かなかったようだ。アルフェ自身も、ユリアンの言葉に気を取られて、今の痛みを忘れてしまった。
「……え?」
「ただ、今日を生き延びるためではあるまい」
「……」
「率直に言おう。私につく気はないか」
「意味が、分からないのですが」
「あれに雇われるより、私につけ。大公家を再興するためには、それが最も近道だ」
「大公家の再興?」
目の前にいる男の言いたいことが、ようやく見えてきた。ユリアンは、アルフェの素性を知っている。その上で、彼はアルフェが放浪している理由を、王国に征服されているラトリアの再興だと考えているのだ。
「そうだ。このまま冒険者などをしていても、いたずらに日々を浪費するだけだ。ラトリアからドニエステを打ち払い、大公家を蘇らせたいのだろう? ならば、私と共に来い」
「それは……」
「何を迷うことがある」
ユリアンは勘違いをしている。アルフェは迷ったのではない。家の再興など、そんな発想は、彼女の頭の中には、そもそも浮かんだことすら無かったのだ。
「それは……、それをして、ユリアン様には、どういう利益が有るのですか?」
興味が無いと言って、会話を終わらせることもできた。しかしアルフェにも、この男に対する個人的な興味が芽生えていた。だから、そんなことを聞いてみた。
「私にも、目的がある」
「目的……?」
「遠からず、私は伯の座を継ぐことになるだろう。しかしそれは、目的のための一歩に過ぎない」
伯が一歩だとしたら、その先には何があるのか。
「――皇帝位が空位になり、百年経つ」
皇帝位。アルフェはその言葉を聞いて、ああ、そういうことかと腑に落ちた思いがした。
「この国は、乱れている。このままでは、さらに乱れる。誰かがそれを、治めなければならない」
壮大なことを語っているようだが、この男も、クルツやその取り巻きとさして変わらない。アルフェの瞳が、急に冷めた。
百年空位だという、この帝国の皇帝位。要するにユリアンは、そんなものが欲しいのだ。
「私は、そのためにお前を利用したい」
利用したい。そう取り繕わずに、ユリアンは言った。
アルフェの中に流れる大公家の血。彼の望みのためには、それが何かの役に立つのだろう。
「返答は?」
それが悪いことだとは思わない。しかし、ユリアンの言った通りだ。アルフェには目的が有る。その目的と、ユリアンの提案は一致しない。
「……そうですね。大公家を再興するのであれば。それはきっと、近道なのでしょう」
「ならば」
「でも、私にとって、それは重要な話ではないのです」
「――何?」
アルフェは椅子から立ち上がった。その顔を、ユリアンはじっと見つめている。
「失礼します」
「家を再興させるのが目的でなければ、お前は何を求めている」
「……」
「それを実現させるために、私の力を利用した方がよいとは考えないのか?」
一礼し、踵を返した少女の背に、ユリアンが言葉を投げかけた。
振り向き、アルフェは逆にユリアンに問いかける。
「……さっきのお話で、一つ分かったことがあります」
「なんだ」
「暗殺者にクルツさんを狙わせているのは、あなたですね」
「……」
図星だったようだ。だが、少し眉が動いただけで、ユリアンに動揺した気配はない。
「どうしてなのですか?」
「伯の座は、目的のための一歩だと言った。“あれ”の――、クルツのことも、その一歩に過ぎない」
「ご自分の、弟なのに?」
「私は、あれを弟だとは思っていない。……それはあれも、同じはずだ」
ユリアンもまた、アルフェと同じように椅子を立った。
「兄弟など、我々のような立場の者にとっては単なる障害にしかならない」
言いながら、彼はゆっくりとアルフェに近づいてくる。
「……だが、それはお前も同じだろう。お前たち姉妹も、私たちと似たようなものだったのではないか?」
「お姉様と、私が?」
「そうだ。ラトリアで、あの城でお前がどういう扱いを受けていたのか――、忘れた訳ではないだろう」
「……?」
あの城で、アルフェがどういう扱いを受けていたのか。
「――つっ」
また、目の奥が痛んだ。その痛みをこらえて、目前に立ったユリアンの顔を、アルフェは毅然とした表情で見上げた。
「……仰っている意味が、分かりません」
「――何だと?」
