第25話 惑いの森の守護者

 灰色に渦巻く曇天を目ざすように、風変わりな馬車は上り坂を疾走していた。

 馬車を牽くのは白いユニコーンであり、手綱を握るのは不気味な装飾のついた黒衣の姿だ。判断に困る組み合わせに、それを目撃する者がいれば困惑しただろう。

 しかし、しばらくは見咎める者もなかった。長い坂をようやく登りきると、馴染みのある光景が旅人たちの前に広がる。森と、少し離れたところにある街並み。

 しかし、それだけではない。

「これは一体……」

 荷台から行く手を注視していた少年――ヒューは目を見開いて、街並みの手前側を見渡す。

 草もまばらに生えた木々も焼け焦げ、それが広い範囲にわたっている。まるで巨大な炎の舌が辺りを舐めたようだ。

「とにかく、シルベーニュで話を聞いてみましょう」

 ゴスティアの無事にほっとしつつも不安を抱き、エルリーズ博士らとの挨拶も手短に、ここまで緊張したまま移動していた。それが、森とシルベーニュの無事に緩む。

 焼けた草原は気にはなるが、彼の声には安堵の色の方が濃かった。いつもの街並みを目にすると、さらに安心感は強まる。

「ああ、あれか。帝国軍が町まで接近してきたが、惑いの森の主が炎を使って追い払ってくれたんだ」

 門を訪ねると顔馴染みの門番がそう教えてくれる。

 森の主が目覚めそうだという話は出発前に聞いていた。出発前はバサールが代理を務めていたものの、一度は主自身にも挨拶をしたいとヒューも考えていた。

「それじゃ、死傷者はいらっしゃらない?」

「ああ、大丈夫だったよ。町も森も誰も傷ついてはいない。主さまさまだね」

 ソロモンの医師らしい質問に皆も安堵する。森は外見上も、出発したときと変わってはいない。

 一行がシルベーニュから惑いの森に戻る頃には上空の厚い雲も散り始め、明るい陽が木々の葉の間から差し込み始める。

 森では、多くの顔見知りが彼らを迎えた。兄妹の祖父のところで一息つくと、バサールに一旦錠の外れた本を預け、森の主に会いたいと申し出る。大魔術師は案内役を買って出た。

「お主らの旅についての詳しい話は後日聞くとしよう。今日は主と会ったらゆっくり休むことだな」

 徒歩で森の奥へと分け入っていく。山々まで続く森の北側で、あまり手入れはされていない様子だが、最低限そこへの道だけは確保されているようだ。

「森の主さんって、どんな人なのかな?」

 ララはそれが気になるらしく、たまに目を擦りながらも興味津々で行く手を眺めている。

 奥へ至るほどに木々はまばらになり、上空には透けるような青空が広く見えた。

「主は人ではない。見た方が早いだろう。もう遠目にも見えてくる頃合いだしな」

 大魔術師は長い白髪と白髭に埋もれた丸眼鏡を軽く持ち上げる。

 木々の向こうは岩肌の崖下になっているようだ。近くに川でもあるのが水音が大きくなってきている。そしてある程度近づくと、岩肌に大きな穴が空いており、そこになにかが横たわっているのがわかった。

 そして、さらに近づくとその輪郭の詳細も目に届く。

 赤銅色の鱗に覆われた竜が横たわっている。コウモリに似た翼にエリマキトカゲに似た顔、二本の角。目は閉ざされ、牙ののぞく口もとからはよだれが垂れる。近づくほどの大きくなる地鳴りに似たイビキが聞こえてくる。

「うわ、大きいね」

「本物の竜って初めて見るわ」

 ララのとなりでレジーナも半ば茫然としたように見上げる。

 竜は家の数件を合わせたほど大きい。石柱の森でスクリーバが召喚していた小型竜とは何倍も差がある。小型竜を目にする者は多少はいるが、これほど大きな竜は本の挿絵でしか見たことのない者がほとんどだ。

