第32話
「何だ隊長、まさかどこからか、かどわかしてきたというのではないだろうな」
「またご挨拶ですねぇ……。もちろん、そんなことはありませんよ。この二人が、たまたまこの道を通りかかったってんで、護衛を買って出たんですよ」
「ほう……、隊長は女性に対する振る舞いというものを心得ていたのか。意外だ」
「そいつはどうも、お褒めに預かり光栄です」
肩をすくめるリグスをよそに、クルツは改めて二人の女性をじろじろと観察する。一人は、亜麻色の髪の娘だ。杖を持っていて、軽装の旅支度の上から、治癒院で見かけそうな灰色のローブを纏っている。
「ふむ」
クルツは満足そうに目を細めた。なるほど、この男臭い集団の中にあって、見目麗しい女性というのは、見るだけで心を和ませる存在である。
そしてもう一人は……と、最初の娘の影に隠れるように歩いていた少女に目を落としたとき、クルツの心臓が大きく跳ねた。
――な……なんだ!?
少女は美しかった。まだあどけなさが残るが、整った顔立ちは月の精のように儚げな印象を与える。背中に掛かる銀の髪は神秘的な輝きを放っており、大きな瞳は最上の宝石のように輝いている。
しかしエアハルト伯の次男として、クルツは星の数ほどの美しい女性を目にしてきた。いかに目の前の少女が美しかろうと、その程度でうろたえるものではないはずだ。しかし何故だか、クルツの胸の鼓動は高まるばかりだ。
――どうしたというのだ……。この胸の高鳴りは?
背中に汗が滲んできた。心なしか、足まで震えているような気がする。胸の内に湧き上がる思いを説明する言葉が、クルツには浮かばない。彼はただ、こう口にするだけで精一杯だった。
「お、お嬢さん、お名前は?」
◇
「は、はい? 私ですか? 私はステラと申します。お、お目にかかれて光栄です」
「あ? ああ、私はクルツ・エアハルトだ。よろしく。……そちらのお嬢さんは?」
リグスの雇い主であるクルツは、正気を取り戻すなり、アルフェたちの名前を尋ねてきた。
クルツの年齢は、二十前後といったところだろうか。金髪で、苦労という単語とは無縁そうな能天気な顔をしている。若さのせいばかりではない、軽薄な雰囲気が漂う青年だ。
ステラが彼に対して、かしこまった物言いになるのは無理もない。エアハルトというのはそれほどの大貴族だ。この帝国で、その名前を知らぬ者は無いだろう。
「……アルフェです。初めまして」
しかしアルフェは、その名前に対して、ステラほどの感慨を抱いてはいなかった。エアハルトは確かに名家だが、アルフェの素性もそれに劣らない。彼女の故郷のラトリアは、エアハルトと同格の八大諸侯の一つである。
それより彼女にとって重要なのは、この青年が、どうやら自分に気絶させられたことを忘れているらしいということだ。アルフェが踏みつけてから、かなり長時間にわたって気を失っていたので、大丈夫かと思ったが、これは好都合である。
「アルフェさん……。いい名前だ」
奇妙にねっとりした声色でそう言われたので、アルフェの背筋に鳥肌が立つ。目を向けると、クルツがびくりと身体を震わせた。それから彼は、荷車の荷台から身を乗り出してこう言った。
「美しいお嬢さん。町に着いたら私とお茶でも――、御一緒にいかがですか?」
「――は?」
やはり強く踏みすぎたか。いや、むしろ、もう少し強く踏んでおいた方が良かったのかも知れない。アルフェは心の中で、そんなことを思った。
それから一行は、新たな魔物に遭遇することもなく、無事に結界の中に入り、ウルムの街までたどり着いていた。クルツは道中何くれとアルフェに話しかけてきたが、彼女はほとんど相手にしなかった。
「じゃあ、一旦ここでお別れだな」
市壁の入口で、リグスが軽く手を上げてそう言った。アルフェやステラと違い、リグスたち傭兵隊には、都市に入る前に色々と取るべき手続きがあるようだ。
「ええ、機会があれば、またよろしくお願いします。では」
この傭兵隊長とは、また仕事で世話になることもあるかもしれない。アルフェは丁寧に挨拶すると、傭兵隊から離れて市門の中に入った。
「賑やかな町だね。町の人の格好も……変わった人が多いし」
市壁の入り口でリグスたちと別れ、アルフェは町の大通りを歩いていた。
町に入ってからも、ステラはアルフェについてくる。彼女はきょろきょろと町の風景を眺め、すれ違う人を振り返っている。