ユリアンの目的を否定するつもりは無い。彼ら兄弟の関係について、アルフェが口を出せることも無い。しかし――
「あなたと一緒に、しないで下さい」
アルフェの言葉には、強い力がこもっていた。
「……そうか、分かった」
そしてそれ以上、ユリアンはアルフェを説得する気は無いようだった。
振り向いてユリアンから離れたアルフェは、ドアのノブに手をかけた。
「クルツの護衛に戻るのか?」
「それが仕事です。――私は、冒険者ですから」
――失礼します。少女はもう一度繰り返すと、静かに部屋を出て行った。
◇
時を知らせる鐘の音が聞こえてくる。いつもなら、街のすべてが寝静まる時間。しかし今日は、年に一度の特別な日だ。舞踏会は続いている。街の灯りも消えていない。
客人はもう出て行った。取り残されたユリアンは一人、椅子の背もたれに寄りかかって瞑目している。
「どうでしたか? プロポーズの結果は」
音も無く陰から出てきた男が、ユリアンに声をかけた。オスカー・フライケル――魔術研究所の所長にして、ユリアンの秘書だ。
「ふられたよ。……どうした。妙な顔をするな」
「いや、あなたがそういう冗談で返すとは思わなかったもので」
「ふん……」
「その顔は、気付いていましたか?」
アルフェがここに入ってくる前から、オスカーはずっとこの部屋の中にいた。幻術によって背景と同化し、ユリアンとアルフェの会話を聞いていた。
「当たり前だ」
突然現れれば驚くかと思っていたが、この主には、そういう可愛げは存在しない。
「姿を見えなくした程度ではな」
「“程度”、ですか」
「ああ」
「それを“程度”と言えるのは、あなたくらいだと思います」
桁外れを当たり前のように言う主人の前で、オスカーがやれやれと首をすくめた。
「ふ――」
「なんです? 気持ち悪い」
「あの娘も、気付いていた」
「え?」
そう言われてオスカーは、娘が去った扉の方を振り向いた。
彼には、どうして主人が、ここまであの娘を気にかけるのか、いまいち納得がいっていない部分があった。
突然領内に現れた、亡国の姫君。それが冒険者をやっていて、しかもかなりの凄腕だという。まるで、怪しさを煮詰めて蒸留したような存在ではないか。
あの娘が妙な動きをするのなら、ユリアンが手を下す前に、自分が処分する必要がある。そう思って待機していたのだが――
「その前に、お前があの娘にやられていたさ」
「人の思考を読まないでください。――ちなみに、あなたがいてもですか?」
「俺があの娘の首を落とす前に、お前の首が折られていた」
こともなげにユリアンは言う。
「ああ、そう――」
少し寒気を感じた己の首筋を、オスカーはなでた。
「次からは、もう少し高度な魔術を使うことにします」
化け物同士、ひょっとしたら本当にお似合いだったのかもしれませんね、とは、さすがに悪洒落が過ぎる気がしたので、口にしなかった。
「そうしろ」
「しかし、気付いていなかったのが私だけなら、なんだか私がバカみたいじゃないですか」
「ああ、バカだな」
「はいはい」
そう言ってまた首をすくめつつ、オスカーは思った。
――ずいぶんと上機嫌じゃないですか。
ユリアンとオスカーの主従関係は長い。
物心つく前、ユリアンが存在を父の伯に認められ、この城に呼ばれる前から、彼らお互いに一緒に育ってきた。だからオスカーは、周囲からまるで、鋼か石でできているかのように言われているユリアンが、時たまこんな冗談を言うことも知っている。だがそれは、本当にまれなことだった。
深く刻まれたユリアンの眉間のしわは、相変わらず消えていない。しかしオスカーには、ユリアンの微妙な機嫌の変化が読み取れた。今は、とても機嫌がいい。こういうことは珍しい。
「改めて拝見しましたが、本当にあれが、ラトリアの公女殿下なんですか?」
「ああ、間違いない」
そのラトリアの公女殿下が、ユリアンの機嫌を良くしたことも間違い無い。あの娘の何が、この堅物の心の琴線に触れたのだろう。考えながらオスカーは話を続けた。
「それがなんで、冒険者なんかになったんでしょうね」
「それを調べるのは、お前の仕事だろう?」
「相変わらず人使いが荒いですねぇ……」
「お前ならできるさ」
「はいはい」
照れ隠しか、オスカーは芝居がかった手振りで肩をすくめた。