 洞穴を目の前にすると、バサールは竜の顔の近くにある岩の上に立つ。

「主よ、来客だ。まさかまた休眠に入ったわけではないだろうな」

 一度休眠すると何ヶ月も目覚めない。そう聞いていたのでヒューは心配になるが、幸い竜はすぐに片目を開く。金色の目が訪問者たちを捉えた。

『おう、バサール……なに、少しうたた寝をしていただけだ』

 頭の中に直接響くような声だ。まどろんでいるような調子だった。彼はすでに、眠っていた間の出来事は聞いていたらしい。

『そちらが例の召喚士たちか。贈り物は受け取ったぞ。まあ、人間が多少増えたところでこの広い森の生態系が壊れるものでもない。あとはバサールに従って適当にしとけばいい』

 雑に言う竜の洞窟の端には、いくつか酒瓶が並んでいる。

 主にとっては、森に起きた変化はさほど気にするようなことではない、些細な出来事なのかもしれない――ヒューは一度は寂しいように感じたものの、シルベーニュ郊外で見た光景を思い出す。

 いくらそれなりの軍勢をそろえていても、この竜の姿を見ればそれだけで大抵の軍は逃げ出しそうだ。

「あの……帝国軍を追い払ってくださって、ありがとうございました」

 思わず礼を言うと、竜は小さく鼻を鳴らした。どうやら笑ったらしい。

『なに、寝床に近づくうるさい虫を払っただけのこと。儂の目の黒いうちはこの森と周辺の町は大丈夫だ、案ずるな』

 なんということはないような調子だが、それは人間たちにとって心強いことばに違いなかった。


 当面は帝国の脅威も惑いの森には及ばない。

 それを確認し安心して長旅の疲れが昼寝で少し取れると、ヒューは近くの木につないだままのユニコーンを放してやった。「しばらく借りた方が移動に便利なんじゃないの?」――と聖霊の言ったような意見は当然出たが、最後は結局、故郷を長く留守にさせるのは可哀そうだという結論になっていた。

 兄妹が見送る中、ユニコーンは一声鳴いて走り去っていく。ここまでも長い間走り続けてきた後だというのに、その脚力はまったく衰えない。

「行っちゃった」

「そうだね。もう一眠りしようか……もう暗くなってきそうだけど」

 見上げると、太陽はかなり傾いている。今から寝ては、夜に眠れなかったり妙な時間に目が覚めるかもしれない。

「お祖父ちゃんがね、おやつを作ったからいつでも食べに来てって言ってたよ」

 妹のことばで、まだ眠気の去りきらない少年の頭に色々なものが去来する。祖父と話しておきたいことが複数ある。

「夕食まであまりないけど、行こうか」

 兄妹は人間の居住区にある祖父の店に向かう。広場に並ぶテーブルと椅子は、すっかりこの森の憩いの場になっている。

 店舗兼住居に入る客は少ない。店内を使うのは主に家族や親しい友人らくらいだ。

「おや、いらっしゃいましたか。先にいただいてましたよ」

 兄妹が屋内に入ると、先にレジーナとソロモンがテーブルについていた。その前のテーブル上には、新作らしい果実のパイが皿に盛られている。

「うわ、美味しそう!」

 ララは飛びつくように椅子に座り、レジーナが二人分のハーブティーをカップにそれぞれ用意してくれた。

「ソルさまとオーロラさんは来てないんですね」

「ソルさまは疲れているようですし。まだお休みなのではないでしょうか」

 途中ソロモンと代わったとはいえ、ここまでの長い間手綱を握っていたソルはかなり集中力を使って精神をすり減らしていた様子だった。

「これを使った戦い方を教えてもらえるかと思っていたけど、またの機会かな」

 と、ヒューが撫でたのはバックラーだ。今は腕ではなく、邪魔にならないよう腰に固定してある。

「オーロラさんは、今夜シルベーニュに飲みに行くことになったので今のうちに寝ておこうと言っておられましたね。ま、お二方とも夕食にはいらっしゃるでしょう」

「それじゃあもう少しですね」

 すでに陽は暮れつつある。

 新作のパイは森の果実を使ったもので、森の外では味わえないものだ。パイとハーブティーを楽しみながら、彼らはようやく落ち着いて旅の間の出来事をダドリーに話した。店主は料理を作りながらも、しっかり相槌を挟みながら聞いている。