「海が近いですから」
エアハルトは他領や他国との交易が盛んだが、その中でも都市ウルムは北の内海に近い。都市域内に抱える人口も、帝国内では帝都に次ぐと言われており、様々な文物・人間が集まっている。
「アルフェちゃんは、これからどうするの?」
「私は冒険者ですから。仕事を探します。……ステラさんは?」
「とりあえず、この町の治癒院に挨拶して……、そこに泊めてもらうことになるかな。アルフェちゃんも、一緒にどう?」
アルフェは首を横に振る。これ以上、アルフェに彼女と一緒にいる理由は無かった。
「お構いなく。私はどこかの宿を取りますから。色々とお世話になりました。では、さようなら」
小さく頭を下げ、別れを告げる。アルフェは立ち止まったステラを置いて、足早に歩き去る。ステラはしばらくアルフェを見ていたようだが、小柄な少女の身体は、すぐに人ごみにまぎれた。
アルフェは露店で道を聞き、冒険者組合の近くの安宿に部屋を取った。ここ最近、彼女のこの辺りの手際は大分良くなった。
交易都市の冒険者組合が近いだけあって、宿に出入りしている人間は多様だ。ここならすぐに発見されることは無いだろうし、公衆の面前で刺客が襲ってくる可能性も低いだろう。
しかし念のためにと、アルフェは脱出の経路を確認してから、鍵の無い部屋の扉を荷物でふさいだ。
「――ふぅ」
乱暴に装備を脱ぎ捨て、粗末な寝台の上に身体を投げ出す。ベルダンの町を出てから一年、これだけゆっくりした気持ちになれたのは、久しぶりだ。
くすんだ色のシーツの上に、うつ伏せになって目を閉じていると、色々な想いが浮かんでくる。
一年前、アルフェが暮らしていたベルダンに謎の魔術士が現れ、師であるコンラッドの命を奪った。
あの魔術士は、アルフェが何者であるかを知っていた。ラトリア大公の息女、アルフィミア・ラトリア。城を出てから誰にも口にしたことの無かったその名前を、あの男は呼んだのだから。
隣国ドニエステの手によってアルフェが住んでいたラトリアの城が陥落し、ベルダンの町に落ち延びたのが二年前。そもそも自分自身がどうして城を出ることになったのか。その理由を今もってアルフェは知らない。本当は知りたいとも、あまり思わない。
アルフェにとって重要なのは、あの魔術士のせいで、ベルダンの町で彼女が築き上げたささやかな幸せが、全て失われてしまったということだけだ。
アルフェは考える。ベルダンに残してきた、リアナとリオンの幼い姉弟。彼女たちは無事に生活しているだろうか。あの町で稼いだ資金は、全てあの家に残してきた。タルボットもいるから、滅多な事にはなっていないと思う。だが、勝手に引き取っておいて、勝手に姿を消した自分の無責任さには、我ながら腹が立つ。
しかし、自分があそこに留まって、彼女たちにまで危険が及ぶことは、もっと避けねばならなかった。
「……」
一年間は長いようで短く、短いようで長かった。
帰る家もなく、放浪しながら生きていけるだけの金を稼ぐのは、思ったよりも過酷だったが、それすらもやがて慣れた。
魔物を殺し、盗賊や賞金首を狩って、手掛かりになりそうな情報を集めながらここまで来た。もっとも、大した情報などまるで無かったが。
あの魔術士の襲撃は、ラトリアの陥落と関係があるのは明白だ。しかし、ラトリアを征服したドニエステは奇妙に沈黙し、領土を奪われたはずの帝国も、大きな動きを見せずに静観している。ラトリアに至る道は厳重に封鎖されており、一介の冒険者に過ぎないアルフェが得られる情報は、あまりに断片的だった。
一年間――。あれからあの魔術士は、陰も見せない。
ならば、あの魔術士は幻だったのだろうか。
「……お師匠様」
いや、違う。あの男のせいで、コンラッドは死んだ。それは事実だ。
あの人はもう、帰ってこない。シーツを握る手に、力が籠る。
自分は、強くならなければならない。
歯を食いしばりながら、いつも通り、アルフェはそう心の中で唱える。唱えるうち、彼女はいつの間にか、眠りの中に落ちていった。
次の日、アルフェはウルムの冒険者組合に顔を出し、依頼の掲示板を見ていた。新しい町に着いたら、まずはそうする。彼女でなくとも、冒険者は皆そうだった。
「お嬢ちゃん、そんなもん見てないで、俺らの相手でもしてくれよ」
特に大きな特徴の無い依頼たちを眺めていると、アルフェは頭に剃りこみを入れた男に絡まれた。
「……結構です」
