召喚師の王国

第6話 召喚師の王国

 辺りが騒然とする中、とりあえず、場所を移動することになった。こんな状況では、まともに話すことも出来ないからだ。

 食堂の一角を貸し切り、そこに腰を落ち着ける。相変わらず、ルイファスの隣をアリエスが陣取った状態で。

 エリックが店員を呼び、適当に注文をしたところで、「さて、」と声を上げた。


「何から話しましょうか?」

「まずは、僕から話をさせてください。エリックさんはご存知かもしれませんが、彼女がイリアさん……聖剣エクスカリバーの使い手です」


 そう言って、カインはイリアの名を挙げる。その言葉にアリエスとマルスは目を丸くし、エリックは目を細めた。


「ああ、知ってるよ。その剣は正真正銘、聖剣エクスカリバーだし……それに、彼女には既に会っているからね」

「え、そうなの?」

「お前、いつの間に……」


 エリックはイリアへ視線を移し、小さく笑みを浮かべる。彼女は何故か視線を逸らし、下を向いてしまった。そんな彼女の態度を不思議に思いつつも、ルイファスは顔をしかめる。


「ということは、そっちは聖剣……いや、聖剣を扱えるイリアを探してたって訳か」

「結論から言えば、そうなりますね。私たちには、聖剣の使い手……イリアさんが必要なんです」

「だが、それはそっちの都合だろう。俺たちが付き合う義理は無い」


 その瞬間、ピリッと空気が震える。遠目から見ても張り詰めており、カミエルはおろおろと視線を泳がせる。そんな居心地の悪い空気を払拭しようと彼が口を開き掛けた時、カインが声を上げた。


「それを言うなら、イリアさんたちも似たようなものでしょう?」

「だが俺たちは、アリエス王女でなくても良かった。ただ、サラマンダーの言葉が気になったから、こうして王女に会おうと思っただけだ」

「召喚師の姫に会うことが、大いなる意思の導き……ですね。ですが、アリエス様の持つサラマンダーの涙を手に入れようという考えも、無かった訳ではないでしょう?」


 カインに痛いところを突かれ、ルイファスは押し黙る。確かに、最終手段として、考えていなかった訳ではない。もっとも、自分以外の三人は、こういった手は嫌うだろうけれど。

 そんな彼の顔を、隣に座っていたアリエスが覗き込む。


「ねえ、ルイス様。どうしてサラマンダーの涙が必要なの?」


 彼女のいつになく真面目な顔に、真剣な声。先程までの明るい様子が嘘のようだ。

 だが、それもそうだろう。召喚師である彼女にとって、召喚師の秘宝は命と同等の意味がある物なのだから。いくらルイファスとはいえ、適当なことは言えない。


「王都エリュシェリンのサラ=ブルーセルから、ヒースの情報を得るためだ。俺たちが前に進むためには、ヒースから情報を聞き出さなければならないからな」

「それでサラマンダーの涙を探してるって訳か……そんなもの、応じられる訳がないだろ」


 マルスは背凭れに体重を預け、きっぱりと撥ね退ける。だが次の瞬間、ニヤリとその口元を引き上げた。


「だが、条件次第では……考えてやってもいいぜ?」

「条件……?」


 ティナの顔がしかめられる。マルスの方こそ、自分たちの目的のためにイリアを探して、利用しようとしていたというのに。その口調が、尊大な態度が、いちいち癇に障る。

 エリックもまた、そんな態度の彼を諌めるように、険しい声を上げた。


「マルス、立場はどちらも同等だろう。お前がそんな態度だと、まとまるものもまとまらない」

「あ? うるせぇな! どうせ交換条件を持ち出そうとしてたんだろ?」

「それはそうだが、物事には順序がある。それを乱すな」


 エリックの言葉に、マルスは舌打ちを打つ。険悪な空気は収まるどころか、さらに酷くなるばかりだ。

 それにつられるように、ルイファスの眉間のしわも、より一層深められた。


「交換条件は、サラマンダーの涙を貸す代わりにイリアを利用させろ、といったところか」

「……言葉の良し悪しは置いておいて、私が言いたいことはそんなところです。私たちはイリアさんたちの目的に協力し、イリアさんたちは私たちの目的に協力する。簡単でしょう?」

「ああ、単純明快だな。だが、そっちの目的が見えない状態では、こちらも条件は呑めないな」

「私たちの目的は、あくまでも聖獣との契約のみ。イリアさんには危害は加えません。それはお約束します」

「それが分からないんだ。聖獣との契約と、聖剣……イリアが必要なのと、どんな関係がある?」


 この質問で、話の主導権がルイファスに渡る。エリックは短く息を吐くと、おもむろに口を開いた。


「サモネシア王国が召喚師の王国だということを知っていますか?」

「はい、知っています」


 カミエルが頷き、言葉を続けた。

 サモネシア王国は、遥か昔、召喚師が国を興して以来、召喚師が代々国を治めている。また、聖獣と契約を交わすことによって一人前の召喚師として認められ、同時に、次期国王として認められる。

