己が心に棲む『天狼』との対話

● 第46話 内なる『天狼』との邂逅 ~その1 まずは、名前からだよネ!~

 オレは今、サシャの瞑想用の部屋に居る。 

 『おのが内なる天狼との対話』ってヤツを試みるためなんだが、よくよく考えてみるとソンナ事が本当に可能なんだろうか? 実際に技を習っていた時も、そんな話聞いた事なかったし。

 千八百年余りに渡る『天狼派古流』の歴史の中で、同じ事をやった人間は居るんだろうか?

 今は、とにかくやってみるしかないな!

 

 オレは、早速いつもの『天狼派古流』特有の呼吸法で、内なる『天狼』を覚醒めざめさせた。身体中に、力がみなぎっていくのを実感する。

 ココまでは簡単な事だ。今までに何千……いや何万回と繰り返してきた、日常動作と何ら変わらない物なのだから。

 問題は、コノ後……だ。


 目を閉じ、心の中に出来るだけ忠実に自分自身をイメージし具現化を試みる。

 集中だ!

 果たして、全身黒づくめのダメージ加工された様な――よく見たら、加工じゃなくてホンモノのダメージだった――タイトな上下の服装で裸足のオレが、セピア色がかった空間に立っていた。


 ココが、本当にオレの心の中なのか?

 ソノ余りの殺風景さ加減に、オレって心の中に何にも持ってない、虚ろな人間なのか? 自然と自問していた……。普通の人間なら心で色んな事を思い、感じてソノ思い出だったり記憶っていうモノが心の中に溢れてるんじゃないのか? 

 そう考えざるを得ない程、そのセピア色の空間には何も無かったのだ。 


 [ 何者ダ? 我ガ聖域ニ何ノ用ダ? ]

 突然、大地を震わせる様なトーンの『気』が込められた声が、ソノ空間に響いた。

 声の方向へ振り向くと、セピア色の空間の中に鮮やかな緑の草原と脇を流れる大きな渓流が見え、滔々とうとうたるその流れの脇にある大岩の上に声の主が居た。

 程遠くない距離だった。


 岩の上で、伏せの状態でコチラを見つめる獣……、コイツがオレの内なる『天狼』なのか。

 近付くに連れて、ソノ全体像を細かく捉える事が出来た。

 なんて荘厳で美しいのだろう。

 ソノ姿に、神々しささえ感じている自分が居た。

 薄く青みががった艶やかな銀色の毛並みを持つ『天狼』の鮮やかな緑色の瞳からは、視線は鋭かったが、どこか優しさにも似た何かを感じ取る事が出来た。

 しかし、コイツもまたデカイ! エテルナより若干小さいぐらいだろうか……。


 迷うことなく、声の主の方に更に歩を進めながら毅然と言った。

 [ オレは、神原 裕。心の中に『天狼』を棲まわせし者だ。]

 [ 何ト言ッタ? 心ノ中ニ、我ヲ棲マワセシ……ダト? ]

 そう言って、すぐ側まで近付いたオレの瞳を鋭い眼光が捉えた。



 ――暫くの沈黙の後……



 [ コレハ、珍シキ事ヨ……。 

 ガ技ヲ継グ、ワレガ認メシ者ガ自ラノ意志デ、コノ場所ニ来ヨウトハ。 

我ヲ覚醒メザメサセタ、オ主ガココニ居ル……今ハ闘イノ時デハナイノダナ。

 ソレハ、マァ良イガ……、千八百年以上ニ渡ル『天狼派古流』ノ歴史ニ於イテ、ソノ技ヲ継グ者ト我ラ『天狼』ガ邂逅シタ前例ハ、我ノ知ル限リ今回ガ三度目ノ事 ]


 どうやら、オレが『天狼派古流』の後継者に足る存在だと認めてもらえたらしい。『天狼』の話は続いた。

 [ 初ノ邂逅ガ成サレタノハ、遥カ六百年以上前ノ事。

 ダガ、ソレハ……我ガ技ヲ継グ者ガ闘イニ敗北ヤブレ、死ニ絶エル最期ノトキニ、別レノ言葉ト謝意ヲ伝エル為デアッタ。

 ――オ主ハ闘イニ破レタ訳デモ無ク……何故、我トノ邂逅ヲ望ンダ? ]


 [ オレがココに来たのには、確かにソレなりに重要な理由があるんだけど……。

 その前に、少し話さないか? モチロンお前さんさえ良ければ、だけど。

 オレは、こんな風に『天狼』と顔を突き合わせて話が出来るなんて思ってなかったから、今までココに来る事は無かったけど、コレを知ってたらもっと前に来たかったって正直、思ってる ]


 [ クククク……、オ主ハ面白イ事ヲ言ウ。 

 コノ我ニ逢ウ事を望ム人間ガ居ヨウトハナ……。

 我ト逢イ、何ヲ求ムノダ? 

 ダンダント、興味ガ湧イテ来タゾ……ヨカロウ、話ストシヨウ ]


 [ そっか、よかった。ところで、お前に名はあるのか? 何て呼べばイイ? ]

 [ 知レタ事ヲ聞ク。我ハ、オ主ノ『天狼』。

 オ主ハ、タダ『我ガ天狼』ト呼ベバ良イ ]

 [ まぁ、そうなんだけどなー。オレ達、相棒みたいなモンだろ?

 もっと軽い感じで呼び合えないのか? もちろん、オレの事は『ユウ』と呼べばいい ]

 [ オ主……、イヤユウノ言ウ事モ、確カニ一理アルナ……。 

 コレモ何カノ『エニシ』デアロウ……。

 裕ヨ、オ主ガ我ニ名を与エルトイウノハ、ドウダ? ]


 [ オレが名前を? 

 ……お前さんが、ソレでいいなら喜んで付けるけど急に言われてもなぁ~。

 考えるから、チョット時間くれ! ]

 そう言い、早速コイツに合う名前を考える事にした。


 いにしえの時代から日本に伝わる技に宿る『狼』だしなぁ……。

 やっぱ、和名なんだろうな~。

 こういう事は、急に言われても困るンだよねホントに! 

 まぁ、しょうがないか。元はと言えば、名前聞いたのコッチだし。


 さて、デカくて銀色で瞳が緑色で……か。

 普通なら、コノ辺りの語句を組み合わせたりして、気の効いた名前にするんだろうけどなっと。

 ソコまで考えて、一つ思い出した事があった。

 エテルナは、コイツの事『』って言ってたんだっけ!


 [ えーーっと、聞いてくれ!

 お前さん、よね? ]

 [ イカニモ…… ]

 なるほど! オレ達は、って事か。


 


 となれば、安直かもしれないけどもうコレしか無いな!

 [ オレなりに考えた名を、お前さんに貰って欲しい。

 『炎纏狼牙えんてんろうが』という名前だ。

 意味は、……ってトコロなんだが、どうかな? ]


 [ 『炎纏狼牙エンテンロウガ』カ……。

 ククククククク! 

 ソノ名、気ニ入ッタ!

 コノ世ノ全テノ、我ガ敵トナル者ヨ!

 我ガ名ハ、今コノ刻ヨリ『炎纏狼牙』デアルト知レ! ]

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