旅の中で、何度かこういう手合いには会った。ベルダンにはあまり居なかった人種だ。では、この町の治安が悪いのかと言えば、そうでもない。ベルダンに居た冒険者たちが、例外的に優しかったのだ。
「そんな事言わないでさぁ」
「結構です」
彼女も今では、こういう人間への対処を覚えた。言葉では聞かないようなので、もう一度断りの文句を入れながら、アルフェは男の目を見上げて、魔力と殺気を同時に叩きつけてやった。格下の魔物ならば、大抵これで大人しくさせることができる。非常に便利な技だ。
「ひぃっ! ――え? な、何で俺!?」
「――お、おい! お前、さすがにそれはやべぇぞ」
しかし、人間は不便だ。魔物のように賢く無いので、たまに思わぬ行動を取ることがある。
殺気に驚いた男は、理由も分からないまま反射的に剣の柄に手を掛け、今にも抜こうとしている。突如発生した剣呑な雰囲気に、にやにや笑っていた男の仲間たちが、慌てて腰を浮かした。
アルフェは男の剣の柄をそっと手で押さえ、その胸倉を掴むと、力任せに顔の近くに引き寄せた。両目を見開いて、先刻よりも強い殺気を至近距離から流し込む。
「――黙れ」
「あ……」
それでようやく、男の身体が理解したようだ。男はその場で動かなくなってしまった。
「何やってんだお前!」
「飲み過ぎだって」
放心して硬直している男を、仲間が引きずっていった。それを見送った後、アルフェはうんざりしたため息を吐く。
「……ふん」
すぐに頭を切り替えて、再び依頼の掲示に目を落とす。
懐にそれほど余裕は無い。オークの討伐で、思わぬ高額報酬が出たのはありがたかったが、それだっていつまでもつか分からない。あの賞金首を逃がしてしまったのは痛かった。
さしあたって、手っ取り早く稼げる仕事を見つけなければ。しかしさすがに、帝国でも一、二を争う大都市だ。依頼の数には困らない。アルフェは山ほどある依頼の中から、手ごろなものを探す。その中に一つ、興味を引かれるものがあった。
「ゴーレムの、耐久実験?」
ゴーレムとは、聞きなれない言葉である。場所は街中だが、報酬は悪くない。遠出をする必要がない上に、血の臭いを嗅がずに済むのなら、まずはこの依頼を受けて見るとしよう。アルフェは掲示板から、無造作に依頼の紙をはぎ取った。
◇
「と言うわけで、この理論は非常に革新的な試みなんだ」
「……はあ、そうですか」
テーブルを挟んで、アルフェの目の前に座っている眼鏡の青年は、もうかれこれ一時間は喋っている。
「ゴーレムの核に使用していた魔術式を、ニウェ式からサルヴァ式に変更したんだ。その過程で核の原料をマナに晒す工程を工夫して――」
ゴーレムの耐久実験という耳なれぬ依頼を受けて、依頼主の指定した場所にやってきたアルフェは、そこに小さな工房を見つけた。それは魔術士のアトリエだ。どうやらここはそういう通りのようで、並びには他にも、錬金術士や魔術書の製本家の工房などがあった。
依頼主の指定した工房は、その通りの中でも、小さいが立派な外観をしていた。中に居たのがこの青年だ。アルフェとそう変わらない歳に見えるので、青年というよりは少年と言ったほうがいいかもしれない。
ひょろひょろとした体形に、伸びほうけた髪は寝癖が付き放題で、全く櫛が入っていない。室内に閉じこもって研究をしている――まさに一般市民が抱く魔術士のイメージそのままの風体だ。
「――ということさ! 分かったかな?」
「はあ……」
アルフェは十数度目になる、同意かため息か分からないような返事をした。
「理解出来ないのかい? いや、それも仕方無いか。まさに天才の発想だよ、これは。変性術の未来に多大な影響を与えるに違いない。次の研究披露会では、僕の論文が旋風を巻き起こすだろうね」
こうやって自分の世界に入り込んだまま、彼は中々帰ってこない。アルフェがゴーレムの件で訪ねて来ましたと言ったきり、ずっとこの調子である。
そう言えば、テオドールとマキアスは、アルフェよりも少し年上だったから、彼女が同い年くらいの男の子と、こんなに長い間話したのは初めてだ。と言っても、さっきから一方的にまくし立てられているだけなのだが。
暇に飽かせて、彼女はそんな事を考えていた。
「しかし、わざわざ僕にゴーレムの話を聞きに来るとは、君は知的好奇心のある女性らしいね。そうだ、人造生命研究に関する、ドモチェフスキーの写本をお目に掛けよう。彼はこの道の第一人者さ。この本は非常に貴重なもので……」