 だが、契約をするのは、どの聖獣でもいい訳ではない。占いによって決められるのが習わしである。


「そして占いの結果、アリエス様はグリンフィスと契約することが求められたんです」

「グリンフィス!? ですが、過去にグリンフィスと契約した者は、古の大戦でジェシカ様と共に活躍された英雄、アレン=フェルナンディーノ様のみのはず……。あ、そうか! そうだったんだ!」


 何かが閃いた様子のカミエル。今までの疑問の全てに納得したかのように、何度も大きく頷いている。

 だが、イリアやルイファス、ティナはさっぱり訳が分からない。説明を求めるように、彼の方をじっと見つめた。


「え、ミック、何か分かったの?」

「うん! 聖剣エクスカリバーが現れる時、グリンフィスもまた姿を現す……おそらく、この二つは繋がっているんだ」

「その通りです。聖剣エクスカリバーが、聖獣グリンフィスの封印を解く鍵なんです。そして、その逆も然り。……どうやら、心当たりがあるようですね?」


 エリックのその言葉を受け、イリアに視線が集中する。そして、イリアはゆっくりと頷くと、おもむろに口を開いた。

 事の始まりは、八年前。イリアが十一歳の頃だ。いつものように神殿の中で過ごしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。


『イリア……イリア……聞こえますか? 聞こえていたら、私の元へおいでなさい。大丈夫、私は貴女の味方です』


 優しくて穏やかで、初めて聞いたはずなのに、とても懐かしいと思わせる不思議な声。その声に導かれるように、イリアは神殿の奥深くへどんどん進んで行った。だが、どの道を進んで来たか、あまり覚えていない。はっきり言えることは、神殿中を遊び回ったイリアでさえも知らない通路だった、ということだ。

 そうして辿り着いたのは、両開きの大きな扉の前。真っ白な壁の中、金で描かれた見覚えのない文様が映える、深紅の扉が鎮座している。その姿は、どこか異質だと思いながらも、心を掴んで離さなかったことを、今でも鮮明に覚えている。

 イリアは声に導かれるように、その扉を押し開ける。部屋の中央部には、一振りの剣が台座に突き刺さっていた。そして、獅子の体に鷲の翼が生える獣が、一頭。


「獅子の体に、鷲の翼……あれはグリンフィスだったのね。グリンフィスが聖剣の封印を解いたから、今、私が聖剣を持っている。私を待っていたと言った理由は、まだよく分からないけど」

「それは私にも分かりませんが……もしかしたら、この旅の中で答えが見付かるかもしれませんね」


 イリアはそっとエクスカリバーに触れる。エリックの話を聞き、自分はどうすべきか迷っていた。


「では、イリアさん。改めてお聞きします。私たちに協力していただけますか?」

「私は……」


 揺れる瞳。イリアはルイファス、ティナ、カミエル一人ひとりの目を見つめていく。

 王都の情報屋ヒースから、ヘレナやカミエルの弟の情報を得るためには、サラマンダーの瞳を手に入れなければならない。サラは「見るだけでいい」と言っていたため、アリエスの協力があれば、すんなりと事が運ぶ。

 だが、アリエスの協力を得るためには、彼女たちの目的に協力する必要がある。伝説の聖獣グリンフィスと契約する旅に付き合う必要があるのだ。それは、ヘレナを捜す旅に遅れをもたらす可能性が高い。

 しかし、王都で出会った旅の占い師や、サラマンダーの言葉も気に掛かることも確かだ。彼等の言葉は、アリエスと共に旅をすることが正しい道であるかのように言っていた。

 果たして、どうするべきなのか。


(……いいえ、違う)


 心の奥底では、気持ちが決まっているように思う。だが、表層部分では迷っていた。

 そんな気持ちを察したかのように、ティナがにっこりと笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。イリアが決めたなら、アタシたちはそれに付いて行くから」