 しかし、さすがにリリアの名を耳にすると手を止めた。

「リリアか……珍しい名前じゃないけど、川のそばに倒れていたという境遇、年の頃も同じくらいだし、気になるな。あまり期待し過ぎてもいけないが」

「しかし、ヒューさんと見間違えるほど似ているのだから、結構特徴的な外見ですね」

 ヒューのような銀髪は町に一人はいるが、珍しい方には違いない。

「ほかになにか、特徴はないの? どこかにホクロとか痣があるとか、趣味や好きな食べ物とか」

 レジーナもリリアに会ったことはない。彼女が兄妹と知り合ったのは、リリアがいなくなってからだ。

「木の実のクッキーが好きだったけど、なにしろ小さい頃だったからな。今は変わっているかもね。あとは……本を読むのが好きで魔法にも興味津々だったな」

 思い出しながらの祖父のことばに、ヒューも栞が挟まっていた本を思い出す。正に、聖霊と魔族を召喚した〈魔導書イグマ〉にそれは挟まっていたのだ。

 ――もしや、姉もあの魔法を試そうと?

 だが、当時の彼女はまだララより幼い少女のはずだ。いくら才能があっても召喚魔法は使えなかっただろう。

「魔法の才能はあるだろうから、ソルさまかオーロラさんが見ればわかるのでは」

「魔法を使えば、の話だが」

 噂をすれば影、ということばのごとく、魔族がドア代わりの布を巻き上げたままの出入り口から覗いて入ってくるところだった。つい先ほどまで寝ていたのか、まだ目は完全に開いてない様子であくびをかみ殺す。

「ま……あとでバサールに情報を集めてもらうのが早いだろう。使い魔を通じてあちこちの知人とも連絡が取れるようだから」

「それは、よろしくお願いします」

 この森から出ないままでも、バサールは世界中の出来事を把握しているようだ。いくつもの使い魔を従えて街中の噂話を集めたり、友人知人と情報交換を行っているという。

 森から空を見上げるときに鳥の群れが飛んでいくことがあるが、そのどれかは大魔術師の使い魔なのかもしれない。

 ソルも加わってすぐに、森の顔馴染みらが旅の話を聞きにやってきた。代わりにいない間の出来事が耳に入る。

 ターデン族のクルーソーが空を飛ぶカラクリを作っている。アヴル族の男女が婚約した。遺跡調査が進み、埋もれていた新たな部屋がすっかり露出した。

「へえ、空を飛ぶ、ねえ」

「遺跡も気になるな。それも後でバサールに尋ねてみよう」

 話しているうちにすっかり夕日が店の外を染め、聖霊がやってくる頃にはもう陽は遠くの山並みにほぼ姿を隠していた。


 夜の闇に染まりつつある街並みを、大きな鐘越しに二人の人間が見渡す。

 科学の進歩が早い帝都ジャストリオンでは、ネジ式の時計が普及しつつある。しかし時計塔もまだ日に三回は時刻を報せる音を響かせる。

 夕方の音はすでに終わり、明朝まで立ち入る者はない。この時間に地上を歩く者は少なく、仮に見上げる者がいたとしても人影は建物や鐘の影と同化し、鐘のそばにいる姿には気がつかないだろう。