「ちょ、ちょっと待ってください。それよりも、そろそろお仕事の話をしたいのですが」
腰を浮かしかけた青年を制して、アルフェが慌てて声を掛けた。いくら何でも、そろそろ主導権を握らなくては。このままでは日が暮れてしまう。
「へ? 仕事? 何のこと?」
「……依頼を出されたでしょう? ゴーレムの耐久実験のことです」
どうやらこの青年は、そもそもアルフェが訪ねて来た理由を、仕事の件だとは思っていなかったようだ。彼は露骨に残念そうな声を出した。
「え、じゃあ君は仕事で来たのか。なんだ……、研究に興味を持ってくれる人がいたと思ったのに。ん? あれ? 依頼は冒険者組合に出したんだよ。何かの間違いじゃない?」
「間違いではありません。私が組合から来た冒険者です」
「君が?」
彼は、大きな眼鏡を手で押し上げながら、じろじろと無遠慮な視線で、上から下までアルフェを眺める。
「ははは、いい冗談だ」
そして、そう言って笑った。今日のアルフェは何の変哲も無い町娘の格好をしているので、それも無理からぬことではあるが。街中でいつもの装備は、さすがに目立ちすぎる。
「冗談ではないですよ。私は冒険者です」
「本当に? いやあ、でも君だと役に立たないよ。……う~ん、僕のミスだな。受注条件を、戦闘能力の高い者に限定するのを忘れていた」
あごに手を当てて、青年がブツブツとつぶやく。そうすると、男性にしては長い前髪が顔にかかって、少し不健康に見える。
アルフェも冒険者として、それなりに依頼をこなしてきた。初めての仕事相手には、このように彼女を小娘と見て、侮った口をきく者も多い。しかしそれは仕方の無いことと、半ば諦めている。
そういった手合いには、成果で実力を示すしか方法は無いのだ。
「とりあえず、依頼の詳細をお聞かせ願えませんか? 私に無理な仕事なら、その後で判断して下さい」
「……う~ん、まあいいか。色々なデータがあって損は無いしね。あ、僕の名前はリーフ・チェスタートンだ。リーフでいいよ」
そう言って、リーフは手を差し出した。その手を無視してアルフェが答える。
「アルフェです。よろしくお願いします、リーフさん」
リーフに案内されてアルフェがやってきたのは、工房の地下室だった。こぢんまりとした工房にしては、地下には大きな空間が広がっている。壁は全て石造りで、とても頑丈そうだ。
「さて、さっきも話した通り、僕は変性術――つまり物の性質を変化させる魔術を専門に研究している。その魔術と、複雑な付与術式を駆使することで、ある種の人造生物の創造することができる。それがゴーレムだ!」
「はあ」
「……あまり関心が無いようだね」
さっきから続いていたアルフェの気の無い返事は、青年の機嫌をいささか損ねていたようだ。むっとしながら彼は言った。
「……アースエレメンタルを知っているかい?」
「あ、はい、知っています」
以前に戦ったことがある。それほど強い魔物ではなかった。
「へぇ、意外に博識だね」
リーフが指で眼鏡を持ち上げる。彼の癖だろうか。
「原理的にはあれと似たようなものさ。生命の無い物体――鉱物なんかだね、これに魔力を宿すことで、生命のように動かすことが出来るんだ。今までのゴーレムはお粗末な物だったが、僕の理論はその性能を飛躍的に向上させた! その理論とはつまり――」
「それはもう十分ですので」
アルフェがバッサリと切り捨てる。その話はさっき十分に聞かされた。アルフェにはほとんど意味不明の内容だったが、まあ、リーフの熱意だけは伝わった。
「そうかい? まあいいよ。つまるところ君には、僕の開発した新型ゴーレムの性能を試験してもらいたいのさ。本当なら、もっと屈強な冒険者の方が良かったんだが……。う~ん」
リーフはまたじろじろとアルフェを見ている。酒場の男たちの様に悪意のある視線ではないが、あまりに遠慮が無い。
「非力な女性に対して、ゴーレムがどのように反応するかも有用なデータになるかもしれない。よろしく頼むよ、アルフェ君」
「……わかりました」
アルフェは顔に、愛想笑いを浮かべる。その笑みが少し皮肉気なのは、言いたいことを言うリーフに対し、少し本気を見せてやろう、などと、子供じみたことを考えていたからかもしれない。