「ああ、俺も同意見だ」


 ティナとルイファスの言葉に頷くカミエル。しばし時間が流れ、イリアは視線を上げた。


「アリエス王女……もう一度確認しますが、目的はグリンフィスとの契約。それだけですか?」

「もちろんよ! それ以外に、何があるって言うの? 逆にこっちが聞きたいわね」

「……そうですか。それならいいんです」

「じゃあ、あたしたちに協力してくれるの?」


 ルイファスの隣から身を乗り出すアリエス。そんな彼女に、イリアはしっかりと頷いた。その瞬間、彼女の顔がパァッと輝く。


「ありがとう! あたしね、グリンフィスと契約を交わすことが夢だったの! だから、すっごく嬉しい! さあ、そうと決まれば、お父様たちに報告を済ませなきゃ!」

「だったら、さっさと行くぞ。テーゼまで何日掛かると思ってんだ?」

「分かってるわよ! さあ、ルイス様、一緒に行きましょ」


 さっさと出て行くマルスの背中を軽く睨み、自分も立ち上がる。そしてルイファスの腕を取ると、にっこりと笑みを浮かべた。


「そうだな。俺たちも行くぞ、イリア」


 ルイファスは苦笑を漏らし、やんわりとアリエスの手を外すと、イリアの方へ。

 途端に、アリエスの顔が不機嫌なものに変貌する。険しい視線は、容赦なくイリアに突き刺さった。

 これにはたまらず、彼女に聞こえないような小声で、彼に文句をぶつける。


「ちょっと、ルイファス。どうしてここで私の方に来るのよ」

「勘弁してくれ。ああいう空気は苦手なんだ……」

「そんなの理由にならないわ。今まで遊んできたツケが回って来たと思って、しっかりとアリエス王女のお相手をすることね。さ、ティナ、カミエル。私たちも行きましょう」

「そうだね。行こ行こ!」


 ティナはカミエルを引き連れ、イリアと共に店を後にする。残されたルイファスの腕に、アリエスは飛び付いた。ぴったりと体を密着させ、じっと見上げてくる。


「ほら、ルイス様。あたしたちも行きましょ? 早くお父様に報告に行かないと……って、やだぁ! あたしったら! なんだか、恋人を紹介しに行くみたいじゃない!」


 一人、きゃあきゃあと黄色い声を上げるアリエス。すっかり自分の世界に入り込んでしまっている。酷く困惑しているルイファスの姿も見えていないようだ。

 そんな彼女の脇を、じっとりとした視線で睨み付けて行くカインと、涼しい顔で通り過ぎようとするエリック。そしてエリックは、ルイファスの肩を軽く叩いた。


「悪気は無いんですよ? ただ、自分の気持ちに正直過ぎるだけで」

「……そのようだな」


 僅かに引き攣った顔のルイファスに爽やかな笑みを向け、エリックもまた、店を後にする。


「……俺たちも行こうか」

「はーい!」


 アリエスは頬を染め、キラキラとした笑顔で見つめてくる。純粋な好意。誰の目から見ても明らかだ。自惚れなんかでは、決してない。

 だが、と、ふと思う。こんな風に真っ直ぐな想いを持って、正面からぶつかって来られたのは、どれだけぶりだろう、と。慣れないことに戸惑ってはいるが、そうかといって、気を悪くしている訳ではない。

 気が付けば、ルイファスは小さく笑みを浮かべていた。




 砂漠の中でも一際大きなオアシス。その脇に、サモネシア王国首都テーゼがあった。

 ブラバルドと同じく、土壁の建物が所狭しと建ち並ぶ市街地。その中央通りの奥、門のさらに向こうに構えるのが王宮だ。その中央に位置するドームは、先端に向けて徐々に細く伸びるという独特な設計になっており、総大理石造りの純白の外観と共に大きな特徴となっている。

 そんな王宮の片隅。人通りも滅多に無いその場所に、一組の男女が立っていた。


「そちらの首尾はどうですか? シュシュリー」


 深い闇を映したような黒髪が翻り、血のような深紅の瞳でシュシュリーを見つめる男。男は薄く笑みを浮かべているのだが、それさえも美しい、と思わせる程に人間離れした容姿を持っていた。

 そんな彼に、シュシュリーは口を開く。


「あたしはまずまず。でも、あの馬鹿が全然。自分のことに夢中で、空間に歪みが出来ても全然気にしてないみたい。それに、あの女も空間の歪みに気付い調べ回ってる。ルーシェルからも何か言って」

「それは困りましたね。研究に夢中になると、周りが全く見えなくなりますからね……セバスチャンは」


 ルーシェル、と呼ばれた男は苦笑を浮かべていたかと思えば、「ですが……」と声を上げた。


「いくら彼でも、例の計画は忘れていないでしょう? 後はあの方の合図を待つのみなんですから」

「それはあの馬鹿でも分かってると思う。アイツの探し物のことも言ってやったしね。もしかしたら、珍しくもうこっちに来てるかも」

「なるほど、あの試作品の……まあ、理由はどうあれ、計画を忘れていないのなら問題はありませんね。では、シュシュリーは変わらず、監視をお願いしますよ」


 シュシュリーは小さく頷くと、踵を返す。だが間もなくして、思い出したように振り返った。


「そういえば、トライアスがこだわってた二人組。あの嫌味男や王女様たちと一緒に、ここに向かってるみたい」

「そうですか、あの二人がこの王宮に……。でしたら一度くらいは、その顔を見るのもいいかもしれませんね」

「でも、こっちも放っておいていいの? トライアスがうるさいだけで、始末しちゃってもいいんじゃない?」

「いずれ始末しますが、まだ時ではありません。今始末してしまっては、後が面倒ですからね」


 どこか楽しそうに喉を鳴らすルーシェル。そんな彼に一瞥し、今度こそ、シュシュリーは空間の歪みに姿を消した。

 そして残ったのは、ルーシェルただ一人。しばらくして、ぐにゃりと顔が歪む程に、狂ったような笑い声を上げる。そんな彼の背中で、ゆっくりと、太陽が沈んでいった。

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