「どうやら、帝国海軍に海賊掃討の命が下されたようです。拠点も南下していますし、海を越えるのも時間の問題かと……」

 若い青年の声がわずかに静寂を乱す。

「そうね……南の大陸の国々にも報せなければ。ある程度はすでに伝わっているでしょうし、帝国の間者もまぎれているでしょうけど」

「ええ、わたしが信用できる伝令を用意しましょう」

 女の声に答え、男は手袋を取って懐から広げた紙に羽根ペンを走らせる。

 その手に小さく見えた青い輝きに、女はしばし目を奪われた。

「ジェル。あなた、いつもその指輪をしているわね。大事なものなのかしら?」

 ジェル、と呼ばれた青年は少し驚き、もう一方の手で指輪の輝きを隠すようにする。

「ええ……これは、先祖代々伝わるもので、お守りのような力があるとかなんとか……まあ、大した魔力も秘めてはいないんですけどね」

 やや早口で言い、紙を折り畳み懐に戻す。

 ふうん、と女は納得しきっていない反応を見せるものの、特に追及することはなかった。

「それじゃあ、その件はあなたに任せるわ。頼りにしてるわよ、騎士どの」

「御意」

 一言だけ臣下とその主のようなことばを交わした後、女は闇にまぎれて階段を下りていき、時計塔を離れていく。

 その姿が完全に視界から消えてから、ジェルは影の方へ眼を向ける。

「キミに頼みたいことがあるんだ」

 今まで誰が出入りした様子もなかった。しかし確かに気配はそこに生まれていた。

「漆黒」

 呼びかけるとほぼ同時に、影からそのまま浮き出てきたような黒尽くめの長い黒髪の姿が歩み寄った。


 夜は更け、いつもなら生き物の多くが寝静まろうという時間だ。しかし今夜はいつもとは気配が違っていた――空を我が物顔で照らし出す満月のためか、昼間が続いているかのように浮足立っている。

 明る過ぎるくらいの月光の下を、しかしどこか暗い雰囲気をまとってとぼとぼと歩く姿がふたつ。

「さすがに飲み過ぎたわね……いや、でもあれはボロいテーブルを使ってた店が悪いのよ。あんな、ちょっと足引っ掛けただけで折れるなんて」

「古いテーブルだったのは確かですが……オーロラさんが、あの人たちを相手にしなければ良かったのでは……」

「なによ、あんな馬鹿にされて黙ってろって言うの? その尾はオシャレを勘違いしているんじゃないかですって!」

 怒りが甦ったのか、聖霊の白い尾が逆立つ。

「まあ、それでお怒りになるのはわかりますけど……」

 医師は弁償により寂しくなった財布の中身を思ってか、肩を落として嘆息した。

 森に入るとさすがに地上に届く月明かりも薄くなるが、歩くうちに、行く手の木々の間に灯が見えてくる。木のまばらになりつつある周囲ではあるが、さらにかがり火がいくつも焚かれている。