「さて、じゃあ試験を始めようか。君の前にいるのは、一番簡単なクレイゴーレムだ。君はこれに、思いっきり攻撃を加えてくれ。道具は、その辺りの物を適当に使ってくれ。いいね、思いっきりだよ」
壁際には、剣やハンマーなどが無造作に置かれている。
「はい、承知しました。『思い切り』ですね。でも、このゴーレムを壊してしまってもいいんですか? 高価な物……なんでしょう?」
「うん、構わないよ。こいつは作るのも、そう難しくないし……、そもそも簡単に壊せないと思うけどね」
リーフは小さな木のテーブルの前に座り、羽ペンにインクを付けている。何かの記録でも取るつもりなのだろう。
「それを聞いて、安心しました」
そう言って、アルフェはゴーレムの前で少し足を開いて立つ。目の前にいるのは、人型をした粘度の塊だ。大きさは成人男性くらいか。確かにアースエレメンタルに似ている。
しかし、リーフの言葉によれば、アースエレメンタルよりはずっと丈夫らしいのだが、さて。
「アルフェ君? 武器を使ってもいいんだよ? そんな見た目でも結構硬いから、素手で叩くと痛いと思うよ?」
「御心配なく」
アルフェはゴーレムの胸の辺りに手のひらをつけた。粘土のひんやりとした温度を感じながら、彼女は息を吸って体内の魔力を整えた。
「――すぅ」
十分に魔力を高めた後、拳を引かず、両足も地面につけたままで、体重移動と関節の回転だけでゴーレムに衝撃を伝える。それでも体重を掛けた足元の石版には、僅かにひびが走った。
「破!」
次の瞬間、地下室内に風船が破裂したような音が響き、クレイゴーレムの全身が弾け飛んだ。ゴーレムを構成する粘土が四散し、壁や床に降りかかる。
「……え?」
唖然としてつぶやくリーフの髪や眼鏡にも、粘土の一部が張り付いている。
「――ふっ」
姿勢を戻したアルフェの口の端に、少し意地の悪い笑みが浮かんだ。彼女は軽く手を振り、付着した粘土を払い落とした。
「案外、脆かったですね」
「……ま、待ってくれ! こんなはずは無い! こんなはずは無いんだ! ……設計の段階で、何かミスがあったのか? それとも付与した魔力が過剰だったか……。いずれにしても問題だ。突然ゴーレムが自壊するとは」
「自壊ではありませんが」
依頼主に、アルフェの言葉は耳に入っていないようだ。リーフは手元の紙に、羽ペンで何やら熱心に書き込んでいる。
アルフェはさすがに、少し申し訳ない気分になった。
「あの……」
「次だ! 次のゴーレムは大丈夫だよ!」
いたずらを詫びようと思ったが、既にリーフの目は血走っている。それに気圧されて、アルフェは言い出しそびれてしまった。
「次のゴーレムはウッドゴーレムだ。名前の通り木製さ。こいつは少し特別製でね、本体の芯材に、森のマナに晒したブラックウッドを使用した――」
リーフがまたくどくどと、ゴーレムの性能を説明している。見た目はただの、木製の等身大人形にしか見えない。コンラッドの道場にあった、修行用の木人に少し似ている。
確かにリーフが言う通り、先ほどのゴーレムよりも、感じられる魔力が強い気がする。しかしこれも、破壊するのはそう難しくないだろう。
「あの、特別製なら、壊すのはまずいのでは……」
「問題ないよ! そのための実験なんだ。それにそんなに簡単に、こいつは壊れないさ!」
「……はい」
もうさっさと終わらせてしまおう。そう考えたアルフェは、今度はしっかりと構えて、拳を引いた。
「――せい!」
今度のゴーレムは砕け散らなかった。ホッとしたが、リーフを見ると丸い眼鏡がずり落ちている。どうしたのだろう。
「あ」
視線を前に向けると、アルフェの拳はウッドゴーレムの中心部をくり貫いて、背中まで貫通していた。どうりで手ごたえが無かったわけだ。
しかし最近、拳の威力が上がっている気がする。気をつけなければ。そう思いながら手を胴から引き抜くと、ゴーレムはごとりと倒れた。
「……今度のは、さっきよりも頑丈でしたね。すごいです」
依頼主の手前、ぱちぱちと手を叩いて賞賛してみたが、リーフは倒れたゴーレムに取りすがって泣き始めた。
「馬鹿な! ジョセフィーヌがやられるとは!」
名前を付けていたのか。
「その、もう実験は十分なのでは……」
「いや! 次だ!」
がばっと身体を起こすと、リーフが叫んだ。もう帰りたい。アルフェは切実にそう思った。
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