「でも、情報が足りないんですよ。この件には相変わらず分からないことが多い。ラトリアが陥落した時に、侵攻したドニエステ軍が、“二人の公女“の確保に失敗した、というところまでは分かりましたが……。それがどうやって生き残って、しかもこんなところを歩いているのか――」
「脱出を、手引きした者がいたはずだ」
「残念ですが、そちらも見つかっていません。ユリアン様、あなたこそラトリアに遊学に行ったんでしょう? そういうことがしそうな人物に、心当たりはないんですか?」
「……無いな」
そう答えながら、ユリアンはラトリアを訪れた時のことを思い返していた。
彼がラトリアの城で大公妃に謁した後、引き合わされた娘。
自分よりずっと年下の、しかも女が、あれほどの剣の腕前を持っているとは思わなかった。その時はたたき伏せたが、あれから数年経っている。その後はもっと腕を上げただろう。
その娘なら、陥落する城から脱出し、自力で今日まで生き抜いていても、何も不思議とは思わない。
しかし今日現れたのは、その娘――“姉”の方ではないのだ。
「その顔は、やっぱり何か、知ってるんでしょう?」
「さあな」
「私にだけ肝心なことを教えてくれないのは、ずるくないですか?」
「俺も、話せるようなことは知らん。それはもういい。終わったことだ。それより、もう一つの方は?」
仕事の顔に戻ったユリアンが、オスカーに別件の成否を聞いた。
「ああ、それはバッチリですよ」
そこからオスカーが説明しだしたのは、主に領内における内偵の結果である。貴族や商人たちの関係、行動、財産の状況、その他諸々。そこには今日の舞踏会での、密談の内容まで含まれていた。
「証としては、これで十分だな」
ユリアンのつぶやきに、オスカーもうなずき返した。
二人が今考えているのは、領内の大掃除だ。――粛正とも言う。
この領邦は豊かだ。それに裏付けられて、エアハルト伯も表面上は強大な力を有しているように見える。だが、実態はそれとはほど遠い。ここ数代の伯の失策がたたり、本来伯が持つべき権力の多くを、地方領主が握っていた。その中には、主を主とも思わない者も多い。
ユリアンが伯の座につくにあたり、それは一掃しておくべき障害だ。これまでも、彼は緩やかにその権力を取り返してきたが、完全に伯の力を固めるには、どこかで一度、大きく動く必要があった。
それら地方領主の始末と、伯の座を争う弟の始末を、同時に行う。
暴走した領主の一人が、血迷って伯の次男を暗殺――そういう形をとれば、連座して多くの邪魔な貴族を排除できる。
それに必要な証拠など、いくらでも作れる。それだけの手はずは整えてきた。
「一緒にするな……、か」
「は?」
「いや、気にするな」
ユリアンの口に自嘲の笑みが浮かんだのは、生涯で初めてかもしれない。
自分の薄汚さは自覚している。だが、彼がアルフェに語った目的は真実だ。この帝国は荒れている。誰かがそれを治めなければ、いつまでも変わらない。より多くの民の安寧を求めるためには、この程度のことは平然と行う必要がある。
手を汚すことをためらう心。家族に対する情。統治者に、そういう感情は不要だ。
「あとは、ことをいつ起こすかですが」
「……あれが進めている“聖堂”の計画は、どうなっている」
「クルツ様の別荘の名目で、辺境近くで建設工事が進んでいます。また、助祭長のシンゼイが、数日前に帝都を発ったという情報が入りました。彼が戻れば、状況は動くかと」
「……新しい結界、か」
「眉唾ですけどね」
そう、眉唾だ。だが、余計なことを考える輩が集まる、これが最も大きな機会だというのは間違いない。
巻き込む貴族は多い方がいい。上手くいけば、教会権力に手をつける、またとないきっかけを作ることもできるだろう。
「……」
あの娘も巻き込むことに、なるだろうか。
「ふっ」
――弟を手にかけようとしている男が、そんな心配か。
自嘲というのは、したくなる時は、とことんしたくなるもののようだ。
ユリアンはもう一度心を固める。あれも自分を、兄だとは思っていない。仮に思っていたとして、そんなものは、自分の立場には不要なものだ。
「――フロイド・セインヒルと連絡を取れ」
ユリアンは、冷たい声で、短い指示を出した。
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