「なにかしら、あれ」

 明りの中央には、木や蔦を利用したと思われる見たことのないからくりが置かれていた。その形は投石機と呼ばれるものによく似ていた。

『ターデン族のクルーソーが空を飛ぶためのカラクリを作っている』

 その情報を二名ともが思い出すには充分な光景だ。近づくと、からくりの近くには数名の妖精たちの姿がありターデン族の若者もいた。彼がクルーソーだろう。

「これって、空を飛ぶカラクリってやつなの?」

 聖霊が声をかけるとターデン族は少し驚いた様子だが、彼はすぐに、大きな丸い目を輝かせてうなずく。

「ああ、まだ試作段階だけど、設計通りに作れていれば狙った場所へ飛べるはずなんです」

 からくりは大きな半球形の入れ物の中に変わった形の椅子が入っており、それを射ち出す仕組みになっているようだ。大きさはともかく、それもまた投石機によく似ていた。

「大丈夫なんでしょうか。人が乗ると、怪我をしそうな……」

「まだできてないけど、本番は妖精の魔力を織り込んだ羽織を着てもらうんです。風をはらんで浮力が上がり、落下もゆっくりになるので安全です」

 なるほど、とソロモンも納得する。妖精たちがこの森で作り上げてきた文明の中には、まだまだ外界の者が知らない道具や素材が存在するようだ。

「今回は人は乗せず、本体の性能を見る実験をします。計算通りなら、誰もいない広場にこれが落下する、はず」

 おたまの先に似た半球の中から椅子を取り、代わりに木材の切れ端や何本もの小枝の塊を蔦でまとめたものを入れる。

「この時間なら、誰もいないだろうし大丈夫でしょう」

「まずは、ちゃんと動くか実験よね!」

 小妖精が楽しげに声を上げる。協力しているほかの妖精たちも、この実験を心から楽しんでいる様子だ。

 ソロモンはなにか言いたげな顔をするが、結局は水を差さない方を選んだ。

「では、実験開始です」

 ターデンの若者は、おたまの首を固定している縄につながったレバーに手をかける。レバーを倒すと縄が外れて半球の中身を放り出す仕組みになっている。

「三……二……」

 妖精たちが唱和する。張りつめていく緊張と胸躍る期待を膨らませながら。

「一!」

 ガシャン、とレバーが下ろされる。意図した通りにからくりは動き、巨大おたまが跳ねて立ち上がった拍子に、木と蔦の塊が勢いよく木々の上へ飛び出した。

「おお!」

 歓声が上がる。風を切るような音は一気に遠くなり、しかしそう時間はかからないうちに、ドスン、という思い落下音とかすかな破砕音が届く。

「木の枝にでも落ちましたかね」

 音の印象からは、あまり単純な物を壊した音とは聞こえなかった。妖精たちの顔にも、なにか仕出かしてしまったのでは、と表情を引きつらせる。

「飛ばす前に確認しなさいよ。とにかく、見に行くしかないでしょ」

 オーロラのことばはもっともだ。妖精たちは恐る恐るではあるが、音の方向へ歩き出す。ソロモンは怪我人が出ていないかを気にした。

「いや、確か、地図を確認した限りでは家とか存在しない広場のはずで……」

 クルーソーのことばに嘘はないらしく、落下点の周囲に木々は少ない。しかし近づくにつれ見えたものに、あ、と妖精は声を洩らす。

 木々のない空間に建つ、木板を並べて杭と蔦で固定した壁が一部破損し薙ぎ倒されていた。その向こうから白い湯気が立ち昇る。

 温泉はともかく、それを囲う壁はまだこの森の地図に加えられていないのだった。

「明日、直してもらわないと」

「誰かいるよ?」

 頭上の小妖精のことばに、一同は湯気の向こうを注視する。

 ――まさか、怪我人を出してしまったのか。

 そんな不安も交錯する中で湯気が薄れ月光に照らし出されたのは、美しい曲線を描く滑らかな白磁の肌をさらす背中。肩にかかる髪は月明かりを照り返し黄金に染まり、その姿はこの惑いの森にあってもどこか異質で神秘的な美しさを感じさせる。

「まさか、月の妖精……?」

 誰かが言うと同時に。

 となりにいたオーロラが愕然とするほどの速さで医師が温泉のふちに駆け寄り、相手の手を取る。

「月の妖精さま。どうぞ、今夜わたしと――」

 言い終わらないうちに、噴き出す湯と一緒に白衣の姿は弾き飛ばされた。そのままオーロラの足もと近くで落ちる。

「なんのつもりだ、変態医者」

 身体の前を布で隠して振り返るあきれの目は、見慣れた淡い赤茶色。

「ああ……ソルさまでしたか……」

 仰向けに倒れたまま、ソロモンは乾いた笑いを洩らす。残念そうな色が半分、納得の色が半分にじんだ声色だ。

 それを背後に、魔族は肩まで湯に浸かって水面に映る月を目にし、夜空を見上げた。

「まったく、騒がしい……。それにしても、満月が綺麗なのはいいが、星が見えにくくなるのは難点だな」

「あんた……のんびりしててのぼせるんじゃないわよ」

 周りの異変をさほど気にしていないソルの背に声をかけ、離れようとして、聖霊は思い出したように足を止める。

「そういえば、バサールには会ったのよね?」

「ああ、リリアという少女を探すように頼んでおいた。なにか情報が手に入れば教えてくれるだろう」

 その手に掬い上げられ洩れた湯が、ポチャン、と音を立てた。

「おそらく、ルナという人物も一緒にいるだろう」

「……そうなの?」

 聖霊は目を丸くしてきき返すが、相手はそれ以上答える気はないらしかった。

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