第21話「心の戦い」

 翌日、魔王は再びギルドを訪れた。


 初クエストの後、ブレド達のことはギルドに任せて魔王たちは帰宅をした。魔王の『ヒール』の回復により命に別状こそなかったもののあのような経験をしたためそれぞれ帰宅した者の面会謝絶の状態のようだ。

 彼らは今まで誰かに迷惑をかけるどころか立派に人々を助けて勇者になった。それなのに突然仲間だと思っていた人間に命を狙われたのだから当然なのかもしれない。


「世話をかけたな」


「いえ、こちらこそ初クエストのオウマさんにギルドのお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」


 受付嬢がミゲルの件は自分の責任であるかのように謝罪する。


「いや、こちらこそこの彼らを助けられずに申し訳なかった」


 ミゲル達に関しては死んだことは告げたものの、その名目はブレド達を不意打ちで戦闘不能にしたところをゴブリンたちに不意を突かれ死亡ということにして魔王が雷撃を放ったことは隠していた。当然、ゴブリンを倒せなかったということになりクエストは未達成、報酬金は無しだった。


「さて、それでは次のクエストを選ぶとするか」


 そう言うと魔王はアリスと共に掲示板の方へと向かった。


「おお! これとか美味しくねえか? 」


「いやいや、こういうのには裏があるんだよ」


「これにきめた! 」


 クエスト依頼の掲示板の前が賑わう中、誰もいないひっそりとした隅のスペースで青紙を見上げる。


「貴様はどれがいい」


「…………」


 魔王はアリスに声をかけるも返事がない、今朝から彼女はこの調子で昨日の出来事が原因なのはみて明らかだった。それ故に置いて来ようとしたのだが、彼女は黙ってついてきたのだ。


「これはどうだ? 」


 魔王が一枚の紙を手に取り彼女に見せる。その紙には「ストレイワ狩り」と書かれていた。ストレイワは大人しい動物のようで戦闘ではなくおつかいの区分で冒険者の同伴は必要ないと書いてある。


「構いません」


 アリスが小さく呟く。それを見て魔王はようやく話してくれたか、と安心する。彼女を染めるにしても話してこれなければ問題ない。故に元気づけようと彼女の好んだストレイワという文字を見つけることが出来たのは幸運だった。


 受付嬢の所に青紙を持っていくと彼女は笑顔で応対してくれた。


「出発だ」


 魔王はアリスと共に出発をした。依頼主はおかんずキッチンの店長だった。


「いらっしゃい、あ! いつもご利用ありがとうね」


 店内に入ると前回の様に二人をふくよかな女性店員が迎える。一度しか訪れていないというのに顔を覚えていたことに驚きだった。


「食事ではない、クエストを受けに来た」


 魔王はきっぱりと否定して要件を述べる。


「あらそうだったの、助かるわ! 最近あのストレイワ定食が人気でね、ストレイワを仕入れたいのだけれど手が足らなくてね。ちょっと狩ってきてもらいたいのよ」


 女性店員が手を振りながら説明をする。


「その反応、もしや店長か? 」


 それを聞いた女性は手を覆う。


「あら分かっちゃった。そうなのよ、人手が足りないのもあって店長自ら接客をしているのよ。もう少し余裕が出来たら増やしたいとは思っているのだけれどねえ」


 恥ずかしそうに女性は説明した。話を聞く限り、ここの経営状態は少なくとも良くはないようでストレイワ定食が希望となっているようだ。食を提供するものも大変なのだな、と魔王は感心する。


「そうであったか、それでそのストレイワというのは何処にいる」


 魔王が尋ねると女性は窓の外の山を指差した。その山は昨日ブレド達と登った山であった。


「あの山のてっぺんに平原があってね、そこにいるのよ一頭、できれば二頭お願いしたいわ。危険はないけれど逃げ足だけは早いから気をつけてね……どうしたの? 」


 魔王が苦い顔をしているのに気が付いたのか女性が尋ねる。


「いや、何でもない。二頭だな、承知した」


 そう言って濁すとアリスと共に出発をした。


 昨日と同じように足場の悪い山道を登る。昨日休憩と称してブレドと剣を交えた広場があるも今回はやめておこうと通り過ぎようとした時だった


「休憩しましょう」


 アリスが言葉を発した。突然のことに驚きを隠せない魔王だったが了承すると彼女は昨日の様に地面へと腰を下ろした。魔王は彼女の隣に胡坐をかいて座る。


「どうして父やブレドさん達のような良い人たちが酷い目に合わなくてはいけないのでしょうか」


 彼女は膝を立て腕を包むように覆うと頭を下ろした。


「さあな、純粋すぎたのかもしれん。例えばオスカーだが疑われたときに人を殺してでも逃げればよかった。ブレド達にしても我らを捨て駒の様に使えば回避できたかもしれない」


 アリスが唇をかむのがみえた。魔王は続ける。


「だが、それをしない、あるいは元からそんなことは考え付かない者だから我は惹かれたのかもしれない。戦闘の強さだけでなく彼らは我にとって眩しすぎた。だから我の様に惹かれるものもいれば疎ましく感じ排除しようとする者も現れるのであろう」


 魔王は空を見上げながらそう答えた。


「私はどうすれば良いのでしょうか」


 尋ねる少女に魔王は指を顎に当てて告げる。


「そうだな、丁度依頼をした食堂の店長が人手が足りないと言っていたから、募集があったら申し出てみたらどうだ」


 魔王がそう言うとアリスは腹を抱えて笑い出した。


「魔王さんも、そういう冗談を言うのですね」


「む」


 それを聞いて魔王は顔をしかめる。確かに以前の魔王ならこのような冗談を口にしなかっただろう、それどころか彼女の疑問に正直に思っていることを述べるなんて敵に塩を渡すに等しい行為だったかもしれない。我が一方的に勇者の娘を変えようと思っていたが我も勇者の娘によってどこか変わってきているのだろうか? 魔王は疑問に思ったのだがすぐに口角を吊り上げる。ならばこれは勇者の残した娘との精神での戦いなのだ、と。


「自分の思うようにするが良い、勇者の様に生きて途中で命を落とすのが嫌なら他の生き方もあろう」


 魔王は宣戦布告の様にそう語ると彼女の頭にポンと手を置いた。





















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